第74話 馬車置き場の戦い
1時間後、来た時と同じ道を逆に辿った俺たちの姿はダンジョンの外にあった。追手が掛かるのではと焦ったマードが予想外の脚力を発揮して、慣れた冒険者でも2時間はかかる道程を半分の時間で走破したのだ。あまりにも速すぎて、姿を消しているファンミンが無事に付いてきているかを確かめるために、彼女のパンツを何度も【レンタル】しまった。脳内ランプが点灯するのを確認するだけで実際に借りる必要な無かったのだが走るのに夢中で【レンタル】を実行してしまったのだ。もちろんその都度返却したのだがファンミンの奴、びっくりしただろうな。可哀想なことをした。
マードが着ている司祭の服が功を奏したのだろう、出入口を警備している国軍に呼び止められることもなく俺たちは無事にダンジョンを脱出したのだ。
アジトの喧騒が嘘のように誰もいない静かなノースフォートの馬車止めに停めてある神殿所有の純白の馬車の横でハァハァと息を切らしている俺の後ろにファンミンの息遣いを感じた。あのコートを着ながら走ったのだ、中は汗でグチャグチャになっていることだろう。
ここまで走り続けて来たマードも余程疲れたようで、馬車脇の日陰に座り込んでしまった。俺はマードを労うように収納から飲料を出して渡した。
「マード様、これをお飲みください」
ダンジョンに入る前にこの町の店で買ったものだ。
「おお、ジミホ、気が利くな」
マードはそれをひったくるとゴクゴクと一気に飲み干した。
俺は飲料と一緒に購入したサンドイッチも取り出して渡した。
「マード様、これも用事しておきました」
「なんと、お前がこれほど出来る男だとは思わなかったぞ。ただのエロ隊員かと思っておったわ」
じつは人を見る目があったマードはサンドイッチにかぶりついた。俺の後ろで、自分にもよこせというファンミンの気配を感じたが無視して、収納から審判の首輪を出し密かに操作して首輪を開いた。そして食事に集中しているマードの後ろから、
「マード様、これも差し上げます」
と言って首に当てて輪を閉じようとした時、俺は胸に痛みを感じた。見下ろせば左手でサンドイッチを食べているマードの脇から右手に握った短剣が俺の心臓を一突きにしていた。しまった、こいつは【短剣術 レベル3】のスキルを持っているんだった。俺はそんな事を考えながら崩れ落ちた。
「ふん、やはりこんな事か。常に女の事しか考えぬお前にしては気が利きすぎだ。ワシを奴隷にして操る気でおったのだろう、人には分相応というものがあるのだ。分を超えて望めば待っておるのは破滅だけだ」
マードは見開いたまま焦点を失くした俺の瞳を冷たい目で見下ろすと足で胸を踏みつけて刺さっている短剣を引き抜いた。血で汚れたその短剣を白い神殿衛兵の制服で拭うと祭服の下の鞘に納めた。
「よくも」
ファンミンがレイピアを抜いてマードに突き掛かった。
マードは何も無い所に突如現れた剣に驚き対応が遅れ、祭服の袷の隙間を通ったレイピアを腹部に受けた。充分な手応えを感じたファンミンが迷彩魔法コートとマスクを剥ぎ取り頭を振ると滴る汗と涙が飛び散った。
「よくも、私の男を殺したな」
そう言いながらマードの腹部に突き立った剣に体重をかけて深く刺し込もうとしたがレイピアは動かなかった。
「ガハハハ」
不敵に笑うマードを訝しんだファンミンが間合いを開けるとマードは祭服を捲って見せた。帯に挟んだ本の革表紙に穴が空いていた。
「経典だ。こんな物が役に立つとは思わなかったぞ。祈りの言葉を覚えなかったのが幸いするとはな。覚えておれば経典など持ち歩かんからな。ガハ、ガハハハ」
愉快そうに笑うと右手で短剣を抜き、左手で後ろに挟んでいたナイフを逆手に握って構えた。
「お前はアジトにいた女だな。ジミホとはどういう関係だ。黒幕は誰だ」
「黒幕なんていない。仇は私が討つ。変態司祭め、覚悟しろ」
「ジミホはただのバカだ、防御力の低い衛兵の平服でダンジョンに入るくらいだからな。黒幕がいるに決まっている。それは誰だ。おっと、簡単に喋るなよ。カラダに訊いてやるからな」
「うるさい、死ね」
