第62話 気配感知
「ケイコちゃん、あの茂みに何かいるわ」
ザキトワが言った茂みは高さが3m以上もあるススキのような草が10mほどの幅にぎっしり密集して生えている。その中に魔物がいるとしたら虫程度の小物くらいしか入り込めないだろうから茂みの向こう側にいるのだろう。ここからでは見ることはできない。
「注意しながら進みましょう」
距離が30mになったところで【気配感知】スキルが相手の正体を判別したらしく、ザキトワが小声で言った。
「ゴブリンが3匹、茂みの向こう側にいるわ」
俺も小声で指示を出した。
「避けてもいいけど見つかって後ろから矢を射られたら最悪よ。ここで倒すことにするわ」
「二手に分かれて挟み撃ちにしますか」
ミーナが提案した。
「そうね、私とミーナさんが右から襲うからザキトワさんとファンミンさんは左に潜んでいて逃げてきたゴブリンを仕留めてちょうだい。私は投げナイフを使うから顔を出すと同士討ちになっちゃうから気を付けてね」
「了解」
3人とも小さな声で答えた。
俺とミーナが右側から回り込む。右手でナイフを投げる俺にとって右からのほうが都合がいいのだ。俺は収納から直接ナイフを手に取り出した。ミーナもカットラスを抜いて準備万端だ。茂みに沿って近付いていくと音が聞こえてきた。
ムシャムシャ、ガリガリ、ゴブリンたちは何かを食べているようだ。頭をよぎる嫌な光景を無理やり押し退けて慎重に進むと見えてきた。3匹のゴブリンが座り込んで一心不乱に食事をしていた。
口の周りを血で赤く染めて皮を食いちぎり肉を食べている。鱗のある皮で、地面に捨てられた足には刃がある。食べられていたのはカマキリザードだった。
俺は一番手前のゴブリンに狙いを定めた。鉄剣を左側に置いてカマキリザードのもも肉に噛り付いている。投げ打ったナイフは一直線に飛んでいき狙い通りにゴブリンの首筋に突き立った。すかさず投げた二投目は横のゴブリンの肩に刺さったが致命傷には程遠い。
「グガガ、グガ」
ゴブリン2匹は慌てて武器を掴んで立ち上がったが、構える前に姿勢を低くして疾走していたミーナが傷を負ったゴブリンの首を切り裂いて仕留めた。仲間を立て続けに倒されたのを見た最後のゴブリンは茂みに沿って逃げた所で突如立ち止まった。見れば背中から槍の穂先が突き出している。ファンミンが手槍で仕留めたのだ。
>>> レベルアップしました。レベルが12になりました。
俺は3匹のゴブリンと武器、投げナイフを収納に入れて言った。
「ミーナさん、ファンミンさん、お見事です。おかげでレベルアップしたわ」
「ゴブリンなら楽勝です。全部アタシが倒してもよかったのに。ケイコさん、おめでとうございます」
ミーナが自信たっぷりに言うとファンミンも頷いて言った。
「私も1対1なら楽勝かも。それでケイコのレベルはいくつになったの。16か17かな」
「12よ」
俺は歩きながら確認した。
ステータス
名前:宮辺 豪太 年齢:16 性別:男 種族:人族 職業:なし
レベル:12
HP:125/125 MP:760/760 SP:8
体力:C
魔力:F
知力:C
HPとMPが増えただけか。いや、SPも3ポイント増えているな。
「……」
「……」
「……」
ん、皆どうしたんだ。
「どうしたの、3人とも黙っちゃって」
「低すぎ」
3人の声が揃った。
「え、そうなの。皆さんはいくつなのかしら」
ザキトワは22、ファンミンは21だった。なにやら年齢のようだと思ったら大抵の人は年齢とレベルは同じくらいなのだそうだ。冒険者や軍人など戦闘の機会が多い職業はもっと上昇するらしい。実際、冒険者で生計を立てていたミーナのレベルは18で年齢よりも2つ大きい。
「普通に生活していても1年に1レベルくらいは上がるものよ。ケイコちゃんは余程大事に育てられたのね。強いのは証明済みだけど低いと侮られるし、レベルの事は人に言わない方がいいわね」
ザキトワが慰めるような口調で言った。
俺がこの世界に来てまだ17日間だ。普通の人が12年かけて上がるレベルがその日数で上がったのは何故なんだろう。考えても答えが出ない事は考えないに限る。そういうものなのだ。
