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異世界レンタル放浪記  作者: 黒野犬千代
第6章 密林の村
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第86話 子爵領の小さな魔法使い

 ナイトオークの大軍勢を全滅させた俺たちは大喜びする村人たちとその場で勝利の宴を開いた。リンスも嬉しそうにワインを飲んでいる。こんな時にはどんな酒が合うのか知らないが俺の収納にはそれしかないのだから仕方ない。俺は飲まないのかと聞かれたがオレンジ水でいい。


 「なあリンス、お前はどうしてこの村にいたんだ」


 「密林の中に木工職人の住む村があるって聞いて、何か新しいステッキが見つかるんじゃないかと思ったっすよ。自分だけのステッキを見つけるといいよってお父さんに言われたのは8歳の時っす」


 リンスはそう言って自分が8歳の時の話を始めた。





 「もう一度やってごらん」


 オーウイル子爵の居城があるログレアルの街へ通じる街道脇の野原で青いローブを着た20代後半の男性が言った。


 「うん」


 生成りのTシャツの上にカーキ色のジャンパースカートを着た少女は返事をして手にした木のステッキをまっすぐに

 伸ばして唱えた。


 「ファイアーボール」


 ステッキの先端に小さな火の玉が発生してステッキの向けられた方向にゆっくり飛んだ。

 そして地面に挿してある枝の横を通過して土に当たって消えた。


 「もう一度。ちゃんとできるはずだよ」


 父親は優しく言った。


 「うん」


 小さい娘は一旦目を瞑って集中した。数秒の後、澄んだ目を見開いてステッキを前に振った。


 「ファーアーボール」


 先ほどと同じように発生した火の玉は的に向かって真っすぐに飛んでいくと見事枝に命中してボッと火を点けた。


 「やったー」


 娘が跳んで喜ぶと三つ編みのツインテールも一緒に跳ねた。


 「ほら、できただろ。今度は3回連続でやってごらん。頑張れ、リンス」


 父親はそう言って娘の頭を優しく撫でた。父親の腰ほどしかない背丈の娘は撫でてくれた父親を眩しそうに見上げた後で地面に刺してある3本の枝に向いて言った。


 「うん、頑張る」


 リンスは再び目を閉じて深呼吸をした。2度深呼吸してから目を開くとまっすぐに目標を見てステッキを振った。


 「ファイアーボール、ファイアーボール、ファイアーボール」


 連続で発生した3つの火の玉はゆっくりとだが着実にそれぞれの的に向かっていき全て命中して枝を燃やした。


 「すごいわ、リンス」


 見守っていた母親は両手を胸前に握りながら目を輝かせて喜んだ。


 「魔法使いのあなたの才能を受け継いだのね」


 「いや、アーシア。僕でも8歳の時に魔法なんて使えなかったさ。司祭様の神眼で火属性の適性があると判断されたのは13歳の時だからね。リンスはまだ司祭様に見てもらってもいないのに火魔法を自分のものにしたんだ。信じられないよ。それにこんなに小さいのにMPが50もあるんだ。レベル8なら普通は20から25だからね。今だってファイアーボールを6回撃っても平然としているくらいだし将来が楽しみだよ」


 「明日、司祭様に見ていただくのが待ち遠しいですね」


 「そうだね、火以外にも適性があったら魔法学院に推薦入学できるかもしれない」


 「お父さんは火魔法以外も使えるの」


 「僕は火魔法だけだよ。でも火魔法なら誰にも負けない。見ていてごらん」


 父親は野原の奥に数本並ぶ立木に向きを変えて黒い木製ステッキを握ると肘を曲げて顔の前で止めた。そして娘と同じように一旦目を瞑って深呼吸をした。数回の深呼吸の後、やおら目を開くとステッキを鋭く振った。


 「ファイアーショット」


 父親はそう唱えた後も素早い動きでステッキを5回左右に動かした。

 ステッキの先端からものすごいスピードで発射された火の弾丸は立木に当たる直前で左右ジグザグに5本の木の間を縫ってその先の岩に当たった。岩から破片が飛び散るのを見たリンスが小さな目を見開いた。


 「すごい。ファーアーショットは真っ直ぐにしか飛ばないって思ってた」


 「魔法自体が不思議な事なんだよ。その不思議な事に限界を決めちゃったら面白くないだろ。これからリンスは色々な魔法に出会うだろうけど、その魔法を自分は使えないって思った時点でそれはとても遠い魔法になってしまうんだよ。絶対自分にも使える、そう思って頑張るんだ。そうすればもしかしたら自分だけの魔法を作る事だってできるかもしれない」


