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異世界レンタル放浪記  作者: 黒野犬千代
第五章 それぞれの仇討
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第61話 ケイコさん

 俺は意識を集中してどのような女性に変身するかを考えた。


 イチカはマードに知られているから別の女性に変身しなければならない。女性に拘るのは警戒させない為と自分をエサにする為だ。したがって奴隷にして売りたくなるような魅力的な女性になる必要がある。

 高校の同級生だと若すぎるし芸能人だと自分で笑ってしまいそうだ。そうだな、いつも近くを通る博物館の女性職員にするか。笑顔で挨拶をしてくれるし話したこともある。古墳の周囲をジョギングしているのを見かけた事もある。その時はピッチリしたウエアで走っていたのでスタイルもなんとなく分かる。苗字は知らないが同僚からはケイコさんと呼ばれていた。この世界で苗字は必要ないしちょうどいい。


 俺は【レンタル】しているスキル【容姿操作 レベルMAX】【触覚操作 レベルMAX】【変装】【声色】を使いケイコさんに変身した。

 髪は少し茶色く染めたナチュラルセミロング、二重で垂れた目が優しくて人懐こく感じさせる。背は150cmほどで胸は小さめだったと思うが盛って2サイズアップしておいた。ファンミンから貰った革のタンクトップビキニと革パレオ、膝上の網タイツにハイヒールを収納から直接着るように出した。が、ハイヒールは痛くてダメだ。これでは走るどころか歩けもしない。【変装】スキルにはサイズ補正機能があるがそれでも痛い。もともとハイヒールなんて履いたことが無いのだから当然だろう。持っている靴は黒いスニーカーか褐色の毛皮ブーツだけだ。俺はハイヒールを仕舞って毛皮ブーツを出して履いた。これで走れるしランクFの防御力付加もある。

  

 「よし出来た。待たせたな」


 「サツキ、可愛くなったね」


 「少年、鎖付きチョーカーもあるけどあげようか。拘束されたいでしょ」


 「だから俺を変態扱いするな。じゃなかった。私を変態扱いしないでよね。それから私の名前はケイコよ。忘れないでちょうだいね」


 「サツキ君、じゃなかったケイコちゃんはその女性とどういう関係な……キャー」


 ザキトワが突然悲鳴を上げて言った。


 「ねえ、背中に何か落ちてきたんだけど」


 恐る恐るむこうを向いたザキトワの背中には30cmほどの蜘蛛がいた。


 「ギャー、蜘蛛よ。でっかい蜘蛛」


 ファンミンがパニックになって叫んだ。


 「ああそれがシルクスパイダーだよ。じっとしててね」


 ミーナが冷静に言ってカットラスを鞘ごと抜いた。

 上段に構え、座禅の警策を与えるかのように鞘の腹でシルクスパイダーに振り下ろした。


  ベチャ


 嫌な音とともに蜘蛛が潰れた。黄色い液体やちぎれた足がザキトワの背中にベッタリと付いている。


 「ウギャー、気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い」


 ザキトワが卒倒しそうだ。


 「噛みつきそうだったからね、急いで潰したよ。体液吸われたくないでしょ」


 ミーナが冷静に言ってブーツの底で鞘に付いた汚れをこそぎ落としている。


 「ちょっとファン、見てないで拭いて、早く早く」


 「うわあ、気色悪いよ。触りたくないんですけど」


 ファンミンは嫌々ハンカチで汚れを拭い、恐る恐る広げてみるとハンカチには蜘蛛の足と黄色いドロドロがこびり付いていた。


 「これはもうダメだわ。捨てちゃお」


 そう言ってファンミンはハンカチをそのまま下に捨てた。


 「ファン、まだ汚れてるでしょ。ちゃんと拭いてよ」


 ザキトワが泣きそうになっている。


 「ザキ、ゴメンね。ハンカチはそれしか無いのよ」


 俺は捨てられたハンカチを見て収納をイメージした。地面からハンカチが消えてリュックの収納に入った。捨てられたものは誰のものでもない、拾った俺のものになる。俺はハンカチだけを取り出すようにイメージすると俺の手に新品同様のハンカチが現れた。収納の中でハンカチと汚れを分離したのだ。汚れは廃棄物としてまとめられて収納に入っている。拭いたドロドロの中に魔石もあったようで収納リストにシルクスパイダーの魔石も表示された。


