第65話 勢揃い
居もしない負傷者のもとへ急ぐ俺たちは一列縦隊で進んでいる。ムイザを先頭に俺、ミーナ、ザキトワと続き、後ろはジョニードとアサブルという冒険者だ。
先頭を行くムイザが振り向いて俺に話しかけた。
「ケイコさんは冒険者になって長いの」
「いえ、まだ半年くらいです」
「半年でもうダンジョン5層まで来るなんて凄いね。僕は1年でやっとここまで来れたんだ」
「私は全然凄くないです。サツキさんが強いから引っ張って来てもらいました」
「そっかぁ。サツキさんはどんな人なの」
おいおい、お前らが保護しているんだろうが、アホなのか。
「はい、とっても強くて責任感があってハンサムで優しいです」
「そっかぁ、それは一度会ってみたいな」
だから、お前らが保護しているんだろうが、おバカさんかよ。後ろにいるコイツの仲間もバカなのか聞こえないのか黙っている。一応突っ込んでおくか。
「え、もう会っていますよね。いま向かっている安全地帯で保護されているって」
「あ、それはね、僕は会ってないんだよ。そういう人を保護したっていう話を聞いたんだ。ところで、ケイコさんたちの服装ってカッコいいよね。ビキニアーマーでしょ」
話題を変えやがったな。ここで戦いになっても困るし、まあいいだろう。
俺の後ろを歩くミーナが言った。
「これはサツキの趣味で選んだんだよ」
「そうそう、拘束プレイが大好きなんだ」
ん、今のはザキトワじゃないよな。……ファンミンの奴、喋りやがった。こっちにもアホがいるのを忘れていた。お前は姿を消しているんだから声を出したらダメだろうが。先頭のムイザも後方の仲間も俺たちの誰かが喋ったと思ったようで騒ぎにはならなかった。
うちのアホにも念を押しておこう。
「あなたは喋らないで。私がムイザさんと話しているんですからね」
俺の後方で息を呑む気配があった。どうやら気を引き締めなおしたようだ。
「拘束プレイってどんな事をするの」
敵のバカが食いついてきやがった。
「相手を縛って動けなくさせて色々な事をするみたいです。私はしたことがありません」
「動けなくなるってすごく怖いんだ、そんなのの何が楽しいの」
ムイザは前を向いたまま悲しそうな声で言った。もちろん俺にも分かる。盗賊に拉致されて縛られ吊るされ、殺されそうになったことがある。こいつも何か嫌な思い出があるのかもしれない。面白くも無い話題だが少し引っ張ってみるか。
「そうですね。本当にそうなったら怖いでしょうけど、サツキさんが好きなのは遊びとしてですよ。する方もされる方もお互いを信頼してのお遊びです。ムイザさんもしてみたらいかがですか」
そう言う俺を振り返って見たムイザの目は、俺を値踏みするような馬鹿にしたような目だった。
「ふーん、ケイコさん達はお互いに信頼し合っているんだね」
「はい、ムイザさん。もちろんです。私たちは固い絆で結ばれています」
「でもさあ、人生には思いがけない事が起こるものだよ。特に僕ら冒険者にはね。非常事態に陥っても信頼とか絆とか言っていられるのかな」
俺よりも若いこいつが人生を語るのか。俺は気になって訊いてみた。
「思いがけないってどんな事ですか」
例えば、とムイザが言った。
「ケイコさんたち3人がダンジョンを冒険中にヘビカエルの毒を受けたとする。3人全員だよ。でも毒消しはケイコさんが持ってる2本しかない。そうなったらどうするの。助かるのは2人だけだよ」
「うーん、そうですね。3人とも助かる方法はあるかな」
「ケイコさん、ヘビカエルの毒は10分以内に毒消しを飲まないと死んじゃうんだよ。さあ、早く決めなきゃ、誰を助けて誰を見殺しにするの」
「近くの冒険者から毒消しを買います。言い値で」
「ダメだよ、近くには誰もいないよ。現実はそんなに調子よくいかないものなんだ。さあ、あと3分だよ」
「うーん、困りましたね」
