ご。再びの萌さん
萌さんは頑張った。
萌さんが学校に来たのは、それから10日もたってからだった。
おはよう、と静かに教室に入ってくる手ぶらの萌さん。後ろには萌さんの荷物を持った颯太くんが続く。か弱い儚げ美少女をエスコートする無口系紳士。いい! と誰かが呟いた。
「おはよう、萌。大丈夫?」
声をかけながら抱きついた千晶さんの背中をポンポンとたたいて、萌さんはちょっと笑った。それを合図に、クラスの女子が囲む。休んだ間のノートのコピーやらお見舞いやら回復祝いやら遅ればせながらの誕生日プレゼントやら色々な物が、萌さんの机に積み上がる。
「萌、これ」
颯太くんの手にはエコバッグ。頂き物を詰めていく手際は迷いがなく、かつ中身が整理されながらなので、すき間なくきちんと入っている。主婦な女子が唸るほど女子力高し。すげぇ。
「ありがとう、颯太くん」
「ん。帰り迎えにくるから」
「うん」
ん? なにやらふたりの空気が甘いぞ? 入れない雰囲気じゃね? てか、ベストカプじゃん。などなどのざわめきもふたりの耳には入らなーい。リア充め!
しかし、アレより全然良くね? と周りの意見はひとつになった。誰も口に出してないのに、見事なハモり具合だ。笑えるー。
そんな微笑ましい光景に、ざっぱんと水をかける阿呆が襲来した。
「おはよー、あ! 萌きたんだー! もー、ずっとこないからどうしたのかと思ったよー、あ! そうそう、英語のノート見せてー、俺今日当たるんだー」
空気読めないバカに、つける薬もかける言葉もない。てか、今日10日ぶりの登校の萌さんが英語の和訳やってると思うの? ウソでも心配したとかの言葉はないの? そもそも、約束ブッチしといて謝罪もなしかよ。そんなんで、なんで素直に見せてもらえると思ったの? バカなの死ぬの?
「……矢作くんなら彼女達が見せてくれるでしょう? 悪いけど、もう貸すことはないから声かけないでくれる?」
優しい声なのに冷たかった。さぶっ、と誰かが叫んだ。実質温度まで下げるなんて、どんだけー。
「えー? そんなー、萌のノートが一番見やすいしさー」
「私の名前を呼ばないでもらえるかしら、矢作くん」
ブリザード再び。あまりの寒さに男子二人が抱き合った。彼らの名誉のために言うけど、そっちのケはない。
「えー、萌ー?」
「私の名前を呼ばないでもらえるかしら、矢作くん」
「萌ー?」
「私の名前を呼ばないでもらえる?」
しつこいくらい繰り返して、ようやく蓮くんは悟った。なんかおかしい、と。それくらいかよ!? と周りが激しく突っ込むが、当事者ふたりはスルーした。驚きの平常心。
「あの日、約束を破ったあなたに、私はもう用はないの。愛も情もないの。だから、話す必要はないし、ノートもこれからは絶対に貸すことはないわ」
「あの日の約束……?」
「反故にしすぎて、どれのことだかわからないみたいね。いいのよ、どれのことでも。でも、一応この言葉は必要かしら」
珍しく無表情で冷たい目の、どこか強い決意を宿した萌さんは、淡々とその言葉を告げた。
「私は矢作くんと別れます。……もう2度と話しかけないで」
もっとも、つき合っていたとは誰も思ってないでしょうけど。
その日、ギガだかメガだかの勢いで、学校に激震が走ったそうな。
当然の帰結(笑)てか、遅すぎ。