第56話 奴隷落ち
司祭マードが言った。
「諦めろ。お前には奴隷だという事を思い知らせる必要があるようだな。奴隷にそのような服は必要ない。脱げ」
「嫌です」
そう言ったとたんに首輪が締まり始めた。俺は必至で首輪を開こうとするが徐々に締まって息が苦しくなった。
「う、うう、苦しい」
「許す」
マードがそう言うと首輪は元に戻った。
「これで分かっただろう。お前に拒否する権利など無いのだ。さあ脱げ」
俺は嫌がりながら、恥ずかしがりながら、怒りながら、諦めながら、という演技をしながら脱いだ。
マードと隊長たちが卑猥な目で裸を見ている。色白小柄で程よくくびれ、程よく大きい胸の少女、という錯覚を見て喜んでいる。俺は心底後悔した。もちろん顔以外は完全に俺の想像の産物なのだが憧れの苺花ちゃんをイメージするんじゃなかった。錯覚とはいえ、こんな奴らに見せたくない。
定番の恥じらいを見せてブラとショーツを残して脱ぐのを止めた。
案の定、マードが嬉しそうに言った。
「どうした、全部脱げ」
一応嫌がってみるか。
「いや、許して」
そう言うと首輪が締まり始めた。苦しくもがくと許しが出て首輪が元に戻った。もうこのやり取りは飽きてきた。
「おまえに嫌という権利は無い。言うとおりに脱ぐんだ」
俺はブラを外し、手で隠しながら下も脱いだ。
「手は後だ」
嫌々従うと衛兵が後手に縛った。露わになった胸を見て三人ともいやらしい笑みを浮かべている。どういう風に見えているのか俺には見えない。イメージだけなのだ。俺一人が損をしている気分だ。
「次は足を開くんだ。開いて見せてみろ」
嫌がる演技と首輪が締まるルーティーンを数回経て足を開いた。
三人はこれ以下は無いという下卑た笑みを浮かべている。俺の股間を見て。
「司祭様、私に味見をさせてください」
さすがにそれは無理だ。襲ってきた時はお前ら皆殺しだぞ。
「馬鹿者。キズモノにしたら高く売れぬではないか。この者に手出しすることは許さん」
マード、グッジョブ。
完全に主導権を握らせたところで情報収集だ。
「酷い、司祭様がこのような事をなさるなんて」
「司祭になるのにどれだけ金がいると思っておる。この前売り払ったクズでやっと司祭になれたのだ。これからは売った金で贅沢三昧じゃ。お前ら下賤な民はせいぜい働いてワシに楽をさせろ」
「なんという事でしょう。その人はどうなったのですか」
「売り払った奴隷の事など知らぬわ。今頃はスケベな若造の慰み者になっておるか、あるいは死んでおるかもな」
「今まで何人にもこのような事をしていたのですね」
「ふふふ、何人だと。甘く見るな、何十人だ。バカめ」
バカはお前だ。お前の死罪が決定したぞ。あとの二人も同罪だ。サレイニーの家は知っている。後でじっくり始末しよう。この状況でこいつらを殺してもステータスの罪科が殺人になるとは思えない。逆にこいつらの罪科は人身売買や強姦になっていないのだろうか。こうして都市の中で堂々としているのだからそうはなっていないのだろう。首輪の力で合意するように命令しているからか。何にでも抜け道はあるものだ。
さてと、俺の【レンタル】可能数は12個だ。そのうち9個を使っているからあと3個借りる事が出来る。縛っている縄は借りてすぐに返すとして数には含まない。衛兵隊長と衛兵の剣を奪いどちらかを殺せばそいつの剣も数から除外される。余裕だな。できれば【剣術】も【レンタル】しておきたい。
俺は衛兵隊長のスキルを探った。なんと戦闘系のスキルが何一つヒットしなかった。【馬術 レベル2】くらいしか持っていない。衛兵も探ってみると、こいつも【馬術 レベル3】しか持っていない。ただの木偶の坊だった。
神殿に喧嘩を売る奴がいないほどに権威があるという事か。一応マードも探ってみるとこいつは【短剣術 レベル3】を持っていた。見たところ武装していないようだが短剣類を持っているはずだ。探るとタガーとナイフを持っているようで脳内スイッチが点灯した。
始末する手順を考えている間もバカどもの話は続いている。
「司祭様、この女もいつものように前庭に晒して買い手を募集しますか」
「前回クズを晒したら憲兵隊が問い合わせをしてきおったからな。もう晒しは無しだ。こいつはワシの奴隷密売ルートで売り払う」
「そういえば冒険者が報告に来ていましたな」
「ああ、潜入者を捕らえたそうだ。女が二人だけで入り込んだと言っておった」
「始末したのですか」
「いや、顔は隠しておったようだが体は間違いなく良いと太鼓判を押しよった。緑のパンツを脱がすのが楽しみだと舌なめずりをしておったわ」
