第80話 シルクスパイダー
太陽が、太陽系かどうかわからないが、太陽が高い位置へ来た頃、草原の中に10本ほどの大木が並ぶ場所に出た。さきほどから腹が減って休めそうな場所を探していたのだ。ここなら日陰になるし丁度いい。念のために木の上を丁寧に見て行くと何本かの木にはキラリと光るものが見えた。蜘蛛の糸だ。その糸で3mほどの巣が作られ、その中心には見慣れた魔物・シルクスパイダーがいた。ダンジョンのシルクスパイダーは30cmほどだったが、こっちのは50cmくらいある。
クロスボウでは威力がありすぎる気がする。俺は収納から投げナイフを出して最初の木にいる蜘蛛を狙って投げた。ナイフは真っ直ぐにシルクスパイダーに向かって飛んでいき尻の部分に刺さった。シルクスパイダーは巣から落ちそうになったが足を掛けて留まると俺にナイフの刺さった尻を向けて糸を噴出した。
そんな技があるのかよ。俺が焦っていると馬が素早く移動してそれを避けた。俺のいた場所には大量の糸が絡まっていた。ダンジョンでは糸を飛ばすシルクスパイダーなんていなかったぞ。俺は改めて【鑑定】してみた。
ハイシルクスパイダー: シルクスパイダーの上位種。糸を飛ばして攻撃。
上位種だった。道理で手強いはずだ。ハイシルクスパイダーは俺に尻を向けて威嚇しているがもう糸は飛ばしてこない。ここは射程外なのかもしれない。ここからで俺の投げナイフなら届くはずだ。再び投げナイフを出して先程よりも力強く投げた。ナイフはハイシルクスパイダーの頭に命中して深く刺さった。魔物はガクリと崩れ落ちて巣に絡まってぶら下がったまま息絶えた。
その様子を見ていた3本目の木の蜘蛛が距離も構わず糸を飛ばしてきた。糸は2mほど手前の草に絡まった。なるほどそこが射程の限界なんだな。俺はその糸ギリギリまで馬を進めると蜘蛛に向けてナイフを投げた。投げてすぐにナイフを出してまた投げる。収納を利用した連続技だ。最初のナイフはこちらに向けられた尻に、2本目のナイフはいくつも並んだ目の間に刺さった。その目から赤い光が消えて魔物は力尽きた。よし次だ。俺は再び射程ギリギリまで馬を進めて投げナイフを3連続で投げた。1本は足に当たって弾かれ、2本は頭に刺さって斃した。
>>>【投げナイフ レベル2】がレベルアップし【投げナイフ レベル3】に
なりました。命中率と威力が上昇し、2本同時投げが可能になりました。
グッドタイミングだ。4匹目の蜘蛛に近付くとナイフを2本握って投げ、更に連続技で2本同時投げをした。4本のナイフが頭部に突き立ちハイシルクスパイダーは巣から落ちて動かなくなった。
最後の1匹はこれまでの4匹とは違って巣も個体も更に大きかった。巣は6mほどだろうか、木の上半分が全て糸でキラキラと光っている。蜘蛛自体は1mほどあって頭部に並んだ多くの赤い目で俺を不気味に睨んでいた。尻がこちらを向いていないのは念のために余裕をもって距離をとったせいかもしれない。レベルアップして威力が増したのだから投げナイフの有効距離も伸びたはずだ。俺はナイフを2本握ると力一杯それを投げた。俺が投げるのと同時にその蜘蛛が飛んだ。なんと尻から糸を噴出しながらロケットのように飛んでいる。俺の投げた2本のナイフは蜘蛛がいた木に刺さり、蜘蛛は8本の足を広げて俺に飛び掛かった。
俺はなんとか蜘蛛の両前足を両手で掴んだが残り6本の足に抑えられて落馬した。背中のリュックがクッションとなって怪我は免れたが巨大蜘蛛の牙が俺の顔に迫る。俺は前足を押し上げて牙を避けた。蜘蛛は牙で顔を狙いながら自由な6本の足を俺に打ち付けてくる。このまま体力を削られたら腕を押し上げる力が無くなってしまうだろう。ズラリと並んだ赤い目が俺を嬲っているようだ。
ボン、ボン、ボン……