 「魔法を作るなんてできるわけないよ」


 「じゃあ最初に魔法を使った人はどうやったんだろうね。今ある魔法は誰かが作ったものじゃないのかな。リンスはまだ若いんだから固定観念に捉われたらダメだ」


 「固定観念ってなあに」


 「あなた、リンスには難しいですよ」


 「すまんすまん。自分には出来ないって決めちゃダメって事だよ」


 「私にもできるの。どうやってするの」


 「できるさ。頑張って頑張って頑張るんだ」


 「お父さんそればっかりだね」


 「ははは、そうだったな。そうだリンス、宿に着いたら渡そうと思っていたんだが」


 父親はそう言うと鞄から細長い包みを取り出して娘に差し出した。


 「くれるの」


 「ああ、開けてみなさい」


 娘が開くと中には紫がかった褐色のステッキがあった。


 「紫檀のステッキだよ。魔力効率がいいから今より少し速く火の玉を飛ばせる」


 「ありがとう。お父さんと一緒なの」


 「僕のは黒檀だ。手に馴染むんだよ。リンスもいつか自分に合う自分だけのステッキを手に入れられるといいな」


 「うん、金のステッキ」


 「ははは、それは豪華だな。でもねリンス、ステッキは道具でしかないって事も忘れちゃダメだよ。一番大切なのは魔法を使う自分自身なんだ」


 「あなた、そろそろ行かないと暗くなってしまいますよ」


 「お前は心配性だな。日没まではまだ3時間もあるしその坂を登れば街が見えてくる。こんな近くでは夜でもはぐれゴブリンくらいしか出ないよ」


 「はぐれゴブリンってゴブリンとは違うの」


 「そうだよ。群れから離れて数匹だけで行動するんだ。ゴブリンは昼行性だけどはぐれゴブリンは朝昼晩関係なく活動するんだよ」


 「ゴブリンでもはぐれゴブリンでもお父さんがやっつけてくれるよね」


 「ああ、任せておけ。10匹でも20匹でも楽勝だぞ」


 父親が鞄を持って街道へ戻ると坂の向こうから馬蹄の音が聞こえて来た。


 「複数の馬だな。街の方から来たみたいだ」


 坂を超えて5頭の騎馬が駈歩キャンターで現れた。先頭の騎馬は鈍色のハーフヘルムを被り同色のライトメイルを着た40代の男で立派な顎鬚を生やしている。他の4騎はどれも30代ほどで濃茶の革鎧を着ていた。5騎は親子連れを見つけると馬の速度を緩めて近付き先頭の男が馬上から誰何(すいか)した。


 「我々は子爵様の警護隊の者だ。お前たちはどこへ行くのだ」


 「私はソレンタス。子爵様の巡回魔法士だ。ご領地のローレナンド地方を巡回してご報告に登城する道中だ。警護隊と言われたが見かけぬ顔だな。名を名乗られよ」


 「なんだと、胡乱な奴め。新参の隊士とみて侮るか。さては巡回魔法士を騙る詐欺師だな。ご城下で偽金貨を使った者とはお前の事であろう。取り調べをいたす。ここでは往来の邪魔になるから街道の脇へ出ろ」


 「偽金貨だと、そんな事件は聞いたことが無い。そもそも名も名乗る事ができないお前の方こそ胡乱だ」


 ソレンタスはそう言うなり黒檀のステッキを取り出してライトメイルの男に向けた。ライトメイルの男は一瞬怯んだがすぐに胸を張って言った。


 「ふん、俺の名はガリバリだ。警護隊にステッキを向けて取り調べを拒むつもりか。偽金貨は天下を揺るがす大罪だ。その捜査の邪魔をするとは子爵様に剣を向けるのと同じだぞ」


 「なんだと、お前が礼を弁えない尋問をするからだろう。さあさっさと調べろ。登城したら警護隊長のホセ様に報告するからな」


 「ふん、好きにしろ。さあ早くそっちの草地へ行け」


 親子は4人の警護隊に囲まれて先程まで魔法の練習をしていた野原へと戻った。歩くたびに警護隊の腰に下げた手枷が剣に当たってガチャガチャと音を立てた。入れ墨をした警護隊の一人は馬の番で街道に残るようだ。


