第90話 決闘だ
次の試合、横長盾の弱点が中央の接合部分にあると見た警護隊は再び5本の長槍をそれぞれ3人で持って接合部分を目指して突進した。
破城槌のような長槍隊に突破されるかに見えたがその作戦を読んでいた私兵隊は休憩時間に接合部分を補強しており、激突した長槍隊は跳ね返された衝撃でその場に倒れ込んだ。
それを見た横長盾隊が盾を上げつつ前進すると倒れた9人は横長盾の下をくぐり私兵隊の只中に出る形になってしまった。
私兵隊17人に囲まれた無防備な警護隊士たちはあっという間に討ち取られ、劣勢となった残りの警護隊士も次々に発光板を光らされて最後の一人は前回見せ場の無かったシュメルが仕留めて勝鬨を上げた。
2連勝して闘技会の覇者となった私兵隊には賞金が贈られ今年の闘技会は終了した。
闘技会後には立食形式の祝勝会が開かれ子爵がシュメルに賛辞を贈った。
「シュメル、見事な戦いであった。あの横長の盾はそなたの考えかな」
「はい父上、大盾を城柵とするならそれを上回る城壁にしてはどうかと考えました」
「ほう、兵士20名の小隊を城と考えましたか。オーウイル子爵も良いご子息をお持ちだ」
グラスを手にした王国法務長官が褒めるとシュメルは嬉しそうに言った。
「ありがとうございます。長官も日々の激務は戦場にいるが如くでお疲れでしょう。休暇中は我が屋敷にてごゆるりとお過ごしください」
「ははは、そうさせていただきますよ。カシュガルド地方の食材を使った料理はどれも美味で疲れた体が癒されますでな」
そこへマルキス伯爵と娘が来て辞去した。
「オーウイル、私たちはそろそろ行くよ。今週末はグルーアン侯と会わねばならんのだ」
「そうか、もっと話をしたかったのだが。気を付けてな。カレンも達者でな」
伯爵と娘が帰っていくとナントがシュメルに言った。
「私兵隊の粗暴はなんだ。棄権しようとした者に棄権させずに乱暴していたぞ。他にも劣勢な相手を囲んで防具の無い箇所を狙って痛めつけているのを幾度も見た」
「ふん、防具の隙を狙うのは戦の常道だろう。乱暴というが次の対戦を考えて相手の体力を奪っておくのも戦術のうちだ」
「正々堂々と戦ってこその闘技会だ。お前の私兵隊は見栄えこそ良いが中身はただの愚連隊だ」
「負けたお前が何を言っても負け惜しみにしか聞こえんな」
そこへジュースを持ったレンブルが来て言った。
「俺様が出ていたら優勝だったぞ。昨日など一人でゴブリン100匹を倒したのだ」
「お前の妄想には付き合っておられん」
シュメルはそう言って王国法務長官と話し始めた。ナントはレンブルに料理を取ってやり、
「レンブル、強くなったな。お前が自分の隊を持つようになったら強敵だな」
と言って話し相手になっていた。
翌日の昼下がり、シュメルはエドガーと青マントの私兵隊を護衛に王国法務長官とアロップ魔法士長を連れて市内の視察に出た。エドガーに気付いた街の女たちは熱い視線を送るもののシュメルと王国の高官がいるのを見て控えめにしていた。
「さすが子爵ご領地の都、なかなか賑わっていますな」
「はい、これなら税を増やし更なる発展と王国への進上金の増額も可能ですが、ことなかれ主義のナントでは発展など望めません。もちろん私の、いやこの領地の為に骨を折っていただいた方への礼は惜しみません。それだけだはありません」
シュメルは含み笑いをして続けた。
「私が領主なら王国の役職を退官された有能な人材を厚遇するつもりなのですが、ナントにはそのような考えは無いようです」
「すばらしいお考えですな。あなたのような方が能力に見合う地位に就くよう協力いたしましょう」
王国法務長官が皴だらけの顔で満足そうに頷いた時、一行の前方に一人の男が立ち塞がって声を上げた。ブロンズ色のライトメイルを着て腰に提げたレイピアに手を掛けている。
「お前らは私兵隊だな。この中にエドガーはいるか」
「貴様、シュメル様の職務の邪魔をするな。無礼討ちにするぞ」
「シュメル様に無礼する気などない。用があるのはエドガーただ一人だ」
「チャンクスもういい。俺がエドガーだが何の用だ」
「お前か、よくも俺の女房を……」
「お前の女房など知らん」
