表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界レンタル放浪記  作者: 黒野犬千代
第6章 密林の村
89/99

第89話 闘技会

 闘技会当日、空は晴れて穏やかな風の吹く絶好の観戦日和となった。城の北にある円形闘技場の観客席は満席で闘技場に整列した各隊に思い思いの声援を送っている。自分が賭けている隊に、あるいは出身地の隊に頑張れと声を掛けているが際立っているのは私兵隊に送る黄色い声援だ。中でも隊長の人気は抜群で興奮しすぎて失神する女性もいたほどだった。


 「きゃーエドガー隊長、こっち向いてー」


 「エドガー様ぁ、結婚してぇ」


 そんな女たちにの注目の的、金ピカのハーフメイルを着た私兵隊隊長エドガーは青マントの隊士たちと小声で話していた。


 「隊長、昨日の女はどうでした」


 「あの年増か、脱がせたら思いのほか良い体をしていたな。もっともっとと煩かったがな」


 「一昨日の夜も抜け出してましたよね」


 「ああ、馬具屋の若女房だな。旦那が隣町へ行って帰らないとかで朝まで突いてやった」


 「てことはこっちに来てから毎日じゃねぇですか」


 「今晩も呼ばれてるぜ」


 「かぁ、羨ましいぜ」


 「アイスマン、そういうお前も夜出掛けてただろうが」


 「へへ、浮かれて付いて来た世間知らずのガキに男の良さを教えてやったのよ」


 「何だよ、俺もデガルグとなんか飲んでないで行けばよかったな」


 そんな会話をしてしているとも知らずに女性たちの声援は大きくなるばかりだった。私兵隊の人気に目を付けた商人がイケメン隊士の似顔絵付きメンバー表を売り出すとすぐに完売してしまった。


 「やっぱり青マントの4人がダントツね。弓の彼がデガルグ、二刀流の彼がチャンクス、槍の彼がアイスマン、それに戦士のベリーズだって」


 「私はアイスマンね」


 「私はチャンクス、二刀流なんて素敵じゃない」


 女性たちの会話はいつまでも続いていたが子爵が立ち上がると会場は静かになった。


 貴賓席の子爵が開会を宣言した。


 「これより毎年恒例の闘技会を開催する。日頃の鍛錬の成果を発揮し正々堂々と戦うがよい」


 続いて魔法士長のアロップが闘技会のルールを説明した。


 「闘技会は各隊より選ばれた20名によって行われる30分間の模擬戦形式とする。使用できる武器と盾は木剣、木槍、矢尻の無い練習用の矢、木盾のみとし、魔法は一切禁止とする。

 ポーションはどのランクの物でも一人に付き一本のみ持ち込みを許可する。スキルについては相手に直接影響を与えるものは禁止とする。魔法とスキルについては違反しない旨を魔法契約書にて取り交わしているので確実だ。

 防具は必ず着用し、頭部と胸部には打撃を受けると光る発光板を貼り付ける。頭部でも胸部でも発光板が光った者は死亡扱いとなるのでその場で死体の演技をするか速やかに退場すること。

 棄権する場合には自分で発光板をタップして光らせ、死亡扱いと同じ行動をすること。発光板が光った者が戦闘を続けた場合にはペナルティーとして本人を含む3名を死亡扱いとし、それでも止めない場合にはその隊は失格となる。また発光板が光った者への攻撃は傷害罪として罰を受けるので絶対にしないように。

 勝敗については時間終了後に残っている人数の多い隊を勝ちとするが全滅した場合には当然その時点で終了となる。いずれかの隊が2連勝するまで続けられ、2連勝した隊を優勝とする。最後に、木剣とはいえ当たり所によっては大怪我では済まない場合もある、くれぐれも用心するように」


 一旦全ての隊が控室に引き上げた。控室で20名を選抜して装備と共に再入場するのだ。



 円形闘技場最前列にある貴賓席では子爵一族が近隣の貴族や王都から来た来賓者と談笑しながら模擬戦の開始を待っていた。子爵の隣はマルキスという伯爵でワインの出来栄えについて語っている。

 長男のナント卿は近衛少尉の制服を着たマルキス伯爵の娘と馬術について話していた。金ピカのライトメイルを着た次男シュメルは王都から来た王国法務長官になにやら耳打ちをしている。

 三男レンブルは誰とも話す気はないらしく玩具の木剣を空にかざしてブツブツ言ってニヤニヤしていた。そんなレンブルを最後部の席で呆れて見ていたリンスが横のラシードに訊いた。