ファンミンはレイピアを構え直し、間合いを詰めると短剣を握るマードの右手を払いにいった。マードは短剣を引いてレイピアに空を切らせた。ファンミンは更に半歩踏み込んで空を切ったレイピアを反転させてマードの引いた右肩を薙いだ。それを読んでいたマードが短剣でレイピアを払うとファンミンの右腕が流れた。マードは短剣を捨てるとファンミンの流れた右腕を掴んで体を寄せた。そのまま体重をかけて押すとファンミンは横向きのまま神殿馬車の側面に押し付けられてしまった。掴まれた右腕はびくとも動かせず、首には逆手に持ったマードのナイフが突きつけられていた。
マードがファンミンの手を馬車に打ち付けるとその手からレイピアが落ちた。
首にナイフを突きつけたまま前を向かせると嫌らしい目で上から下まで舐めまわすように見て言った。
「可愛い顔が血と汗で汚れておるではないか。クリーン」
マードが生活魔法のクリーンを掛けるとファンミンの顔も体もシャワーでも浴びたかのように綺麗になった。マードは顔を近づけると嫌がるファンミンの頬をペロリと舐めた。押し退けようとする腕を肘で押さえつけながら青いハーフカップブラの上から胸を揉んだ。
「誰に頼まれた。いや、言ってはならんぞ。まだ楽しみは始まったばかりだからな」
「殺したければ殺せ」
ファンミンはそう言って膝蹴りをするが近すぎて効果が無い。
マードがファンミンの首に押し付けた左腕に力を籠めるとファンミンは息苦しく噎せ始めた。
「どうした、死んでもよいのだろ」
マードはそう言うと右手に持ち替えたナイフをファンミンの胸の谷間に入れた。そのナイフを引くと防御力付加の無いブラはプチンという音と共に切れ、白くたわわな胸が露になった。ファンミンは朦朧となりながらも自由な右腕で腹を殴るがマードには効かなかった。
「この祭服はロイヤルメタルワームの糸でできておる。防御力はBだ。パンチなど痛くも痒くもないわ」
マードは余裕の表情で言うとファンミンの体に沿ってナイフを下へ下へと這わせた。そしてナイフをビキニショーツの隙間に差し込むと横紐に当てて引いた。プチンという音がして紐が切れビキニショーツがはらりと捲れた。
マードに心臓を刺された俺は女神の加護の称号効果によりHP1となって死を免れた。かろうじて死ななかったが体が動かせない。傷ついた心臓が停止しているためだ。見開いた目にはマードに追い詰められたファンミンがエロい、じゃなかったヒドい事になっている様が映っている。
こんな時はどうするんだったか、そうだポーションだ。俺は収納からエクスポーションの中身だけを直接胃に入れた。女神の加護の称号効果により1ランク上のフルポーションと同等の治療効果が現れ傷口が完全に塞がり心臓の動きが復活した。ただしHP回復量は本来のエクスポーションの5分の1である20ポイントしか回復しない。
HP 21/125
心もとない数値だが完ぺきに動けるし問題ない。
俺は飛び起きるとファンミンから【槍術 レベル3】を【レンタル】し、収納から手槍を出して突撃した。
殺気を感じたマードは横へ飛んで避け、地面で回転すると短剣を拾って構えた。ダンジョンでの走りは伊達ではなく俊敏な動きだ。
「貴様、死んだはずだぞ。たしかに心臓を貫いた手応えがあった」
俺を見たマードが首を捻って言った。
ファンミンは腰砕けになって座り込んだ。死の恐怖と俺を見た安堵とで力が抜けてしまったようだ。
「ファンミン、もう大丈夫だ。心配させたな」
俺がチラリと視線を向けるとファンミンは真っ赤になって胸と股間を手で隠した。俺はそんなファンミンを背に庇ってマードに向かい【話術】を使って馬鹿にするようにおどけて言った。
「あなたごときに殺されません。レベル3の短剣術などその程度ですよ。ポマード様」
「おのれ、ジミホのくせにワシを馬鹿にするな。地味なジミホめ。お前は攻撃系のスキルが無いはずだ。ワシの敵ではない。切り刻んでやる」
マードは挑発するように短剣とナイフをクルクルと回転させた。隙だらけのように見えるが目は油断なく俺の動きを注視している。時折両手を左右に挙げて無防備な腹を晒している。俺はその誘いに乗って手槍を引きながらマードの懐に飛び込むと同時に突き出して腹を狙った。その動きを待っていたマードは軽快な動きで手槍を躱すと俺に肉薄した。これでは近すぎて槍が使えない。
「やはりお前はバカだ。槍の間合いを簡単に捨てて距離を詰めるなど自殺行為だぞ」
臭い息が顔にかかるほど接近して短剣とナイフを同時に俺の脇腹と首筋にブチ込んで来た。俺は立て続けに【レンタル】を発動して短剣とナイフを収納に入れた。声に出さずとも意識すれば発動するのだ。【レンタル】の空きが無くなったので【魅了】とミラーミのレイピアを返却して空きを2つ作っておく。