「嘘を吐け、様子が変なので問い詰めたらお前に無理やり乱暴されたと言ったぞ」
「そんな事は知らん、何時の事だ」
「おのれ、忘れたというのか。一昨日の晩だ」
「ああ、あの年増か。脱がせたら良い体をしていたな。その女なら俺の部屋に自分から来たんだ、そうなって当たり前だろう」
「嘘だ。話だけして帰るつもりだったのに出された酒を飲んだら体が動かなくなったと言っているぞ」
「酒に酔っただけだろ。嬉しそうに咽び泣いてやがったから朝まで4,5回ヤッてやった。腰を抜かしながら帰って行ったな、おおそうか、それで様子が変だと思ったのか」
「隊長、そりゃ怖くて泣いてたんでしょ」
「許さんぞ、絶対に許さん。訴えてやる」
「うるせえな。男と女が一つの部屋で酒を飲んで抱き合った、それのどこが違法なんだ。女が自分から俺の部屋に来たのは宿屋の主人もちゃんと見てるんだ、訴えても勝ち目はねえぜ」
「そうだぜ、そういうのを自由恋愛っていうんだぜ。お前が女房を満足させてねえから他の男に会いに行くんだろうが」
部下の隊士たちが煽ると男は顔を真っ赤にして叫んだ。
「ふざけるな。バカにしやがって、もう許さん。決闘だ、俺と決闘しろ」
「待て」
面白い出し物だと残忍な顔で見ていたシュメルが言った。
「私の私兵隊長と平民のお前では身分違いで決闘などできんぞ」
こちらも余興でも楽しむように見ていた王国法務長官が説明した。
「身分違いの決闘は王国法でご法度となっていて貴族領内でも同じだ。身分違いの決闘を認めれば身分が上の者を決闘で倒して出世しようとしたり邪魔な人間と決闘して排除したりできてしまうからな。どうしてもその者と決闘がしたいなら軍に入って隊長に昇進するしかない」
いつしか周りには騒ぎを聞きつけた民衆で人垣ができていた。その中には街へ遊びに来たレンブルとリンスの姿もあったが幼い彼らには何を言い争っているのか理解できなかった。
「私は国軍予備役の大尉です」
「ほう、予備役とはいえ大尉なら子爵領の地方隊長とは同格と言えなくもない。おぬし名はなんという、本当に決闘を申し込むのか」
「国軍予備役大尉ミケルシュです。私は散々侮辱を受けた。エドガーが詫びても許さない。決闘を申し込む」
「詫びてもだと、馬鹿か。詫びるつもりなど最初からない。お前を殺して未亡人となった女房を俺たち全員で慰めてやるから安心して死ぬがいい」
エドガーに熱い視線を送っていた街の女性たちは嫌らしい言葉と冷酷になった顔を見てうんざりしていた。
「あれはミケルシュさんだろ、奥さんを呼んでくるよ」
女性の一人が駆けていった。
異様な雰囲気を感じ取ったレンブルが後の護衛に訊いた。
「俺様の五感が嫌な感じだと言っておる、なんとかできんのか」
「レンブル様、決闘は名誉の為や法で裁けない罪を償わせる為に行うのです。話を聞きますに、あの者がご内儀の恥辱を晴らすには決闘しかないと思われます」
「名誉か、俺様はそんなものより飴や菓子のほうがいい。それにあの剣士が負けたらエドガーとやらは罰を受けることが無くなってしまう」
「ですがレンブル様、このような噂はすぐに広まるものです。同じようなことが何度もあれば自滅するでしょう」
「なんとも迂遠なことよのう、それでは次の被害者が出てしまう。俺様はなんだか悲しいぞ」
隣にいるリンスは、レンブルったら同い年のくせに難しい言葉を知っているし喋り方も大人みたい、子爵様の真似をしているのかな、でも言っている事はレンブルにしてはまともだなと思っていた。
王国法務長官が前に出て慣れた口調で言った。
「これも何かの縁だ。私が証人を務めてやろう。エドガー、お前は決闘を申し込まれた。ミケルシュは謝罪を受け入れないとしているので謝罪による解決はできない。決闘を受けぬならこのまま立ち去るがよい。受けるなら名を名乗って宣言せよ」
「俺は私兵隊隊長エドガー。その者の事など知らんが降りかかる火の粉は払うまでだ。その決闘、受けて立つ」
「では双方とも介添え人を用意して日時と方法を取り決めるように」
「介添え人など不要、今すぐにこの場で決着をつける。俺はこの剣を使う、お前は何でも好きなものを使え」
ミケルシュはそう言うとレイピアを抜いて前へ突き出した。
「なんとも性急なことだがエドガーが了承すれば成立する」
