第二話
ゆきちゃんは白鉛筆を握ったまま、うーんうーんと、うなっていました。
白い色鉛筆でいくら描いても塗っても、そこにはかすかに何かが描かれているように見えるだけなのです。
白く塗る理由がわかりません。
絵の中で白にしたければ色を塗らなければよいですし、他の色を塗った後なら消しゴムで消せばいいのです。
(なんでこんな色があるんだろ……)
(あ……)
その時、ゆきちゃんは同じように感じたモノがあった事を思い出しました。
次の日の夜、ゆきちゃんは星空を眺めていました。
空一面を淡く覆う星々。あちこちに明るく煌く一等星。黒くかげる山から山へ、天空を横たわる天の川。
ゆきちゃんはしばらく夜空に見とれていましたが、今日買ってきた黒い画用紙を取り出しました。
ゆきちゃんは試してみたくなったのです。
実は一度、ちいさな時に黒い画用紙に描いたことがありました。
でも、色がきれいに見えなくてがっかりしたのでした。
(なんでこんなかみがあるのかなあ)
それ以来、白い画用紙に描くようになりました。
そのことをふと思い出したのです。
その時には気が付かなかったこと、見えなかったこと。
ゆきちゃんは緊張した表情で白の色鉛筆を取り出しました。
黒い画用紙にゆっくりと白を走らせます。
塗った色がくすんでしまう黒画用紙。
まわりの黒のせいで、塗った色もなんだか暗く感じる黒画用紙。
白はそんな黒の中で鮮やかに輝いていました。
ゆきちゃんは気がつきました。
白ができること――そう、白もちゃんとした『色』なのです。
そして、白もできること――黒の画用紙という夜空では、白はこんなにも映える『色』でした。立派に役に立つのです。
夜空に広がる乳白色の大河。それが白にとっての初めての活躍でした。
※※
その日、ゆきちゃんは校舎の屋上に座っていました。
いつものようにスケッチブックを開いて、お気に入りの色鉛筆を手にサラサラと描いていきます。
誰も居ないこの場所なら周りを気にせずに描けます。絵を笑われることもありません。
お話することに緊張してしまうゆきちゃんでしたが、楽しくおしゃべりしたい気持ちはありました。
ゆきちゃんには楽しくおしゃべりできる友達は居ません。
でも、人気の無いこの場所ならそれほど気にはなりません。
楽しそうな子たちの中にいる独りより、この独りの方がよかったのです。
「あの……美術部の子だよね?」
「ひゃあ!」
突然、背後から声をかけられたゆきちゃんは、奇妙な声をあげました。
振り向くと、いつも遠くから見ていた男子の顔が目の前にありました。
「せ、せ、せ、せんぱい?」
美術部の先輩でした。
すごく絵が上手で県のコンクールで何度も金賞を取るような人でした。
キリっとした生真面目な表情を崩さず、背筋を伸ばし、静かに画板に向かう姿がみんなの憧れの的です。
でもその代わり、近寄りがたいところがありました。
圧倒的な力で描写される美しさ、繊細さ、かわいらしさ。
ゆきちゃんはそんな先輩の絵が好きでした。
いえ、それだけではありません。
ゆきちゃんは気が付いていました。
表情を崩さない先輩でしたが、ふと優しい目をする瞬間があるのです。
視線の先には、キラキラした風景、にぎやかな子供たち、ころころと跳ね回るこいぬ、こねこ……。
ゆきちゃんが好きなたくさんのものを、先輩も優しい目で見ていることに気が付いていました。
ゆきちゃんはそんな先輩の横顔が好きでした。
でも美術部に居場所がないゆきちゃんは、もう部室に行かなくなっていました。
先輩の横顔も見ることが無くなっていたのです。
その先輩がなぜこんな所に?
「えーと……絵を見せてもらっていいかな?」
先輩は背をかがめ、生真面目な表情で言いました。