第51話 新パーティー
路地裏でいつものように収納を使った早着替えでサツキに変身して冒険者ギルドへ向かった。冒険者ギルドの手前50mほどの道端に見知った人物が立っているのに気が付いた。
昨日の露出狂的なコスチュームにも驚いたが今日も不思議な格好をしている。腰から胸の下まで空いたセパレートタイプのタンクトップビキニで素材は革だ。短めの革パレオを巻いて膝上の網タイツを履き、足元はハイヒールだった。不思議なのは両腕に着けたリストバンドが細めの鎖で繋がっていて、更に首には平鋲を打ったネックベルトチョーカーをしているのだ。そのチョーカーからも50cmほどの鎖が垂れてブラブラしている。
俺に気付くと片手をあげて歩み寄って来た。
「少年、昨日はお風呂をありがとうね」
俺は無視して通り過ぎた。露出狂から変態に変態した変態と知り合いだと思われたら困る。
「ちょいちょいちょい、少年。私だよ。ファンミンちゃんだよ」
話しかけないで欲しい。俺は歩くスピードを上げた。
すると変態は手の鎖を俺の首に巻き付けた。
「少年、ダメだよ、そっちに行ったら大変な事になるよ」
「く、苦しい、変態。今まさに大変な事になってるだろ」
「誰が変態よ。せっかく少年好みのコスチュームで来たのに」
「どこがだ。俺は清楚で知的で可愛いファッションが好きなんだ」
「嘘でしょ。拘束プレイ愛好家だって言ってたでしょ」
「アホか、あんなのミーナの冗談に決まってるだろ」
「まあいいわ、今ギルドに行ったらパニックになるわよ。少年、あなた昨日大暴れしたそうじゃない。冒険者たちが待ち構えているわよ」
「何でだ。仕返しでもしようっていうのか」
「違うわよ。パーティーの勧誘に決まってるじゃない。FランクなのにSランクの実力があるって噂で持ち切りなんだから」
「Fランクの俺なんか誘ってもEとFの依頼しか受けられないんだから意味ないだろ」
ちっちっち、と人差し指を左右に振ってファンミンが言った。
「分かってないわね、伸び悩んでるパーティーに少年が加入すればすぐにランクアップできるでしょ。ランクアップすれば格が付くのよ。護衛の報酬だって全然違ってくるんだから皆必死よ。今グラリガの冒険者たちで少年争奪戦が繰り広げられていると言っても過言じゃないわ」
「大袈裟だな、でも何でファンミンがここにいるんだよ」
「少年はミーナちゃんと待ち合わせしてるんでしょ。あんな所じゃ待ち合わせにならないからザキちゃんがミーナちゃんを私たちの家に連れて行ったの。それで私が少年を待ってたわけ」
「そういう事か、変態にしては上出来だな」
「だから変態じゃないってば、さあ行くわよ」
俺はファンミンに連れられ南東地区の住宅街へ向かった。途中、ファンミンは首の鎖を俺に持たせようとしたが断固拒否したのは言うまでもない。
南東地区の住宅街は北東地区の高級住宅地ほどではないが、それなりに大きめの家々が並んでいた。ファンミンとザキトワの家は前庭に厩があり、馬が3頭飼葉を食んでいた。
「立派な家だな。どっちかの実家なのか」
「違うわ。借家よ。私とザキちゃんの二人で住んでるの」
「こんな大きな家を借りられるなんて商人の事務職は高給取りなんだな」
俺たちが中に入るとミーナとザキトワはお茶を飲んでいた。ザキトワは昨日と同じコスチュームだ。
「サツキ、遅い」
「すまんな、変態に捕まっていたもんでな」
「あら、ファンったら本当に変態みたいなコスチュームね。いやだわ」
「マジか。ザキちゃんがこれにしろって決めたんじゃない。友達を売ったわね」
「サツキ君、よく来たわね。ファンから事情は聞いたかしら。そんな訳だから当分は冒険者ギルドには行かない方がいいわ」
「まあしばらくは依頼の仕事をする気は無いから構わない」
「あら、仕事をしないで何をするの。昨日の事があって冒険者は嫌になったのかしら」
「そうじゃないが秘密だ」
「詮索する気はないけれど、協力が必要なら言ってよね。私たちは同じパーティーの仲間なんだから」
「誰が同じパーティーだ。了承した覚えはないぞ」
「あら、ミーナちゃんからは条件付きでOKを貰ったわ。それに私たちとパーティーを組めば他の冒険者たちは諦めるでしょ。サツキ君は嫌かしら」
