第7話 邂逅(後編)
幼い俺達が座っている場所の近くまで来た。この前見た夢では幼い俺の目線で追体験をしたが、今回は別の目線だ。この場にいた他の誰かの目線なのか、今ここにいる自分自身の目線なのかよくわからない。自我がしっかり保てているように感じるが、同時に夢の中にいる曖昧さもあるように感じる。
会場のアナウンスと共に大きな花火が打ち上がった。会場で空を見上げる人々から歓声が上がる。
とうとう花火大会が始まった。もうすぐ事故が起きる。どうにかしてここにいる人たちを打ち上げ場所から遠ざけたい。
試しに、傍にいる人に「ここは危ないですよ」と語りかけてみたが、全く反応はなかった。俺達は現実の人たちには干渉できないようだ。
音も風も、川辺の湿気や人の熱気も、足裏の砂利の感触まであるのに、何もできないなんて。
そうこうしているうちに事故が起きた。低い場所で花火が炸裂し、炎の玉や花火の破片が飛んでくる。逃げ惑う人々の怒号や悲鳴が飛び交う。
幼い俺とサヤを抱えたサヤの母親が火から逃げて走り出す。以前見た夢のとおり、大きな破片が彼女の背中めがけて飛んでくる。
反射的に彼女の背を守るように飛んでくる破片に向かって飛び出した。破片をはねのけようと両手を前に伸ばす。
「止まれぇぇぇぇ!」
自分の周りの時間がゆっくりになり、コマ送りのように感じる。
(ああダメだ。やっぱり止められない。)
絶望に顔が歪む。涙で視界がにじんだ。飛び出したはいいが、自分も無傷では済まないのでは?と後悔する。
大きな破片が自分の腕をすり抜け、身体をすり抜けた。
自分は無傷。だが、後ろにいるサヤの母親に当たってしまう、と思った刹那。突如として背後から強い光が射し、その形は大きな大きな手のひらのようだった。
(なにごと?)
光が射す方へ振り向くと、幼い俺が一生懸命サヤの母親の肩越しに手を伸ばしていた。その手のひらから光が発せられていて、飛んでくる炎を四散させていた。破片は大きすぎたのか、弾き飛ばすことができず、多少威力は落ちたものの彼女の背中に命中してしまったのであった。
近くにいた人々も怪我をしていたが、比較的軽傷の人が多かった。数人で失神したサヤの母親と幼い俺達を抱え、現場から遠ざかるように走っていった。
ぐいと俺の腕を掴んで引く者がいる。サヤだ。俺達の身体がふわりと宙に浮き上がる。
「小さなコウがみんなを助けたのよ。あの奇跡の光は誰にも見えなかったと思うけど。」
「何あれ?俺、あんなの知らない。」
「私にもわからない。でも、あれが『本質』」
「超能力?念力とかそういうヤツ?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、これは現実にあったことなの。」
「俺だったらサヤのお母さんを救える?そんな訳あるわけない。俺は何の力も持ってない。今ここで夢を見ているけど、十二年前の出来事だろ?今更何も変わらない。運命は変わらないんだ!」
「……運命は誰が決めるかわからないじゃない。」
「少なくとも俺じゃないよ!」
「私は信じてる!コウが運命だって!」
「そんなの、ムリだよ!」
目の前に広がる惨事と、自分のやるせなさと、サヤの期待で、俺の心が砕けた。
◆◇◆
目が覚めるとすごい寝汗をかいていた。深呼吸をしたところで、サヤが話しかけてきた。
「起きた?麦茶持ってきたけど、飲まない?」
「……うん。ありがとう。」
冷たい麦茶を飲んで一息ついた。夢と言っても現実で、現実と言っても夢である。
運命はきっとずっと前から決まっていた。過去は変えられない。俺はそう思う。
辛すぎて声も出ない。お茶を飲んでも何もしゃべる気にならなかった。
「あのね、ママが死んだのは、あの事故のせいじゃないんだ。」
「……」
「あの破片に当たって失神するけど、特に身体に異常はなかったの。」
「……」
「花火師の二人は助からなかったけど、ママは助かったはずだった。」
黙ったままの俺を見つめながら、サヤは話した。
「ママも『本質』を見たんだと思う。ママは夢から帰ってこれなくなって死んだの。ママが最後に見た夢は何だったのか、『本質』とは一体何なのか。一緒に探してほしい。」
「……わかった。できることなら協力する。」
「あ、それから。私たちがドリーマーだってことは秘密よ。」
「なんで?」
「国家機密になりたいの?公安の保護対象になるわよ。」
「なったらどうなるの?」
「さあ。」
同じ夢の中に入れるというのがどういう原理なのか、やっぱり不明。
しかも、これは『過去』で『現実』だと言う。
『本質』とは何を指すのでしょうか。