王国法務長官がエドガーを見ると、
「今夜も明日も女と約束があるのだ、みじめな寝取られ男に割く時間など無い。さっさと始めようや。お前は絶対に勝てない」
「よろしい、好きにしなさい」
エドガーがサーベルを抜いて構えた瞬間にミケルシュが突進して間合いに入り剣を突き出した。エドガーは飛び下がって避けたが剣先がライトメイルに当たって金色が剥げた。
それを見た観衆が、
「なんだ金メッキじゃねえか。そんな格好ばかりの不良隊長なんざ殺っちまえ、ミケルシュ」
「ちょっとイケメンだからって女を馬鹿にするんじゃないよ。頑張んな大尉さん」
シュメルは途端にイライラし始めた。
「エドガー、負けたら許さんぞ」
「クソ、出鼻から油断した」
エドガーは突きを入れ牽制してから飛び下がって間合いを開けて仕切り直した。
「隊長、八つ当たりのブ男なんぞに負けねえでくれよ」
「早いとこぶっ殺して未亡人を抱きに行きましょうぜ」
部下たちが下品なヤジを飛ばして応援するとミケルシュが、
「ふん、何が絶対に勝てないだ、俺は剣術スキルレベル5だ。切り刻んでやるから覚悟しろ」
ミケルシュは再び突進すると剣を左に払い、それを躱したエドガーが反撃しようと振り下ろしたサーベルを受け流すとエドガーの体も同時に流れバランスを崩した。なんとか踏み留まったものの隙だらけとなった脇にミケルシュの突きが伸びる。鎧の無い脇にミケルシュのレイピアが刺し込まれた。
「やった。ミケルシュの勝ちだ」
誰もがそう思ったがミケルシュだけは驚愕の表情だ。
ミケルシュがレイピアを引くと一滴の血も付いておらず、それどころか剣先が潰れてしまっていた。
「どうなってるのさ」
「何で刺さらないんだい」
不思議がる群衆にエドガーが言った。
「俺の固有スキル【皮膚硬化】だ。そんな剣など何の役にも立たんぞ」
それを聞いた群衆に不安が広がった。
「そんなスキル聞いたことが無いよ」
「どうやって戦うんだよ」
群衆の不安をよそにミケルシュは気持ちを切り替えてレイピアを構え直して踏み込んだ。
エドガーの顔を狙ってレイピアを振り、避けた所に切り返して突きを入れた。それを紙一重で躱したエドガーが飛び下がり不敵に笑って言った。
「はん、目を狙ってるな。俺と戦う奴は必ずその手に出るんだ。もう慣れっこだぜ」
ミケルシュはそれを無視して同じように顔を狙って突きを入れ、躱されても躱されても突きを入れ続けた。
「さっきから馬鹿の一つ覚えみてえに、それしか出来ねえのかよ。飽きちまったな。終わりにするか」
エドガーはそう言うと隠し持っていた白い袋をミケルシュの顔に投げつけた。ミケルシュがそれをレイピアで斬ると袋の中から飛び散った粉を顔に浴びた。
「うわっ」
ミケルシュが目を押さえた。
「め、目が見えない。目つぶしとは汚いぞ」
「馬鹿め、好きなものを使えと言ったのはお前だろ」
目を押さえながら無茶苦茶に振る剣を避けながらエドガーがサーベルを振り下ろすとミケルシュの手の甲が切れてレイピアを取り落とした。ザックリと切れた甲からは血が噴き出し白い骨まで見えている。
「うぅ」
エドガーは余裕の表情で武器を失い視力も戻らないミケルシュを蹴り倒して止めを刺すべく近付いた。
「あなた」
人垣をかき分けて一人の女性が現れた。
「あなた、どうしてこんな事に」
その女性を見たエドガーが面白そうに言った。
「ほう、あの時の女か。お前の旦那が難癖をつけて決闘を申し込んで来たんだ。だから返り討ちにしてやったのさ」
「もうやめて、お願い」
「ダメだ、これから止めを刺す」
エドガーはそう宣言してミケルシュを踏みつけて動けなくすると、女と群衆に見せつけるように頭上でサーベルをくるりと一回転させてから首に刺し込もうとした。
それを見たリンスが叫んだ。
「お父さんとお母さんを殺した犯人っす」
あの時あの場所でお父さんに止めを刺したあの盗賊の剣捌きと全く同じだと気付いたのだ。
突然の絶叫に驚いたエドガーが見るとリンスが自分を指差していた。
怒ったエドガーの部下がリンスに怒鳴った。
「てめえ、なんてことを言いやがるんだ」