 「ここでいい。偽物かどうか検査するから持っている金を全て出せ」


 「その言い方は何だ。それでも子爵様の警護隊か。まるで山賊か何かのようじゃないか」


 「お前と言い合っている時間など無い。早くしろ」


 表情を険しくしたガリバリが催促するとソレンタスは思い至ったように、


 「やはりおかしい、警護隊には取り調べの手順があってこんな無礼な事はしない。お前たちは何者だ」


 と言って黒檀のステッキを握った。


 「お父さん」


 後から聞こえた娘の声に振り替えると娘の首にカットラスの刃が当てられていた。


 「貴様ら、やはり山賊か」


 カットラスを持った革鎧の男が黒ずんだ歯を見せて不敵に嗤って言った。


 「おっと動くなよ。少しでも動けば娘の頸動脈がスパッと切れるぜ。俺を魔法で倒しても娘は道ずれにしてやるからな」


 「リンスに、娘に触れないで、お金ならあげます。全てあげますから」


 アーシアが金の入った小袋を差し出すと別の革鎧の男がそれをひったくってポケットに入れた。


 ガリバリは満足そうに頷くとソレンタスに命じた。


 「おい魔法使い、そのステッキをよこせ。先端を摘んで渡すんだ。ゆっくりとだぞ。妙な動きを見せれば娘と女が死ぬ」


 小袋をひったくった男もカットラスを抜くとアーシアの首に当てて甲高い声で言った。


 「金だ、金さえ手に入りゃ俺たちゃ引き上げる。金なんてまた稼ぎゃいいだろ」


 ソレンタスは逡巡したのち、ステッキの先端を左手で摘んでガリバリに渡した。ガリバリはステッキの両端を握り膝に当てると体重を掛けて折ってしまった。


 「はん、何が魔法士だ。戦いもしねえくせに。ほら金を出せ全部だ」


 ソレンタスが小袋を渡すと中身を見て、


 「これっぽっちか。おいD、この男の服を改めろ。まだ隠し持っているかもしれないからな。Bは女を改めろ」


 Dと呼ばれた革鎧の男はバングルを付けた毛むくじゃらの手でソレンタスのローブやズボンを調べたが何も無かった。


 「頭、何もありません」


 Bと呼ばれた男がアーシアの指を見て甲高い声で言った。


 「その指輪は銀だな、よこせ」


 アーシアは外そうとするが焦ってなかなか外せないでいると、


 「早くしろ、俺は気が短けえんだ。指を斬り落とすかんな」


 「やめろ、金はやっただろ。妻に手を出すな」


 ガン


 Dがソレンタスの頭をカットラスの柄で殴った。


 「ううっ」


 ソレンタスは呻きながら地面に倒れ込んだ。


 「お父さん」


 リンスはただ震えているしかなかった。


 「あなた」


 アーシアは叫んだがBに手首を掴まれ引き戻された。


 「オメーは指輪をよこせ。指が無くなんぞ」


 凄まれたアーシアがなんとか外すとBはそれをひったくって薬指にしている自分の指輪の上に嵌めようとしたが入らない。


 「うーん、俺の指には入らねえか。いや入った」


 小指に嵌めた銀の指輪を見て喜んでから、


 「もっと持ってるんじゃねえのか」


 そう言ってアーシアの胸を乱暴に揉んだ。


 「いや、やめて」


 「へっ、おとなしくしろ。娘が死ぬぞ。言う事を聞けば終わったら3人とも返してやる」


 リンスの首にカットラスを当てている男がわざとらしく剣を揺らして見せつけるとアーシアは覚悟したように力を抜いた。


 「ヒャハハ、それでいいんだ」


 Bはアーシアの白いブラウスを手で引き裂いた。ブラウスのボタンが弾け飛んで下着に包まれた胸が見えた。


 「うっ」


 アーシアが胸を隠すとBは綿のロングスカートを捲り上げた。汗ばんだ白い脚が露わになった。


 「B、そこまでだ」


 ガリバリはそう命じた後、ニタリと嗤って、


 「最初は俺がやる。Bは手を押さえろ、Dは足を押さえるんだ。終わったらお前たちも楽しむといい」


 ガリバリがズボンを下ろして押さえつけられたアーシアに覆いかぶさろうとした時、


 「やめろ」


 ソレンタスが靴に隠していたナイフを抜いてガリバリの背中に襲い掛かった。


 ガリバリが素早く左に動いてナイフを躱すとソレンタスは勢い余って転んだ。ガリバリはサーベルを抜いてその背中を袈裟懸けに斬った。倒れ込んだソレンタスのざっくりと割れた背中を踏みつけたガリバリはリンスと妻に見せつけるように頭上でサーベルをくるりと一回転させてからソレンタスの首にサーベルを当てて動脈を断った。噴き出した血がアーシアと男たちに噴きかかり赤く染めた。