 「ラシードさんは出ないっすか」


 「私は任務中だから出られないんだ。ホセ隊長やうちの精鋭も子爵と来賓者の護衛があるから出ていないよ」


 「それじゃあ出ているのは弱い人っすか」


 「ははは、そんなことは無いよ。みんな日々頑張って訓練をしているからね」


 それを聞き咎めたシュメルが言った。


 「なんだ警護隊では闘技会を軽んじて補欠を出場させているのか」


 「おいシュメル、それでは精鋭を試合に出して貴賓の警護を補欠にさせろという事になるぞ。口を慎め」


 「ふん、第一試合はナントの防衛隊と警護隊だろ。警護隊が補欠ばかりと知って安堵したんじゃないのか」




 観客席から大きな歓声が上がり選抜された隊士たちが入場してきた。

 向かって右が黒いライトメイルで揃えた防衛隊だ。頑強な10名が木の大盾と木槍を装備し、残りの10名が木の丸盾と木剣を装備している。左側からは見慣れた銀色のハーフメイルを着た警護隊が入場した。15名が木の丸盾と木剣を装備して、残り5名が10mはあろうかとう木の長槍を両手で持ち腰には木剣も提げている。通常の3倍ほどもある長さに会場からどよめきが起こった。


 シュメルが警護隊長に訊いた。


 「ホセ、何だあれは。槍がいくら長くても盾が無ければすぐに発光板を突かれるぞ」


 「はい、シュメル様。今回はそれを覚悟での作戦です」



 ゴオーン


 ドラの音が響き模擬戦が開始された。


 防衛隊は定石通りに大盾を横一列に並べてその間に槍を突き出し、すぐ後に剣士を隠しながら前進した。警護隊は5人が一塊になって長槍を水平に突き出し、その背後に剣士15人が続く。

 あまりの長さに長槍を持つ5人がふらつくと観客から笑いが起こったが、両者の距離が20mほどになったところで警護隊の剣士10人が長槍の持ち手に加わり3人で1本の長槍を握って一斉に駆け出した。

 5本の長槍が1点に集中してまるで破城槌のように防衛隊の保持する大盾にぶち当たると、さすがの頑強な防衛隊士も盾を維持できずに中央を突破されてしまった。

 大盾を崩した警護隊は長槍を捨てて剣で防衛隊士の発光板を斬って回り、懐に入り込まれた槍の防衛隊士たちは成す術もなく次々に発光板を光らされて戦場から離脱した。防衛隊は8人が死亡扱いとなり警護隊の損失はわずかに2人だった。

 だれもが警護隊の勝利を確信した時、防衛隊後方の剣士集団から一人の剣士が飛び出して斬り込んだ。


 「おお、あれは防衛隊の隊長ドドロギだ」


 「いよっ、前回優勝の立役者。待ったました」


 (つう)の観客から声援を受けたドドロギは警護隊の間を右へ左へ敵の剣を避けながら次から次へと発光板だけを狙って走り回った。



 ゴオーン


 ドラの音が響き30分間の模擬戦が終了した。


 審判長が残っている人数を数えて発表した。


 「警護隊生存者8名、防衛隊生存者10名、反則によるペナルティー無し。よって防衛隊の勝利とする。30分後に次の試合を開始する」


 おおー


 観客から歓声が上がり、両隊の健闘が称えられた。


 「危なかったぜ、ドドロギがいなきゃ警護隊の圧勝で俺の金貨が消えちまうところだった」


 「ああ、今のが実質の決勝戦だな。私兵隊が勝ったのなんて見たことが無いからな」



 30分が経過して防衛隊が入場した。装備は初戦と同じだった。


 「なんだナント、前の戦いから学ばなかったのか。中央を突破されたら脆いことが証明されたのだぞ」


 「違う、中央を突破されても強い剣士がいれば挽回できることが証明されたんだ」



 続いて金色に輝くハーフメイルを着た私兵隊が登場した。先頭に立つエドガーが手を上げると女性たちから悲鳴に似た歓声が上がった。


 「きゃーエドガー様が私を見て手を振ったわ」


 「何よ、あたしに振ったのよ」


 そのエドガーが長い髪をかき上げると、


 「なんてセクシーなのかしら、もう立っていられない」


 「エドガー様、抱いてー」


 会場は更に盛り上がった。


 エドガーと青マントの4人に続き11人の隊士が入って来た。11人は左手に丸盾、右手に槍を持ち腰に剣を提げている。続いて最後の3人が入場してくるとその異様な光景に会場がざわついた。最後の3人は見事な大男でその3人が協力して横幅15mほどの板を持って入って来たのだ。