「別に嫌というわけじゃないが、ミーナの条件というのは何なんだ」
「それはサツキ君には内緒。ファン、こっちへ来て」
ファンミンはザキトワの横に行き何やら耳打ちされている。条件というのを聞かされているようだが、なんで俺にだけ内緒なのだろう。
「ちょっと、ザキちゃん。なんて約束しちゃってるのよ」
ファンミンが思わず声に出した。口を尖らせるファンミンにミーナが宣言した。
「約束を破ったら殺すから。サツキもちょん切るからね」
え、どうして俺の名が出るんだ。しかもちょん切るって、首を落とされるって事だろ。ミーナの顔がいつになく凄みを帯びていた。
「これで私たち3人の意志は固まったわ。あとはサツキ君がどうするか決めて」
「わかった。ミーナが良いなら俺に文句は無い。パーティーを組もう」
「では決まりね。私がリーダーを務めるわ。リーダーの命令は絶対よ。ファンも友達だからって例外は無し」
「どうしてザキトワがリーダーなんだ」
「あら、リーダーはメンバーの状態を常に把握する必要があるわ。サツキ君に女性3人の全てを把握できるかしら」
確かにそうだ。俺には無理だな。マサラの寝間着さえ買うのを忘れていたくらいなのだから。
「それもそうだな。ザキトワに任せよう」
「任されたわ。ではパーティー名を決めましょう。何かあるかしら、ミーナちゃんは」
「ねずみ団」
ハーイと手を挙げてファンミンが言った。
「えっちし隊、ぬがされ隊、はやくし隊」
「サツキ君は何かある」
「あれはどうだ。一人は皆のために皆は一人のために、ってやつ」
ミーナが何故かうっとりして言った。
「一人はミーナのために、ミーナは一人のために」
「いいけどちょっと長いわね。いいわ、とりあえず適当に登録するから、良いのがあったら変えましょう」
「アタシはそれでいい」
「私もそれでいいわ」
「了解した。それじゃ、俺たちは一旦別行動を取るがダンジョンに行く頃には合流する」
「サツキ君たちの宿はどこかしら。この家には部屋も余分にあるし移って来てもいいのよ」
「西地区の宿屋街だが、そうだな」
西地区の宿屋街にある白馬寮にはマサラの姿で出入りしている。サレイニー準男爵を相手にするなら顔を知られているマサラの姿には戻らない方がいい。それならいっそのことこの家を拠点にするか。問題はザキトワとファンミンの2人を巻き込んでしまう事だ。さすがにそこまではできないな。
「いや、やはりそこまで頼る訳にはいかない。また連絡するよ」
「ちょっと待って少年。いま聞き捨てならない事を言ったわね」
自分の首に繋いだ鎖をジャラジャラやっていたファンミンが真顔になって言った。
変態コスチュームで真顔になられても気持ち悪いだけだが本人は真剣だ。
「ん、なんの事だ」
「いま、頼る訳にはいかない、って言ったよね。私たちはこれからダンジョンや冒険で行動を共にするのよ。危険だらけの状況でお互いに助け合い頼り合うの。それを頼る訳にはいかないってどういう事よ」
変態の言う通りだ。何も言い返せなかった。俺はパーティーなんて一緒にワイワイやって楽しむだけの集まりだと思っていた。甘く見ていた。ダンジョンでの失敗は死を意味する。皆真剣なんだ。
「すまなかった、ファンミン、ザキトワ、ミーナも。俺が間違っていた。だがどうか分かって欲しい。俺たちがやろうとしている事に2人を巻き込みたくないんだ。これは俺とミーナの問題だからだ」
「それは違うよ。それを言うならアタシだけの問題だよ。サツキはアタシを助けてくれてるだけだもん」
「話してみなさい。これはリーダーの命令よ。もちろん秘密は女神様に誓って守るわ。ファンもいいわね」
「もちろん、私の口は堅いの。でも胸は柔らかいのよ」
「女神様に誓う、か。神様には誓わないのか」
「そう言って欲しいなら言うけど、私たちが誓うのは女神様よ」
そう聞いて安心した。神殿に誓うなんて言ったらパーティーは今すぐ解散していただろう。ミーナに目で尋ねると、ウンと頷いた。
「ミーナも俺も変装して名前を変えている。名前は言わない。知らなければうっかり呼んでしまったりしないからだ。ミーナは異端危険分子として神殿で晒され……」