 俺はそのハンカチでザキトワを拭いてやった。何度か繰り返して綺麗になったところでリュックに水を出して仕上げの水拭きもしてやった。


 「サツキ、じゃなかったケイコちゃんありがとうね。やっぱり仲間になって大正解だったよ」


 「いいなあ、ザキばっかり。わたしも拭いて欲しいな」


 「アタシも」


 ファンミンとミーナが訳の分からないことを言い出した。


 「あなたたちは汚れていないでしょ。同じようになったら拭いてあげますからね」


 「約束したわよ、少年じゃなかった、ケイコ」


 「ケイコかあ、なんか言いにくい。アタシだけサツキでいいでしょ」


 「ミーナさんダメよ。人の命がかかっているのよ」


 俺は優しくミーナに言い含めた。お姉さんにでもなったような気分だ。


 「さあ行きましょう、遅れを取り戻しますよ」


 俺たちは小部屋を出て細い通路を進んだ。こちらの通路は裏通りだったようで他の冒険者に会う事も無く2層への降り口に到着した。降り口は普通の横道のようにも見えるがすぐに下り坂になっているので間違えることは無い。

 

 坂道を下り切って一歩足を踏み入れた瞬間にダンジョン2層の脳内マップが完成した。3層への降り口はマップの反対側だ。そこへのルートは大まかに3通りある。中央の大きな通路を行くなら直線で最短距離だが途中にいくつもの部屋を経由していて魔物に足止めされる恐れがある。左の通路は広めだが蛇行していていかにも魔物が潜んでいそうだ。右は1層同様に道幅は狭くなっていて外周を大きく迂回しているが脇道は無い。


 「ミーナさん、ここはどのような魔物が出るのですか」


 俺はケイコさんになりきって尋ねた。


 「はい、ケイコさん。ここは1層と同じ魔物が複数で出てきます。最小で2匹、最大で6匹です」


 ミーナが改まった口調で言うのに吹き出しそうになったが我慢した。それでいいのだ。


 「あの気持ち悪い蜘蛛が6匹も出てきたら狂い死にするわ」


 ザキトワがうんざりして言うのにファンミンが頷いて同意していた。

 

 「その他にゴブリンが単独で出てくることもあります」


 「気持ち悪いのよりゴブリンの方が全然マシだわ」


 あの程度の魔物6匹に道を塞がれたとしても突破できる。


 「右のルートを行きましょう。細いですが道なりに進めば3層の降り口へ出ます」


 右へ進みしばらく行くと天井に蜘蛛がいるのが見えた。


 「上に蜘蛛3匹です。襲ってこなければこちらからも攻撃せずに通り過ぎます」


 俺がそう指示するとミーナが先頭に出て、カットラスを抜いて前にかざした。

 なるほど、シルクスパイダーの糸は透明で見つけにくい、そうやって進めば顔に絡むことが無いだろう。


 「皆さん、ミーナさんを見倣ってください」


 俺とザキトワはレイピアを、ファンミンは手槍を前にかざして進んだ。何度かシルクスパイダーの下を通過していくと今度は地面に4匹の魔物が現れた。魔物も俺たちに気付き後ろ足と尻尾で立ち上がって前足を頭上に振り上げて威嚇している。全長80cmほどのトカゲだが振り上げた前足はカマキリのカマのような形で鋭い刃が付いている。


 「あれがカマキリザードです。前足の刃は切れ味が鋭いのでそれだけは要注意です」


 4匹が横に並んで道を塞いでいる。


 「まずは私が攻撃します」


 俺はそう言うと収納から直接手に投げナイフを出して素早く投げた。【投げナイフ レベル1】のスキルにより命中率と威力が増幅されたナイフは一直線にカマキリザードに飛んでいき前首の柔らかい部分に突き立った。