「ではこの者と一緒に売るのですね。売る前に味見をさせていただければと」
「馬鹿者め。一人に許せば皆がしたがるであろう。そんなことをすれば商品価値が無くなってしまう」
「では司祭様だけのお楽しみでございますか」
「馬鹿者め。ワシは女になど困っておらぬわ。だがまあ折角だ、ワシだけ味わってやるか。この女を連れて行く時にワシも同道しよう。その時にどれほどの体なのか試してやろう。売り払ったらおぬしにも報酬をやるから遊郭にでも上がるがよい」
「しかし、司祭様。この女に聞かれてしまいましたが宜しいのでしょうか」
「構わん。全員まとめて船に乗せて異国に売るからな。この女で金貨30枚にはなるであろう」
「おお、次は司教様へご昇進ですね。わたくしめも司教区の衛兵隊長にお取り立てください」
「ふむ、励めよ」
なんだろう、今の話に引っ掛かるところがあった。緑のパンツだ。ミーナの服を買った時に偶然カレンさんが緑色のパンツを買うのを見ている。憲兵なら捜査で潜入する事もあるだろう。わざわざ緑色のパンツを買って潜入したのなら潜入先はチームカラーがグリーンの緑縁隊だ。食堂でドーミーと戦った時に隊長のエルネスはアマリス村で女性隊員が2名加入すると言っていた。そして今日ザキトワはエルネスが女性隊員が戻ってこないと言っているのを聞いている。考えれば考えるほど拉致されたのがカレンさんだという気がしてくる。カレンさんじゃなくても捕まった人を助けるべきだ。今こいつらを始末すれば捕まっている場所が分からなくなるし始末するのは後だ。
ファンミンが手出しする事は無いだろうが念のため釘を刺しておこう。
「あなたたちには必ず天罰が下るでしょう。でもそれは今ではありません」
「憐れな小娘だ。司祭は天罰を下す方だ。下される方ではないわ。ほれ、へそで茶を沸かせ」
そんな事ができるわけもなく、首輪が締まり始めた。
「うう、息が、苦しい……お許しください」
「ふん、許してやろう。言葉には注意するんだな。お前などいつでも殺せるのだ。連れて行け」
衛兵に連れられ地下への階段を降りると番人用の机があり、その先には鉄格子の牢が並んでいた。明かりは壁に掛けられたカンテラが3つあるだけで薄暗く寒々しい。牢には他に人はおらず、俺は真ん中の牢に入れられた。牢の中には壁に埋め込まれた2mほどの鎖の先端に鉄製の足枷があった。
衛兵は俺の左足にそれを嵌めると鍵を掛けて立ち上がり俺の胸を無言で揉み始めた。手は後ろで縛られたままで抵抗できない。糞でも食ったかのような吐息に吐きそうになる。
顔が下に行き先端を舐めそうになったので言ってやった。
「司祭様に言いつけてやる」
衛兵は平手で殴ろうとしたが思い止まった。言いつけられるのが怖いのだ。衛兵は舌打ちして牢の格子扉に鍵を掛けて出て行った。コツコツという足音が小さくなり、やがて聞こえなくなった。
まずいな、この足枷は壁に埋め込まれている。この造りだと【レンタル】できない。牢の格子扉も開けられない。逃げられないと思うと急に不安になった。
「暗くて気味の悪い所だな」
え……
「ファンミン、いるのか」
「当たり前でしょ。ファンちゃんはいつも少年の側にいるよ」
そう言うと迷彩魔法マスクをずらして顔を見せた。何もない空中にファンミンの顔だけが現れた。心霊写真のようで気持ち悪い。だが問題はそこではない。ファンミンがいるのが牢の中だという事だ。
「お前は馬鹿なのか。どうして中に入ったんだ。お前まで閉じ込められたぞ」
「え、うそでしょ。少年のことだから牢抜けなんて簡単なのかと思ったのに」
「何でもできると思うな。むしろ何もできないと思え。それで首輪の仕掛けは見えたのか」
「バッチリよ。首輪の内側を押していたわね。右左左右の順で押して最後に左を押すと小さなボタンが
飛び出してきたの、そのボタンを押してサツキに渡したのよ」
「待て、そんなにあれこれする時間は無かったはずだぞ。隊長が剣を落とした一瞬の間だろ」
「違うわ。司祭が首輪の説明をしながら右左左右と押していたのよ。少年の所からは見えないわ。隊長が剣を落としてからは左を押して飛び出たボタンを押し込むだけなの」
俺は収納からミーナの首輪を床に出してファンミンに言った。
「これでやってみてくれ」
ファンミンは突然現れた首輪に一瞬ギョットしたが、すぐに首輪の開閉部のすぐ内側を右左左右と押した。押すと言っても何かあるわけではなく首輪に指をタッチするだけだ。最後に左を押すとボタンではなく首輪の一部がレバーのように飛び出した。
