第47話 ザキとファン
露天風呂の周りに結界を張って居眠りをしていた俺は人の声が聞こえた気がして目が覚めた。
目を開ければ横にミーナの寝顔があった。黒革のチューブトップブラが日の光を浴びて反射している。スカートはまだ着けていないようで白いローライズビキニショーツが腰に食い込んでいるのが見えた。少し太ったのかな。晒されていた時は痩せすぎだったから今くらいが丁度いい。
声の主はミーナではないようだ、それなら誰の声だろう。体を起こして見ると結界の膜の向こう側で手を振る二人の女性がいた。
「あ、気が付いた」
「おーい、少年」
冒険者ギルドの初回講習で一緒だったザキトワとファンミンだ。
服装を見てビックリした。あの時は胴鎧だったのが今日は二人ともビキニアーマーだ。
ファンミンの服装は上は青いハーフカップブラ、下は同色のハイレグ、足元は迷彩柄のショートブーツだ。ザキトワは赤いクロスブラのビキニアーマーに同色のパンプスで黒の網タイツにガーターベルトを付けて履いていた。なんていうか、この人たちは冒険者なんだろうが違う意味で冒険をしている気がする。
二人ともただの水着にしか見えないのだが、御力は付加されているのだろうか。一応【鑑定】してみた。
ファンミンは
魔法ビキニ: 自動サイズアップ魔法が掛けられた上下セット魔法ビキニ
迷彩魔法ブーツ: 周囲に合わせて色彩模様を変化させる迷彩魔法ブーツ
防御力の付加は無かった。胸を大きく見せるビキニなんて魔物との戦闘で役に立たないだろうに。迷彩ブーツは便利そうだがブーツだけ隠す意味があるのだろうか。
この分だとザキトワも期待できそうにないが【鑑定】しておく。
ビキニアーマー: メタルワームの糸を使ったビキニアーマー。 防御力:D
革のパンプス: アーマーシープの皮でできたパンプス。 防御力:E
網タイツ: メタルワームの糸を使用した網タイツ。防御力:D
防御力の付加があった。色々な装備があるものだ。勉強になる。
さて寝よう。俺は再び横になり目を瞑った。
「こらー、なに寝てんのよ」
「ひどいぞ、少年。私たちの体を見るだけ見といて無視はないでしょ」
まいったな、ワイン樽とか簀の子とか、説明に困る物があるから話したくないのだが。
「なあに、外が騒がしいね。せっかくノンビリしてたのに」
ミーナが体を起こして背伸びしながら言った。
あれから何時間たったのだろう。結界を【鑑定】確認すると残り時間は35分だった。2時間くらいは眠っていたようだ。
「あと35分で結界が切れるしもういいだろう。解除するぞ」
「仕方ないね。パフェご馳走してもらったし」
「ところで解除ってどうやるんだっけ」
「作動させた人が結界の解除を念じればいいんだよ」
「作動させた人しか解除できないのか」
「そんなことないよ、中にいる人が結界の素を踏んでもいいし、結界の膜を剣で斬ってもいいの」
「どんな感じか試しに踏んでみるな」
俺は立ち上がって中央に行き直径5cmほどの円筒形をした結界の素を踏んだ。想像していたのと違って踏み応えが無く、メレンゲでも踏み潰すかのように簡単に潰れてしまった。潰れると同時に結界の膜が一瞬で消え去った。
「いやあ少年少女、二人でお楽しみの所を邪魔しちゃったかな」
ファンミンがニヤニヤしながら入って来た。
「分かってるなら邪魔しないでよね」
ミーナが頬を膨らませで言ったが顔は笑っている。
「草原でネズミ狩りをしてたら丘の上に結界が見えたからね。来てみたのさ。それでこんな所で何してたの。ザキ姐さんに言ってごらん」
ザキトワがワイン樽を見ながら訊いてきた。
「お風呂に入ってたんだよ」
「え、こんな所で風呂って、冗談よね」
ザキトワはワイン樽の中に手を入れてみた。ファンミンも寄って来て同じように手を入れた。
「なんだ、ただの水だよ。こういうのは水風呂っていうんだよ」
「もう冷めちゃたんだよ、冷める前は熱くてすっごく気持ちよかったんだから」
嘘だと言われたようで気分を悪くしたのだろう。ミーナが口を尖らせて言った。
「はいはい、そういう事にしとくよ。でも風邪ひかないでね。水は冷たいからね」
「もう、本当に本当なんだってば。サツキ、お湯出して」
待て待て、落ち着けミーナ。これってアホな子が操られるパターンだぞ。二人ともしたり顔だぞ。
そんな事とも知らずにミーナは潤んだ瞳で俺に懇願する。
「お願い、サツキ」
この子の頑張りは俺が一番よく知っている、そんなミーナの願いを断るなんてできるわけがない。俺は一瞬のうちにワイン樽の水を収納に入れ、収納からお湯をワイン樽に出した。