甲高い声で怒鳴る男や自分を睨みつける他の隊士を見た時、闘技会で引っ掛かっていたものが何だったのか分かった。この4人の隊士はあの場にいた盗賊たちだ。
「この4人もそうっす。人殺しっす」
その言葉を聞き咎めたシュメルたちがズカズカとやって来た。エドガーは血の滴るサーベルを持ち、シュメルは無礼討ちにでもしようというのか剣の柄に右手を置いている。リンスの後で警護していたラシードが前に回りリンスを背に庇って言った。
「お待ちください、シュメル様」
「貴様、そこをどけ。我が私兵隊に向かって殺人犯呼ばわりするとは許し難い。斬り捨てる」
「どのような場合でもリンスを守るように子爵より厳命されております」
「オーウイル家次男の命令である。そこをどけ」
「どきません。私が従うのは子爵の命令のみです」
「許せぬ。貴様から手打ちにしてくれる」
シュメルが剣を抜こうとした時、護衛に指示をして怪我をしたミケルシュを逃がしたレンブルが戻って来て口を挟んだ。
「兄上、オーウイル家の男子なら8歳児の戯言などドンと構えて聞き流せば良いのです。それとも言われて困る事でもあるのですか」
「なんだと、レンブル。弟とて許さんぞ」
兄弟で斬り合いになってはまずいと思ったのかアロップ魔法士長が、
「恐れながら申し上げます。リンスの書いた犯人の情報を読みましたが私兵隊の容貌とは一致しません。主犯の男は長髪だとは書かれていませんし顎鬚があるはずです」
するとそれにレンブルが答えた。
「ヘルムを被っていたんだろ、その中に髪を隠せば分からない。髭は剃れる」
「たしか、Dという男は歯が黒かったと書かれていましたが全員白い歯をしています。それに毛むくじゃらのはずですがそんな男はおりません」
「歯を磨いたんだろうな。毛は剃れる」
「では馬の番をしていたという男はどうでしょう、入れ墨など誰もしていないようですが」
「体に絵を描いたんだろ。俺様もよくやるぞ。体じゃなくて紙だがな」
そう言われたアロップが言葉に詰まるとレンブルは、
「アロップ、もっと色々書いてあっただろ。Bと呼ばれた甲高い声の男が薬指に指輪をして小指にリンスの母親から奪った指輪を嵌めていた、とか。そこの男、名は何というのだ」
「ベリーズ」
レンブルに訊かれた男が甲高い声で答えた。男の薬指と小指には指輪があった。
「それ、お母さんの指輪っす」
「まだ書いてあったな。主犯の男は左耳にシルバーのピアス、Dと呼ばれていた男はバングルを付けていた、だったかな。隊長は確かに左耳だけピアスをしている。えーっと、そこのバングル君、君の名は」
レンブルはバングルをしている男を見つけて訊いた。
「デガルグ」
「リンス、事件の時にお前を捕まえていたのは誰だい」
レンブルが自分の書いた報告書をきちんと読んで全てを覚えている事に驚きながらリンスが答えた。
「そこの男っす」
リンスが指さした二刀流の男にレンブルが尋ねた。
「名前は」
「チャンクス」
「リンス、馬の番をしていた男は誰だ」
リンスは指を差しながら言った。
「その槍の男っす。皆からアイスなんとかって呼ばれていたっす」
「君、名前は」
「ア、アイスマン」
「なるほど、それで隊長の名はエドガーか。アイスマン、ベリーズ、チャンクス、デガルグ、エドガー。ABCDEが揃った」
それを聞いた群衆からどよめきが起こった。
「おお」
「マジか、こりゃ黒だな」
「さっきの汚ねえやり口といい、有り得るぞ」
一気に疑う雰囲気に包まれた。
「レンブル、お前もそのガキと同じ8歳だったな。8歳のガキは知らんだろうから教えてやろう。今お前が言ったのはどれ一つとして証拠にはならんぞ。
ABCDEだと、ガキのパズルが何の証拠になるんだ。そして最も重要なのはそのリンスとかいうガキの証言だ。そのガキは闘技会でもこの場でもエドガーたちの顔を見る機会はいくらでもあったが犯人だとは言わなかった。剣捌きや身に付けたアクセサリーが同じなのを見てそう思い込んだだけで、そんなものはただの偶然だ」
レンブルは、そうなのかと後ろに控える護衛に目顔で尋ねた。
「レンブル様、現状では証拠不十分かと」
護衛が悔しそうに答えるとアロップが勢いづいて言った。