俺は説明した。神殿で晒されていたと聞いた二人は首を傾げてミーナの首を見ていた。首輪が無い事を不思議に思っているのだ。ヤツが金を持ち逃げした事を聞くと口々に酷い酷いと言って怒っていた。俺が買った話になると、サツキってお金持ちだったんだと感心していた。
話し終わるとザキトワが予想通りの質問をした。
「いわゆる奴隷として売られていたなら純白の首輪をしているはずなんだけど、ミーナちゃんは首輪をしていないわ。あの首輪は、ごめんなさいね、死ぬまで取れないって聞いたのだけど」
「これの事だろ」
俺はそう言って収納から純白の首輪を出して見せるとザキトワが驚いて言った。
「え、どうやって外したの。無理やり外そうとしても締まるって聞いたわよ。壊れていたのかしら」
「ミーナ、俺を殴れ」
「嫌よ。サツキを殴るなんてできないよ」
ミーナが拒否すると首輪が締まり始めた。
「許す」
俺がそう言うと首輪は元に戻った。
「本物だわ」
「俺の収納を使って外した。ミーナの首から俺の収納に入れたというわけだ」
「サツキ君って本当に不思議よね。私の知っている収納魔法は人が身に着けている物は収納できないのよ」
「それよりミーナちゃん、お父さんの病気はどうなったの」
ファンミンが自分のネックベルトチョーカーについた鎖を俺に渡しながら言った。
「保護してくれる人がいて、そこにいるの。病気は治らないけど悪くならないように見てくれてる」
「そうだったのか、俺に出来ることは言ってくれよな」
俺は鎖をファンミンに返しながら言った。こいつは何がしたいんだ。
「ううん、サツキはもう十分してくれてるよ」
「そのサレイニー準男爵が犯人だっていうのは間違いないのね」
ザキトワがクロスブラの位置を直しながら訊いた。
「ああ、ミーナにはドーソンと名乗ったそうだが、ドーソンは去年亡くなった執事の名前だった。あの屋敷には使用人もいない。当主のサレイニー準男爵が一人で住んでいるらしい。だからミーナが見た男がサレイニー準男爵本人に間違いない」
「それで、サレイニーをどうするつもりなの。許せないけど横領とか詐欺とかその程度の犯罪よ。まさか殺したりしないわよね」
ザキトワがガーターベルトの位置を直しながら訊いた。着にくいなら着なければいいのに。
「それなんだがな、聞き込みをした話では、サレイニーが神殿の下請けの仕事をしているらしいんだ。ミーナの金を持ち逃げした犯人が神殿の仕事をしているって、明らかに怪しいだろ」
「ミーナちゃんはお金を持ち逃げされた時に神殿にそう言ったんでしょ」
「うん、ドーソンに取られたっていったよ。そのドーソンだってマードの紹介だったんだから」
「ちょっと待て。マードって、ポマードべったりの司祭の第一助手か」
「そうだよ。だから怒って司祭をぶん殴ってやったんだよ」
ミーナちゃんやるわねえ、と言いながらファンミンはハイレグを引き上げて更にハイレグにした。だからお前は何がしたいんだ。
「その結果ミーナは逮捕されて金貨15枚で売られた。サレイニーは持ち逃げした金貨5枚を得た。本当なら父親が滞納した金貨5枚弱をミーナが払って終わっていた話が、マードとサレイニーが出てきたことで金貨20枚が動くことになったんだ。この二人が仕組んでミーナを嵌めたとは考えられないだろうか」
「でも証拠が何一つ無いわ」
「俺に考えがある。変態、じゃなかったファンミンの協力が必要だ。サレイニーは借金で苦しんでいる。そこへミーナのように金になりそうな女が寄ってきたら、また同じことを仕組むんじゃないかな。一度成功したら次も楽勝だと思うのが人情だろ」
「なるほど、サツキ君。囮捜査ってことね」
「私が囮になってサレイニーに近付けばいいのね。任せなさい。そいつは当然イケメンよね」
ファンミンがわくわく顔で訊いた。
「サレイニーなら40代半ばの神経質そうな肥満体だったぞ」
「無理。囮をするにもロマンは必要なのよ、少年」
「いや囮には俺がなる」
「無理よ、男の奴隷なんて高く売れないでしょ」
三人が声を揃えて否定した。
「大丈夫だ。そのためにファンミンの協力が必要なんだ」
俺たち4人はその日遅くまで計画を話し合った。