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異世界レンタル放浪記  作者: 黒野犬千代
第五章 それぞれの仇討
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第69話 ファンミンの覚悟

 姿を消してカトリーヌの側に張り付いているファンミンの耳がカトリーヌの呟きを捉えた。


 「さあしっかりと立って手を広げなさい。口は閉じるのよ。あら泣き出しちゃった。かわいそうに、貴女は友達に殺されて死ぬの」

 

 スキル名ではない。動きを命じているだけだ。どういうことだろう。スキルで支配してから動きを命令するのではなくて、いきなり命令すればそれで動かせるのかな。だとしたらお手上げだわ。そう逡巡するファンミンには気付かずにカトリーヌの呟きは続いている。


 「あらあら、何か言いたそうね。命乞いかしらね。いいわよ、口を開けて喋りなさい」


 カトリーヌがそう呟くとシティカの口が動くようなった。


 「ミラーミお願い、殺さないで。貴女がそんな能力を持っているなんて知らなかったの。司祭に命じられてああするしかなかったの」


 シティカから離れて安全な位置を取ったマードが言った。


 「能力を知らぬのにミラーミが犯人だと言ったのか。それは友を売るという大罪だぞ、なんという女だ。さあミラーミよ、この極悪人に正義の鉄槌を下すのだ」


 もちろん人を殺せという命令は違法だから拒否しても首輪が締まったりはしない。

 ミラーミはどうしていいのか分からずに戸惑っている。そもそもゴブリンソルジャーを押し潰したのは自分の能力ではないのだから、何故こうなっているのか理解できないのだ。


 ファンミンには判っていた。巨岩が出たり消えたりしたのは全てサツキの仕業だということを。露天風呂の時に風呂桶代わりのワイン樽を消したり、ゴブリンソルジャーの死骸を消したり、ここへ来るまでに何度も見てきた。そして今回の行動は私にスキル名を探らせるためにサツキが起こした陽動作戦。私はここに潜んで、この胸のでかい女がスキル名を言って発動させるのを待つしかない。


 行動を起こせないミラーミに業を煮やしたマードが言った。


 「いつまで躊躇っておるのだ。仕方がない、背中を押してやろう。カトリーヌ、お前の能力でミラーミにその女奴隷を殺させろ」


 「はい、マード様。お任せください。ミラーミさん、煮え切らない人は嫌いです。あとでお仕置きをしますからね」


 チャンスだわ。今度こそスキル名を言うはずだ。そう思ったファンミンはカトリーヌの口に耳を近づけて待った。そしてカトリーヌの呟きが聞こえた。


 「歩いて、そこに捨ててある剣を取って抜きなさい。そう、剣を前に突き出してシティカに向かって歩きなさい」


 今度も命令しているだけだった。 

 もうどうしていいのか分からない。私以外の全員が胸デカ女に操られている。このままではオレンジ髪の女性が殺されてしまう。その後はきっとサツキも殺されるだろう。

 

 ミラーミはレイピアを突き出してゆっくりとシティカに向かって歩いている。

 顔面は蒼白となり必死で踏みとどまろうとするが足が自然に前へ出て一歩一歩着実に進んでしまう。


 「逃げて、シティカ。止められないの。逃げて」


 ミラーミの絶叫がアジトにこだました。

 一歩進むごとに蒼白だった顔面は熱を帯びて赤くなり、やがて玉のような汗が全身から噴き出した。本人の必死さなど知らないかのように、その体は冷静に冷徹に冷酷に歩み、突き出したレイピアの鋭利な剣先がシティカの白い腹部を目指している。