「リンス、そもそも本当に盗賊などいたのか。偽金貨の取り調べだと騙されたというが全てお前の作り話なのではないか。警護隊の報告書によれば現場にははぐれゴブリンの死骸が5つあったというから本当は魔物にやられたのだろう。ゴブリンの中には剣を持つ個体もいるというぞ」
はぐれゴブリンの事を知らなかったエドガーたちは動揺したが顔には表さなかった。
一方それを聞いたラシードが、
「いえ、アロップ様。はぐれゴブリンは剣を持っておりませんでしたし、生き残りが持ち帰ったとも考えられません。リンスが襲われなかったのですから死んでいた5匹で全てだったはずです」
「ん、ちょっと待て、いま偽金貨の取り調べだと騙されたと言ったが、そのような事がどこかに書かれていたか」
「レンブル様、そのような事は書かれていませんし私も知りませんでした」
「リンス、どうなのだ」
「エドガーが偽金貨の取り調べだと言って街道脇に連れ込んだっす」
とたんに動揺し始めたアロップにレンブルが寂しそうな顔で言った。
「当事者しか知り得ない情報を何故お前が知っている。ソレンタスはお前の部下だったのに、なぜだ」
「知らない、私は何も知らない」
オロオロするアロップに舌打ちしたシュメルが、
「偽金貨の取り調べだか何だか知らんがソレンタスもだらしがないな。火魔法の遣い手と聞いていたが一人の盗賊も討ち取れんとは。
俺も検死報告書を見たが後ろから斬られていたそうだ。おおかた怖くなって逃げだしたところを斬られたのだろう」
と言ってエドガーに目配せをすると、その意を汲んだエドガーが薄ら笑いを浮かべて言った。
「敵に背中を見せるとは臆病にもほどがある。家族を見捨てて逃げようとして殺されたんだな」
「可哀想な家族だな、犯されても殺されても旦那は守っちゃくれねえ」
「お前の父ちゃんは臆病者で卑怯者だ」
「ぎゃははは、そんな奴は領地の恥だ。死んでくれて良かったぜ」
隊士たちが煽るとリンスが怒りに震えて言った。
「止めろっす。お父さんの悪口を言うなっす。それ以上言うなら……」
「よしなさい、リンス。もう証拠は十分だ、こいつらを罰することができる。だからそれ以上は言うな」
ラシードが必死で宥めたが隊士たちは更に煽った。
「おいガキ、お前だけが殺されなかったのは母ちゃんが盗賊に体を差し出したからだろうぜ」
「どうぞ私とヤッてください。だから娘は殺らないでくださいってか」
「ひゃははは、臆病者で卑怯者の父親と淫売の母親か、笑えるぜ」
「許さないっす。お前等全員ぶっ殺すっす。決闘っす」
ニヤリと笑ったシュメルが王国法務長官に言った。
「長官殿、聞きましたな。この娘は決闘を申し込みました」
「確かに聞きました。ですが平民と私兵隊士や隊長とでは身分違いになる」
「そうです。身分違いで決闘はできません。おい、すぐにホセ隊長に連絡しろ」
胸をなでおろして護衛に命じたラシードにレンブルが、
「では、リンスを俺様の隊の隊長兼隊士にしてやる。それなら問題ない」
「レンブル様、おやめください。リンスが死んでしまいます」
「ん、そうなのか、リンス、お前は負けるのか」
「レンブル、ありがとうっす。もちろん負けないっす。それとアロップとも決闘するっすよ」
「なんだと、どんな魔法を使うのか知らんが魔法士長の私に勝つつもりか」
決闘となって殺してしまえば自分が罪に問われることが無くなると悟ったアロップは自信を取り戻したようだった。エドガーや他の隊士たちははぐれゴブリンの件が気になっていたが魔法の専門家アロップが一緒なら大丈夫だと確信してニヤニヤしている。
「アロップとも戦うなら隊長兼隊士兼俺様付き魔法長という事にしてやる」
「レンブル様、いけません。勝てるはずがありません」
「リンスが勝つというのだ。俺様はリンスを信じる。長官殿、これでよいであろう」
「いいでしょう。では私が証人となります。リンス、名乗りを上げて決闘を申し込め」
「我が名はリンス、オーウイル子爵領レンブル隊隊長兼隊士兼魔法長っす。わが父と母に対する侮辱許し難く死をもって償わせるっす。アイスマン、ベリーズ、チャンクス、デガルグ、アロップ及びエドガーに決闘を申し込むっす」
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