第91話 決闘前
「我が名はリンス、オーウイル子爵領レンブル隊隊長兼隊士兼魔法長っす。わが父と母に対する侮辱許し難く死をもって償わせるっす。アイスマン、ベリーズ、チャンクス、デガルグ、アロップ及びエドガーに決闘を申し込むっす」
「よくぞ申した。そこな6名、決闘を受諾するか」
「やるに決まっているだろう。ぶっ殺して大手を振って帰還する」
エドガーが受諾し他の隊士も同意した。
「私も当然受諾です。可哀想だがソレンタスの待つあの世に送ってやるとしよう」
アロップも受諾した。すっかり白状したのと同じ状態の6人に群衆からは罵詈雑言がぶつけられた。
「人殺し」
「地獄へ落ちろ」
「お前ら人間じゃねえ、死にやがれ」
「ではそれぞれ介添え人を定め、場所と日時、方法を決めよ」
「介添え人はレンブル、場所は円形闘技場、日時は今日の午後2時30分、方法は武器でも魔法でもスキルでもポーションでも何でもありっす」
「無茶だ、リンス。女性と子供は代行人を選ぶ事だって出来るんだ。子爵に頼めば国中から一流の剣士だって魔法士だって呼んでもらえる。それが嫌ならせめて自分に有利な方法を選ぶんだ」
ラシードが助言をしたがリンスは大丈夫だと言うように首を横に振った。
エドガーがシュメルとアロップを見ると二人とも余裕の表情で頷いた。
「介添え人はシュメル様、場所日時方法はそれでいい」
「では決まりだ。本日午後3時より決闘を執り行う。順序は決闘申込者の申し込み順、すなわちアイスマン、ベリーズ、チャンクス、デガルグ、アロップ及びエドガーの順とする。なお、見物は自由とする。弓や魔法を使うとのことなので闘技場には物理魔法防壁が必要だ。これより城へ参り防壁を設置するよう子爵に進言する」
長官はそう宣言すると足早に去っていった。リンスもレンブルに連れられて城へ向かおうとすると、群衆から惜しみない声援が送られた。
「まだ小さいのに大した勇気だ。必ず勝つんだぜ」
「俺はお嬢ちゃんの応援に行くぞ」
「あたしもよ。おかみさん連中を誘って応援する」
「俺も仲間を呼んで行くからな」
「会場をリンスちゃん応援団で埋め尽くすんだ」
リンスたちが去ると私兵隊とシュメルに怒りが向けられた。
「あんな娘の親を殺すなんてとんでもねえ野郎どもだ」
「お前ら人間じゃない」
「私兵隊は全員死刑にしろ」
今にも飛び掛からんばかりの群衆にイライラしながらシュメルたちは屋敷に引き返した。屋敷でシュメルがエドガーに言った。
「この事はすぐに子爵の耳に入る。そうなればあのガキを殺しても俺の爵位継承の目は消し飛ぶ。この際だ、決闘に乗じて邪魔な奴等を全員排除するんだ」
「邪魔な奴等というと……ナントと子爵の側近、それと、まさか子爵までですか」
「当然だ。観客席はガキを応援する馬鹿な市民で埋め尽くされる。その中に私兵隊60人を潜ませ暴動を起こすのだ。ナントも子爵も暴動で怒り狂った市民に殺されたことにして始末すれば爵位継承順位2位の俺が子爵になれる」
「しかしそれだと民どもに目撃されます」
「民衆は暴徒鎮圧として皆殺しにせよ。女子供とて容赦はするなよ、見物に来る馬鹿どもは全員我らの敵、殲滅するのみだ。まあ何人か逃げたとしてもそんな奴らの声は子爵になった俺が握り潰してやる。安心して殺しまくるがいい。俺が子爵になれば私兵隊は子爵領正規軍となりエドガーは司令官だ。アイスマンたちも全員士官にしてやる」
「盗賊から貴族領の司令官か、有り得ねえ大出世だ」
「お頭、やりましたね」
「馬鹿野郎、お頭じゃねえ、隊長、いや司令官と呼べ。よし私兵隊を全員集めろ」
「はい」
「ぎゃははは」
一方、報告を聞いた子爵は頭を抱えていた。
「なんという事だ。シュメルはどこまで係わっておるのだ」
「いまだに隊士どもを庇っている事から少なくとも全てを知っておられたと思われます」
「馬鹿め。決闘を中止させて全員を拘束せよ。ただちに裁判に掛けて極刑にするのだ。シュメルとて容赦は不要だ」
「ですが子爵、既に証人によって決闘の宣言がなされております。中止すればリンスが逃げたと思われてしまい、裁判ではそのような者の証言は信用に値しないと断じられる可能性が高いでしょう」
「聞けば相手は六人というではないか。そのような決闘など聞いたことが無い。レンブルも何を考えておるのだ」
「父上、お呼びでしょうか」
「レンブル、何故このような無茶な決闘を後押ししたのだ。8歳の女子が剣術使い5人と魔法使いでしかも高位の者と戦って勝てる訳が無かろう」
「リンスが自分からやりたいと申したのです。リンスの思いを遂げさせてやりたい。俺様はリンスを信じます」
レンブルはゴブリンを倒すイメージトレーニングが終わって隣の練習室にリンスを呼びに行った時に砂の斜面に空いた沢山の穴を見ていた。そして警護隊士の剣や槍や弓の達人を呼んで砂の斜面を斬ったり突いたり、あるいは射ったりさせてみたがりンスが空けたような深い穴を開ける事ができた者は一人としていなかったのだ。リンスなら大丈夫、そう考えて後押しをしていた。
決闘を控え城に戻ったリンスの元に使用人や警護隊士らが押し掛けた。それぞれに武器や装備を持っている。