 「これは面白い。間近で刺さるのを見物するぞ。カトリーヌ、ゆっくりだ。ゆっくりと突き刺すのだぞ」


 マードは興奮して言うとレイピアが目指すシティカのすぐ横に自ら木箱を持って行き、ドンと座った。


 「いや、死にたくない。ミラーミ、ごめんね。裏切ってごめんね。許して」


 シティカは両手を横に広げ無防備な体をミラーミに向けて立ったまま動くことを許されず、叫ぶことしかできない。


 そんなシティカに剣を向けて近づくミラーミも泣き叫んで言った。


 「ちがうの、私の意志じゃないの。裏切ったなんて思ってない。こんな事したくない」


 するとシティカは諦めたように言った。


 「お願い、どうせ死ぬなら楽に死なせて。心臓を一突きに」


 それを聞いたマードがカトリーヌに言った。


 「ダメだぞ。すぐに死なせてはならん。何度も何度も刺させるのだ」


 「はい、マード様。最初からそのつもりですわ。ミラーミさんには命令通りに岩で殺さなかった事を後悔させます。友達の白い肌に自分の剣を突き刺す感触を心に刻むのです」


 「そんなの嫌。もういい、もう死なせて。お願いです、殺してください」


 号泣し喚くシティカのすぐ下でニタリと笑うマードの顔の前をレイピアの細い剣先がシティカのその腹部に徐々に徐々に近付いていく。あと十数センチ、あと数センチ、あと数ミリ、今まさに腹に突き刺さろうかという時に、突如レイピアが消えた。


 一瞬驚いた後、マードは激怒して立ち上がると手の甲でミラーミの頬を張った。


 「貴様、剣を消したな。あれほど嫌がっておったのに、今度はスキルを使うのか。許さんぞ」


 カトリーヌが溜息を吐いてから尋ねた。


 「マード様、スキルを禁ずる命令はお出しになりましたか」


 「うっ。忘れておったのだ。改めて命じよう。ミラーミ、スキルを使うことを禁止する。ボルー、その死にぞこないの剣を持ってこい」


 マードに命じられたボルーがサツキの腰からレイピアを抜いて持ってくるとミラーミに握らせた。


 ミラーミは訳が分からず呆然とし、シティカは再び絶望し、カトリーヌは楽しそうに微笑んだ。

 そしてマードが残忍な声で言った。 


 「カトリーヌ、ショーを続けろ」


 その瞬間、ミラーミの首から純白の首輪が消えて、同じ物がマードの首に現れた。マードは自分の首に現れたものの正体が分からずに掴んだり叩いたりしたが首輪はびくともしない。漸く理解したマードはミラーミに掴みかかり肩を揺さぶって問い質した。


 「どういう事だ。スキルは禁じたはずだ。いや、スキルだろうと審判の首輪が外せる訳がないのだ。何をやったのだ」


 ミラーミは意味が分からずにただ茫然としている。


 「何を黙っておるのだ。説明しろ、いや説明よりこの首輪を外せ。今すぐに外すのだ」


 マードの命令にミラーミが従えないでいると首輪が締まり始めた。


 「うう、苦しい。やめろ。息が、息が」


 締まる首輪を掴んで苦しそうにもがくマードを見たカトリーヌが大声で叫んだ。


 「マード様。許すのです。許すと言うのです」


 「うう、許す」


 マードがなんとか声を絞り出すと首輪が戻った。


 「ハア、ハア、ハア。カトリーヌ、どうなっているのだ」


 「その首輪はミラーミさんの首にあったものです。だからマード様の命令にミラーミさんが従わないとその首輪が締まるのです」


 「おのれ、ミラーミ。せっかく命を助けて手下にしてやろうというのに。絶対に許さんぞ、すぐにこの首輪を消すのだ」


 ミラーミが、


 「できません。私にそんなスキルなんてありません」


 と言うと、再びマードの首輪がまた締まり始めた。


 「ぐわっ、苦しい。苦しい」


 再びカトリーヌが叫んだ。


 「マード様。許すのです。早く」


 「うう、許す」


 マードがやっとのことでそう言うと首輪は元に戻った。


 「ハア、ハア、ワシが命じてもダメだ。カトリーヌ、お前が命じるのだ」


 「ミラーミさん。悪いようにはしません。お仕置きも無しです。マード様の首輪を消してあげてください。あなたの能力は素晴らしいですね。マード様はすぐに司教になられます、そしてあなたの協力があれば大司教に、更に枢機卿にだって。あなたとマード様と私と三人で神殿のトップに君臨しましょう。お金も権力も男も何もかも思いのままです。さあ、ミラーミさん、首輪を消してあげてください」


