第84話 魔法使いリンス
「お前、リンスだな。久しぶりだな」
リンスは動揺して目を泳がせている。俺が誰だか思い出せないのだ。それも無理はない、あの時の俺は変装してサツキにとして行動していた。
「嘘つきに知り合いなんていないわ。誰だオメー。ファイアーショットいっちゃっていいっすか」
「俺だよ、俺」
「だから知らねーっての。嘘つきじゃなくて詐欺師かよ。オレオレ詐欺師めが。ファイアーカノンで消しちゃっていいっすか」
「無理に悪ぶるなよ。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ、リンスちゃん」
「カワイイけど、悪ぶってねーっての」
「そこは認めるんだな。帽子が緑じゃなかったから一瞬誰か分からなかったぞ」
そう、以前グラリガのギルドで緑縁隊と揉めたときに会っているのだ。
「緑って、緑縁隊じゃねーか、私の黒歴史をサラッと公表してんじゃねーよ。ファイアーボムで爆破していいっすか。ん、思い出した。ギルドの食堂でドーミーと喧嘩したヤツっすか」
「そうそう、俺だよ俺」
「黙れオレオレ詐欺師め。あの時もクソ弱いと思ったらクソ強くて、あんなの詐欺だろが。今だって、あの時と雰囲気が全然違うっす」
いつまで続くのか分からないやり取りにコッペルンが割って入った。
「リンスさん、もう起きたのか。ゴータ君と知り合いだったとは驚いたよ」
「もう気力もMPもバッチシ回復したっす。あれ、お前ゴータっていうの。そんな名前だっけ」
「俺は生まれた時からゴータだよ。当たり前だろ。それよりリンスちゃん、緑縁隊は辞めたのか」
「だからその話題には触れるなってオーラ出したろうが、オラオラ。なんだか雰囲気の悪い奴等が多いから辞めたっすよ。そしたらメンバーが事件を起こしたとかで解散になったって風の噂で聞いたっす。リーダーのエルネスも何処かへ旅に出たらしいっす」
今度は木槌を持った若い男が割って入った。
「リンスさんの知り合いだからって誤魔化されないぞ。食い物はどこにあるんだよ」
「そうだった。中は暗いからここで食うか」
俺がそう言うと全員がキョトンとした。中には馬鹿にしやがってと敵意を向けて来る者もいる。そんな視線に構わず俺は収納から敷物を出して広げてその上にザキトワに買ってもらった大量のパンと干し肉、サーベルエミュのロースト、三角バイソンのステーキ、菓子と果物を並べていく。更に露天風呂に使ったワイン樽を汚れの無い状態をイメージして出すとそれを飲料水で満たした。その場にいた全員が動きを止めて幻でも見るかのような眼差しで見入った。
「嘘だろ、おい、何が起こったんだよ。食いもんがこんなに沢山」
「まだまだ沢山あるから遠慮せずに食べてくれ。怪我人にはポーションもあるぞ」
「ゴータ君、これは一体……」
「ふん、空間魔法っすか。色んな技を隠し持ちやがって」
リンスはサーベルエミュのローストを一切れ摘んで口に入れると目を輝かせてもう一切れ食べた。洞窟の中からもポーションで元気になった村人たちが出てきて皆でワイワイと宴会が始まった。いつのまにか俺の隣にオババ様が座りパンで挟んだ三角バイソンのステーキを両手で持って食べていた。
「こんなに美味しい食事は初めてだよ。ありがとうよ。だが、今日はいつになくおぞましい量の妖気を感じる。恐らく今夜はナイトオークの総攻撃がある。ゴータよ、これだけで充分だよ。お前はここを抜け出しておくれ。そして最後に一つだけ頼みがある。リンスも連れ出して欲しいんだよ。あの子は村とは無関係だからね、私らと一緒に死なすわけにはいかないよ」
「オババ様、大丈夫です。全て私に任せてください。リンスも守るし、村人も守りますから安心してください。それより、オババ様、魚はお好きではないですか。ヌマアンコウの切り身があるんです」
