第4話 忘れた大惨事
家に着くと、見知らぬ男が二人来ていて、玄関先で母さんが対応していた。
「お子さんに取材させてほしいのですが、お母さん。」
「いえ、やめてください。あの子は幼かったから何も覚えてないんです。帰ってください。」
「あれから十二年経って、あの事故が風化してきているんです。」
「本当にやめてください。あの子は何も覚えていないんです。あの子はその時、主人とはぐれて迷子になっていたんです。だから私どももお話しできることは何もありません。」
なんだか不穏な空気が流れている。家に入らない方が良いのかと悩んでいると、二人組の一人がこちらを向き、俺に気付いた。
「お帰り、君が光くんかい?」
「ええ、まあ……。」
「ねえ、君、子供の頃に花火大会で事故に遭ったの、覚えてる?」
「何の事ですか?」
事故?五年くらい前から毎年近くの花火大会に行ってるけど、事故なんかあったかな?知らないんだけど。
キョトンとする俺を見て、訊ねた男はガッカリした顔をする。
「やめてって言ってるでしょう!?警察呼びますよ!」
「わかりました。今日は引き上げます。また日を改めてお伺いします。」
「もう二度と来ないで!」
母さんの絶叫が響く。お向かいの人が心配して飛び出してきた。それを見た男達はそそくさと立ち去っていった。
「光、早く家に入りなさい。ちゃんと手洗いうがいするのよ。」
俺を家の中に上げると、母さんはお向かいのおばさんと話し出した。どうもさっきの男達は他の家にも取材を申し込んでいたらしい。
十二年前の花火大会の事故ってなんだろう?
スマホで調べると、それっぽいのが出てきた。
死傷者三十四人の大惨事。花火がうまく上がらず暴発し、打ち上げ場所の近くにいた花火師と観客が三人亡くなった。三十一人は飛んできた火の粉や破片により火傷や怪我をした。
死者の名前を見てギョッとする。
巌 沙規(28)
もしかして、サヤの親戚だろうか。そんなにありふれた名前ではないから、その可能性は高いだろう。
負傷者の名前は載っていなかったが、当時のニュースに関するブログなんかを見ると、二歳の男の子がいたらしいから、これが俺ということだろうか。傷跡とかも見当たらないけど。
◆◇◆
夕食の時、父さんと母さんに花火大会の事故の話を聞いた。
「夕方、なんかの取材の人が来てたけど、あれ何?」
「昔、花火大会で事故があって、その取材だって。」
「なんか、俺に話聞きに来たって言ってたじゃん。」
「アンタ、二歳だったのよ?何も覚えてないでしょ?」
「まあ……」
「近くにいたけど、幸い軽い怪我で済んだのよ。」
「へぇ。」
俺と母さんが話すところに父さんも入ってきた。
「あの時、母さんのお腹に望がいて、花火大会には父さんとお前の二人で行ったんだけど、お前が花火を近くで見たいって駄々をこねてな。人混みの中ではぐれたんだよ。」
「迷子になってたの?俺。」
「そうなんだよ。あの事故で現場は騒然として、パニックになってな。お前を見つけられなくて、あの時は生きた心地がしなかった。会場を探し回っても見つからなくて、怪我人が運ばれたっていう病院をあちこち回って、やっと見つけたんだ。あのときばかりは母さんに殺されるかと思った。」
あはは、と笑う父さんだけど、全然笑い事じゃない。父さんをジトッと見つめる俺と母さんを尻目に、今度は望。
「でもさぁ、軽い怪我だったんでしょ?何で病院にいたの?」
「軽い怪我でも、二歳だぞ。病院行くだろ。」
「いや、だって、迷子でしょ?親もいないのに病院行く?」
「怪我人は他にもたくさんいたから、どさくさに紛れて連れていかれたんだな。それに、光は一週間意識が戻らなかったんだ。死ぬんじゃないかって、父さんも母さんも心配したさ。」
「ふぅん……」
話が途切れたところで母さんが声を上げる。
「もうこの話おしまい!このあとスイカあるよ!食べる人!」
はーいと全員で手を上げて話は終わった。
ご都合回。
この記者達は二度と出番がないかもしれないし、何かの伏線になるかもしれないです(笑)