 カトリーヌは穏やかな表情で優しく諭した。


 それを聞いたミラーミは戸惑いながら言った。


 「カトリーヌさん、本当に私じゃないんです。私にそんなスキルは無いんです。お願いです、信じてください」


 「そうですか、これだけ頼んでも聞いてくれないんですね。あなたのスキルは強力ですがこの場を支配しているのは私です。それをキッチリと判らせてあげますわ」


 カトリーヌが小さく呟くと剣を握るミラーミの腕が曲がり、その刃が自分に近付いてきた。慌てたミラーミが恐怖して言った。


 「やめてください。私は何もしていません」


 「そうそう、口も閉じましょうね。またスキルを発動されたら危険ですからね」


 そう言うとミラーミの口がしっかりと閉じられて喋る事ができなくなってしまった。


 「ほら、もうすぐ刃があなたの首を切り裂きますよ。ふふふ」


 ミラーミの腕が更に曲がり、刃が首に届きそうになった時、レイピアが消えた。


 それを見たカトリーヌが言った。


 「またですか、話せなくしたのに。でも剣を消せるくらいで助かったと思わないでね。あなたのスキルでも魔法までは消せないでしょ。ボルーさん、ロックスピア魔法で刺し殺しなさい」


 ボルーが何か呟きながらロッドを振ろうとしたその時、シティカの首から審判の首輪が消えてすぐ横にいたボルーの首に移動した。魔法は発動せず、ボルーは自分の首に現れた首輪に触れて喚いた。


 「くそ。俺にまで首輪を嵌めやがって。ぶっ殺してやる」


 そう言ってロッドを振るが何も起こらない。

 それを見たマードが言った。


 「ボルー、無駄だ。審判の首輪は魔法を無効にしてしまうのだ。それにカトリーヌ、ミラーミを殺せばワシの首輪を消すこともできんではないか。この女を殺してはいかん」


 カトリーヌは少し考え、何か思い当たったかのように頷くとミラーミに言った。


 「そうですか、あなたのも最初に発動させれば自由に操れるタイプのスキルなんですね。エリアで発動させるんでしょ。エリア内なら出したり消したり自在にできる。でもそのエリアはせいぜい10mくらいかな。その証拠に憎い私を潰せないでいる。最初はザキトワさんの側にいるからできないのかと思ったけど、友達を見捨てるような貴女がそんな事を気にする訳がないですよね。その程度のスキルなら恐れるまでもありませんわ。私は相手を見た瞬間に発動させちゃうんですよ。10mなんてショボい制限はありません。ここにいる全員が既に私の支配下です。遠くの都市へ逃げてもさっきみたいに剣を持たせて首を斬らせることができるんですよ。さて、どうやって殺そうかな」


 それを聞いたマードが激昂して言った。


 「カトリーヌ、ワシの命令が聞こえなかったのか。殺すなと言ったであろう」


 「マード様、この女は危険すぎます。仲間にならないのなら死んでもらうしかありません。ミラーミさんさえ死ねばもう首輪が締まる事はありません」


 「締まることは無くとも首輪はこのままだ。首輪を嵌めた司祭など聞いたことが無いぞ」


 「ご安心ください、マード様。決して締まることのない首輪は、それだけで奇跡です。マード様の司教昇格も間違いないでしょう」


 カトリーヌが言うと気を良くしたマードが命じた。


 「奇跡か、そして司教昇格か。それもそうだな。よし、許すぞ。裏切り者の奴隷女を二人とも殺すのだ。苦しめてから殺してやれ」


 マードに頷いたカトリーヌが後方のミーナの側にいるジョニードを振り向いて命じた。


 「ジョニードさん、お得意の矢で二人を射るのです。矢尻にヘビカエルの毒をたっぷりと塗ってね」

 

