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異世界レンタル放浪記  作者: 黒野犬千代
第6章 密林の村
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第99話 先達からの問い

 オババ様は汚れを落とした木箱を手に取り何度も何度も眺めて漸く声を出した。


 「これはこの村の、しかも相当昔の木が使われているね。この細工を見てごらん、密林の中を大王魔蟲(グレーテストピルバグ)が進んでいる様が見事に彫られているよ。殻の頑丈さや密林の木々に絡んだ蔦までが繊細に表現されている。唯一残念なのは触角が無くなっている事だね。それ以外は完璧なのに勿体ないよ」


 オババ様が指さした先を見てみると確かに超大型虫型魔物の触覚部分が途中から無くなっていた。オババ様は今度は木箱を裏返して底を確かめている。文字らしきものが彫られていた。


 「これは作者の銘だね。おおっ、これは4代目の村長(むらおさ)の名だよ。だとすると300年は前のものだ」


 「そんなに経過しているんですか。俺には数日埋まっていた程度にしか見えませんが」


 「昔の木は今とは比べ物にならないほどの効能を含んでいたんだよ。汚れを弾くからいつまでも新品のように見えるのさ。それにとっても固くてね、剣でも魔法でも簡単には傷もつけられないよ。この箱だってマンモースに踏まれても壊れないよ」


 「そんなに固い木をどうやって加工していたんですか」


 「言い伝えによれば切り出して一月くらいは柔らかいそうだよ。その間なら普通の道具で加工ができるが、一月を超えると徐々に固くなって半年ほどするともう加工できないほどになったそうだ。普通はこれだけ細かい装飾をするのに1年はかかるが、この職人はそれを1、2ヵ月でやってのけた事になるよ。情けないが今の村にはこんな事ができる職人は一人もいないよ。さて、箱の中には何が入っているんだろうね。おや、開かないね」


 コッペルンや俺がやっても開かなかった。


 「力任せにやっても無理みたいだね。誰か【鑑定】してみておくれよ」


 俺は【鑑定】した。


 「魔養樹の木箱、魔法により封印された木箱。中身の鑑定はできない。そうです」


 「リンス、この村にいる唯一の魔法使いはお前さんだけだよ」


 「ですがオババ様、よそ者の私が開けていいっすか」


 「これも何かの導きだよ。それに封印を解くにはそれに見合った能力が必要なんだよ。ワシらはそれに見合わなかったんだよ」


 リンスは覚悟を決めたようでアヒル口を引き締めオババ様から木箱を受け取った。そして魔力を通すと木箱が青白く光りその場にいる者の脳に映像が浮かんだ。灰色のローブを身に纏い逞しい手でロッドを握った一人の老人が話し掛けてきた。


 『300年の時間を経て見つける者が現れたか。そなたにはこの箱を開ける価値があるかな。これからする3つの質問に答えるのだ。正解すれば中身はそなたの物だが不正解ならその汚名は木箱に刻まれ、以後300年のあいだ挑むことは叶わぬ。受けるのなら名乗りを上げて魔力を通すのだ。受けぬのなら元の場所に戻すがよかろう』


 「凄い、300年後に僕たちが見つけるって知っていたんだね」


 トッペニクが言うとコッペルンが、


 「いや、時間認識が組み込まれた魔法だろうな」


 リンスは先ほどよりも不安げな表情で言った。


 「どうしよう。質問されてもこの村の事も木の事も何も知らないっす」


 「ワシらにも見えたのだから助言する事は禁じられていないよ。ワシらで分かる事は教えるし、失敗してもお前さんの責任じゃないさ。また埋めて300年後に誰かが挑んでくれるよ」


