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異世界レンタル放浪記  作者: 黒野犬千代
第五章 それぞれの仇討
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第76話 褒賞金

 受付で名前を告げてサルード中尉に取次ぎを頼んだ。


 「少々お待ちください」


 受付の女性下士官はそう言うと席を立って2階へ上がって行った。

 15分ほどして戻って来た女性下士官が、


 「どうぞ」


 と言って案内してくれる。階段を上る彼女の白いタイトスカートから見える脚は無駄な贅肉が無く健康美そのものだ。


 「そんなに見たいなら私のを見せてあげるのに」


 ファンミンが明るく言った。


 「ファンミンさん、何を言っているのか分からないわ」


 俺がそう言うとファンミンは舌を出してウインクした。

 今の俺はケイコなんだぞ、余計な事を言うんじゃない。それにそういう事ではないのだ。


 女性下士官は廊下の左側、奥から二つ目の部屋の前で止まった。ん、ここはカレン少佐の部屋だ。

 ノックすると、


 「入ってくれ」


 と男性の声がした。サルード中尉の声だ。


 女性下士官はドアを開けて、


 「お連れしました」


 と言って俺たちを中へ通すと出て行った。


 執務机にはサルード中尉が座って書類仕事をしていた。その前の応接セットには私服姿のカレン少佐とリシェル少尉が腰掛けていた。二人とも浅く座り背中はピンと伸びている。カレン少佐は鶯色の濃淡のチェックシャツを着て編み込みの革ベルトをサイドで結び、ダークベージュのマキシプリーツスカートを履いている。カレン少尉はサラッとした生地のサーモンピンクのプラウスを生成りのガウチョパンツに入れサンダルを履いていた。


 二人は立ち上がり俺たちを招き入れて椅子を勧め、俺たちが座ると対面に腰を下ろした。


 サルード中尉が立ち上がって応接テーブルの脇に来ると書類と小袋を置いてから自己紹介した。


 「私はサルード中尉です。こちらがカレン少佐とリシェル少尉です」


 俺はケイコと名乗り、ファンミンも自分の名前を言った。


 サルード中尉は二人を交互に見ると爽やかな笑顔で礼を言った。


 「今回はあなた達のおかげで事件を解決し、尚且つ捕らえられていた人達を救出することができました」


 その言葉に被せるようにカレン少佐が言った。


 「助けてもらった。非常に感謝している」


 リシェル少尉も、


 「本当にありがとうございます」


 と言った。二人ともに緩やかな表情だ。


 あの日以来の2人の姿に俺の心臓は高鳴った。顔が赤くなっていないだろうか、俺は急いで【容姿操作 レベルMAX】で顔の火照りを静めた。何か言えばしどろもどろになってしまいそうで、俺はただ頷いただけだった。

 ファンミンも俺の真似をして頷いた後、


 「ふぅ」


 と大きく溜息をつくと椅子の脇息に両肘を載せ足まで組んでふんぞり返った。青いハーフカップブラに包まれた豊かな胸が揺れた。よく見ればビキニの上下ともに切れた紐を結んであるのが分かる。マードに切られたのを修繕したのだ。

 妙に偉そうな態度のファンミンが言った。


 「忙しい中を呼び出されたのに飲み物も出ないのね。本当に感謝しているの」


 カレン少佐がイラっとして何か言おうとしたのをリシェル少尉が宥め、サルード中尉は急いで廊下へ出ると大声で何かを命じた。


 すぐに先ほどの女性下士官がやってきてテーブルに飲み物を4つ並べた。


 ファンミンはそれを面倒そうに手に取り一口飲んだ。


 「レモネードね。(ぬる)くてまずいわ」


 もう要らない、という風にドンとテーブルに置くと再びふんぞり返った。


 カレン少佐は宥めるリシェル少尉の腕を振り払って身を乗り出すと真っ直ぐにファンミンの目を見て言った。


 「なんだその態度は。助けてもらって感謝はするが愚弄する事は許さんぞ」


 ファンミンは視線を外すと天井を見ながら言った。


 「キレやすいのね。そういう女と付き合う男は苦労するのよ」


 「なんだそれは。何のことを言っている」


 カレン少佐は怒りで顔が紅潮している。

 リシェル少尉が少佐を宥めながら言った。


 「ファンミンさんでしたっけ、貴女ような女性とお付き合いする殿方こそ苦労なさるのではないですか。無闇に人に喧嘩を売る女なんて心の休まる時も無いでしょう。お気の毒です」