 「あれは何だ。あんな板の持ち込みは許可されていないんじゃないのか」


 ナントが審判長を務めるアロップ魔法士長に問い質した。


 「ナント様、先ほどの長槍と同じで盾に関しましても大きさの制限があるわけではありません」


 「まあいい。あのような物が役に立つとは思えない。それより私兵隊は19人しかいないが、どういう事だ。シュメル」


 「こういう事さ」


 シュメルはそう言うと貴賓席の柵を乗り越えて闘技場に入った。


 「20番目の戦士は俺だ」




 ゴオーン


 ドラの音が響き模擬戦が開始された。


 防衛隊は大盾を左右に3名ずつ配置しその後ろに更に2名の大盾を付けた。後の剣士隊も5名ずつに分けて左右に配置し横からの攻撃に備えた。


 「ほうナント卿、防衛隊は陣形を変えましたな」 


 どこかの貴族が感想を言うとナントが、 


 「ええポーリセリ卿、あのような横長の盾なら側部を固めるのは当然です。横から襲おうとしても大盾に邪魔されて私兵隊は何もすることができないでしょう」


 「なるほど、興味深いですな」


 私兵隊の大男3人は予想通りに横長の盾を持って進み、その後ろにはシュメルを中心に17人の隊士が横一列に並んでいた。そのまま両隊は盾と盾を合わせて押し合いながらの戦闘に突入した。防衛隊の大盾持ちは盾で押しながら槍で大男の発光板を突こうとするが大男は頭と胸を盾に隠して防御している。

 横に回り込むと思われていた私兵隊は動かず、盾で押し合うだけの退屈な戦いが続いたが、それは突然に動いた。中央で横長の盾を持っていた大男が盾の裏を操作するとその部分から盾が分離したのだ。

 中央に一人の兵も配置していなかった防衛隊の隙を突いてパックリ開いた突破口から剣を上げたシュメルと私兵隊士たちが殺到した。守りのいない中央を突破され大盾隊はあっという間に総崩れとなり集団戦から個々の乱戦へと移行した。


 邪魔な大盾を捨てた防衛隊士3人の足を私兵隊士らが木剣で叩いて隙を作ると青マントのアイスマンが槍の素早い突きで次々と発光板を光らせた。それを見た女性たちから歓声が上がった。同じく青マントの弓使いデガルグが味方と斬り結んでいる防衛隊士に射かけて4人連続で頭部の発光板を光らせると女性たちから喝さいを浴びた。二刀流のチャンクスも味方の盾で押さえつけた敵の木剣をかち上げては斬りを繰り返し3人を仕留めた。女たちは声援を送って喜んでいるが

 男たちは、


 「なんだかやり口が汚いな」


 「だがアイツ等かなりの使い手だぞ」


 と思い思いに批評していた。


 青マントたちの活躍により10人を減らされた防衛隊士からは逃げ出す者も出る始末だった。逃げ出した防衛隊士が貴賓席の前に追い詰められた。それを私兵隊士4人が剣や槍で突いて笑っている。


 「おらおら、一人でなに逃げてんだよ卑怯者」


 青マントのベリーズが甲高い声で罵倒しながら木剣でガンガンと突きまくると、もうダメだと諦めた防衛隊士が自ら発光板を叩いて光らせようとしたが腕を木剣で殴られて棄権できない。


 「棄権なんて許さねえぞ。手をついて詫びるんだ」


 防衛隊士が従わないでいると私兵隊士達は腕や足など鎧の無い部分を突いて遊び始めた。金ピカ鎧と最先端ヘアースタイルの煌びやかさとは裏腹の陰湿な行為に貴賓席から声が掛かった。


 「そのくらいにしておきなさい」


 マルキス伯爵が注意するとベリーズが、


 「チッ、しらけるな。行こうぜ」


 と言って剣を振り、あっさりと防衛隊士の胸の発光板を光らせた。剣を振ったその男の指がキラリと光った。


 その光景に何か引っ掛かるものがあったがリンスにはそれが何なのか分からなかった。



 オオー


 会場からこの日一番の喚声が上がった。

 苦戦していた防衛隊は一人を除いて全て討ち取られ、最後の一人が私兵隊士たちの槍に囲まれて闘技場の中央で剣を杖に肩で息をしていた。防衛隊隊長のドドロギは奮戦の末に私兵隊士4人を倒したが連戦で疲弊した体は立っているのがやっとだった。


 「きゃーエドガー様、素敵」


 「最後はエドガー様が決めてー」


 目をハート型にした女性たちの声援に手を挙げながら進み出たエドガーは木剣を手にドドロギににじり寄った。最後の力を振り絞って突きを入れたドドロギの木剣をかいくぐったエドガーは胸の発光板を撫で斬って駆け抜けた。エドガーが腰に木剣を納めるのと同時にドドロギが力尽きて倒れた。


 ウオオー


 キャー


 観衆が絶叫する中、アロップ魔法士長が立ち上がって宣言した。


 「防衛隊全滅、反則によるペナルティー無し。よって私兵隊の勝利とする。30分後に次の試合を開始する」

お読みいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