 オババ様が鷹揚に言うと全員が同意して頷いた。リンスがこの村にしてくれた事を知らない者はいないのだ。


 リンスも頷くと木箱に名乗りを上げて魔力を通した。


 「我が名はリンス。オーウイル子爵領より来た魔法使いなりっす」


 『覚悟が決まったようだな。では最初の質問だ。この木箱を作ったのが誰だか分かるか。答える時間はそう長くはないぞ』


 「それなら簡単だよ。4代目の村長のタッペダク師だよ」


 オババ様が言ったが俺は質問の仕方に違和感を感じていた。


 「ちょっと待ってください。質問は、木箱を作ったのが誰だか分かるか、です。誰だとは聞かれていません」


 「でもゴータ君、銘が刻まれているんだから間違いないだろ」


 「それも不自然です。答えが木箱に銘打たれているというのは簡単すぎます。不正解なら汚名が木箱に刻まれると言っていました。タッペダクさんは失敗して名を刻まれたのではないでしょうか」


 それを聞いたトッペニクが


 「じゃあ誰なの。300年も前の事なんて誰にも分からないよ」


 「そう。だから答えは分からない、でいいんじゃないでしょうか」


 「分からないが答えなんてありえないよ。それなら、分かる、って答えても正解になっちゃうよ」


 「それだと次の質問が、誰なのか答えろ、だと正解できなくなる」


 「答えによって質問が変わるってこと」


 「ああ、時間認識が組み込まれているくらいだから考えられる」


 全員が決めかねてオババ様を見た。


 「一理あるね。でも最後はリンスが決めるんだよ」


 リンスは頷くと答えた。


 「分かりません」


 木箱が青白く光り再び皆の脳に映像が浮かんだ。


 『正解だ。タッペダクと答えると思ったんだが。そなたは賢くて素直な人間のようだ。では次の質問だ。この木箱を作ったのは誰だ』


 うっ、全員が固まってしまった。


 「分からないのに答えられる訳がないよ。最初から開けさせるつもりなんて無いんだ。それにこれなら、分かるって答えていても同じ結果だったんじゃないかな」


 トッペニクが諦めるように嘆いた。俺も諦めそうになったが気になることが幾つかあった。


 「いや、分かるって答えていたら。質問者からタッペダクという名前は出てこなかったはずだ。だからそこにヒントがあるはずなんだ。俺が気になったのはタッペダクと呼び捨てにした事だ。それに質問者のロッドを握る手はとても逞しかった。コッペルンさんや他の皆さんのように」


 オババ様が言った。


 「村長を呼び捨てに出来るのは年上の村人だけだし、手の逞しさから見ても映像の魔法使いは村の者に間違いないよ。3代目の村長は魔法がよく使えたと聞いているよ」


 「たしか3代目の村長はリッペロン師です。でもオババ様、映像の男性がリッペロン師だとしてもこの木箱の製作者が本人かどうかは分かりませんよ。他の村人が作ったかあるいはそれよりも前からあった物かもしれません」


 「これも気になっていた事なんですが、剣でも魔法でも簡単には傷つけられない木に魔法で名を刻むなんてできるんでしょうか」


 俺が尋ねるとオババ様が首をひねりながら、


 「ワシも気になっていたよ。よほど強力な魔法でも細かい文字を刻むなどできるものじゃないよ」


 「だとすると不正解で名前が刻まれるというのはフェイクですね。それならタッペダク師の名前はどうやって刻んだんでしょう」


 「木箱を作って絵を彫ったのと同じ時に刻んだのだろうね。後からじゃ硬くなって名を刻むことはできないからね。そして他の職人が作っている大切な作品にそんな事は絶対にしないよ」


 オババ様が言うとトッペニクが訊いた。


 「じゃあオババ様、リッペロン師は自分で木箱を作ってタッペダク師に質問して不正解だったから名前を刻んで封印したっていう事なの」


 「そうなるね」

 

 それを聞いたリンスはオババ様に頷いてから木箱に向かって答えた。


 「リッペロン師っす」


 木箱が青白く光り皆の脳に映像が浮かんだ。


 『再び正解だ。どうやらそなたは村の事をよく知る人間のようだ。最後の質問に正解すれば木箱は開き中身はそなたの固有アイテムとなる。譲渡も売却もできんから覚悟して答えるがよい。最後の質問は2択だ。そなたは木箱の中身を手に入れたらどうするかな。1.村に繁栄をもたらすために使う。2.村の事になど使わず自分の為に使う。さあ、どちらか選ぶがよい』


