第98話 ナイトオークの死骸
「あれから8年っす」
自らの思い出を語り終えたリンスが眠そうな目を擦りながら言った。
「色々な町へ行って自分に合うステッキを探したっすけど見つからなくて、ここならひょっとしてと思って村に着いたとたんにそこらじゅうで悲鳴が上がって驚いたっす」
「せっかく来てくれたのにどの工房もグチャグチャになっちゃって」
15才のトッペニクがワインを飲みながら申し訳なさそうに言った。
この世界は年齢によって飲酒が禁止されているという事はなく子供でも飲酒は可能だ。ただしその結果がどうなろうとも自己責任なのだ。だから人に飲むかと尋ねるのはOKだが飲めと強要するのはNGらしい。そもそも飲みたくない奴に貴重な酒を無理に飲ませる意味が分からないそうだ。
「僕たちの村には良い木が生えるからね。ステッキだっていいのができるよ」
「コッペルンさんも言っていたけど、東西南北のトンネルの中でも良質な木が生えるのは村がある北トンネルだけなんだろ」
「そうだよ。トンネルは大王魔蟲の通り道だったらしいけど北トンネルには巣があったんだって。その排泄物には魔力がたっぷりと含まれていてそれを養分として根に貯め込んでいるから、その根から伸びる木は凄く硬いし魔力の増幅率が良いんだよ。そういう木の事を魔養樹っていうんだ」
「そんなに凄い木ならリンスみたいな魔法使いが大勢来るんだろうな」
俺がそう尋ねるとトッペニクは寂しそうな顔で言った。
「根に貯まった魔力は減る一方だから効力も弱くなってきてるんだ。大昔は魔法使いの間で評判の村だったらしいけど、今では誰も来ないよ。王魔蟲かせめて豪魔蟲がいてくれればよかったのに」
そこへコッペルンがワインを飲みながらやって来て言った。
「トッペ、さすがにそれは無理だぞ。人と王魔蟲は共存できない。魔蟲程度なら飼う事は可能だろうが糞に特別な効能は無い」
「でもコッペさん、それじゃ村は栄えないよ。何か新しい事を始めないと衰えるばかりだ」
「それは昔から議論されてきたことだな。だが俺はこのままでいいと思う。俺たちの木工品は町の人に喜ばれている。服や必要な物はそれで手に入るしお金は無いから盗賊にも狙われない。こんなに住みやすい村は無いぞ」
トッペニクが急に静かになったと思ったら木盃を持ったまま眠っていた。
疲れていたんだな。俺はその木盃を下に置くとトッペニクの横で眠りについた。
そして夜が明けた。
日光に照らされ戦場の全貌が明らかになると村人たちは言葉を失くした。僅かな草しかない赤土の山がナイトオークの死骸で覆われていたのだ。
オババ様が言った。
「これは後始末が大変だねぇ。燃やせばいいのか埋めればいいのか分からないよ」
「それじゃあ、俺が全部貰っちゃってもいいですか」
「もちろんゴータが倒したんだから好きにすればいいけど、これだけの数をどうやって……」
「大丈夫です。下へ降りながら片付けていきますから。なあリンス、ナイトオークの死骸って売れると思うか」
「オークなら食肉としても需要があるけどネイトオークは肥料にしかならないから安いっすよ。うーんと、1頭につき銅貨10枚、魔石は1個につき銀貨2枚っすね」
「1万頭として、金貨210枚だな。大金持ちだぞ」
「いやいや、これだけの量を一度に売ったら値崩れするっす。小出しにして売るのがいいっすよ」
「リンスは見かけによらず頭がいいんだな」
「見かけ通りで頭が良いわ。オババ様、こいつにファイヤーしていいっすか」
俺が先頭になり死骸を収納して道を作っていく。10mの範囲にある死骸が一瞬で消えていくのを見た村人もリンスも改めてその能力に感心している。数十メートル下ったあたりで俺の肩で眠っていた猫が起きた。ワインを飲みすぎて酔っぱらい鼾をかいて熟睡していたのだ。
欠伸をしながら猫が言った。
「何をやっているにょだ、ボケ」
「見れば分かるだろ。ナイトオークの死骸を収納しているんだ。お前、食ってみるか」
ペシ
俺の頭に猫パンチをして、
「んにゃもん食えるか、ボケ。どうして少しずつ入れていくんだ」
「10m以内の物しか入れられないんだよ」
「ほう、どうして10mにゃんだ、ボケ」
「以前、実験をしたことがあってな。その時に10mが限界と判明したんだ」
俺が再び死骸を収納すると猫が言った。
「おい、そこは7mくらいだぞ、ボケ。10mはもう少し向こうだ」
そうだったか、俺はその先の死骸も収納した。
「やはりにゃ。いまにょは13mだ、ボケ」
「……嘘だろ」
リンスを見ると彼女も頷いて、
「13メートルっす」
と言った。
「自分で勝手に限界を作っていたんだにゃ。リュックというにょか、それはお前が考えているほどちっぽけにゃ物ではにゃいぞ、ボケ」
中に入った事があるワシには分かる。そんな風に聞こえた。
俺は改めて集中して13m先の死骸を収納してみると簡単にできた。
「やったぞ、簡単だ」
俺が喜ぶと猫が、
ペシ、ペシ
と猫パンチして、
「誤差程度で喜ぶにゃ、ボケ。全部だ、全部サクッと消してみろ」
「そんなの無理に決まってるだろ」
「お前が無理だと決めつけておるだけだ。お前は知らんだろうが、こにょ世界にょ者は自分にょ物にゃらどれだけ離れていようとも思うだけで自分にょポケットに入れることができるんだぞ、ボケ」
「そうなのか」