 「あなた」


 アーシアは鮮血に怯んだ男たちを突き飛ばして起き上がるとソレンタスの落としたナイフを両手で握った。


 「許さない」


 そう叫びながら体当たりするようにガリバリに突進したが、避けながら一閃させたガリバリのサーベルを喉に受けて倒れた。血を流しながらアーシアは震えるリンスを見て手を伸ばして何か言おうとしたが声を出すことは出来なかった。伸ばした手から力が抜けてアーシアは死んだ。


 「お母さん、お父さん」


 「くそっ、おいD。お前がナイフを見落としたせいで折角の女をやる前に殺しちまっただろうが」


 「頭、すみません」


 「今晩はお前の奢りだからな。金目の物を残らず集めろ」


 BとDに命じたガリバリはズボンを上げてからソレンタスの鞄を物色した。

 男たちがガサゴソと漁っていると、リンスを見張っていた男が悲鳴を上げた。


 「あっ、熱い」


 見れば革鎧の下の服から炎が出て、それを必死に叩いて消していた。

 リンスはその隙にポケットから木のステッキを出して唱えた。


 「ファイアーボール、ファイアーボール、ファイアーボール」


 ステッキの先端から小さな火の玉が3つ出現して死体と鞄を物色している3人の男たちに向かって飛んだ。それに気付いたガリバリが飛んでくる火の玉をサーベルの腹で叩くと火の玉は空中で弾けて消えてしまった。残りの2人へ向かう火の玉も同じように叩き消したガリバリが抜き身を提げてリンスの前に来て言った。


 「遅すぎる。そんなんじゃ誰も殺せねえ」


 スパッ


 ガリバリは素早い剣捌きでリンスの持つステッキを両断すると空いている手でリンスの腹を殴った。


 ボコッ


 腹を殴られたリンスはその場に崩れ落ちて苦しそうに呻いた。呻き声はすぐに啜り泣きに変わった。


 4人の男たちが倒れたリンスを残酷な表情で見下ろした。


 「チッ、油断しちまった。このガキ、生活魔法で俺の服を燃やしやがった」


 「C、警戒を怠るなといつも言っているだろう」


 「すんません、それにしてもこんな歳でファイアーボールを3連続で撃てるなんて信じられませんぜ」


 「父親は優秀な魔法士らしいからな」


 「このガキはどうしますか」


 「もちろん殺す。そうだな、その木に吊るせ。縛り首にしてやる」


 ガリバリはリンスを蹴って立ち上がるように命じた。


 Cがリンスを後ろ手に縛ろうとすると、


 「そのガキは生活魔法が使えるんだ。手枷にしろ」


 Cが腰から鉄の手枷を取ってリンスを後ろ手に拘束した。

 ガリバリは自らソレンタスの鞄を持ってくると木の下に置いて、


 「この鞄の上に立たせろ」


 Cはリンスを持ち上げて鞄の上に立たせて足を縛った。そして太い枝にロープをかけて輪を作るとリンスの首にしっかりと嵌めた。


 「もう少し上げてロープを張れ。踵を浮かせるんだ」


 男たちは見世物でも楽しむようにニヤニヤしていた。いつしか日は傾き辺りは薄暗くなっている。

 

 ガリバリがリンスの耳に顔を近づけて囁いた。


 「お前はもう助からない。どうやって死ぬかはお前が自分で決めるんだ。死に方は3つある。一つ目は思いっきりジャンプして飛び降りる。そうすれば首の骨が折れて楽に死ねる。だがそれができるのは足が元気なうちだけだ。つま先立ちは辛いだろ、すぐにジャンプする力なんて無くなる。そうすると立っていられなくなって首が吊られる。これが二つ目の死に方だが苦しいぞ。三つ目は耐えて耐えてそれこそ死に物狂いで耐えるんだ。そうするとそこで死んでるお前の両親の血を嗅ぎつけてゴブリンがやってくる。耐え抜いたお前はゴブリンに喰われて死ぬ」