蜘蛛のパンチならぬキックが体に響く。このままではまずい、何か手は無いか。そうだ、俺は収納から革鎧を直接着るように出した。ダンジョンでゴブリンソルジャーから奪った粗末な鎧だが無いよりも全然マシだ。突然現れた鎧に戸惑った蜘蛛だが、沢山ある足で鎧の隙間を器用に探すとそこを狙ってキックを入れて来た。俺は更に収納からその隙間を埋めて着るようにして革鎧を出した。赤い目が驚きで揺れた気がした。キックを諦めた蜘蛛は前足を握る俺の手を引きはがそうと6本の足で腕を押さえた。前足が自由になれば牙でやられる。蜘蛛が6本の足で俺の腕を押さえたまま上体を反らせると俺の手が前足から離れてしまった。赤い目の奥が勝利を確信して嗤っているようだった。俺が諦めずに蹴ろうとすると蜘蛛は糸を出して俺の体を幾重にも巻きつけた。ついに動けなくなった俺を嘲笑うかのように赤い目を光らせ蜘蛛は上体を上げたまま両前足を高々と広げて口の牙を剥き勢いよく俺の顔をめがけて覆いかぶさって来た。
その瞬間、俺は収納から鋼の剣を蜘蛛の口と地面の間に出した。鋼の剣が蜘蛛の口から頭を通って突き抜けた。ズラリと並んだ全ての目から赤い光が消えた。
ふう、終わった。
体に巻き付いた糸と革鎧、鋼の剣を収納に入れて立ち上がると、馬は元の場所にいて平然としていた。肝の座った馬だ。それにしても最後のデカい蜘蛛は空を飛んだぞ。そんな情報は無かったのに。
俺は再び【鑑定】してみた。
トップシルクスパイダー: ハイシルクスパイダーの上位種。糸を飛ばして
攻撃する。糸を噴出して飛行することができる。
上位種だった。この世界は恐ろしい。
俺は4匹のハイシルクスパイダーと1匹のトップシルクスパイダーと全ての蜘蛛糸、投げナイフを収納した。少し休憩するつもりがガッツリ戦闘になってしまった。嗚呼くたびれた。脳内時計は午後2時だし、とりあえず3時間有効の結界・並を作動させて昼食にしよう。もう何にも邪魔されたくない。
結界の中で馬も水と飼料の入ったバケツに首を突っ込んで食事をしている。繋いでいなくても結界から出る様子は無い賢い馬だ。俺は草の上に座って収納からハンバーガーと水を出して昼食にした。食後はオレンジを食べた。
一人でする食事は速く30分で食べ終わってしまった。
食後にのんびりしながら収納品をチェックしていると目に留まる物があった。
ボロ布に包まれた動物の置物
これ何だっけ。
そうだ、タルタルムに貰ったんだ。神殿を取り壊した時に下から出て来たと言っていた。俺はそれを取り出した。布は白色で劣化が進み今にも風化して飛び散りそうだ。白地に金色で文字が書かれている。微かに読みとれる字は封だろうか。もちろんこの世界の文字だが【語学】スキルによって勝手に変換されている。
中の置物は重くもなく軽くもない。布ごと手の上でポンポンと小さく放り上げてみたが音はしない。どうやら普通の置物で中に何か入っているという事もないようだ。布を捲ってみるが何の変哲もない動物の置物だ。あれ、尻尾が折れてるな。
ポロリ
折れた尻尾が草の中に落ちた。
ボロボロじゃねえか。タルタルムの奴、ゴミをくれやがったな。呆れて眺めると置物の首に何かあった。黒ずんでいて気付かなかったが指輪なんじゃないか。尻尾みたいに壊すといけない、俺はその指輪を丁寧に摘まみ上げようとした。俺が触れた瞬間、それは朝日のごとくオレンジ色に輝いたかと思うとすぐに元の黒ずんだ指輪に戻った。
俺の脳内にメッセージが流れた。
>>>女神の祝福を受けました。レベルアップするスキルを一つ
選択してください。
あの時と同じだ。以前シスター・ファーニスに触れた時に彼女のペンダントが光って同じメッセージが流れたのだ。前もそうだったが急いで選択する必要はない。何をレベルアップするのかはじっくりと考えるべきだ。
俺は指輪を嵌めてみたがもう何も起こらない。念の為に【鑑定】してみる。
指輪: 古びた真鍮の指輪
ただの指輪だった。こんな物が何故神殿の下に埋まっていたのだろう。この黒くて汚い置物も貴重な品なのだろうか。黒豹かな、でも黒豹にしては間の抜けた顔だ。俺がその置物に触れた瞬間、
シュポーン
黒豹の置物が何倍にも大きくなって実体化した。
「うわっ、黒豹」
俺は喰われると思い慌てて仰け反って逃げようとしたが腰が抜けて動くことができなかった。