第55話 沙規の記憶
俺はサヤの母親、沙規さんと確かに話をした。
当時の俺が話したのか、今の俺が話をしたのか、どっちなのかはわからない。そもそも、俺が一体どこ(いつ)にいるのか、さっぱり見当もつかない。
幼い俺の日常の光景はもう過ぎ去った。再び、明るいのか暗いのか暑いのか寒いのかわからない場所に居る。
沙規もドリーマーだった。そして、俺と同じく『神様』というものに会ったことがある。少なくとも存在を認識している。
(あの時、神様の気を逸らせてくる、と言っていた。もしかして、神様のところに行ってそのまま……?)
神様のところに行ってそのままだとどうなるんだ?
花火の外傷ではなく、別の理由で亡くなったらしいか、やっぱりドリームから目が覚めないと死ぬのか?神様のところに行ったら帰ってこれない?
(うーん。わからん。でも、それなら、俺も姿は見てないけど神様と喋ってるんだから、死んでもおかしくなかったってことだよなぁ。)
もしかしたら死んでないのかも。俺の精神が時空を越えて過去や未来に行けるのだから、その次元で動けるヤツにとっては身体があろうとなかろうと大した問題じゃないのかも。
『お前、またここに戻ってきたのか。余程私の事が好きだと見える。』
「神様!?その、好きとか嫌いとかわかりません。なぜ自分がここに居るのもわかりませんから!」
『別にわからなくてよい。時折、ふらっと迷い込んでくるモノがいるだけのこと。』
「俺、迷い込んできたのか。他の人は?」
『あそこに居るだろう?』
神様の姿は見えないが、あそこと言われた場所がほのかに明るくなった気がする。
「……サヤのママ?」
ほのかに明るかった空間に人の形が浮かび上がった。その形はサヤの母親の姿だった。
「来ちゃダメって言ったのに来ちゃったのね。」
自認していなかった自分の手足の形を目視できた。今の俺の姿は二歳の俺ではなく、中学生の俺だ。
「沙規さん、俺のことがわかるの?」
「うん。八千代光君でしょ。沙夜の友達の。今は……彼氏かな?」
「はっ、はぃ……。」
クスッと悪戯っぽく笑った沙規さんはサヤに似ていた。彼女の親に彼氏と言われて、なんとも形容しがたいむず痒さを覚え、語尾の声が小さくなる。
「沙規さん。聞きたいことが一杯あるんだ。」
「聞かなくても私の記憶も見れるでしょ?」
「そんな。他人の記憶なんか見たくないよ。」
「そうよね。私だって見られたくないけど。」
その場で二人、対峙したまま沈黙が続く。
しばらくして沙規さんが話し始めた。
「私自身、もう、本当に私なのかどうかわからないんだけど。」
沙規さんは、ポツポツとなぜここに居ることになったのかという話をし始めた。
ドリーマーとして覚醒したのは大学生の頃。実験中に麻酔薬を投与され、仮死状態になった。その時に臨死体験をし、その中で『神様』に会った。弓削島の研究は始まったばかりで新しい分野だったため、新しい発見がある度に報告していた。最初、弓削島の仮説では『神様』ではなく、人々の海馬の中の記憶が類似の存在を作り上げることはよくあることで、いわゆる『臨死体験』の一つであるとされていた。なぜ類似の存在を作り上げるのかを研究しているうちに、弓削島も『神様』の存在を認めざるを得なくなった。ただ、弓削島は今もまだ『神様』には会えずにいるらしい。
「私は弓削島の羨望と嫉妬の対象になったの。学生時代、史朗っていう同級生の恋人がいて、結婚も約束していたのに。」
悲しそうな顔をした沙規さんはさらに続けた。弓削島は私の能力に嫉妬し欲しがり、自分がその能力を手に入れられないのであればその子供をと考えた。その結果、この世に産まれたのがサヤだった。弓削島の思惑に気付いたものの力ずくで犯され身籠った。堕胎することも考えたが、知られたときの報復が怖かったし、また何度も犯されるかも知れない。何より罪のない子供の命を奪うことが忍びなかった。どうにかこうにか夜逃げ同然の着の身着のまま、弓削島から逃げることができた。
弓削島はきっと、沙規さんの行方を探したのだろう。程なくして両親が事故で亡くなった。偶然ではないと考えたが証拠はなく、自分の身とサヤを守るため、居場所を転々としながら最終的に地元から少し離れた兄夫婦の近くに身を寄せた。
「神様の力は借りたくなかったのだけど、どうしてもサヤを守りたくて。結局、ここから抜け出せなくなっちゃったんだけど。」
「神様の力って?」
「ちょっと記憶というか、歴史をね。」
「記憶?歴史?」
「歴史はね……。あ、これ以上は喋らせて貰えないみたい。」
「沙規さん!」
沙規さんの姿がおぼろげになっていく。
「光君、またね。サヤを守って。」
自分の姿も視認出来なくなっていく。明るい空間へ放り出された。
何がなんだかですが、強引に進めています。
次回辺りから閑話にしようかどうしようか迷い中です。




