第48話 勧誘
ザキトワが言った。
「私たちとパーティーを組まない。もちろん今すぐじゃなくてもいいわ。ダンジョンに入るなら人数は多い方がいいと思うの」
「俺たちを信用していいのか、ナルガイロスさんは気をつけろって言っていただろ」
「サツキ君はエッチなだけで悪い人ではないわ。目を見れば分かるもの。それに収納魔法が使える賊なんて聞いたことがないもの。犯罪に手を染めなくても沢山稼げるでしょ」
「それじゃあ目的は何なんだ。俺たちは強くないぞ。足手まといになるかもしれない」
「お風呂よ。ダンジョンでお風呂に入らせてくれれば元気倍増、いくらでも頑張れるわ。お金では手に入らないアドバンテージになる」
「考えておこう」
「期待しているわ。これが私たちの家よ」
俺は住所の書かれたメモを受け取った。
「これから冒険者ギルドで報酬を貰うのか」
「そうね、ベリーラット5匹討伐の依頼を4回転するわ」
「それなら今日は1回だけにしたほうがいいぞ。同じ日に同じ依頼を何回転させてもランクアップポイントは最初の1回分しか加算されないんだ」
「え、そうなの。昨日もベリーラットと薬草2種類で3回転させたのに」
「ああ間違いない、確かな情報だ。獲物は2日間くらいなら保つだろう」
「やっぱりサツキ君は私たちのラッキーボーイね。益々欲しくなったわ」
西門から入った俺達は東西目抜き通りの中程で女性コンビと別れて宿屋・白馬寮へ戻った。
ファンミンとザキトワは中央交差点を南に曲がって冒険者ギルドへ向かった。
「ザキったらあの少年にご執心ね」
「そんなんじゃないわ。本当にお風呂に入りたいだけよ。それにあんな危険のない場所で結界を使うなんてお金に困ってない証拠でしょ。私よりファンこそ狙ってるんじゃないの。いくら欲求不満だからってミーナちゃんから奪っちゃダメよ」
「奪う気なんて無いわよ。ただ少年を貸して欲しいだけ。拘束プレイにも興味あるわ」
冒険者ギルドはいつもと違う雰囲気で満ちていた。普段なら冒険者たちは依頼掲示板を見ているか食堂で話をしているかなのだが、今日に限っては何かを待っているようで、入ってくる冒険者をいちいち確認しているのだ。
ファンミンとザキトワが入っていくと、何だ女同士かと明らかに残念そうなのだ。今朝、新しいコスチュームで来た時には温かくもいやらしい視線で迎えてくれたというのに。
濃茶の革鎧を来た冒険者が寄ってきて尋ねた。
「なあ、お前らたしかビギナーのFランクだよな」
「そうよ、それがどうしたっていうのよ」
「同じFランク冒険者のサツキとミーナを見なかったか」
「その二人ならさっきまで一緒だったわ」
そう言うと冒険者は掴みかからんばかりに興奮し、だが声を抑えて訊いてきた。
「本当か、そいつらは何処へ行ったんだ」
「知らないけど帰ったんでしょ、彼らがどうかしたの」
「いや何でもない、すまんな」
そう言うとここにいる意味は無くなったというように出て行った。
「何かしらね、あの二人お尋ね者にでもなったのかしら」
「そんな感じじゃなかったけど。その辺の男に訊いてみようよ」
二人は報酬カウンダーで依頼の報酬を受け取ってから依頼掲示板を見ている男に話し掛けた。
「ねえ、ちょっといいかしら。あの人たちは何をやっているか知ってる」
「ああ、あれか。もう何時間もずっとああやって待ってるんだぜ。まったく暇な奴等だ」
「待ってるって、誰を待ってるの」
「なんて言ったか名前は忘れちまったが俺は一部始終を見てたからな。だが腹が減って声がでねえんだ」
「あら何か面白そうな話ね。食堂でじっくり聞かせてよ」
「そうか、何だか催促したみてえで悪いな」
3人は奥の食堂へ移動し、男に銀貨1枚の定食とビールを注文してやり話を聞いた。
「喉が潤ったら名前も思い出したぜ。サツキとミーナっていう男女ペアだったな。そいつらがここで食事をしていると緑縁隊3番隊リーダーの牛殺しのドーミーが酒に酔って女に絡んだんだ」
「牛殺しって何よ」
「そりゃおめえミノタウロスを一撃で倒すからに決まってるだろ。それで女を庇ってサツキが牛殺しの前に出たんだよ。俺は思ったね、ひょろひょろのくせに根性があるなってな。
ところがそのサツキはパンチの一発も出せないで牛殺しのフックをもらっちまったんだ。そんですっ飛ばされて伸びちまったんだよ。俺は思ったね、こりゃただのバカだってな」
「なによそれ、それでなんで皆してそのバカを待ってるのよ」
「気が短けえねーちゃんだな。話はここからだぜ。おっと、ビールが無くなった」
「すいませーん、ここビール追加で。ねえねえ焦らさないで早く話しなさいよ」
「おお、すまねえな。そのサツキが殴られたのを見たミーナだったかが、すげー勢いで牛殺しに突っ込んでいったんだよ。俺は思ったね、こりゃアベックでボコボコにされたなってな。
ところがミーナは牛殺しの左フックをスウェーバックして避けて右のストレートを屈んで躱したかと思ったら立ち上がりざまに左のハイキックを牛殺しの後頭部に決めちまったんだ。
ふらつく牛殺しにとどめの右キックを繰り出そうとしたら落ちてたバナナの皮で滑って転んじまった」
