第53話 迷彩魔法コート
泊めてもらったザキトワたちの家を出た俺とミーナは、ゴータとマサラに戻り白馬寮へ行ってチェックアウトをした。代金はまだあと1泊分前払いしてあるが二人は旅立ったという事にしなければならない。
俺たちは南門からグラリガを出て都市の外周を回ってサツキとミーナの姿で東門から再びグラリガ入った。これでこの町にはゴータとマサラは居ないことになる。新たな拠点はもちろんザキトワたちの借家だ。
その借家で合流し、俺とファンミンは二人で憲兵隊グラリガ支部へと歩いている。
「よし、そこの物陰で着よう。着たら絶対に喋るなよ。左に行くときは腕を一回タップ。右は二回だ。止まる時は握る。進む時は離す。家で練習したとおりだ。万一の時は俺を置いてお前だけで逃げるんだ。俺は一人ならなんとでもなる」
「わかったわ」
ファンミンはそう言って迷彩柄のコートを着てフードを被った。先日の狩りで見せてくれた迷彩魔法コートだ。これを着れば周囲に合わせて色彩模様を変化させて背景に溶け込んでしまう魔法アイテムだ。
足元は迷彩魔法ブーツ、顔には迷彩魔法マスクを着けている。ファンミンが、カモフラージュ、と呟くと魔法アイテムがその効力を発揮して完全に周囲に溶け込んだ。まるで透明人間にでもなったかのようだ。
最初は借りるつもりだったがファンミンの家に代々伝わる固有アイテムということで本人しか使えないという。そこでファンミンがこれを着て俺が入ることになったのだ。
俺は後ろからファンミンの腰のあたりに手を回して身体を密着させている。俺が顔を出せば他から見られてしまうので前を見る事はできない。ファンミンの耳と俺の頬がピタリと合わさったような状態でその上からフードを被っている。このフードはヘルムの上からでも被れるようにやたらと大きくなっているのが幸いした。コートも背嚢のまま使えるように大きめの作りなので俺が入ってもなんとか歩くことができる。
家で特訓したように慎重に進む。何人かすれ違ったような気配がしたが全く気付かれなかった。コートの中は思ったより蒸し暑い。防水のために通気性が無いのだ。素肌同士で密着しているのでファンミンの肌が汗ばんできたのがよく分かる。こいつはどうしてハーフカップブラのビキニなんかを着て来たのだろう。女性特有の匂いと汗でくらくらしてきた。歩くたびに俺のビキニパンツがファンミンのハイレグショーツのお尻に当たる。いつも着用している腰巻は邪魔だからと外されてしまった。この暑さでは腰巻があったら耐えられなかっただろうから正解なのだが、徐々に変な感じになって来た。16歳男子としては当たり前の現象なのだ、気にすることは無い。
ファンミンの腰が不自然に動き、ちょうどそこに当たった時に腰に回した腕が握られた。止まれの合図だ。俺はすぐに静止する。誰か近くに来たのだろうか。見えない俺はファンミンの指示に従うしかない。ファンミンが更にお尻を突き出したので、そこが元気なままの俺にグッと当たっている。きっとビビって腰が引けているのだろう。次第にファンミンの体が火照り始めた。心なしか息が荒くなった気がする。まずいな、誰かに発見されそうで焦っているのだろう。ファンミンが小刻みに震えはじめ俺の腕を握る手に力が入った。可哀そうに、恐ろしいのだろう、危険な任務を与えたことを後悔した。
やがて危機は去ったようでファンミンの呼吸が落ち着き、俺の腕を握る手が離された。進めの合図だ。もう憲兵隊の受付を通過して取調室の前に来ているはずだ。ここを過ぎれば左側に留置場が並んでいる。
腕が握られ3回タップされた。留置場の前に着いたという合図だ。フードが少しだけずらされて迷彩マスクとの間に隙間が作られた。俺はそこから留置場の中を見た。
髭面の老人と坊主頭の中年が寝ていた。違う、こいつ等じゃない。俺は腕で腰を2回抱きしめた。違うという合図だ。握った手が離され歩き出した。再び腕が握られて3回タップされた。フードの隙間から覗くと壁に凭れて座るそいつが見えた。
金髪パーマの男で細く鋭い目をしている。街中で逮捕に協力した詐欺師だ。三十面相の異名を持ち男でも女でも自由自在に変装することができる。
俺はファンミンの腰を3回抱きしめた。発見した合図だ。俺はその場で三十面相の持つであろうスキルを片っ端からイメージして脳内スイッチが点灯するかを確かめた。相手がそのスキルを持っていれば点灯して教えてくれる。【レンタル】するならそのまま実行すればいい。
『変装、詐欺、くちぐるま、話術、鑑定阻止、暗示、洗脳、変身、形態模写、ものまね、声色、誘惑、魅了、性別変更、記憶操作、視覚操作、外見操作、容姿操作、感覚操作、触覚操作、メイク、ヘアメイク、演技』
点灯したスイッチを押して【レンタル】していく。
俺の固有スキル【レンタル レベル4】で借りられるのは12個だ。不要ならいつでも返却できるし借りられるスキルはとりあえず全て借りておくことにした。
容姿操作を【レンタル】した時に予想外の事が起こった。詐欺師が変身したのだ。金髪パーマで細く鋭い目をしていた男が茶髪ショートボブで丸顔の女性になってしまった。二十代後半だろうか、瞳も大きくて人懐こい感じさえする。容姿操作スキルで見る者を欺いていたのだ。こんな女性が詐欺師でしかも黒塗りのナイフを忍ばせていたというのか。この世界は奥が深い。危うく声が出そうになるのを必死で我慢して作業を続けた。
今回【レンタル】できたのは8個のスキルだ。他にもあったのかもしれないが思いつかなかった。スキル名を指定しないと【レンタル】することができないからだ。上位の【鑑定】ならスキルも見ることができるらしいが相手に気付かれることを考えればこの方法がベターだと思う。どのようなスキルが存在するのかは使っているうちに覚えるだろう。
レンタル中:【変装】
レンタル中:【話術】
レンタル中:【鑑定阻止】
レンタル中:【声色】
レンタル中:【魅了】
レンタル中:【容姿操作 レベルMAX】
レンタル中:【触覚操作 レベルMAX】
レンタル中:【演技 レベルMAX】
返却期限を表示させると見づらいので残り3日から表示させることにしておいた。便利なステータス画面である。
俺はファンミンの耳に息を吹きかけ、作戦終了の合図を送った。この合図だけはファンミンが決めたものだ。どうして耳なのかは全く分からない。ファンミンはプルッと身震いしてから歩き始めた。
俺たちは来た時と同じようにゆっくり慎重に憲兵隊から抜け出した。カレン少佐もリシェル少尉も声を聞くことは無かった。
【レンタル】したスキルの【鑑定】はこうだ。
【変装】:衣装、メイクによって別人になる能力。衣装サイズ補正付加。
【話術】:巧みな会話により相手の意思を誘導する能力
【鑑定阻止】:鑑定スキルによる鑑定を阻止する能力
【声色】:性別年齢、思いのままの声を出す能力
【魅了】:異性の心を惹き付け虜にする能力
【容姿操作 レベルMAX】:自分の容姿容貌を思いのままに偽って見せる能力
【触覚操作 レベルMAX】:自分に触れた者の触感を思いのままに操る能力
【演技 レベルMAX】:表情や感情、雰囲気や物腰等を自在に表現する能力