 「無闇に喧嘩なんて売らないわよ。私が喧嘩を売るのは気に入らないヤツだけ」


 「私と少佐のどこが気に入らないというのですか」


 「自分のケツを自分で拭けないところ」


 ファンミンがボソリと呟くと少佐も少尉も返す言葉が無かった。


 「まあまあ」


 と言ってサルード中尉が割って入った。


 「これは些少ですが褒賞金です」


 サルード中尉は小袋から金貨を取り出すとテーブルに積んだ。金貨5枚だった。


 「ね、言ったでしょ」


 ファンミンが俺に言った。

 どうせ微々たるものよ、俺はファンミンの言葉を思い出した。彼女にとって金貨5枚が微々たるものなのか、それとも俺たちへの褒賞としては微々たるものなのかは判らないが満足していないのは明らかだった。


 貰える物は貰うさ。それに快く受け取ることが相手への敬意というものだ。俺が金貨を受け取るとサルード中尉がペンを差し出した。懐かしのペン草だ。

 テーブルに置かれた書類を指して言った。


 「こちらの受領証に署名をしてください」


 俺が署名しようとするとファンミンがペンを持つ俺の手に自分の手を重ねて止めた。


 「その紙は鑑定紙よ」


 「鑑定紙。それは何ですか」


 俺が尋ねるとファンミンが俺の手を握りながら答えた。


 「署名した名前とステータスの名前が同じか鑑定されるの。鑑定阻止も役に立たない」


 おそらく署名してそれが偽名だと鑑定されたら褒賞金は受け取れないのだろう。そうでなければ受領証の意味がない。

 ファンミンが再びふんぞり返って言った。


 「随分と馬鹿にされたものね。これが命の恩人に対する憲兵隊の感謝の仕方なのかしら」


 サルード中尉が慌てて言った。


 「断じてそんな事はありません。褒賞金は税金から出ています。誰に幾ら支払ったかを記録に残す必要があるのです」


 「だとしても、最初に鑑定紙であることを説明するのが礼儀でしょ。商人は必ずそうするわ。でないと信用を失くすもの。私たちが戦う事しかできない無知な冒険者だと思って(あなど)ったんでしょ」


 フン、と嗤ってカレン少佐が口を開いた。


 「色々と御託を並べているが偽名だと自白しているのと同じだぞ」


 ファンミンもフン、と嗤って言った。


 「偽名の何がいけないのかしら。世の中には色々な事情を抱えている人がいるのよ」


 「事情だと。どうせ後ろめたい事だろう。どんな罪を犯したのか言ってみろ。頼み方次第では見逃してやるかもしれんぞ」


 「少佐にしては知力が低いわね。都市に入れている時点で犯罪者ではないでしょ」


 「ふん、何も知らんのはお前の方だ。都市でも犯罪があるのは犯罪者が入り込むからだ」


 「なにそれ。憲兵隊が職務怠慢だって自白しているのと同じじゃない」


 「そうやって必死に反論して誤魔化そうとしているのだな。お前は間違いなく犯罪者だ」


 「馬鹿なの。犯罪者がどうしてわざわざ憲兵隊を助けにダンジョンに入るのよ」


 怒っていたカレン少佐の目が大きく見開かれた。


 「いま何と言った。私たちを助ける為にダンジョンに入ったのか」


 「そ、そんなこと言ってないわよ。頭が悪いのは知ってたけど耳も悪いのね。冒険のついでに助けただけよ。ついで」


 カレン少佐はもう挑発には乗らずに何か考えているようだった。


 少しの沈黙の後、静かに話し始めた。


 「ずっと不思議に思っていた。ドルアス軍曹は私たちがダンジョン5層にいるという情報を神殿衛兵が知らせに来たと言っていた。そしてその衛兵は女と自分に命令されて来たと言ったそうだ。自分とはどういう事だと確認すれば、俺がもう一人いたと言ったそうだ」


 ファンミンが口を挟んだ。


 「神殿衛兵なんていい加減なヤツばかりよ。嘘に決まっているわ」


 「いえ、そうじゃないのです」


 作戦の指揮を執ったサルード中尉が話を引き取った。


 「その男は審判の首輪をされて、質問には正直に答えるように命令されていたのです。だから嘘はありません」


 俺はギクリとした。あの時、確かにそんな命令をしたし、神殿から出てグズグズしているジミホアンに改めて命じた俺はジミホアンに変装していたのだ。慌てていて気付かなかったがジミホの奴ビックリしただろうな。


