第85話 総攻め
「来た、皆は洞窟へ入って扉をしっかりと閉めてくれ。リンスは敵の先頭が地面に敷いた枯れ枝に近付いたら火をつけろ」
俺の収納には枝葉が山ほどあって、道中の所々に枝葉を敷き詰めておいたのだ。ちょうど良い感じに乾燥している。
「ナイトオークは火が苦手だけど、その程度の火じゃ止められないっすよ」
「スピードが緩めばそれでいい」
「にゃんともまどろっこしいにょー、ボケ。ワシがファイアーボムで焼き尽くしてくれるわ」
猫はそう言うと俺の肩から地面に降り立った。
「ファイアーボムの劣化版なら一番安い打ち上げ花火程度なんだろ、お前はここで見ていろ」
俺は猫を抱き上げると肩に載せて首の下を撫でた。猫はゴロゴロと喉を鳴らせて大人しくなった。
「ファイアーボムって……飼い主だけじゃなくてペットも嘘つきっすか。それにしても今日は凄い数っす。いつもの数十倍っすよ。奴等全軍で総攻めっすね」
ナイトオークは山の斜面をジグザグになって登って来る。トンネルからは赤い点が次々に現れては列に加わっている。その長さは500m以上はありそうだ。10匹が1mの間隔で500mとすると今見えているだけで5000匹だ。いや、ナイトオークは匹というには大きいから頭というべきか。
ナイトオークの先頭が枝葉を敷いた地点に到達した。俺たちがいる場所までは50mほどだが上に来るほど傾斜がきつくなりスピードは落ちる。
「ファイアーボール、ファイアーボール、ファイアーボール」
隣でリンスの声がしてステッキの先端から火の玉が次々に飛び出した。火の玉たちは一直線に飛んでいき敷き詰めた枝葉を燃やした。先頭集団のナイトオークは火に脅えて止まろうとするが後ろから押されて火の中に突っ込んでいくしかなかった。十数頭は火が燃え移ってその場に倒れ、数十頭は斜面から転げ落ちた。軍勢はその場で止まったかに見えたがそれはほんの数分で倒れた味方の死骸が道を覆って火が消えると死骸を踏み超えて行軍は再びゆっくりと進み始めた。
トンネルから出てくる赤い点は先が渋滞しているために行き場を失くして扇型のように横に広がり始めた。これはもう7000頭を超えたんじゃないのか。死骸を乗り越えた先頭集団が次の枝葉の絨毯に差し掛かるとリンスが火魔法を再度発動させた。
「ファイアーボール、ファイアーボール、ファイアーボール」
火の玉は30m先の地面に敷かれた枝葉を燃やし先ほどと同じような光景を出現させた。先頭集団は火に包まれ、かなりのナイトオークが転がり落ちた。下を見るとトンネルからはまだ赤い点が湧きだし、最後尾の扇型は角度を広げていた。9000頭くらいか、まだいるのだろうか。
ビン、ビン、ビン、ビン……
弓弦を弾く音が夜空に響き10本ほどの矢が飛来した。
俺は【レンタル】を発動して全ての矢を収納に入れるとすぐに返却した。
ビン、ビン、ビン……
矢を射る音が続き上空を飛ぶ矢が地上の火を反射して光ったがそれら全てがフッと消えてゆく。絶え間なく【レンタル】を発動して消したそばから返却してゆく。そうすれば【レンタル】の枠が満杯になることはない。
「お前の仕業っすね。まだこんな技を隠していたとは驚きっす」
「面白い術を使うにゃあ。だがこれでは防戦一方じゃにゃ、ボケ」
俺が首の下を撫でると猫は喉をゴロゴロ鳴らして気持ち良さそうに目を細めた。
「リンス、ここからは先頭のナイトオークに火魔法を打ち込んでいってくれ。行軍速度を遅くしたいんだ。怪我をしたりMPが足りなくなったりしたらこれを使ってくれ」
俺はそう言ってリンスの足元にエクスポーションとMPエクスポーションを1本ずつ出した。
リンスは頷くと、
「お前の嘘つきペットが言ったように、このまま守りに徹してもジリ貧で死ぬだけっす。どうせまた凄い魔法でも隠し持ってやがるんだろうけど、こんな大軍勢が相手じゃ焼け石に水って分かってるっすか」
「リンス、残念だったな。俺は魔法が使えないんだ。さっき宴会で火も付けられなかったろ、生活魔法すら使えないんぜ」
「こりゃまたビックリっす。食料を出したのはスキルっすか。空間魔法が使えるなら転移で全員を安全な場所に移せるかなって思ったっすけどね。こんなハッタリ野郎に期待するなんてこのリンスも焼きが回ったっす。火魔法専門家だけに焼きが回ってアチチっす。ファイアーカノン」
ドーンという轟音と共にリンスのステッキから、強大な火の塊が発射された。火の塊はナイトオークの先頭集団を吹き飛ばし10列目あたりまでを火達磨にした。