 ガリバリは顔を離すと街道の方へ戻りかけ、途中で振り返った。左耳のシルバーのピアスが微かに光った。


 「じゃあな、俺たちはお前の両親から奪った金でうまい酒を飲んで女を抱く。お前らの事はすぐに忘れるから化けて出ても覚えてねえからな」


 「ぎゃははは」


 男たちは嫌らしい笑い声をあげながら去って行った。


 街道の方から微かに男たちの声が聞こえた。


 「ははは、面白かったぜ。お前も来ればよかったのにな、アイス……」


 馬蹄の音が小さくなってやがて何も聞こえなくなった。




 日が沈んで辺りはすっかり暗くなった。

 

 鞄の上に立つリンスは震えていたが怖いからではない。恐ろしさから来る震えは最初の30分で消えた。悔しさから来る震えは次の30分で無くなった。悲しさから来る震えは30分前に収まった。今の震えは爪先で立つ足の疲労によるものだ。立っていられなくなれば体の重さで首が吊られてしまう。街道を通った誰かが見つけてくれないかと期待したがこの場所は見えないようで2回聞こえた馬車の音は止まることなく通り過ぎて行った。叫び声を上げたくても首を圧迫する縄のせいで小さな声しか出せなかった。


 生まれてからずっと守っていてくれたお父さんとお母さんは目の前で死んでいる。ほんの数時間前まで楽しく笑っていたのに、自分はこの世界に独りぼっちになってしまった。これからどうやって生きて行けばいいのだろう。いやその前に今をどうやって生き延びればいいのだろう。

 あの男は、お前には死ぬ方法を選ぶ事しかできないと言っていたけどそんなのは絶対に嫌だった。


 目が闇に慣れると周りが見えるようになったが、心が壊れてしまいそうだったので地面の遺体だけはなるべく見ないようにした。草や木や向こうの雑木林も見える。その雑木林にいくつか赤い点が見えた。虫が発光しているのかと思ったけど蛍や夜光虫とは色が違う。あれはもしかしたらゴブリンという魔物なんじゃないだろうか。ううん、夜だからお父さんが言っていたはぐれゴブリンかもしれない。

 10個の赤い点がゆらゆら揺れながらこっちへ向かってきているようだ。私を食べに来たんだ。


 なんとかしなきゃ。お父さんが生きていれば最後に見せてくれたあの不思議なファイアーショットでやっつけてくれたのに。私にはファイアーボールしか撃てないし、そのファイアーボールも遅すぎて剣で叩き落とされてしまった。しかもステッキも無いし手枷もされている。これじゃあ何にもできない。


 あのCとかいう男の服に生活魔法で火を点けた時の、あのバカの焦った顔は面白かったな。でもどうして生活魔法はステッキが無くても使えるのに攻撃魔法はダメなんだろう。これってお父さんが言っていた固形燃料っていうのじゃないのかな。ん、湖底関係だったかな。とにかく出来ないって決めつけちゃダメなんだ。


 リンスは目を閉じて集中した。ステッキではなく指先に火が生まれるのをイメージした。だが目を閉じたとたんにバランスを崩して首を吊られそうになって集中できない。リンスは目を開けて集中しようと試みた。


 ギギィ、ガルル……


 ずっと向こうで魔物が鳴くのが聞こえるとリンスの集中が途切れた。鳴き声のした方を見ると赤い点がさっきよりも近付いていた。あれはやっぱりはぐれゴブリンの目だ。早くしなきゃと焦れば焦るほど集中する事ができなかった。


 こんなんじゃどうやっても集中なんてできっこないし魔法なんて使えない。そう思った時、リンスは閃いた。集中しなきゃ魔法が使えないって思う事が胡椒関連なんじゃないかな。そういえばお父さんは集中しろなんて一度も言った事がなかった。


 リンスは肩の力を抜いて後ろで拘束された手の指を一本だけ伸ばして唱えた。


 「ファイアーボール」


 指先が暖かくなり火の玉が飛び出した。


 できた。ステッキが無くても集中なんてしなくてもファイアーボールが撃てた。後だから見えなかったけど今までよりも強い感じがした。でもこれじゃ魔物のいる方に撃てない。そうだ、自分が向きを変えればいいんだ。