「ほらあと1分だよ。ミーナさんかザキトワさんか、どっちを助けるの。早くしないと全員死んじゃうよ」
「ミーナさんとザキトワさんに毒消しを飲ませます」
「それじゃ自分が死んじゃうよ。ヘビカエルの毒は痛くて苦しいんだよ」
「もちろんです。それ以外の選択肢はありません」
もちろん俺のリュックの機能で自分の体内に入った毒だけ取り出して収納できるのだから当然そうするに決まっている。俺のものであるミーナの毒だって取り出せることはミーナがゴブリンの毒矢を受けた時に実証済みだ。
ムイザは急にシラケた表情になると小声て、
「嘘つき」
と言って前を向いて歩き続けた。
それ以降は無言のまま蛇行する通路を道なりに歩き続け、しばらく行った所で左へ曲がるとそこは奥行10mほどの行き止まりになっていた。俺の脳内に表示されるマップを見ても行き止まりだ。こんな所へ連れてきて何をする気なのだろう。
「ムイザさん、行き止まりのようですが、どういうことですか」
俺の問いにムイザは無言のまま頷くと壁に近寄って剣の柄で岩を叩いた。
ガン、ガンガンガン
鈍い金属の音が響いてしばらくすると岩の壁に小さな穴があいて、その穴からこちらを覗く目が見えた。
「ムイザか、そのままちょっと待っていてくれ」
小さな穴からそう言う声が聞こえた。
その時、俺の顔のすぐ横に気配がして、その気配が囁いた。
「ザキちゃんから伝言。この先50m以内に魔物がいるって」
魔法アイテムで姿を消しているファンミンの声だ。ザキトワの【気配感知】スキルは50m以内に魔物がいるかどうか分かるし、30m以内なら何がいるのかも分かる。あそこが奴らのアジトだという事は分かったが魔物がいるというのはどういう事だろうか。いきなり魔物に襲わせて装備でも奪うのか、いや俺たちが持っている装備はどれも標準的なもので高くは売れない。やはり俺たち自身が目当てだと考えるべきだ。
いずれにしてもこのアジトは後からやって来る軍曹たちには見つけられないだろう。どういうわけか【マップ】スキルで表示されないのだから。ファンミンに軍曹たちを呼んで来てもらいたいが一人で行かせるのは危険すぎる。どうするべきか悩んでいると突然に壁が崩れて入口ができた。入口が出来た瞬間に脳内マップにもその部屋の細長い形が表示された。
中からロッドを持ち緑色のハットを被った痩せ男が出て来てムイザに言った。
「ムイザ、客人かい」
「うんボルー、うちで保護している怪我をした男性冒険者のパーティーメンバーだよ」
「そうかい、ようこそ。さあ皆、中へ入ってくれ。魔物が侵入するといけないからここはすぐに閉じるから」
このまま閉じられると軍曹たちに見付けてもらえなくなる。何か手掛かりを残しておこう。
「あなたが閉じるのですか。魔法でしょうか。私も見学させていただいてもいいですか」
痩せ男は誰かに確認を取るようにアジトの中を見た。男の視線の先には見た事のある人物がいた。緑色のビキニアーマーを着たブロンド美女、カトリーヌだった。彼女も俺を見た。俺は動揺が顔にでるのを必死で抑えてカトリーヌに微笑んだ。【演技 レベルMAX】スキルの助けを借りて動揺を悟られるのを防ぐと、カトリーヌも微笑みを返してから痩せ男に頷いて許可をした。
男が何か呟くと地面が盛り上がって入口が見事に塞がりただの壁にしか見えなくなった。
その瞬間、俺は収納から自分のチェックシャツを壁の向こう側の地面に整然と広げて置き、更にその上に矢尻がこちらを向くようにして矢を一本置いた。俺のリュックの収納は10m以内なら好きな場所に取り出すことができるし、同じく10m以内にある物なら入れることもできる。その際にリュックにも物にも触れる必要はない。そう思うだけで出来るのだ。動物や他人の所有物は収納できないが、スキルで【レンタル】した物なら動物以外なら収納可能だ。いま地面に置いたチェックシャツは憲兵隊の友人たちと一緒に買ったシャツだ。見れば意味を理解してくれるだろう。