ファンミンは逆に感心するように言った。
「ケイコってレベル12ならHPは24くらいでしょ。それでよくダンジョンに入れるよね。私なら怖くて無理。すぐに死んじゃいそうだもの」
「いや、私のHPは125よ」
「……」
「……」
「……」
ん、皆どうしたんだ。
「どうしたの、3人とも黙っちゃって」
「ケイコちゃん、レベルが低くて恥ずかしかったからってすぐにバレる嘘はダメね」
ザキトワが諭すように言うと、ミーナがウンウンと頷いて言った。
「ケイコさんは強いんだから見栄を張らなくても大丈夫です」
「ケイコ、HPはレベルの2倍から3倍の数値が普通なんだよ。HP125って言ったらレベル50くらいだよ。有り得ないのよ。見た目は大人だけど中身はまだまだお子ちゃまね」
変態ファンミンに馬鹿にされてしまった。
「いやいや、本当なんだって。本当なのですわよ」
「はいはい」
3人とももう取り合わなかった。
釈然としないが時間が無い、先を急ごう。
途中、ヘッドバット4匹の襲来があったが事前に察知していたザキトワのおかげで各自一匹ずつ難なく倒すことができた。来る方角さえわかれば一直線で突っ込んでくるのでボールをバットで打つように剣を振れば一撃で仕留められる。もちろん倒した獲物は俺の収納に入れておいた。
ダンジョン地下4層への降り口は木々が生い茂る奥にあった。遠くからではここに降り口があるとは分からないが近くへ来てみると冒険者たちが踏み固めた道が出来ていてここがルートで間違いないことが分かる。壁面に口を開いたトンネルに入ると少し暗くなり気温も低くなった。半円を描くように下り坂をゆっくり進むと脳内に新たなダンジョンマップが表示され地下4層に来たことを告げた。
ゴツゴツした岩肌の洞窟型ダンジョンだ。目的の地下5層への降り口は例によってこの層の反対側だ。たまには意表をついてすぐに降りられてもいいと思うのだが愚痴っても仕方がない。
目の前には分岐点があり5つの道に別れている。どの道も幅は5m以上はあり、ぐねぐねと降り口の方角へ向かっているようだが脳内マップでは5つのうちの4つは大きめの部屋へとつながるだけでそこから先へは進めない行き止まりになっている。正解は右から2番目の道だ。
「右から2番目の道を行きます。他の道は全て行き止まりで大きな部屋に繋がっているようです。魔物が隠れていそうな場所も無いし、ザキトワさんの気配察知スキルはお休みしていてください」
俺を先頭にして縦列で慎重に正解の道を進む。細い脇道はあるがどれも奥行は数メートルしかない袋小路なので気にせずに通過していく。
2番手のミーナが後ろから話しかけて来た。
「ケイコさん、さっき言っていた行き止まりの部屋にはボスがいたらしいですよ」
「ボスですか、ミーナさん、どの部屋にいたの」
「全ての部屋です。4つの部屋を攻略しないと5層への降り口が開かなかったそうです。3つの部屋には5匹のゴブリンソルジャーを従えたゴブリンサージェントがいて、1部屋だけゴブリンサージャントの代わりにゴブリンメジャーがいたって聞きました」
「なるほど、軍曹の部屋と少佐の部屋があったのね。なんだか軍隊みたいで強そうね」
「所詮はゴブリンですから経験のある冒険者なら問題ないんですが、5層への降り口はなかなか開けることが出来なかったそうです。それというのも同じパーティーが全てのボス部屋を攻略して更にゴブリンメジャーの部屋は最後にしないとダメだったんです」
「順番を間違えるとどうなるの」
「最初からやり直しです。しかも4部屋全て討伐しないとリセットされないしゴブリンメジャーの部屋は毎回変わるから何回も何回もやり直したそうですよ」
「ボス部屋は攻略したら魔物が湧かないはずよね」
ミーナの後ろを歩くザキトワが訊いた。
「うん、ザキ姐、全ての部屋を合わせてボス部屋になっていたみたい。今はもう魔物は湧かないから安全地帯になってるの」
速足で進む俺たちの前方から別の冒険者がやはり一列縦隊でやってきた。3人全員が小柄で鉄のヘルムを被り、布の服の上に擦り切れた皮の鎧を纏い、鋼の剣を持っている。挨拶をしようと右手を上げた時に後ろのミーナが突然走り出した。走りながらカットラスを抜いて先頭の冒険者の手前でジャンプしたかと思うと、その冒険者の肩口に振り下ろした。