「この大盾を持って行け」
「バカ、そんなの邪魔なだけだよ」
「リンス、某のロングソードを使うがよい」
「またバカが来たよ。リンスの身長より大きい剣をどうやって扱うんだい」
「リンスちゃん、景気つけに飲んでくか」
「バカだねえ、酒に酔ったら戦えないよ」
「リンスくん、俺の薙刀を使いなさい」
「バカバカ、そんなの重くて持てないだろ」
「あたしのフリルスカートを貸してあげる」
「バカっ、デートに行くんじゃないんだよ」
「リンス、弁当を作って来たわよ」
「バカか、ピクニックじゃないんだ」
「リンス、この可愛い編み上げの靴をあげる」
「だからお洒落なんてしてる場合じゃないんだよ」
「ち、ちがうわよ。これは素早さが3割増しになる魔法アイテムなのよ。悪路でもスムーズに走れるアシスト機能や靴擦れ防止機能も付いてるんだからね。うちの子は大きくなっちゃったからサイズが合わないんだ。リンスちゃん、使っておくれよ」
「なんだ、それを早く言いな。ほらリンス、お礼を言って貰っておきな」
リンスの決闘を聞きつけて居ても立ってもいられなくなった優しい人たちの訪問は引きも切らずその都度、年配のメイド長が追い返した。そんなやり取りを聞いているだけでリンスの気持ちは落ち着き恐れも気負いも霧散した。
そこへ子爵夫妻と警護隊長のホセがやって来た。
無茶な決闘を止めてくれると期待した者もいたが古来より宣言された決闘が中止されたことは王族だろうと兵士だろうと当事者が死亡した場合を除いて一度として無く、子爵にもそれはできなかった。
子爵夫人のタリアが奢侈な袋に包まれた懐剣を差し出して言った。
「リンス、これは代々受け継いできた懐剣です。これが作られてから私で12代ですがその間、誰一人として戦いで死んだ女子はおりません。これを差し上げますから持って行きなさい。必ず守ってくれますよ」
タリアは今にも泣いてしまいそうだったが戦いに行く者に涙する事は今生の別れを意味してしまうと気丈に笑顔を作って微笑んだ。
子爵はリンスに青いローブととんがり帽を渡した。
「ロイヤルメタルワームの糸をふんだんに使って編んだローブと帽子じゃ。通常の剣や矢なら防いでくれるしMPの自然回復速度も少しだけ早いはずじゃ。これを着て行きなさい。リンス、出来損ないの息子のせいでそなたの両親を死なせてしまった。本当に済まない事をした、許しておくれ」
一気に老け込んでしまった子爵にリンスが言った。
「恨んでなんかないっすよ。行く所のない私を暖かく迎えてくれたっす。感謝しかないっす」
子爵夫妻が帰るとホセがアロップ魔法士長の魔法についてレクチャーした。
「ヤツは土系と金系の魔法を使うが特に土系魔法を得意としている。それに闘技場の地面は土だから土系の魔法には威力と速度のボーナスが付加される。充分に気を付けるんだ。ストーンボールやストーンショット程度なら子爵からいただいたローブと帽子で防げるがロックスピアには注意しろ。地面から岩が槍のように伸びて来るから角度的にローブでは防げない」
リンスは下から岩の槍で刺されるのを想像してゾッとした。
痛いのは嫌だから気を付けなきゃ。
「あとはロックウオールだな。岩の壁を作って追い込もうとするはずだ。逃げ場を失くさせてロックスピアで仕留めに来るぞ」
「開始早々ロックウオールで囲まれてロックスピアで攻撃されたら防げないっす」
「それは大丈夫だ。ヤツのレベルならロックウオールは20m以内、ロックスピアは10m以内じゃないと発動できないはずだ」
「金系魔法はどうっすか」
「ヤツは金系の適性が低いしこの辺りは鉱脈が無いから威力も速度も恐れるに足らん。ただし土と金で錬金術が使えるのが少々厄介だ。リンスの手錠もヤツが外したんだったな」
「そうっす。鍵穴の辺りが変形して簡単に外れたっす。そうか、こっちの剣を変形されちゃうっすね」
「安い剣だと曲げられてしまうがタリア様より賜った懐剣なら影響を受けることは無いから安心しろ。それよりヤツの得意な土魔法に錬金術を重ねてきた時が要注意だ。ストーンボールやストーンショットに金属を混ぜると威力が上がる。そのローブを貫通することは無いがダメージは受けるだろう。何発も受ければHPを削られてしまう」
「普通のストーンショットと錬金術のストーンショットはどうやって見分けるっすか」
「外見は同じだがスピードが違う。錬金術のストーンショットは少しだけ速度が落ちるんだ。普通のストーンショットやストーンボールを撃ってきたらしっかりと見て速さを覚えろ」
「威力が上がるなら最初から錬金術を重ねて撃ってくるんじゃないっすかね」
「その可能性はあるが錬金術を重ねると消費MPが倍増するから当てる自信の無い時は使わないはずだ」
「わかったっす。ホセさんは何でも良く知っているっすね」
「うむ、おにいさんの警護隊でも対魔法使いの訓練をすることがあるからな」
おにいさんじゃなくておじさんだと思ったがホセさんは良い人だから言わないでおいた。
ホセはその後も槍や矢についてたっぷりとレクチャーしてから帰っていった。
いつもありがとうございます。