「凄い、一瞬で入口が壁になりましたね」
俺は平静を装って痩せ男を褒めた。ザキトワやファンミンが言っていたようにカトリーヌが敵の一味だった。しかも指図をするほどの地位にいるようだ。
改めてアジトを見てみるとなかなかの広さがあった。幅は3mほどで奥行は15mはありそうだ。アジトの中には樽や箱が雑然と置かれ、長木箱だけは地面に平たく並べられている。その長木箱の前には緑の装備を身に着けた4人の冒険者が車座になって酒を飲んでいた。長木箱の向こう側には誰か寝ているようで薄汚れた布ズボンと擦り切れた裏皮の靴を履いた足だけが見えた。冒険者たちの前には木箱に腰掛けたカトリーヌが朱房の付いたブロンズ色のヘルムを手に持って眺めていた。カトリーヌの横には同じ色の胴鎧や朱鞘の剣などがひと塊に置かれている。
そして一番奥には木箱に腰掛けた知った顔があった。マードだ。祭服の純白が荒削りの壁面ばかりのアジトにあって異彩を放っていた。マードの前には下着姿の二人の女性がこちらに背中を見せて、偉そうに投げ出されたマードの足を揉み傅いている。黒髪ショートカットの女性とオレンジ色のストレートヘアーの女性で首には見慣れた純白の首輪があった。カレンさんやリシェルさんではなかった。
マードを見てもミーナは落ち着いているようでザキトワと並んで立ったまま目だけ動かして見回している。
カトリーヌが座ったままムイザたちに言った。
「おかえりなさい。お疲れでしょう。こっちへ来てお酒でも召し上がれ」
ジョニードとアサブルは輪に加わって座り杯を持った。ムイザは酒は飲まないようでカトリーヌの脇に座って言った。
「うん、カトリーヌ。今度は3人連れて来たよ。どれも上玉でしょ」
「そうですね。この3人なら最初の二人と遜色ないです。高く売れますよ。ムイザさんは奴隷商人の素質がありますね」
「仲間を保護しているって言ったら簡単に騙せたよ」
「まあムイザさん、女性を騙すなんて、いけない男ですね」
「あんな露出狂の女どもなんて騙されて当然さ。命がけのダンジョンに浮かれてやって来た罰だよ」
「あら、私も似たようなコスチュームですよ」
「ううん、全然違う。カトリーヌは品があってオシャレだよ」
「ムイザさん、嬉しいです。また後で愛してください」
「うん、またやらせてね」
「もちろんです。ムイザさんなら何度でも」
俺たちなど眼中に無いかのように二人で話をしているが、話の中で「最初の二人」と言っていた。あっちでマードの足を揉んでいる二人だけじゃないのか。
その時、俺の耳に姿を消しているファンミンの囁き声が聞こえた。
「ザキちゃんから伝言。この奥30m先にゴブリンソルジャー6匹。それと、ザキもミーナも様子がへん。二人ともさっきから動かないし喋らない」
どういうことだ。横を向いて二人を見ると先ほどの状態のまま微動だにしていない。ただ眼だけが俺を見て何か訴えかけているようだった。
二人を見て考えている俺にカトリーヌが言った。
「やっと気が付いたのですか。遅いですね。お仲間の二人は動けなくしました」
「何ですかこの魔法は。変な事をしないでください。それに保護していただいているサツキさんはどこにいるの。どうしてダンジョンに司祭様がいるのですか。しかも異端危険分子を二人も連れて」
俺はスキル【演技 レベルMAX】を使ってパニックに陥った女性冒険者を演じた。もっとも実際に半分パニックになっているのだが。