 ガッ、という声を上げてカマキリザードが斃れた。

 俺は次々に投げ打って更に2匹を斃したが最後の1匹だけは地面に前足を付けて体勢を低くしてしまった。ナイフは体の上面の厚い皮に弾かれて外れた。


  >>>【投げナイフ レベル1】がレベルアップし【投げナイフ レベル2】

      になりました。命中率と威力が上昇しました。


 命中率と威力が更に上がったようだが検証している時間は無い。


 「お見事。後はアタシに任せてください」


 ミーナはそう言うとカマキリザードの上に飛び乗った。体重を掛けられ踏みつけられたカマキリザードは唯一の武器である前足のカマを使えない。ミーナはカットラスを振り下ろして易々と首を刎ねた。強い。


 「ミーナちゃん凄い」


 ザキトワとファンミンが声を揃えた。


 「ミーナさん、鮮やかです」


 俺は4匹の死骸と投げナイフを収納して先を急いだ。


 脳内地図の通りに進み、降り口の坂を下り3層へと入ると2層とは全く違う様相のダンジョンフロアだった。一言で言うと草原だ。天井のある草原。これまでのダンジョンのような岩肌の洞窟ではなく地面には草や木が生えている。天井は発光成分の多いダンジョン石でできているようで空のように明るく、高さは5、6mほどもある。所々にある太い支柱で天井を支えているようだ。

 そんな草原がフロア全体に広がっている。遠くの何か所かに青みがかった薄い膜が見えるのは結界だ。冒険者が結界を張って休息しているのだろう。この広さと高さなら余裕で結界を張ることができる。


 「3層の魔物はゴブリンがメインです。必ず複数でいるはずだから単独でいたら弓を持った仲間が隠れている可能性があります。といっても相手はゴブリンだから弱いですけど。アタシが全部倒します」


 ゴブリンハンターの称号を持つミーナがそう言って胸をたたいた。


 「矢には毒が塗ってあることがあるから毒消しを渡しておくわね」


 俺は収納から毒消しを出して各自に渡した。必要になった時に収納に入れたままでは俺以外には取り出すことができないからだ。


 「痺れ止めや眠り止めもあるけど渡した方がいいかしら」


 「低層では必要ないです、ケイコさん。10層を超えたら配ってください」


 ミーナはケイコさんに化けた俺と話すときは丁寧語に決めたようだ。


 脳内地図を確認すると下層への降り口はフロア反対側の端にある。通路や部屋のない草原タイプのフロアなので一番早いのはそのまま直線で降り口へ向かうルートだ。俺は素直に直線コースを取ることにして言った。


 「ここはまっすぐ降り口へ向かうわよ。見渡したところ茂みや雑木林もあるようだから注意して進みましょう」


 するとザキトワが一歩前へ出て言った。


 「漸くリーダー様の出番が来たわね。私が魔物の気配を探知するからケイコちゃんは道案内だけしてくれればいいわ」


 「ザキトワさん、それってグラリガ市外の狩りでベリーラットを見つけた能力のことかしら」


 以前、グラリガの外で露天風呂をした帰りにザキトワが気配だけで正確にベリーラットの位置を掴んで狩っていたのを思い出したのだ。


 「そうよ、【気配感知】っていうスキルなの。50m以内に魔物がいるかどうか分かるし、30m以内なら何がいるかも分かるわ」


 「それならさっきのシルクスパイダーも分かったんじゃないの」


 俺が気になって訊いてみるとザキトワが気持ち悪かったのを思い出したのか顔をしかめて答えた。


 「オエッ、常時発動じゃないのよ。意識的に使わないとダメなの。1時間くらいで疲れちゃうから必要な時にだけ発動させてるわ」


 「なるほど、それなら茂みや林の時だけお願いするわね」


 俺が先頭になって進み、茂みが現れるとザキトワが気配があるかどうか確認する。いちいち警戒しながら進むよりも断然速かった。道中幾度か他の冒険者がゴブリンと戦っているのを遠くに見ることはあったが、魔物に遭遇することもなく順調に進むことが出来た。そして降り口まで3分の2ほどの地点に差し掛かった時、前方の茂みにザキトワのスキルが魔物の気配を感知した。

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