 リンスは魔物が自分の後ろに来るようにつま先立ちのまま180度回転し、その方角に指を伸ばして唱えた。


 「ファイアーボール、ファイアーボール、ファイアーボール」


 3連続で撃ち終わると先程と同じように回転して火の玉が飛んでいくのを確かめた。

 夜に飛ぶファイアーボールは明るくて綺麗だった。綺麗な光の玉が赤い目の方へと飛んでいき、1発目は途中の地面に落ちて消え、2発目は上へ行って空中で消え、3発目は赤い目の魔物に当たるかに見えたが避けられてしまった。外れはしたが反撃ができた事でリンスの気持ちに余裕が生まれた。


 今度は高さに注意して撃ってみよう。


 「ファイアーボール、ファイアーボール、ファイアーボール」


 火の玉は3発とも魔物に向かってまっすぐ飛んだ。魔物は1発目と2発目は除けたが体勢を崩した所に飛んできた3発目に当たった。ファイアーボールが命中したはぐれゴブリンは地面に転がって火を消すと立ち上がって再びリンスを目指して歩き出した。


 ダメだ。ファイアーボール1発じゃ当たってもやっつけられないんだ。今の感じだと1匹に3発くらい同時に当てないとダメなんだ。あと何回撃てるんだろう。そういえばお父さんが、常にMPの残量に気を付けなさいと言っていたんだ。


  MP:13/50


 ファイアーボールはMPを3使うからあと4発しか撃てない。はぐれゴブリンは5匹もいるのに全然ダメだ。時間がたつと自然に戻るから2ポイントくらい増えるかもしれないけどそれでも全然足りない。私が立っている鞄の横ポケットにはお父さんが、いつでも使えるようにとエクスポーションを入れてあるのに取ることができない。足も限界でもう立っていられない。このままだと首が締まって死んじゃう。あっそうだ、ファイアーボールでこの木を燃やせばいいんだ。


 リンスは木の幹に指を向けてファイアーボールを撃った。火の玉は幹に当たると火の粉を飛ばしただけで消えてしまった。 


 幹は太すぎてダメみたい。一番いいのは頭の上のロープだけど指が向けられない。ロープが結ばれている枝なら狙える。


 リンスは枝を狙ってファイアーボールを撃った。火の玉は枝に命中したが枯れかけの葉を数枚燃やしただけで火は消えてしまった。


 そっか、生きている木は水分を持っていて燃えにくいってお父さんが言っていたんだ。何をやってもダメだ。MPは7しか残ってない。足の疲れももう限界みたいでさっきから震えが酷くなってる。もう立っていられないや。


 バランスを崩して揺れると鞄が倒れ、リンスの体がぶら下がり首が吊られた。首を縛るロープが一気に締まって呼吸ができなくなった。足をばたつかせて暴れるとロープは更に締まって頭も顔も怒張して目も見えなくなった。


 苦しい、このまま死ぬんだ。お父さんみたいに格好良くファイアーショットを撃ちたかったな。


 リンスはファイアーショットをイメージした。そして父親のように撃ち出した火の弾が思いのままに動いてロープを打ち抜く様を思い描いた。するとリンスの指の先から火の弾が発射された。火の弾は夜空を駆け物凄いスピードで大きく弧を描きブーメランのように戻ってくると首を吊るロープを切断した。



  >>> 固有スキル【誘導弾】を覚醒しました



 ドスン


 リンスは地面に落ちると咽ながら必死に息を吸った。何度も何度も呼吸をすると顔も頭も血流が戻り視力も回復した。咳き込みながらなんとか体を起こして見回すとはぐれゴブリンは顔がわかるほどに接近していた。


 急がなきゃ


 ゴロゴロと転がって鞄に取り付いたリンスは後ろ手で横ポケットを探ってエクスポーションの瓶を取り出すとコルク栓を外して鞄の上に置いた。素早く反転すると口で瓶を咥えて上を向きエクスポーションを一気に飲み干した。


  MP:50/50


 リンスは体を捻じりはぐれゴブリンを正面に見て唱えた。


 「ファイアーショット」


 指先から発射された火の弾丸は後方へと飛び出し、ぐるっと一回転してはぐれゴブリンの頭を撃ち抜いた。 


 「ファイアーショット、ファイアーショット、ファイアーショット、……」


 8連射された火の弾丸は夜空に8筋の線を描いて戻って来るとその全てが4匹のはぐれゴブリンに次々に命中して全滅させた。



  >>> レベルアップしました。レベルが9になりました。

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