 「どう考えたって1だよ」


 トッペニクが断言すると周りの村人たちも同意した。


 「そうだな。2は中身が何かは知らないが利己的すぎる。1以外考えられない」


 「お前たちは黙っておいで、これだけはリンスにしか答えられない質問だよ。リンス、心のままに答えるがいいよ」


 確かにそうだ。正解すれば箱の中身はリンスの固有アイテムとなり彼女にしか使えないのだ。どう使うかは彼女にしか決められない。だがそれだけに意地悪な質問だ。これまで助言してくれた村人の前で2は選びづらい。無難な答えは1だ。嫌な考え方をすれば、村のために使うと言って自分のものにしてから好きに使えばいいのだ。誰だって1と答える。いや待てよ、そんな判り切った質問に意味があるのか。訳が分からなくなってきた。たぶんアプローチの仕方が間違っているんだ。


 

 最初の質問に正解した時にリッペロン師は「そなたは賢くて素直な人間のようだ」と言った。すなわち賢くて素直な人間かどうかを確認した。2番目の質問では「そなたは村の事をよく知る人間のようだ」と言った。村人かあるいは村人の友人かを確認した。

 そして3番目の質問だ。賢くて素直な村人かあるいはその友人なら間違いなく1を選ぶはずだ。だが名を刻まれているタッペダク師は不正解だったのだ。村長ほどの人物が2を選ぶとは思えない。すなわち1は不正解なのだ。リッペロン師は箱の中身を村のためには使って欲しくない、だからといって悪意のある者にも渡したくないのだ。1を不正解とするなら村のためだと言って実際には自分の為に使うような嘘つきも排除できる。答えは2だ。

 

 俺がそう思うのと同時にリンスが答えた。


 「私の答えは2っす」

 

 周りの村人から悲鳴が上がった。トッペニクは小柄なリンスに掴みかからんばかりに詰め寄った。


 「酷いよリンスさん」


 怒号が飛び交う中でオババ様とコッペルンだけが落ち着いていた。

 そして喧騒をかき消すように老人の声が人々の脳内に大きく響いた。


 『正解だ。そなたこそが所有するに相応しい者と認めよう。さあ受け取るがよい』


 魔養樹の木箱が一段と明るく光り側面に施された装飾の蔦が解けるように動き箱が開いた。騒いでいた村人たちは職人気質を思い出したようにその動きに見入っていた。


 木箱の中身は木の根が絡んだステッキだった。よく見れば根が灰色の細長い何かを取り込むように絡んでいる。


 オババ様はしばらくそのステッキを注視してから、


 「この根は魔養樹の根だよ。300年前の箱から出たという事は、この根も同じかもっと前のものだね。中にはしっかりと魔力の養分を貯め込んでいるはずだよ。この中にある棒のようなものは何だろうね。見たことが無いよ」


 と言って俺を見た。【鑑定】しろという事らしい。


 「ステッキ、何の変哲もない普通のステッキ、とのことです」


 「あ、そうだったね。固有アイテムだからリンスが持たないと意味が無いんだよ」


 オババ様に促されてリンスはステッキを手に取って振ったり眺めたりした。


 俺はリンスに【鑑定】していいか、と目で訊いてから実行した。


 「大王魔蟲のステッキ、大王魔蟲の触角を閉じ込めた魔養樹の根のステッキ」


 俺がそう言うとオババ様が叫んだ。


 「なんだって。この棒があの大王魔蟲の触角なのかい。こりゃとんでもないものだよ」


 お年寄りとは思えない声量だ。余程驚いたのだろう。


 「絶滅したとはいえ触角だけなのにそんなに貴重なものなんですか」


 「触角だけならコレクターが何本も持っているだろうね。でもこの触角はそんな干からびたコレクションとは全く違うよ。おそらくこの村に生息していた大王魔蟲が落とした触角が魔養樹の根に入り込んだんだね。魔養樹から魔力を得ることができた触角は大王魔蟲の頭にあった時と同じ状態を保っていられるよ。なんたって魔養樹の魔力は元々大王魔蟲のものなんだからね」