 それを聞いたミラーミが必死に訴えかけようとしたが口が閉ざされて話すことはできず、カトリーヌのスキルによって握っていたレイピアを手放し、両腕を広げてジョニードの方を向かされてしまった。格好の標的だ。すぐ側のシティカも同じ姿勢のまま向きを変えられるとカトリーヌに叫んだ。


 「どうして私まで。私は危険ではありません。奴隷として売ってください。死にたくありません」


 「シティカさん、確かにあなたは何の能力も無いから危険ではありませんが、あなたが死んでくれないとボルーさんの首輪が作動したままになってしまいます。あなたが命令に従わないでボルーさんの首輪が締まったら大変ですからね。あなたには同情してしまいます、本当に可哀そうなシティカさん。毒にのたうちまわって死ぬんですよ。でも一つだけ助かる方法があります。ミラーミさんにお願いしてみなさい。ミラーミさんが二人の首輪を移動させてマード様に渡せば、マード様が解除してくださいます。そうすれば全員が助かるのです」


 カトリーヌが言うとシティカがミラーミに哀願した。


 「ミラーミ、聞いたでしょ。お願いだからそうして。そうすれば私たちも奴隷じゃなくなる。助かるのよ」


 しばらくの沈黙が続いたがマードとボルーの首輪はそのままだった。

 シティカは落胆して言った。


 「友達だと思ってたのに、あなたって最低ね」


 「残念でしたね。さあ、ジョニードさん、シティカさんから狙ってください」


 「いやあ」


 シティカの悲鳴が合図となり、ジョニードが緑色をした矢入れから矢を一本抜き、腰紐に提げていた器を開けるとその中に矢尻を入れて回した。ヘビカエルの毒を塗っているのだ。その矢を慎重に弓に番えて引き絞り狙いを定めた時、矢も弓も矢入れも突如として消え失せた。


 力を入れて引き絞っていた弓が消えたジョニードは体勢を崩してよろめいた。ミーナを挟んで隣にいたカバストフが


 「チッ」


 と舌打ちをして怒鳴った。


 「カトリーヌ、あいつのスキル範囲は10mじゃなかったのか。俺たちゃ15mは離れているんだぜ」


 ファンミンは思った。この場を支配しているのは胸デカ女ではない、サツキだ。そう考えるととても誇らしい気持ちになるけれど、ケリをつけるには胸デカ女のスキル名が絶対的に必要だわ。

 この女は言っていた。見た瞬間にスキルを発動すると。でもここに居る全員が既に支配下に置かれているのだから、いくら待っても胸デカ女がスキル名を言って発動する機会は訪れないということ。

 いや、ちがうわ、一人だけ支配下に置かれていない人間がいた。そう、私だ。

 

 胸デカ女にスキルを発動させるために私が斬り掛かるのよ。後ろからでは声が聞こえにくい、前からいく。うまく聞き取れればそれがベストだし、もしも斃してしまってもそれで構わないわ。悪人どもとの戦いになればサツキがサポートしてくれる。さっき、マードとかいう司祭が一人だけになった時、何故サツキは岩を出して潰さなかったのかと思ったけれど、あれは私が姿を消しているからだわ。迂闊に岩を出して私まで潰してしまうのを避けたのよ。少年のくせにちゃんと考えているのね。私が見えればサツキは能力をフルに発揮できるはず。


 剣では長すぎて魔法コートの中では抜けない。ナイフを逆手で握りゆっくり抜いた。一言も聞き逃すものか。静かに静かに腕を上げ、目一杯上がった所で魔法コートの袖からナイフを握った腕を出し、胸デカ女の白い首筋に思いっきり振り下ろした。

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