第71話 指名
「やめて、お願いします。もう止めてください。私の負けです」
俺はそう言うしかなかった。
「あらあら、さっきまでの威勢はどこへ行ったのかしら。まだまだ止めませんよ。皆さーん、皆さんはこれから死にます。その原因のケイコさんの顔を目に焼き付けて死んでくださいね」
カトリーヌは愉快そうに言い、皆の顔を動かせて俺を見させた。
ミラーミとシティカは恨みの籠った目で俺を見て言った。
「呪ってやる。おまえのせいで……死にたくない」
ミーナ、ザキトワ、ファンミンも血で汚れた顔を俺に向けた。苦しそうに喘ぎながら俺を見る目に恨みは微塵も感じられなかった。それどころか期待すらこもっていた。こんな奴等やっつけてやろう、そんな気持ちのこもった力強い目をしていた。ファンミンのやつ、腫れた目でウインクまでしていやがる。みんな強いんだな。このままではダメだ。状況を変えてチャンスを見つけるんだ。
俺は【演技 レベルMAX】と【話術】を使って言った。
「お願いです、やめてください。私が間違っていました。私のスキルは役に立ちます、決して後悔はさせません。どうか奴隷にしてください。どのような命令にも喜んで従います。司祭様、審判の首輪もお返しします、私に嵌めてください。お願いします」
俺は【レンタル】中の【気配感知 レベル3】をザキトワに返却して空きを作り、マードの首にあるミラーミの審判の首輪を【レンタル】して一旦収納するとすぐにマードの手の上に返却した。同じようにボルーの首にあるシティカの首輪もボルーの手の上に返却した。所有者の手の届くところなら自由な位置に返却できるのだ。
マードは自分の首を摩って何もないことを確かめると、
「おお」
と言って首輪を操作して解除した。カチッと音がして首輪が開いた。ボルーから受け取った首輪も解除するとカトリーヌに言った。
「カトリーヌ、こやつはまだ信用するには足りんが、この能力は実に便利だぞ」
「ですが、司祭様、私は大切な男を二人も殺されています」
そんなカトリーヌにタガートスが言った。
「だったら毎日死なない程度に虐めてやれよ。その方が殺されるより余程辛いぜ」
「ああ、それに俺たちの相手もさせるぜ。も、もちろんカトリーヌが一番だが、10日に一回じゃな。そうそう、俺の弓を返せ」
ジョニードがニヤニヤして言った。
俺はジョニードの足元に弓矢矢入れ一式を返却した。更にカトリーヌのスモールソードを腰の鞘に返却した。
「すげえな。これは使えるぜ」
一味の冒険者たちが口を揃えて言うとカトリーヌも納得した。
「いいでしょう、奴隷にしてあげます。ですが死んだ方が楽なほどの苦痛を毎日毎日与えます。男の方たちの相手も精魂込めてするのですよ。反抗したら殺しますが、殺すのは貴女ではなくその女性たちです。私のスキルは遥か彼方にいてもそれができます。ほら、マード様の所へ行って首輪を嵌めてもらいなさい」
俺の体が動かされてマードの前まで歩かされ跪かされた。
「司祭様、首輪を嵌めてください。私を奴隷にしてください」
俺が言うとマードは首輪を操作して俺の首にあてがい、
「これをお前にやろう」
と言って首輪を閉じた。カチッと音がして首輪は開かなくなった。
マードは満足そうに頷いて俺に命令した。
「スキルの使用を禁じる。ワシが命令した時以外は使うなよ。隠れて使えば誰にも気づかれずに首輪が締まって死んでしまうからな。お前は生涯タダ働きだ。カトリーヌに誘われた時に仲間になっておけば良かったのにな。馬鹿な女だ。カトリーヌ、町へ戻ったらこの女にマントを買ってやれ。こんな腕では目立っていかん」
「はい、マード様。一番みすぼらしいマントを買ってあげますわ。では皆さん、出発の準備をしてください。ここは引き払います。ミラーミさんとシティカさん、私の能力は理解しましたね。逃げてもさっきみたいに地面に頭を打って殺します。おとなしく従いなさい。ミーナちゃんには首輪を嵌めてもらいましょうか。ザキトワさんとこの女性は縛って長木箱に詰めます。お名前は……」
と言ってファンミンを注視した。【鑑定】しているのだ。
「ファンミンさんですか。下着以外は全て外してくださいね」
カトリーヌが何か呟くとファンミンは魔法迷彩ブーツを脱ぎ、剣を外して下に落とした。
「せっかくの可愛い顔が血だらけでみっともないわね」