「一撃でオーク100頭を撃破か。凄いな」
「ふん、褒めたって喜ばないっすよ。全部終わったらお前の頭に至近距離から撃ち込むっす。ファイアーショット」
ステッキの先から火の弾丸が発射され、仲間の死骸を乗り越えようとしたナイトオークに命中して斃した。
山肌を埋める赤い点は密度が濃くなったようで最早点でさえなくなり赤一色になっている。トンネルからはまだ赤が出現していたが先ほどよりも数が減ったようだった。
「それにしてもさっきから見てるだけっすか。魔法が使えないなら矢でも射ったらどうっすか。ファイアーボム」
ステッキの先から火の塊が上空へ上がり弧を描いてナイトオークの先頭集団から20mほどの後方に落ちた。
ドガーン
爆音がして魔物が飛び散った。
「凄いぞリンス、今ので200頭くらい倒したぞ。それをあと50発も撃てば敵を全滅できるぞ」
「はぁ、無知は罪っすね。そんなにMPが無いっすよ。ファイアーウォール」
ナイトオークの前に火の壁ができて進軍速度を緩めさせたが先頭の十数頭が焼けて倒れると火も消えてしまった。
「キリがないっすね、ファイアーカノン」
強大な火の塊が発射されナイトオーク数十頭を吹き飛ばしたが魔物の勢いは止められない。
「これでMPが空になるっすよ。ファイアーボム」
火の塊が放物線を描いて撃ち込まれ100頭以上を屠ったがナイトオークの軍勢はファイアーボムで吹き飛んだスペースを埋めながら進み続け、この場所まで15mほどの距離に迫った。
リンスはMPエクスポーションを拾うと一気に飲み干した。
「これでMPが100回復したっす。フィアーカノン1回とファイアーボム1回を撃てるっす。それでお終いっすよ」
「リンス、最後の枝葉に火をつけてくれ」
「そうだったっす。ファイアーボール、ファイアーボール、ファイアーボール」
15m先の地面が燃えた。
「今のでMPを9使ったっす。あと撃てるのはファイアーカノン2回か、ファイアーボム1回っす」
洞窟の扉の隙間から戦いを見ている村人たちは一喜一憂していた。道に敷かれた枝葉が燃えて魔物を焼くと歓声があがったが、それが乗り越えられると悲鳴に変わった。リンスの火魔法が炸裂して魔物を大量に倒すと狂喜したが、それをものともせずに魔物が進軍すると驚愕した。ゴータが降り注ぐ矢を悉く消し去ると、
「あいつもスゲーな」
「私達助かるかもしれないわ」
と期待を膨らませたが、下方の赤く染まった魔物たちの大群を見ると、
「勝てるわけがない」
「死にたくない」
「やっぱりあいつじゃ無理だ」
と絶望に打ちひしがれた。
終わりの時を予感したオババ様は立ち上がると村人たちに言い渡した。
「リンスがいてくれなければ4日前に全員殺されていたよ。ゴータが来てくれなければ今日飢え死にしていたよ。最後に美味しいものをお腹いっぱい食べられて良かったじゃないか。扉を破られたら素手でだって戦うんだよ。名も無き村の意地を見せておやり」
オオー、と洞窟内に鬨の声が響き渡った。
鬨の声は外で戦う二人の耳にも届いていた。
「村人たちやる気満々っすね」
「ああ、元気づけられるな」
トンネルからこの場所までナイトオークの軍勢で埋め尽くされていた。もう計算する気にもならないが優に1万は超えているだろう。先頭の敵勢は10m先に迫った。奴等の速度からするとあと1分ほどで白兵戦になる。俺はここまでの間にナイトオークの群れに向けて【レンタル】で探りを入れ5つのスキルを【レンタル】していた。リンスの横でただ見ていただけではないのだ。
現在の【レンタル】状況はこうだ。
【レンタル レベル5】
1 レンタル中:【槍術 レベル2】
2 レンタル中:【剣術 レベル2】
3 レンタル中:【剛力 レベル2】
4 レンタル中:【持久力 レベル3】
5 レンタル中:【弓術 レベル2】
6 レンタル中:【夜目】
24枠のうち6が埋まってあと18借りることができる。これ以外にも【種付け】や【噛みつき】、【腐肉食】のスキルを持つナイトオークが多数いたが借りるのは止めておいた。