「なにそれ。バナナの皮には笑っちゃうけど、ミーナってそんなに強いの」
「強いなんてもんじゃねえよ。あそこで転ばなければ牛殺しは殺されていたかもしれねえ。そんで気が付いたサツキがミーナを殺しやがってとか言ってだな」
「ちょっとちょっと、何でミーナが殺されたのよ。転んだだけでしょ」
「ああ、だからミーナの転んだ所にケチャップが落ちてたんだよ。それが頭にベッタリ付いたんだ。そんなんで倒れてりゃ死んじまったって思うだろ。
それで勘違いしたサツキが牛殺しに剣を向けてこう言ったんだ。あれ、どう言ったんだっけな。まあとにかく俺の女の敵討ちだ、みたいな感じだ。俺は思ったね、この二人の愛情はいいなあってな。俺が最後に愛した女はよう、俺がダンジョンに」
「いいから、あんたの恋愛の思い出は大切に仕舞っておきなさい、それでそれで」
「ああ、そうだな。俺だけの大事な思い出だ。人になんか話すもんかよ。
それでだな、サツキと牛殺しの決闘になったんだよ。この場所でだぜ、100人くらいいたんじゃねえかな。でもみんな確信してたぜ。あの兄ちゃんは一瞬で殺されるってな。だってそうだろ、パンチ一発ですっ飛ばされたんだぜ。剣を持ったからってそんな急に強くなるもんかよ。
牛殺しもそんな弱い者いじめみたいな事は嫌だったみてえで最初は躊躇してたが侮辱されりゃ引けねえだろ、そんで剣を抜いて構えたんだよ。あ、ビー」
「はいここ、ビール追加ね。で」
「気が利くねーちゃんだな。俺の嫁にならないか、そうか、ならないか。それでだ、牛殺しが剣を構えた瞬間、サツキが牛殺しの脇にとんで行って剣を振り下ろしたんだ。
あんなスピードは見たことがねえ。全員が確信したぜ、牛殺しの首が落とされたってな。そしたらエルネスがその剣を弾いたんだ」
「エルネスって」
「ああ、南から来た凄腕の冒険者でな緑縁隊っていうパーティー集団を作ったんだ。来る者拒まずっていう感じでな、えらくでかい組織になったんだぜ。
え、俺は入らないのかって。俺もそれは考えたんだがよう、あれだけ大きな組織になると色んな奴がいるからな。目つきの怪しいのも増えてきて変な噂もあるんだぜ。だが隊長のエルネスの評判はいいし男前だ。おめえらも見た事あるんじゃねえのか。長身で銀色の長髪だ」
「知らないわね。イケメンには興味ないな。アイツ等すぐに浮気するからね」
「そうだろ、俺くらいが丁度いいんだぜ。どうだいボインのねーちゃん」
「ファンも邪魔しないで。それでどうなったのよ」
「ああ、それでそのエルネスが邪魔をしたんで牛殺しは助かったんだ。サツキは速さだけじゃねえ、剣技もとてつもないぜ。首、喉、心臓、どれも正確に急所を狙ってたからな、エルネスがいなけりゃ牛殺しは何回死んだか分からねえ。終いにゃ腰を抜かしてへたり込んじまったんだぜ。あの威勢のいい牛殺しがな」
「そのエルネスに全部防がれたのならサツキの腕がその程度っていうことでしょ。強くないでしょ」
「はあー、素人はこれだから呆れるぜ。エルネスはSランクの冒険者だ。噂じゃ剣術はレベルMAXらしいぜ」
「それで、サツキが強いとして、どうして皆で彼を待ってるのよ」
「はあー、素人はこれだから呆れるぜ。そんなの勧誘に決まってるだろ。Sランク冒険者の実力を持つFランク冒険者だ。そんな金の卵を放っておく手があるかってんだ」
二人は全てを聞き出すと食堂を出た。男はまだ飲みたそうにしていたが諦めて食べ始めた。
「すごい情報ね。あの二人は絶対に仲間にするわ。居場所を聞いておけばよかった」
「でもザキ、皆が狙ってるんでしょ。私たちに勝ち目はないよ」
「逆よ。皆が狙ってるのにあの二人は二人だけで行動しているのよ。という事は他の人とパーティーを組むつもりは無いってことでしょ」
「じゃあ私たちも無理だよ」
「でもさっきは結界を解除してくれたし、お風呂にも入れてくれたよ。嫌いならそんな事してくれないでしょ」
「そういえばそうね。帰りも馬に乗らずにわざわざ歩いて私たちに合わせてくれたし、私たちの裸を見せてあげたってのもポイント高いはずね」
「ファンたら、それはむしろマイナスよ。ミーナちゃんに嫌われちゃうでしょ。サツキ君が優先するのはミーナちゃんなんだから、彼女に嫌われたら絶対にダメ。だから色仕掛けは使えないわ」
「それは残念だな。私の体に溺れさせれば逃げられなくなるのに」
「よく言うわ、どんだけ逃げられてきたのよ」
「ザキったらたまにグサっと痛い所を突いてくるよね」
「ミーナちゃんとはすぐに友達になれそうよ。あの子って素直ですっごくいい子だもん」
「そうね。私も好きだな。それで少年の方はどうするの」
「彼の好きなものって何かしら」
「エッチなコスチュームと拘束プレイね。それに自分も露出ファッションが好きみたい」
「それだわ。明日早速買いに行きましょう。あの二人が仲間になってくれれば私たちも実家に帰って来いなんて言われなくなるわ」
ファンミンとザキトワは作戦を練りながら暗くなり始めた道を南東地区の住宅街に帰って行った。