その様子をムイザがカレンさんの入れられている長木箱に座って無気力な目で眺めていた。そうだ、こいつは人を裏切らせることに異常なほど執着していたな。俺は目を細めてムイザを見て、口の端を片方だけ上げて笑いを浮かべてやった。これで蔑みの目と嘲りの笑みになったんじゃないかな。【演技 レベルMAX】を使えば簡単にできるがスキルの使用が禁じられた状態では首輪が締まって何かやったとバレてしまう。テレビドラマを見て培った自分の演技力に賭けるしかない。
ムイザの目に暗い光が戻り、立ち上がって言った。
「待ってよ、カトリーヌ。それじゃこの女の思惑通りだよ。ケイコは仲間を助ける為に自分が死んでもいいと思ってるんだ。仲間の為に奴隷になるくらいなんでもない事なんだよ」
いいぞムイザ、どうやら俺の演技が通用したらしい。
ムイザが続けた。
「ケイコが一番嫌がる事をしてやろうよ」
「ムイザさん、それは何ですか」
カトリーヌの問いにムイザが残忍な笑みを浮かべて言った。
「仲間の死だよ。本当の試練を与えようよ」
「そうですね。それなら私の溜飲も少しは下がるというものですわ」
カトリーヌはそう言うと胸を反らせ、俺を指さし斜に見下ろして言った。
「さあ、誰か一人を選びなさい。そして選んだ女性をその手で切り刻んで殺すのです。選ばなければ全員を殺します」
俺は涙を浮かべ、顔面を蒼白にし、身体を震わせ、か細い声を絞り出した。
「そ、そんな……」
ムイザが生き生きとした声で言った。
「ほら、早くしないと、早く選ばないと皆が殺されちゃうよ。誰を捨てるの、誰が要らないの、誰を殺すの」
俺は悄然とし、涙を流しながら申し訳なさそうに指差して言った。
「ファンミンさん、ごめんなさい」
それを聞いたムイザがファンミンの所へ行って血に濡れた頬を軽くペタペタと叩いて言った。
「ハハハ、お前は必要ないんだってさ。選ばれた気分はどうだい。これから友達に殺されちゃうんだよ。ハハハ」
一味の冒険者たちも緊張から解放されて思い思いに冷やかし始めた。
「ちぇ、そいつが一番いい体をしてるのに勿体ねえなあ」
「そうだよなアサブル、どうせ殺すんだからその前に弄ぼうぜ」
そう言ったカバストフはカトリーヌに睨まれて沈黙した。
「ムイザさん、ケイコさんに剣を渡してあげてください」
カトリーヌに指示されたムイザは俺の前に来るとファンミンの血で汚れた手を俺のタンクトップビキニで拭ってから剣を抜いて俺に持たせた。俺はボロボロに見せかけている右手でその剣を取った。
剣を握ったのを確認するとカトリーヌが命じた。
「ケイコさん、自由に動けるようにしましたから、貴女が自分の意志でファンミンさんを殺すのです。でも即死なんて許しませんよ。私がいいと言うまで、急所を避けて何度も何度も刺すのです。間違って殺してしまったら他の女も殺します。では処刑を開始してください」
しばらく動けないでいるとカトリーヌの冷酷な視線が俺を促した。俺は剣を突き出したまま重い足取りでファンミンに向かって歩きはじめた。
絶望に打ちひしがれたようにトボトボと歩き、その距離が5mほどになった辺りで俺はファンミンに謝った。
「ごめんなさい。ファンミンさん、許してね。こうするしかないの。本当にごめんなさい」
「ふん、強がるからこうなるんだ。ケイコ、お前は最低だよ。僕の方がずっとマシなんだ」
そんなムイザに同調するようにジョニードが言った。
「そうだよな。俺も弟を死なせちまったが、あの時に悪あがきをしていたら弟はもっと酷い死に方をしていたに違いねえ」
タガートスも頷いて言った。
「ああ、俺の親友もだ。俺たちの行動は間違っちゃいねえぜ」
俺の岩を恐れてミラーミに抱きついていたマードはそのままの姿勢でミラーミの胸を揉みながら言った。
「やめろやめろ、せっかくのショーが湿っぽくなるではないか。おい、カトリーヌ、そこの女を話せるようにしておけ。そのままでは悲鳴も命乞いも聞くことが出来んからな。ガハハハ。どうだ、お前も悲鳴が聞きたいであろう」
胸を揉まれながらミラーミが答えた。
「はい、司祭様。私もあの女の悲鳴を聞きたいです。きっと素敵な声を上げてくれますよ」
そんなやり取りを聞いたカトリーヌは、フフフと笑って言った。
「もちろんですわ。さあファンミンさん。必死で命乞いをすれば、もしかしたらケイコさんが指名を他の女性に変えてくれるかもしれませんよ。たとえば、そこのミラーミさんとか」
ひぃ、と言ってミラーミが震えだすのを横目で見たカトリーヌが続けた。
「では、どうぞお話しください。助かるといいですね」
ファンミンは口が動かせることを確かめると深く息を吸って、そして大きな声で叫んだ。
「マリオネット」