 「じゃあそうなんだろうけど、それがどうしたのよ。きっと催眠術にでも掛けられていたんでしょうよ」


 否定するファンミンの言葉に頷いたサルード中尉が続けた。


 「私も最初はそう思いました。自分が二人いる訳が無いですからね。男の情報の信憑性を測りかねましたが少佐が潜入しているのを知っているのは私と軍曹の2人だけです。それを神殿衛兵が知っていたという事は限りなく本当だという事になったのです。非番だった隊員を集めて総勢10名でダンジョンへ急行しました」


 「たったの10人。人質を救出しながら敵を制圧するには少なすぎるわよ」


 4人で行った自分たちの事を棚に上げるファンミンだった。


 「まったくその通りです。耳が痛い。なにはともあれダンジョンに到着した隊は地下5層を捜し周りました。そして通路の地面にシャツが丁寧に広げて置いてあるのを発見したのです。シャツの上には矢が一本あって矢尻が壁を向いていました。あのアジトを塞いでいた壁です」


 ファンミンが話を聞きながら俺を見た。

 サルード中尉はそれには気付かずに状況を思い出しながら話しを続けた。


 「隊員の何人かが、そのシャツに見覚えがあると言ったのです。そのシャツは」


 言い淀んだサルード中尉がカレン少佐を見た。


 カレン少佐は頷いて言った。


 「そのシャツは私のよく知っている男性の物だったそうだ。そうやって中尉達はあのアジトにたどり着くことができた。そしてお前はさっき言ったな。わざわざ憲兵隊を助けるためにダンジョンに入ったと。教えてくれ、どうしてわざわざ来てくれたのだ」


 「だから冒険のついでだって言ったでしょ」


 ファンミンの言い訳をスルーしてカレン少佐が尋ねた。


 「誰かに頼まれたのか」


 「誰かって誰よ」


 「そのシャツの持ち主、ゴータだ」


 おいおい、この世界に個人情報の概念は無いのか。

 ファンミンは興味が湧いたようで肯定も否定もせずに話を引き出そうとしている。


 「それはどういう男なのよ」


 「盗賊18人を斬って私を助けてくれた人だ」


 ゴクリと唾をのんだファンミンが俺を見た。こっちを見るな。ダメだ。こいつに話をさせた俺が馬鹿だった。

 俺は【演技 レベルMAX】を使い平静を装って返事をした。 


 「そういう名前は知りませんね」


 カレン少佐は初めて話しに加わった俺をしげしげと眺めてから言った。


 「ケイコ、お前にも聞きたいことが沢山ある」


 いきなり呼び捨てでお前呼ばわりかよ。俺は無礼な言動はしていないはずだがファンミンの仲間という事で失礼な奴の(くく)りに入れられたのだろう。まあいい、慣れっこだ。


 「何ですか、カレン少佐」


 「私は木箱に入れられていたから実際に見たわけではないが話し声も音もよく聞こえていた」


 「そうですか」


 俺の腕を見てカレン少佐が言った。


 「私は確かに聞いた。お前が、その木箱に入れられているのはカレン少佐だと言ったのを。なぜ私が入れられていると知っていた」


 俺は答えられなかった。

 沈黙する俺を見ながらカレン少佐が続けた。


 「ケイコは岩を出すことができるのだろ。(とぼ)けんでもいいぞ。捕まえた男からも、シティカとミラーミからも聞いている」


 「彼らは幻でも見たんだと思いますよ」


 バレていても惚けるしかない。

 惚ける俺に構わずカレン少佐が言った。


 「敵の武器を手も触れずに奪う事ができるのだろ。私の猿轡を外してくれたのもお前だな」


 「私のも外してくれました」


 リシェル少尉が声を上げた。


 「そうだな」


 と少尉に微笑みながらカレン少佐が言った。


 「そういう能力を持っている人物を私は知っている」


 俺もファンミンも黙って聞くしかない。

 カレン少佐が続ける。


 「ケイコは人のスキルを奪う事ができるのだな。答える必要なない。カトリーヌとのやり取りを聞いていたからな。ここからが本当の質問だ。お前はゴータからスキルを託されたのか。武器を消したり縄を外したり、あれはゴータの能力だ。お前は私が捕まっている事を知っていた。そしてその場所を示したのはゴータのシャツだ。お前たちはゴータの仲間なのか、あるいはゴータから頼まれたのではないか」 


