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異世界レンタル放浪記  作者: 黒野犬千代
第6章 密林の村
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第93話 対ベリーズ

 貴賓席のシュメルは自分の目を疑っていた。

 なんだあれは、8歳のガキが何故ファイアーショットが撃てる。しかも速くて強力だった。アイスマンはガキがファイアーショットを撃てるとは知らなかったようだ。次のベリーズも知らないまま出てきたら同じようにやられてしまう。このままではまずい。


 控室へ行こうと立ち上がったシュメルをナントが見咎めた。


 「おいシュメル、何処へ行く」


 「うるさい邪魔をするな。俺は介添え人だぞ、控室へ行って何が悪い」


 「随分と焦っているな。さっきまでの余裕は何処へ行ったのかな」 

 

 シュメルはそれを無視して控室へ急いだ。

 控室に入ったシュメルにエドガーが訊いた。


 「アイスマンが負けたというのは本当ですか」


 「本当だ。あのガキのファイアーショットに瞬殺された」


 魔法士長のアロップが目を丸くして驚いた。


 「あのような子供がファイアーショットですと、信じられません」


 「真なのだ。ステッキの先端から飛び出した火の弾丸が真っ直ぐにアイスマンの喉を突き破ったのだ。たったの一発でだ」


 それを聞いたベリーズが顔を青くして甲高い声で尋ねた。


 「俺はどうすりゃいいんです、アロップさん。あんた魔法の専門家でしょ」


 「落ち着くんだ。アイスマンは油断しただけだよ。娘がファイアーショットを撃ったら移動しなさい。左右どちらでも構わないから動けば当たらない」


 「ですが、ガキがそれを計算して撃っていたらどうすんです」


 「君の武器は何だね」


 ベリーズは持っていた革の帯を襷状に掛け、ズラリと並んだ金属の棒を1本抜いて答えた。


 「棒手裏剣です。10m以内ならどんなに小さな的でも外さねえ」


 「ならばジグザグに走って近付き棒手裏剣で仕留めればいい。娘に対して直線で走ったらダメだ、必ずジグザグで走るように」


 「ベリーズ、盾を持っていったらどうだ」


 「いや、それだと速く走れねえ。足には自信があるんだ。俺がきっちり仕留めてくるぜ」


 ドアが開いて警護隊士が告げた。


 「2番手ベリーズ、時間だ」


 シュメルは貴賓席へ戻り、ベリーズは闘技場への通路を進んだ。闘技場入り口へ続く階段手前の通路の端ににアイスマンの死体が横たえてあった。喉に小さな傷がありその周囲は血だらけだった。それを見たベリーズが怒って周りを固める警護隊士たちに言った。


 「おい、どうしてこんな所に置いていやがるんだ」


 「人殺しの末路などこのようのものだ。立ち止まらずに進め」 


 ベリーズは憤然として階段を上がり扉を開けて闘技場に入った。


 「来たな人でなし」


 「さっさと死にやがれ」


 「地獄へ落ちろ」


 ベリーズは自分を罵る市民たちに向かって甲高い声で、


 「言ってろ、ゴミどもが。お前ら皆殺しにするからな」


 と叫んだが大観衆の野次に掻き消されてその声は誰にも届かなかった。


 反対側の扉が開きリンスが登場した。先程と同じ装いでヒョコヒョコと数歩進んで止まった。目深にかぶったとんがり帽のせいで表情は見えない。


 「リンスちゃん、頑張れ」


 「今度も負けるなよ」


 「悪い奴をやっつけろ」


 「大好きだよ」


 リンスへの声援はさらに盛大になったが貴賓席の王国法務長官が立ち上がると声は止んで静かになった。市民たちは前回の素早い戦いを思い出し、何一つ見逃すものかと凝視した。


 「これよりリンスとベリーズの決闘を行う。はじめ」


 王国法務長官の声が響くと同時にベリーズは走り出した。アロップの作戦通りだ。左に5m走り突如方角を変えて右斜め前方に走った。リンスに向かって直線にならないように、リンスに先読みされて撃たれないようにジグザグに走った。素早い走りと角度を変える意図に気付いた観衆からは不安と絶望の声が漏れた。


 「これはヤバイよ」


 「どうすんだよ、リンスちゃん」


 貴賓席のホセ隊長も思わず呟いていた。


 「ファイアーショット対策をしてきたか、リンスが危ない」


 それを聞いたタリアが震えた。



 闘技場のベリーズはジグザグに走りながらほくそ笑んでいた。

 市民ども俺の走りに驚いているな。だが驚くのはまだ早いぜ。10mまで近づいたらお前らが応援するガキを棒手裏剣で仕留めるんだ。ただの一発で殺した時の奴等の絶望を想像しただけでゾクゾクするぜ。狙うのはローブで守られていない首だ。

 ガキめ、アイスマンにしたようにファイアーショットを撃とうとしたんだろうが俺が走ったもんだから何もできないで棒立ちになっていやがる。そういやガキの名は何だったかな。うーん思い出せねえ。まあ、殺す奴の名なんてどうでもいいや。

 お、ガキがステッキを上げたな、ダメ元で撃とうってか。そら撃ってみろや、こうやって進路をどんどん変えるんだぜ。それにこのスピードだ、まぐれ当たりなんて期待できねえぞ。

 お、何か呟いたな。ステッキの先から火が出やがった。ファイアーショットは本当だったんだな。そら、また進路を変えたぜ。ははは、さっきまで俺が進んでた方に飛んで行ったぜ。ガキのくせに一応は考えていやがるが残念だったな。おや、市民どもが変に騒いでいやがるな。


 ベリーズがそう思って走っていた時、観衆たちはざわついていた。リンスが撃ったファイアーショットがベリーズから外れてあらぬ方向に飛んでいき、誰もがこれではリンスに勝ち目がないと思った瞬間に火の弾丸がカーブを描き観客席と闘技場を隔てる青白い光膜を掠めてベリーズを追ったのだ。ベリーズがジグザグに角度を変えるたびに、それに合わせるように火の弾丸も進路を変えて追いかけ、遂には走り続けるベリーズの後頭部を直撃した。


 ベリーズは後頭部に衝撃を感じたがそれが何なのかを知ることもなく崩れ、勢い余って何回転も地面を転がって止まった。即死だった。


 再び闘技場は静寂に包まれた。ファイアーショットが進路を変えて相手を追ったのだ。そんな魔法は見たことがなかった。全く新しい魔法を目撃した市民たちも兵士たちも子爵一族も言葉がなかった。もちろんレンブルも度肝を抜かれていたがリンスの勝ちを早く知らしめたくて王国法務長官に催促した。


 「長官、勝ち名乗りを」


 ハッと我に返った長官が立ち上がって言った。


 「勝者リンス。次の決闘は30分後に執り行う」


 静まり返った闘技場に長官の声が響き渡り、市民たちからやんややんやの喝采が巻き起こった。


 「リンス」


 「やったあ」


 「凄いぞ、何だよ今のは」


 「何だか分からないが俺は嬉しくしょうがねえぜ」


 リンスはヒョコヒョコと歩いて東側控室に戻っていった。

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