俺は収納から岩4つをナイトオークとの間にバリケードのように出して上った。ナイトオークたちは突然出現した巨岩に驚いたがその上に俺が上ると牙を剥いて威嚇してきた。【夜目】で見ると魔物の表情や装備が見分けられた。どいつも凶悪な目で俺を見ている。鎧を着ているのは僅かでほとんどが布を纏っているだけか裸だった。裸と言っても全身が猪のような毛で覆われ人間感は全くない。武器にしてもそうだ、剣や槍や弓を持つのは稀でほぼ棍棒か素手だった。奴等にとってはあの鋭い牙こそが最大の武器なのだろう。それなら【噛みつき】スキルが多いのも頷ける。山の下を見渡すとトンネルからはもう赤い点は湧き出していなかった。これで全軍が揃ったのだ。機は熟した。
俺は後ろを向きリンスを見下ろして言った。
「リンス、これまでだ。助かったよ、ありがとうな。お前はこれを使ってそこで見ていろ。完成までに30秒かかるから早く作動させろよ」
俺はそれを投げて渡した。
リンスはそれを受け取ったが、何のことか分からずに暫く考え、漸く思い至ると体に似合わない大きな声で叫んだ。
「お前、ふざけんなっす。この結界で私だけ避難しろってことっすか。それで夜明けまで待てば太陽があいつ等をやっつけてくれるってことっすか。それならお前も一緒に入ればいいっす。一人で死ぬなんて意味不明っす。それに朝になったらナイトオークは下のトンネルに戻るだけっすよ」
結界を張るには直径6m以上の平地でなければならない。このあたりでその条件を満たすのはリンスの立っている場所だけだ。洞窟内部の奥にある円形の部屋は直径は10mもあるが高さが2mしかないので結界は張れない。
「リンス、早く作動させろ。俺は死ぬ気なんて全くない、お前を守る余裕がないだけだ。邪魔だから早くしろ」
「このヤロー、利用するだけ利用して今度は邪魔だっつーのか。上等っす。お前が死んだら火魔法で火葬してやるっす」
リンスはブツブツ言いながら結界・特を地面に置いて作動させた。淡い青色の膜が伸びて結界を形成していく。
ナイトオークが俺の立つ岩の下に取り付いた。俺は槍を持つ魔物を見つけてその槍を【レンタル】した。手にした槍で眼下の魔物を突いては引き、引いては突きを繰り返し倒していく。【槍術 レベル2】によって突きも引きも鋭く無駄が無く、【剛力 レベル2】によって革鎧程度はものともせずに貫通させた。山の下をを見下ろすとナイトオークの軍勢の最後尾はトンネルからかなり離れた位置まで上がって来ていた。
そろそろ頃合いだ。俺は肩の上で平然と戦いを眺めている猫に言った。
「あれれ、あそこに黒茶色のテカテカした虫がいるぞお。あれはお前のカッコ良くて素敵な尻尾を喰った奴だぞ。うん、そうだ間違いない」
それを聞いた猫は全身の毛を逆立てて叫んだ。
「にゃんだと、あにょヤロー、また出やがったにょか。飛んで火にいる夏にょ虫とはこにょことだ、ボケ」
そして俺の肩の上で仁王立ちになると前足を広げて空を仰ぎ見て魔法を発動させた。
「虫けらにょ分際で、虫けらにょ分際で。ブッ殺す、ボケー。超絶魔法、星落とし」
それを聞いたリンスが完成した結界の中で叫んだ。
「星落とし。まだ使える者がいたっすか。せ、世界が滅びるっす」
何も起こらずに数秒が過ぎ、リンスが、何だ嘘だったのかと胸を撫で下ろした時、夜空の彼方に星が煌めいた。星はチカチカと輝きながら徐々にその大きさを増した。その星を見つけたリンスは顎が外れそうになるほどにアングリと口を開けて呆然とした。
【持久力 レベル3】によって疲れを感じなくなった俺は飛び交う矢を消しながらナイトオークの腹に槍を刺し込み、下から突き上げて来る剣や槍を消してはそいつらの顔やら胸やらを突きまくりながらそれを見ていた。
グングンと近づく星はどんどん大きくなり、ゴーという重厚な音と共に風が吹き荒れ山が振動した。星は更に迫り、沈んでいった太陽よりも大きく明るくなって直視できないほどの光りで地上を照らした。そしてその星は凄まじい速度で大気圏へと突入すると目も眩むほどの光を放ちながら燃え尽きて塵一つ残さなかった。
何事も無かったように風は収まって静かになり、辺りは再び夜の闇に包まれた。山から赤い光が消えた。山肌を覆いつくしていたナイトオークは星落としの閃光を浴びて一頭残らず焼け焦げ息絶えていた。
「にゃんだ、ワシのレベルが一気に上がったぞ、ボケ」
それはそうだろう。一万頭以上いたナイトオークを一匹で倒したのだから。
あまりのことにリンスの顎は外れていた。小さな手でなんとか顎を嵌めたリンスが言った。
「嘘つき」
嘘じゃない、劣化版なだけさ。
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