 なるほど、そう思って見ると300年以上前の触角なのに今さっき取れたばかりのような生命感がある。ただでさえ強靭は大王魔蟲の触角が魔養樹の根でがっちりガードされているのだ、これはこの世に二つとない素敵なステッキという訳だ。


 村人たちはもっと凄いお宝を期待していたらしくオババ様の話を興ざめして聞いていた。トッペニクも先ほどまでの興奮がすっかり冷めて面白くなさそうに言った。


 「なんだそんなものか。難しい質問に答えさせておいて意外と普通の景品だったね」


 そんなことを言われたリンスはステッキを見てニヤニヤしている。

 トッペニクや村人たちの反応の無さにオババ様が、


 「お前たちは何もわかっていないね。このステッキの価値は珍しいだけじゃないよ。これを通して魔力を発すれば下級の魔物は大王魔蟲が近くにいると思って逃げていくよ」


 「リンスさんなら下級魔物くらい火魔法で全滅にできるから意味ないよね」


 トッペニクが冷やかすがリンスは嬉しそうにステッキを握りしめている。


 「お前たちは全然わかってないね。大王魔蟲は序列に厳しい魔物なんだよ。つまりこのステッキは王魔蟲(グレートピルバグ)豪魔蟲(ストロングピルバグ)などの蟲系魔物を従えることができるかもしれないんだよ」


 その言葉を聞いたトッペニクがだらけた表情を一変させ興奮して喋りだした。


 「凄いよ、凄い。これを使えば王魔蟲や豪魔蟲をトンネルに巣作りさせられる。そうすれば村の魔養樹はまた魔力を沢山貯めることができる。村が栄えるんだ。昔話と同じように魔法使いが一杯来るようになる」


 飛び跳ねて大喜びするトッペニクにコッペルンが冷静に言った。


 「待てトッペ。リンスさんは、村の事になど使わず自分の為に使うと答えて正解したんだ。そんな使い方をしてはダメだ。リッペロン師だってお前が考えたようなことをしてほしくないから封印したんだぞ」


 「コッペさんは村を栄えさせたくないの」


 コッペルンが言い返そうとするのを制してオババ様が言った。


 「いいかいトッペニク、皆も聞いておくれ。リンスが協力してくれればこの村に王魔蟲や豪魔蟲を連れてくることが出来るかもしれない。でも魔物はしょせん魔物だよ、いつ暴走するかもわからない。しかもそんな事ができると知れたらリンスが狙われるかもしれないだろ。

 皆は命の恩人が狙われても平気なのかい。このステッキは村には必要ない。それにねぇ、今のお前たちにこの木箱が作れるかい。切り出してひと月やふた月でこれほど見事な彫ができるのかい。貯めた魔力が多ければ多いほど切り出してから固まるまでの時間は短いんだよ。

 今のお前たちじゃ何もできないうちに木だけがカチカチになって終わりじゃないか。それを何だい、高望みばかりして。木が良ければ良い作品が作れるのかい。逆だろ、良い作品が作れるようになってから良い木を求めるんだよ」


 トッペニクも村人たちも言い返す言葉もなくただ項垂れた。自らの実力と考え違いに気付いたのだ。リンスは心ここにあらずといった感じで新しいステッキに頬擦りしていた。

 オババ様はリンスに優しく穏やかな笑顔を向けて言った。


 「リンス、ありがとうよ。お前は全てわかっていたんだね。お前が正解してくれなかったら300年後に村人がまた醜態を晒すところだったよ」


 「え、あいや、知らないっすよ。この後は他所へ行って新しいステッキを見つけようと思ってたから、この村の為に何かする時間なんて無かったっす。でも嬉しいなぁ、念願の新しいステッキが手に入ったっす。でもこの木の中にあるのは何っすかね。ゴキブリの足をでっかくしたみたいでキモイっす」


 今までの話を全然聞いていなかったリンスの言葉に皆がズッコケた。

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