俺は手槍を収納に入れ、両手の武器が消えて呆然としているマードの腹を殴った。
「ジミホ、お前いつから空間魔法が使えるようになった。まあいい、どうせ武器を消されるなら素手で勝負してくれる。そんなへなちょこパンチ、何発食らっても屁でもないわ」
気を取り直したマードが余裕ぶって言い、殴ってみろと言わんばかりに腹を突き出した。
俺はその腹を思い切り殴るが打撃は祭服に吸収されてダメージを与えられない。
後ろからファンミンが声を上げた。
「その服は防御力Bよ」
なるほど、俺は殴るのを止めた。もちろん祭服を【レンタル】してその腹を剣で刺せば倒せるが、こいつだけは簡単に死なせるつもりはない。
「どうした地味ジミホよ、お手上げだろう。お前などさっさと殴り殺してそっちの女の味見をしてやる。そのだらしない腹にワシのパンチを叩きこんでやるぞ。レベル3の鉄拳を喰らえ」
ご丁寧にスキル名を言いながら殴りかかって来るマードに向けて【レンタル】を発動させた。【鉄拳 レベル3】のスキルが無くなった事にも気付かずにマードは俺の腹に右のフックを打ち込んだ。パンチが入る瞬間に腹筋に力を入れたが息が詰まった。マードの奴、ああ見えて意外と重いパンチだな。
幸いHPは減らなかった。パンチに耐えた俺を見たマードは戦法を変え、首を絞めようと両手で俺の首に手を伸ばした。それを手で受けて防ぐと両者の指が絡み、力比べのように組み合う形になった。指をしっかりと握られた瞬間に、その圧でマードの力強さが分かった。こいつは見かけによらず筋肉質なのか。徐々に押し込まれ、俺の手首が変な方向に曲がり関節と腱が悲鳴を上げ始めた。
「ふん、力比べか。酒ばかり飲んでおるお前に負ける訳がなかろう。剛力レベル3の実力を思い知れ」
なるほど、それでこんなに力が出るのか。スキル名を教えてくれて助かった。遠慮なく【レンタル】した俺は【剛力 レベル3】のスキルを使ってアッサリと形勢逆転しマードは脂汗を流して痛さに耐えている。
俺は地面に転がる審判の首輪を収納に入れてすぐにファンミンの手元に出して言った。
「ファンミン、今だ。それをマード様に差し上げろ」
ファンミンは首輪を掴むと立ち上がってマードの後ろへ回り込んだ。
「やめろ、何でもやる。金も地位も男も何でもだ」
ファンミンは首輪をマードの首に当てて言った。
「お前が持っている物で欲しい物なんて一つもないわよ。ほら、これは私からのプレゼントよ」
首輪を閉じるとカチッと音がしてマードの首に嵌まった。
「さあ、これでお前は私の奴隷よ。おとなしくしなさい」
「嫌だ、奴隷など耐えられるものか。ワシは命令などに従わんぞ。ククク、残念だったな」
「それなら裸に剥いて縛り付けてダンジョンに放置だな」
俺がそう言うとマードの顔に脅えが浮かんだ。それを見たファンミンが冷ややかな笑みを浮かべて言った。
「ダンジョンに放置するのに裸じゃ可哀そうよ。ゴブリンに食べられないように鎧を着せてあげましょうよ。でもオシッコするのに困るからアソコだけは鎧無しにしてあげるわ」
「おいおい、それじゃアソコだけゴブリンに食われるぞ」
「やめてくれ、言う事を聞くから、そんな事は止めてくれ」
マードは観念したようにその場にへたり込んだ。
マードを馬車に載せて後ろ手に縛り、主となったファンミンが監視役として乗り込んだ。ファンミンの手にはサーベルエミュのローストサンドと蜂蜜オレンジ水入りの水筒が握られている。前にエルネスに奢らせたもので、収納の効果によりローストサンドは暖かく、水筒は冷たいままだ。ファンミンはそれを満足そうに味わっている。マードが黙って横目で見て欲しそうにしていた。何も話すなと命令されているため、黙って見ているしかないのだ。俺は必要なくなった【槍術 レベル3】をファンミンに返却して貰っていた手槍を譲った。使い慣れた手槍が戻ったファンミンは狭い馬車の中で嬉しそうに振っている。それをマードが怯えた目で見ていた。俺は【剛力 レベル3】と【鉄拳 レベル3】の2つのスキルと武器もマードに返却した。もちろん武器はすぐにファンミンが取り上げた。これで【レンタル】の空きは5つだ。
乗って来た馬2頭を馬車の後ろへ繋いだ俺は御者席に上がりノースフォートを出発した。目的地は集合場所のグラリガ神殿だ。