 ほぼ当たっていた。こんなにあっけなく俺に辿り着かれては困るのだ。もう完全にしらを切るしかない。


 「何を仰っているのか全く理解できません。私がその方のスキルを使って岩を出したり武器を消したりしたと仰いますが、あなたもあの場所にいたのならご存じのはずですよ。私はカトリーヌのスキルを使う事ができなかったではないですか。それと同じで私はゴータという方のスキルを使う事が出来ませんし、もちろん何かを依頼されたりもしていません」


 俺の言葉に頷いたファンミンが言った。


 「そうよそうよ、何でもかんでもそのゴータとかいう男に結び付けようとして、ひょっとしてゴータのことが好きなんじゃないの」


 冷やかすファンミンを苦々しく見てカレン少佐が怒った。


 「うるさいぞ、余計な事を言うな」


 「そうですよ、好きで何が悪いのですか。私もゴータさんのことが好きですもの」 


 「そんな風に色ボケしてるから、職務に集中できずにあんな奴らに捕まるのよ。憲兵隊の女性士官は盛りの付いたメス犬ばかりなのね」


 「だから愚弄するなと言っているのが分からんのか」


 「そうです。メス犬呼ばわりは許しませんわよ」


 「実力も無いのにプライドだけは高いのね。助けてもらったくせに偉そうにしないでよ」


 「誰もお前などに助けてくれと頼んではおらん」


 「そうですよ。助けたくらいで偉そうにしないでください」


 ちょっと待ってくれ。俺は突然悲しくなった、そして怒りが込み上げてきた。


 「ちょっと待て。そんな言い方はあんまりだ。ファンミンは姿を消せるから全てが終わるまで隠れていればいいだけだったんだ、それなのに命懸けで助けてくれたんだぞ。どれほど勇気のいる事か分かっているのか。ミーナもザキトワも仲間の為に仲間を信じてついてきてくれた。今にも殺されそうなのに怯えるどころか笑っていたんだ。そんな仲間たちの行動を馬鹿にするな」


 カレン少佐もリシェル少尉もサルード中尉も、ファンミンでさえ唖然として言葉も出ない。

 だが俺の怒りは収まらない。


 「そもそも少佐も少尉も二人だけで潜入するなんて何を考えているんだ。緊急時の連絡方法はあったのか、イザという時のサポートは準備していたのか。敵を甘く見過ぎだし、自分の力を過信し過ぎだ。失敗すれば捕まっている被害者は助けられないんだぞ。それどころか軍が潜入したのを知った敵はアジトを引き払おうとしていた、そうなれば別の場所で新しい被害者が生まれるんだ。あのアジトに散乱していた装備や服やギルドカードを見たか。多くの人が犠牲になった。それと同じ事が繰り返されるところだったんだぞ。いったい何をやっているんだ」


 「……」


 「……」


 やっちまった。バレたかな。別人だし、女だし、女の声だし、バレてないよな。

 

 「ファンミンさん、行きましょう」


 俺は立ち上がるとファンミンを連れて部屋を出た。褒賞金なんて要らないし、カレンさんやリシェルさんに嫌われても構わない。これに懲りて彼女たちが危険に合わなければそれでいい。


 階段を下りて受付を通り過ぎて外へ出た時、後ろから追いかけて来たサルード中尉に呼び止められた。まだ何か用があるのか。邪魔をするなら叩き伏せるぞ、そんな表情で振り返った俺にサルード中尉は穏やかに言った。


 「これを持って行ってください」


 手には封筒があった。


 「これは証明書です。この証明書の持参人がダンジョンでの事件解決に貢献したという証明になります。きっと何かの役に立ちますよ。パーティー名も個人名も記入する必要はありませんから安心してください」


 それだけ言うとサルード中尉は封筒を俺に手渡して戻りかけ、ふと思いついたように付け足した。


 「少佐を何度も救っていただき感謝の言葉もありません。この御恩はいつかきっとお返しします」


 サルード中尉は敬礼すると戻っていった。

 何度もか、単なるイケメンかと思ったけど侮れないな。


 ファンミンが言った。


 「最後のあれは見事な演説だったわね。【話術】スキル、私も取れないかな」


 「あっ、【話術】使うの忘れてた」


 「何それ、やっぱりまだまだ少年ね。でも本当の言葉こそ心に響くものよ」

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