第7話 女神の加護
目覚めると窓から朝の陽が差し込んでいる。何時なのだろう。
食堂へ行くと朝食まではまだ1時間ほどあるという。時計は何処にあるのか尋ねると、頭の中にあるじゃないと言われた。本当かとイメージしたら表示された。仕組みが分からないがこういうものなのだろう。徐々に驚くことにも慣れてきた。顔を洗いたいというと裏にある共同の井戸に案内してくれた。井戸というから釣瓶と滑車を想像したが、手でギコギコやるポンプだった。盥に水を汲んで顔を洗った。冷たい水で気持ちがいい。歯ブラシは木の枝だ。前にテレビ番組で海外に行ったタレントがこういう枝で歯を磨いていたのを思い出した。
食卓へ戻ると、ロランゾさんが昨日と同じ席に座っていた。向いの席を指さしてここに座れと言ってくれる。
「おはようございます。早いですね」
「年寄りは早起きなんじゃ」
どの世界のお年寄りも同じなんだと感心する。ソラーラさんが朝食を運んでくる。木製のワンプレート皿に芋と豆の煮込み、パンとオレンジが載っていた。この世界にオレンジがあるのか分からないが【語学】スキルの影響でそう認識する。お爺さんは昨日と同じスープだが、やはり具は少な目だ。
「あまり食べないんですね」
「動かんからなあ。そんなに食えんよ」
それを聞いているソラーラさんは寂しそうな顔をしていた。
ロランゾさんは村の事を色々教えてくれた。この村はアルル村といって住民は80人ほどで、主な産業は農業だそうだ。柵の向こうは農場になっていて今日出た豆や芋を育てている。昨日のガランジさんもやはり農夫で、門番は村人が交代でやっているらしい。この程度の村では兵士が常駐してくれないとこぼしていた。収穫した農作物は年に数回商人が馬車で村々を巡回して買っていく。明後日は商人の馬車が来る日だという。
「さて、わしは日向ぼっこじゃなあ」
ロランゾさんは表のベンチに行くようだ。食器を片付ける小母さんにお爺さんの事を聞いてみた。
「あまり食欲がないみたいですね」
「胃が悪くてね、もうずっとスープくらいしか受け付けないんだよ。万能薬も効かなくてさ。本人は強がっているけど、だんだん弱ってきてるのさ。旅のシスターに聞いたら女神の美肌草が数株あれば治るって言ってたんだけどねえ」
「美肌草じゃなくてですか」
「美肌草は体の表面を治すけど、女神の美肌草は内側を治してくれるんだってさ」
「それは手に入らないものなんですか」
「女神の庇護っていう称号を持つ人が採取すると美肌草が女神の美肌草になるんだよ。でもねえ、その称号は神殿に大金を寄付しないと貰えないんだ。そのくせ他に効果がないからね。金持ちのステータスみたいな称号なのさ。貴族か大商人くらいしか持ってないよ。そんな奴らは薬草なんて拾わないさ」
ソラーラさんは悔しそうにして厨房へ戻っていった。
俺が採取したのは美肌草だ。女神の加護なら持っているのだが、それではダメなのだろうか。【鑑定】すると
女神の加護: 残HP以上のダメージを受けた際にHP1を残し死亡を
回避、ただし残HPが1の時には発動しない。
ポーションランクアップ効果、ただしHP回復量は5分の1
スキルレベルが上がったので前に調べた時よりも情報量が増えている。称号の効果でポーションが上位ポーションと同等になるという事か。美肌草もランクが1つ上がって女神の美肌草になると考えれば納得できる。やはり女神の加護は女神の庇護の上位称号なのだろう。だが、それなら採取したのが美肌草のままなのは何故だろう。
ステータスで確認する。
ステータス
名前:宮辺 豪太 年齢:16 性別:男 種族:人族 職業:なし
レベル:2
HP:15/15 MP:120/120 SP:1
体力:E
魔力:F
知力:E
状態:‐
罪科:‐
称号:未設定
スキル:【鑑定 レベル2】【マップ レベル1】【語学】【雷無効】
シークレットステータス
魔法:‐
固有スキル:【レンタル レベル1】
固有アイテム:リュック
称号:女神の加護、復活者
称号はステータスとシークレットステータスの両方にあるが、ステータスのほうは未設定になっている。【鑑定】で調べる。
称号: 設定した称号。常時発動以外の称号は設定の必要がある
これだ。設定しておかないと効果がないようだ。危なかった。せっかく死亡回避できる称号なのに設定していなかったら意味がない。ゴブリンやモンラットに殺されていたかもしれない。冷汗が止まらない。
今日の予定が決まった。称号を設定してあの場所に美肌草を採りに行く。
