第5話 アルル村
しばらく歩くと目指す村が見えてきた。
50mほど手前で止まって木の陰に隠れて様子を窺う。行ってみたらゴブリンの村だったなんていうオチだったら死ぬし、盗賊の村でしたなんていうオチでも死ぬ。こんな開けた場所にあるのだから可能性は低いが念のためだ。
道の右側に質素な門があり周囲は高さ1mほどの木の柵で囲われている。門の板扉は開いており、男がひとり暇そうに立っている。門番だろうか。皮の靴に布のズボンを履き、布の服の上に革の胸当てを着けている。腰には剣を帯び、手には身長ほどの棒を持っている。
そして顔は・・・人間だった。ほっとする。
革の胸当てと剣か。なんとなくだが文明のレベルが判ってきた。銃は無い世界なのだろう。もちろん自動車なんて無いだろう。
さて【鑑定】しよう。
名前:ガランジ 年齢:36 性別:男 種族:人族 職業:農夫
罪科:‐
称号:五穀豊穣
武装しているが職業は農夫だった。称号も【鑑定】してみた。
五穀豊穣: 農業に勤しむ者へ贈られる称号。生産量増加効果
称号は健全な内容だ。柵の向こうには遊んでいる子供も見えるし大丈夫だろう。
道を歩いて近づいていく。
俺に気づいたガランジは特に訝る風でも無い。
スキルの【語学】をどう使うのか分からないので普通に話す。
「こんにちは」
「おう、見かけないツラだな。ここは初めてか」
何の問題も無く通じた。
「はい、はじめてです。豪太です。宜しくお願いします」
「ゴータか、丁寧なヤツだな。俺はガランジだ。よろしくな。税金は銅貨5枚だ。一度払えば一か月間出入り自由だ」
「入るのに税金がかかるんですか」
「ああ、村の住人と兵士、貴族、神官は免税だ。お偉いさんは来やしねえがな」
「すみません。遠くから来たばかりでお金が無いのですが」
「どこから来たんだ」
「北の方からです」
「北というとノルドラードの辺りか」
「ノルドラードは知りませんがずっと遠くなんです」
「そうか、まぁいいだろう。入っていいぞ」
「え、お金が無いのにいいんですか」
「ああ、無いもんはしょうがねえだろう。金ができたら払ってくれればいい。この管理盤に手を触れてくれ」
「これは?」
「罪科の有無が判るんだ。犯罪者は盤面が赤くなる。入村の記録にもなる。初めて触れた奴は青くなる。二度目以降は色が変わらないが、ひと月するとまた青くなる。要は青くなったら税金というわけだな」
「赤くなったらどうするんですか」
「お縄にする」
「ですよね。 はじめて来た泥棒は赤と青のどちらになるんですか」
「そりゃ赤だろう」
「ですよね」
管理盤に手を載せると青くなった。
「よし、入っていいぞ」
「薬草を買い取ってくれるところはありますか」
「あぁ、ここをまっすぐ行った樽が置いてある店だ。道具屋だが買取屋も兼ねている」
「ありがとうございます」
礼を言って村の中に入る。
門の横は開閉できる柵になっていて地面には轍があった。意外と広い道の両側には木造の平屋がまばらに建っている。ハトが鳴くような声が風に乗って聞こえてきた。見ればその家だけ屋上に鳥小屋があるようだった。
少し歩くと通りの左側にベンチが置かれ、老人が座って居眠りをしていた。その隣には横木のある店がある。西部劇に出てくる酒場のような造りだ。横木に繋がれた馬が桶に首を突っ込んで草を食んでいた。そうした家々の裏にはもう家屋は無いようで、納屋のような小屋ばかりだ。道の突き当りには周囲と同じ柵があり、その向こうには何かの作物が整然と植えられているのが見えた。他に門は無く、村の入口は一か所だけだ。門から奥までは100mくらいだろうか。大きな村ではないようだ。
俺は樽が置かれた店のドアをノックして入る。店内には太さの違うロープ類や麻袋、農具や蒔束などが床に直接置いてある。思いのほか店内が明るい。見れば天井からランタンが吊るされていた。ランタンの中に火は無いのに光っている。電球とは違う光り方だ。
店の奥にはカウンターがあって、その向こうに50代くらいの店主がいた。
「こんにちは。こちらで薬草を買い取ってくれると聞いたのですが」
一瞬ギョッとした店主はすぐに表情を戻して返事をする。
「はいはい、買取しますよ。何をお持ちですかな」
「これなんですが」と言ってリュックからカムイ草を出す。
「カムイ草ですね。一株につき銅貨5枚です。カムイ草はこの辺りでは採取量が多いので買取価格も安くなっています。町まで持って行った方が高くなりますよ」
正直に教えてくれた。信頼できそうである。
「では10株だけお願いします。あと美肌草もあるんですが」
「どれどれ。拝見しましょう」 真顔で見て、あぁ残念と呟いたのが聞こえた。
「どうかしましたか」
「いえいえ、何でもありません。美肌草は1株につき銅貨50枚です。 美肌草は採取量が少ないのでどこでも相場は同じようなものです」
「では10株お願いします」
「はい、ありがとうございます。全部で銀貨5枚と銅貨50枚です」
「ありがとうございます。ところでどこか泊まれる所はありますか」
「ええ、この真向いが宿屋ですよ。ベンチが目印です」
硬貨をリュックに入れ、礼を言って店を出る。タダで採った草がお金になった。でも何故ギョッとしたのだろう。
早速、門番のところへ支払いに行くと。早いなあといって喜んでくれた。すぐに戻ろうとすると止められた。
「その服はなんとかした方がいいぞ」
そう言われて思い出した。あの時に田圃で泥だらけになったのだった。オフホワイトの綿シャツは薄茶色になっているしジーンズは泥が乾いて気味悪い斑模様だ。それで道具屋の店主はギョッとしたのか。よく追い返されなかったな。
「どこか川でもあれば洗ってきます」
「生活魔法は使えないのか」
「ええ、魔法は全く」
「よし、俺に任せろ。サービスだ」
短く何か呟いてさっと指を振る。すると汚れがふわっと蒸発するように消えてきれいになった。更に驚いたことに体の汚れまで落ちたのだ。
「すごい。どうやったんですか」
キラキラした目で問う俺に唖然としてガランジが言った。
「どうもこうも生活魔法だろ。俺は初級しか使えねーがな」
ありがとうございます。とお辞儀をして別れた。お辞儀の風習があるのかは知らないが感謝の意は伝わっただろう。初めて見た魔法。凄いの一言だ。俺も使えるようになりたい。
宿屋に着くとベンチで寝ていた老人はもういなかった。
俺は両開きのドアを開けて中に入った。