「質問が多すぎて面倒臭いですね。あなたも黙らせちゃおうかな。でも少しお相手をしてあげます。あなたのような可愛いだけで身の程知らずの女性冒険者は虐め甲斐がありますからね。質問1の答えは私のスキルです。動けなくするのも動かすのも自由自在。口を閉じさせれば話も出来なくなります。問2の答えは、ごめんなさい。どこにいるか知らないんです。でもサツキさんなら知り合いですよ。すっごく強くて素敵な男性ですよね。あの動き、あの殺気、思い出しただけでゾクゾクしちゃいます。一緒に連れてきてくれれば良かったのにな。残念すぎます。あちらの女の子はサツキさんの彼女さんですよね。名前は、たしか……ミーナちゃん。あの子もとっても強いですからね、見てすぐに動きを封じちゃいました。危ない危ない。えっと、質問3は何でしたっけ。そうそう、司祭様ですね。司祭様は私たちの上司ですから、居て当然です。あの二人は自ら希望して奴隷になったんです。『私たちは異端危険分子の罪人です、奴隷にして下さい』って自白したんですよ。面白かったな」
そんなスキルがあるのか。異世界は知らない事ばかりだな。俺は【レンタル】すべくそのスキル名を探った。スキル名さえ判れば【レンタル】できるが、逆に言えばスキル名が分からなければ【レンタル】はできない。当てずっぽうでも片っ端から名称をイメージしてそれが合っていれば脳内スイッチが点灯して【レンタル】できることを知らせてくれる。
操作、操縦、人体使役、人体ジャック、コントロール、リモートコントロール、催眠術、妖術、乗っ取り、……ダメだ全てハズレだ。スイッチが点灯しない。
俺は時間稼ぎの為に適当に話をした。
「ですから、何故こんな事をするのですか。高く売るって、奴隷制度は禁止されているのを知らないのですか。すぐに憲兵隊に捕まってしまいますよ。今なら黙っていてあげます。全員を解放しなさい」
「ぷっ、ぷわっはっは」
車座になって飲んでいた冒険者たちが吹き出した。
「黙っていてあげます、解放しなさい、だってよ。こりゃまた、呑気なお嬢ちゃんだぜ」
「ここはマップには載ってねえ。ダンジョン石の無断掘削場跡だからな。ダンジョン内では人が掘ったこういう場所は高レベルの【マップ】スキルでも実際にこの中に入らなけりゃ表示されねえんだ。場所もわからねえのに憲兵隊がどうやって来るんだよ」
「ははは、万が一ここまで来れたって、司祭様がいるのに憲兵隊に手出しが出来るわけねえだろうが」
「お前も奴隷にしてくださいって泣いて頼むことになるぜ。ビギナーのくせにノコノコやってきた自分たちの間抜けさを呪うんだな」
そう言う男たちの言葉に首を傾げてムイザが訊いた。
「奴隷にしてと頼むってどういうことなの」
その問いにカトリーヌが答えた。
「ムイザさん、あなたは今回3人の女性を捕まえてきてくれましたね。ですが女性を入れる長木箱はあと2つしかないんです。ですからこの女性たちのうち一人は連れて行けません。だから一人だけここで……」
と間を取り俺たちを順に見て言った。
「処刑します」
俺は【演技 レベルMAX】を使ってガクガクと震え、怯え、今にも泣きだしそうなケイコを演じた。そんな演技をしながらも頭はフル回転だ。見たところ長木箱は4つ置いてある。という事はこのうちのどれか2つに「最初の二人」が入れられているという事だろう。
俺はそれぞれの箱に向けて【レンタル】をイメージする。イメージするのはカレンさんのパンツにしておく。断じてパンツに興味があるわけではないが、マードの世話をしている女性奴隷が下着だけは着ているからだ。3番目の長木箱で脳内スイッチが点灯した。あの中にカレンさんがいるのだ。死んでいたら【レンタル】はできないから生きている。更に【レンタル】をイメージする。リシェルさんのパンツ。4番目の長木箱で脳内スイッチが点灯した。これで二人を見つけた、いつもなら俺のスキルとリュックの機能を駆使して切り抜けるのだが、カトリーヌのスキルを封じない限り俺もすぐに動けなくされてしまうだろう。
俺は演技を続け、ついに泣き出した。悲嘆に打ちひしがれ、涙を拭くように掌を広げて顔を隠した、話す口元を見られないように。
そして小声で囁いた。
「ファン、いるか」
「ファン」
ファンミンは近くにいないようで返事は無かった。そして、俺の体が動かなくなった。