「ボタンじゃないな。これは閉じている状態だから違うのかもしれない。そのレバーを引けるところまで引いてみろ」
ファンミンがレバーを引き首輪の内側3分の2程まで来たところでカチッと音がして首輪が外れた。
「これは悪辣な造りだな。首に嵌めている状態だとレバーをここまで引くなんて絶対に無理だ」
首が邪魔になってレバーが引けないからだ。
「首輪を開いたままレバーを戻してみてくれ。それからさっき言っていたようにやってくれ」
レバーを戻すと継ぎ目は消えてそもそもレバーがある事さえ分からなくなった。ファンミンは再び右左左右と押してから左を押した。何も起こらなかった。
「何か見落としは無いか。外せたんだから順番は合っているはずだ。そういえば衛兵が首輪を持って来た時にマードが首輪を撫でてなかったか」
「撫でていたわ。首輪を可愛がって薄気味悪かったもの。やってみるわね」
ファンミンは首輪を撫でてから右左左右と押して一呼吸開けてから左を押した。スッとボタンが出た。首輪本体と同じ純白のボタンだ。
「出たな。それを押してから俺の首に嵌めてみてくれ」
今の首輪は邪魔になるので一旦【レンタル】して収納に入れた。ファンミンは感心して見た後、首輪を俺の首にあてて輪を閉じた。しかし手を離すと輪は自然に開いてしまった。
「ダメね。まだ何かあるのかな。あ、マードが嵌めるときに、お前にこれをやる、みたいな事を言ってなかった」
「そうだな。そいうやミーナもそんな事を言っていた気がする。もう一度やってみてくれ」
「これをあなたにあげるわ」
そう言いながら輪を閉じた。カチッという音がして開かなくなった。
「成功だな。今のが呪文みたいなもののようだ。よし、解除してくれ」
俺はその首輪を一旦収納してから床に出し、さっきと同じように解除してから収納に仕舞って言った。
「首輪の仕掛けは掴んだ。聞いた通り他にも捕まった人たちがいる。俺が世話になった人かもしれないし俺はこのまま奴らに捕まったふりをしてその場所まで案内させる」
「犯罪だし憲兵隊には連絡しなくていいの」
「ああ、下手に動いて察知されたら台無しだし、どうも彼らは抜けている所があるからな」
「それで少年、私はどうすればいいの」
「まずはここから出ないとな。さっき通った番人用の机は見えるか」
鍵があるとすればそこだ。無ければ持って行ってしまったという事で手も足も出ない。
「見えるわ。あっ、机の上の壁に鍵束が掛かってる」
「場所はどの辺りだ」
「机の横が壁になっていてその上50cmくらいの所よ。壁から突き出したフックに引っ掛けてある」
俺はさっき通った机と壁を思い浮かべる。そしてフックに掛かった鍵束をイメージすると脳内スイッチが点灯した。
「レンタル」
縛られた俺の手に鍵束が現れた。成功だ。人が持っているものだけしか借りられないと思っていたが、その場所にあれば【レンタル】できるという事だ。ファンミンのミスのおかげで新しい使い方を発見できた。
「なんだ、やればできるじゃん」
お前に言われるとムカつくのだが、まあいいだろう。俺はファンミンに鍵束を渡して外へ出した。鍵束は俺が返却しておいた。手元になくても返却できる。
「お前は借家へ戻って皆に状況を知らせてくれ。何かあったらザキトワに手紙で知らせる。ファンミンも紙をくれ。連絡が必要になるかもしれない」
「え、私は紙なんて持ってきてないよ」
「さっきの机の上に紙があっただろ。あれを盗んで自分の物にしろ」
「嫌よ。盗みなんてできないわ。泥棒になっちゃうでしょ」
「お前は馬鹿か。そんなことで泥棒になるか。相手は極悪人だぞ」
「わかったわよ。私が盗むのは男の心だけなのに」
「それ成功したことあるのか」
「ないわ」
「だろうな。俺にもしもの事があったら憲兵隊のドルアス軍曹に相談しろ。その時はかならずミーナも連れて行くんだ。頼んだぞ、さあ行け」
ファンミンは迷彩魔法マスクを戻し見えなくなって帰って行った。少し待ち、ファンミンと紙をイメージすると脳内スイッチが点灯したので実行した。俺の収納に紙が入った。これで使用中の【レンタル】は10個になった。
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レンタル中:【声色】
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レンタル中:【容姿操作 レベルMAX】
レンタル中:【触覚操作 レベルMAX】
レンタル中:【演技 レベルMAX】
レンタル中:ザキトワの紙
レンタル中:ファンミンの紙
借りられのはあと2個だけだ。