俺がリンスを見るとリンスが頷いて言った。
「そうっす。そんなの当たり前っすよ」
なんだそうだったのか、俺って馬鹿みたいだな。
俺は山を覆うナイトオークの死骸全ての収納をイメージした。当たり前のように死骸は全て収納され、焦げた赤土の山肌が露になった。
村人たちから驚きの喚声があがった。
「ん、どうして当たり前の事なのに驚くんだ」
俺が訊くと猫が、
「当たり前にょはずがあるか、ボケ」
と言ってニタリと笑った。
「単純っすね」
リンスがボソリと言った。騙しやがった。まさかこのリュックにこれほどの能力があるとは自分でも驚きだ。
収納の中身を確認すると確かに入っていた。
ナイトオークの死骸13864頭
ナイトオークリーダーの死骸34頭
ナイトオークキャプテンの死骸12頭
ナイトオークジェネラルの死骸2頭
焦げた革鎧2190着
焦げた布3881枚
鉄剣1190本
鋼の剣311本
ナイフ21本
槍129本
焦げた弓81張
矢509本
棍棒2508本
ナイトオークの魔石120個
夜目石34個
魔石はリンスが吹き飛ばしたナイトオークのものだろう。バラバラになった死骸は廃棄物に入っているはずだ。
「夜目石っていうのが34個あるんだが、これは何だろうな」
「それはナイトオークの私物っすね。ドロップアイテムっていう人もいるっす。ガラスのように薄く加工すれば夜でも昼間のように見える眼鏡を作ることができるっす。道具屋に売れば結構なお金になるっすよ」
密林の北トンネルの中は俺が通って来た東トンネルとは違って逞しい木が何本も生えていた。薄暗く直射日光が当たらないのにこれほどの木が生えるのは魔養樹のなせる業なのだろう。そんなトンネル内の村は壊滅していた。家々は全て壊され、所々にある血の痕がそこで何があったのかを物語っていた。若者が掘って崩落したという場所もすぐに分かった。
そこには5mほどの穴が地獄への入り口のように黒々と空いていた。中を覗いたが真っ暗で何も見えないし音もしない。
「本当に魔物は全部出たっすね。気配が一切しないっす。今ならダンジョン攻略できるっすよ」
「攻略ってどうやるんだ」
「各層のボスを倒して下へ行って、最下層のボスを倒せばいいっす」
「なんだよ、まだボスが中にいるなら危険だろ」
「馬鹿っすか。ボスはボス部屋から出られないっすよ。今なら無抵抗でボス部屋に行けるっす」
「収納した死骸の中にナイトオークジェネラルっていうのがいたが、あれがボスじゃないのか」
「ジェネラルがいたならボスはナイトオークロードっすかね。倒しに行くっすか」
「いや、ダンジョン内じゃ猫の超絶魔法が使えないし止めておくよ」
「うん、自分の弱さを知っているのは重要っすよ。それにナイトオークしかいないダンジョンなんて面白くないっす。それでこの穴はどうするっすか」
オババ様は屈み込んで切られた太い根を見ていた。それに気づいたコッペルンも穴をのぞき込んで断面を確認した。
「オババ様、太い根はダメですがその横の細い根は生きていますよ」
「そうだね。これならいずれ太く硬くなって地面を固めてくれるよ」
「ですがまた板で塞ぐだけというのも不安です。いずれダンジョン内に魔物が湧きますから」
「そうだねえ。何かいい方法はないかねえ」
「岩ならどうですか。立て籠もった洞窟の奥の部屋には直径10mの一枚岩がありましたよ。でも重さに耐えられますかね」
俺が進言するとコッペルンが、
「岩なら完璧だし重さも問題ないが、どうやって……」
運ぶんだと言おうとして俺の能力を思い出した。
「頼めるかい、ゴータ君」
「もちろんです。でも神聖な場所を荒らして大丈夫ですか」
「あそこは倉庫として使っていただけで神聖でもなんでもないよ。墓があったとはいえ誰の墓なのかも知らないしね」
俺と猫とコッペルンさんは斜面を登って洞窟へ戻った。直径10mの円形の一枚岩の上には空の石棺が置かれてある。俺はひとまず空の石棺を収納に入れた。次は一枚岩だ。
そこでコッペルンさんが不思議そうに言った。
「今まで当たり前のように見ていたが、この岩はどうやってここまで運んだんだろうな」
「下に丸太を入れて転がしたんでしょうね。そして後ろに出た丸太をまた前に入れての繰り返しで動かせますよ」
「いやゴータ君、入口からこの部屋まで通路の幅は5mしかないぞ」
「それなら俺みたいに魔法アイテムかスキルかあるいは空間魔法とかいうやつですかね」
「そんな能力があるのにお粗末すぎると思わないかい。簡単に盗掘を許してしまっている」
「わざとかもしれませんね。前に聞いたことがあるんです。盗まれてもいいものを埋葬して実際の墓は隠してあるんです。盗掘した者も後から来た者もここはもう用無しだって思って帰っていきます」
「興味深い話だな。この部屋だとすると下しかないな」
俺は一枚岩を収納に入れた。その下は外と同じ赤土だった。俺とコッペルンさんは棒を持ってきて地面を探してみた。
地面は場所によっては柔らかい箇所もあってそこに棒を差して探ってみるとコツンと音がした。丁寧に掘り返すと土にまみれた細長い木箱が出てきた。それほど重さは無いから金銀財宝というわけではないようだ。
「本当にあるとは驚きだ。村に戻ってオババ様に見てもらおう」
コッペルンさんが木箱を見ながら真剣な表情でそう言った。
いつもありがとうございます。