宿を出ると案の定、ロランゾさんはベンチに座っていた。
「お出かけかな」
「はい、散歩しながら薬草でも探してみます」
「気をつけてな。暗くなる前に帰ってくるんじゃ。危ないでなあ」
「いってきますね」
本当の事は言えない。ぬか喜びさせてダメでしたでは済まない問題だからだ。
門には今日もガランジさんがいた。
「おう、はやいな」
「散歩に行ってきますね」
「気をつけてな。林には入るなよ」
「草原で薬草でも探そうと思って」
「草原なら安心だな」
「でも、昨日は草原で魔物に襲われましたよ」
「何が出たんだ」
「モンラットです。突撃してきて危なかったんですよ」
「・・・おいおい、モンラットって。確かに魔物だけどよう、あんなのはガキでも倒せるだろ。そもそも、ああいう弱いのは人に近付かないもんだぜ。それが突撃してくるって、アンタどんだけ……」
最後まで言わなかったが、どんだけ弱いんだって言おうとしたのだろう。気を遣わせてしまった。
「まあ、あれだ。なかなか出会えねえ獲物だからよう。ラッキーじゃねえか。今度獲ったら食わしてくれよ。あの肉は旨いんだぜ」
慰めてくれたようだ。
「でも凄い歯をしてましたよ。恐ろしい魔物です」
「道具屋でポーションでも買って持って行けよ。あはは」
「そうしますね」と言って俺は引き返した。
ガランジさんはまさか本当に買いに行くとは思っていなかったようで呆れた顔をしていた。
道具屋へ行きポーションを見せてもらう。普通のポーションはHPが20ポイント回復する。ハイポーションは50ポイント、エクスポーションは100ポイント、フルポーションは全回復する。HP回復以外に怪我の治療もしてくれる。ポーションは皮膚の止血と治療、ハイポーションは皮膚と筋肉の止血と治療、エクスポーションは皮膚、筋肉と内臓の止血と治療、フルポーションは完全治癒だ。もちろんどれも部位欠損の復元はできない。治せるのは怪我だけで病気の治療はできない。どれも一度使うと30分間は次を使えない。価格は普通が銅貨20枚、ハイは銅貨50枚、エクスは銀貨1枚、フルは金貨1枚だ。しかしフルポーションは入荷が無くてどの店も品切れだそうだ。
俺は普通のポーションを5個とハイポーションを1個買って銀貨1枚と銅貨50枚を支払った。女神の加護の称号効果で普通のポーションでもハイポーションと同等の治療ができるしハイポーションならエクスポーションなみだ。それと引き換えにHP回復量が5分の1になってしまうが、もともとHPが低い俺には関係ない。
門を出る時、ガランジさんは苦笑いしつつ見送ってくれた。
昨日は林を抜ける最短コースだったが、今日は林を迂回して行く。かなり遠回りだが、もうゴブリンに襲われたくはない。あんな恐ろしい思いをするのはお断りだ。ロランゾさんによればゴブリンはたいてい数匹で行動するらしく、弓を使う個体もいるそうだ。昨日は単に運が良かっただけなのだ。木に登っても相手が弓を持っていれば的になるだけだ。
道を北へ進み林よりずっと手前で右手の草原へ入る。所々に小さなピンク色の花を咲かせた植物が生えている。【鑑定】してみる。
チコザクラ: アルル村周辺にだけ生える一年草。
薄いピンク色の花を咲かせる
花は直径3cmほどで、花びらは5枚あった。思うことがあり、チコザクラの花を2本摘む。敢えてどちらも花と蕾があるものを選んだ。1本はリュックの収納空間に入れ、1本は普通に入れた。
林とは50mほどの距離を保ちながら迂回して行く。ゴブリンの弓を警戒してのことだ。しばらく歩くと前方で ガザガサ と音がしている。目を凝らすと揺れる草の上から褐色の背中が見えた。モンラットだ。緊張で体が強張る。
ガサガサという音が近づいてくる。3mほど先の草の間から顔が現れ赤い目が俺を見つけた。逃げていく気配はない。おいおいガランジさん、人には近づかないんじゃなかったのか。戦うしかないようだ。昨日は丸腰だったが今日は違う。俺はリュックから棍棒を取り出す。昨日斃したゴブリンから奪ったものだ。
モンラットは猛然と突進してくる。ここというダイミングで振り下ろした棍棒がモンラットの左肩に命中して転ばせた。起き上がって噛みつこうとする所を再び棍棒で殴って仕留めた。
昨日ほどの怖さは無かった。棍棒がしっかり当たっていれば一撃で斃せたと思う。昨日は重く感じた棍棒だが、体力がFからEに上がった影響なのか楽に振ることができた。獲物を収納して歩き出す。