肩を切り裂かれた冒険者が倒れると被っていた鉄ヘルムが外れてガラガラと転がった。無防備になった冒険者の頭は、そう、緑色だった。
「気を付けて、これがゴブリンソルジャーだよ。鎧や服を着てるのがいて紛らわしいの」
ミーナはそう言いながら2番手のゴブリンソルジャーと切り結んでいる。3番手のゴブリンソルジャーがノシノシと体を揺らしてミーナに近付き剣を突き出そうとするのが見えた。
「レンタル、レンタル」
俺は【レンタル】を発動し、ゴブリンソルジャー2匹の剣を奪った。ミーナは交えていた敵の剣が消えてバランスを崩しそうになったが踏みとどまるとそのままの勢いで首筋を切り裂いて仕留めた。武器を失くして仲間を倒された3番手のゴブリンソルジャーは逃げようとしたところを突進して来たザキトワのレイピアに背中を刺されて突っ伏した。
「すみません。背の低い冒険者かと思いました」
「いえ、最初はたいてい間違えますから。言っておかなかったアタシのミスです。この層の最強魔物はゴブリンソルジャーです。ゴブリンと違うのは装備がしっかりしている事です。剣はもちろん、鎧、兜、盾を装備しているのもいます。必ず2匹か3匹で行動しています。目的地の5層では最大で6匹出てきますから気を付けてください」
ミーナはああ言ってくれたがやはり俺のミスだ。ザキトワの【気配感知】を使わなかったのも俺の指示なのだ。気を引き締めなおして先へ進もう。倒したゴブリンソルジャーと装備を収納に入れてすぐに出発した。
その後、再び前方に一列縦隊でやって来るが者あったが、これは冒険者だった。身構えた俺に一瞬ギョットしたが俺が安心して歩き出すと舌打ちをして通り過ぎていった。
地下5層への降り口は通路の突き当りにあった。4つのボス部屋を攻略するまではここは行き止まりだったそうだ。今では普通の通路にしか見えないがすぐにカーブして下に向かうのでそれと解る。
地下5層へ足を踏み入れた瞬間に脳内マップが表示された。このフロアは通路が網の目のように張り巡らされ、そこここに大小さまざまな部屋がある。数にして20部屋はあった。
ここまで既に3時間近く掛かっている。慣れた冒険者なら所要時間は2時間程度らしく、マードには場所を知っている冒険者の案内が付いているのだから当初の時間差1時間はもっと離されているとみるべきだ。うまく追いつけばファンミンの迷彩魔法コートで尾行してもらおうと考えていたがその手は使えない。
俺は少し考えて指示を出した。
「部屋数が20あります。手分けするのは危険ですから全員一緒に一部屋ずつ確認していきます。マップで最短ルートを行きますが魔物に時間を割きたくないのでザキトワさんの気配感知スキルをお願いしていいですか」
「大丈夫よ。休んだから1時間フルで使えるわ」
「助かります。ファンミンさんは消えてもらっていいですか」
「え、私、殺されるの」
「ち、違いますよ。迷彩魔法コートで姿を消してください。いざという時の切り札です。その手槍は私にください。収納に入れますから、このレイピアを使ってください」
「なんだ、それか。了解」
そう言ってファンミンはコート、マスク、ブーツを着用した呟くと消えてしまった。全てファンミン家に代々伝わる魔法アイテムで着ている者の姿が背景に溶け込んで見えなくなるのだ。
「アタシはどうしますか」
ミーナが訊いた。今はミーナになっているが正体はマードによって奴隷にされて売られたマサラだ。マードに気付かれてもいけないし、マードを見て怒りで斬り掛かってもいけない。
「ミーナさんはミーナさんであることを忘れないでください。マードは憎い敵ですが、やっつけるのは最後です。第一の任務は囚われている人たちを救う事です」
「わかっています。アタシ、楽しみは最後に取っておくタイプです」
黙っていたザキトワが言った。
「では、リーダーの私が号令をかけるわ。いっくわよー」
「オー」
全員が声を揃えて拳を突き上げた。
「こら、ファン。あなたは声を出したらダメでしょ」
ザキトワに叱られたファンミンがしょんぼりした、かどうかは見えない。