俺がオババ様にヌマアンコウを勧めると猫がリュックから飛び出して俺の肩に乗って喚いた。
「こらー、それはワシにょだぞ、ボケ。何やら面倒くさそうだから隠れておったにょに」
そんな事だろうと思った。真似猫じゃなくて怠け猫だな。
「うわっ、どこから出てきたんだ」
「何だあれは、見たことないぞ」
「魔物か、いや目が赤くないな」
「黒豹か、いや身体がだらしないな」
村人たちが騒ぎ始めた。中には【鑑定】した者もいたようだが、
「ダメだ。【鑑定】できない」
と諦めた。こいつ【鑑定阻止】を持っているのか。だが劣化版だから上手く阻止できないはずなのだが。俺がそう思うと、
「フッ、【鑑定】じゃよ、ボケ。常に自分にょステータスを【鑑定】しておるんじゃ」
「そうか、劣化版だから【鑑定】できない、つまり結果的に【鑑定阻止】になるという事か」
頭のいい猫だった。
「でもどうして猫だと判らないんだよ」
「それはにゃ、こにょ世界に猫がいにゃいからじゃ、ボケ」
「本当かよ」
「ああ、唯一無二にょ存在にゃにょだ、ボケ。ひれ伏すがよい」
猫を無視して皆に説明しておいた。
「これは俺のペットだ。東の方で見つけた動物で名前はまだない。ところで誰か火を付けてくれないか」
俺がそう言ってヌマアンコウの切り身を枝に刺して準備すると、猫は文句を忘れて切り身を凝視している。村人たちもそれ以上は騒ぎ立てなかった。ペットが喋ったのにこの程度で済むなんて異世界すげー。俺が感心していると、馬を狙っていた若い男がやって来て、
「火なら私がつけます。先程はすみませんでした」
と謝りながら火を付けた。
日が傾き始めると久々の食事に舌鼓を打っていた村人たちの顔に緊張が見られるようになった。今夜はナイトオークが大挙して攻めてくることを悟っているのだ。
リンスが隣に来て俺に話し掛けた。
「あんな大言を吐いておいて嘘でしたでは済まされないっすよ」
言葉では悪ぶっているが真剣な表情で続けた。
「どうせ誰も信じないと思ったけど、手品みたいに豪華な食事を出しやがったのを見て半数くらいの村人はお前を信用するようになったっす。そんな人たちを裏切ったら私が許さないっす。ファイヤーっす」
「大丈夫だリンス。大船に乗ったつもりでいろ」
俺はそう言うとリンスの青いとんがり帽子を持ち上げた。頭から編んだツインテールがこぼれた。前から髪型が気になっていたが、こういう感じだったのか。
「なんだ、いつも帽子を被っているからハゲてるのかと思ったら可愛いツインテールだったんだな」
「このヤロー、ハゲてるわけねーだろーが。気安く乙女の頭に触るな。お前の頭を焼け野原にしてやろうかっす。このカス」
「リンス、今まで一人でよく頑張ったな」
俺はそう言ってリンスのリンスしたてのようなキューティクルたっぷりの頭を撫でて帽子を戻した。青い帽子の下の顔が赤くなった。
そしてついに日が落ちた。辺りが暗くなるにつれて下のトンネルの闇に赤い点が目立つようになった。ナイトオークの目だ。2個が4個、4個が8個になり遂にはトンネル全体が赤い点で埋め尽くされた。静かだった山に熱気が満ちて、
ブハッ、ブハッ
という不気味な声が山肌を震わせた。
いくつもの山々の向こうに隠れたこの世界の太陽がさらに沈み闇が地表を覆うとついに赤い点が一斉に動き始めた。トンネルから出た無数の赤い点は集まり連なりまるで川のようになって山を逆流して登って来る。赤い川は次第に川幅を広げて川から河となって俺たちを目指して向かってくる。
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