ワイン樽から立ちのぼる湯気に気付いたファンミンとザキトワが手を入れて目を丸くした。
「これでいいかい、ミーナ」
「ありがとう、アタシのサツキ」
「少年少女、盛り上がってる所を悪いんだけど、入らせてもらっていいかな。へへへ」
「ああいいよ。でもこの1回分だけだからな」
「それじゃ、私が」
そう言ってファンミンが背中に手を回してブラジャーのホックを外していると、ザキトワが割り込んだ。
「何言ってんのよ、ファン。年上の私が入るに決まってるでしょ」
ザキトワは言い終わる前に素早くホックを外して肩ひもから腕を抜いている。ザキ姐さんの小ぶりな横乳が見えた。
「ダメよ。年下を可愛がってこその年上でしょ」
ホック外しに成功したファンミンが青いハーフカップブラを脱ぎ捨て、サイズアップ魔法が無くても素敵な大きさのバストだと証明してみせた。更にハイレグショーツに手を掛けると一気に下げた。全裸に迷彩柄のショートブーツという変態女の出来上がりだったがワイン樽が邪魔してよく見えない。
「ファン、ちょっと待ちなさい。ずるいわよ」
そう言うザキ姉さんはガーターベルトの4つある留め具を外すのに手間取り、やっと片方の網タイツを脱いだのはファンミンが湯に浸かってしまった後だった。パンツと片足だけ網タイツのザキトワが悔しさのあまり崩れ落ちた。白い背中にブラの跡がついていた。
ワイン樽の上部は直径70cmしかない。二人一緒には入れない。
「交代で入ればいいだろ」
「ていうか、少年に全部見られちゃったんじゃない」
突然始まった早脱ぎ競争を呆気に取られて見ていた俺は、そう言われて初めて後ろを向いた。同じように呆気に取られていたミーナも何故か俺の横に来て後を向いた。
十分に楽しんだファンミンが風呂から出るのと交代にザキトワが湯に入った。おそらく冷めているだろう。俺は密かに差し湯をしてやった。突然熱さを取り戻した湯に驚いたザキトワが俺に言った。
「それにしてもサツキ君、このワイン樽とか簀の子とかどうやって運んだの。馬車が無いと無理でしょ」
「もちろん秘密ってことで」
「そうか、光属性と闇属性の二つも持ってるのね。さすがだわ。ペラペラ喋らないから安心しなさい」
勝手に想像して勝手に結論に至ったようだ。勝手にそう思わせておけばいい。
風呂からあがり服を着た女性コンビが髪をタオルで拭きながら俺たちの横に来た。手にしているタオルは俺のだった。図々しい二人だ。
「いい湯だったわ。ありがとう。ミーナちゃんは優しい彼氏を持って幸せね」
邪魔されたミーナへのフォローも忘れないところが抜け目ないザキ姐さんだ。
ファンミンはミーナの手と足を見ている。しまった、ブーツもニーハイソックスもリストバンドもしていない。神殿で縛られたロープの痕をしっかりと見られてしまった。
「それって、ひょっとして、ロープの痕よね」
「……」
ミーナも俺も言い訳が思いつかない。
「そうなのね。二人ともまだ若いのに、そんな風にしてるんだね」
「え」
「へ」
ミーナも俺も、何の事か分からず間の抜けた声を上げた。
「いいなあ、私も拘束プレイしてみたいな」
そういう事か。ミーナも俺も顔を赤くしてしまった。
「いいのよ。恥ずかしがらなくても。嗜好は人それぞれだからさ」
気を遣ってそう言うザキトワの顔も少し赤かった。
ダメだ、話を逸らさないと。
「二人ともどうするんだ。俺たちはもうグラリガに戻るぞ」
「私たちも依頼は完了よ。一緒に戻りましょう」
そう言いながら女性コンビは丘を下って行った。
俺はお湯を捨ててワイン樽などのお風呂セットを収納した。
ミーナはニーハイソックスとブーツを履いてリストバンドを着けた。今更だが他の人には見られない方がいい。色々な意味で。
ミーナが馬を引き、俺がミーナの手を引き丘を降りた。下には黒鹿毛と芦毛の馬が繋いであった。ファンミンとザキトワの馬だ。馬の背にはベリーラットがそれぞれ10匹は積んであった。これほど狩れるとは、この二人、単なる好色女子というだけではないようだ。
「大猟だな。二人とも凄腕なんだな」
「ふふーん、お姉さん達だってやる時はやるのよ。さあ帰りましょう」
女性コンビは獲物を積み過ぎて乗れないので歩くようだ。
俺たちもそれに合わせて歩くことにした。
「ねえ、サツキ君とミーナちゃん。あなたたちはノースフォートダンジョンには行くの」
「まだ決めてないな。ミーナと話し合って決める」
「アタシはサツキが行くところには何処だって一緒に行くよ」
「そう。私たちはランクを上げて行ってみるつもりよ」
話の途中、ザキトワが急に立ち止まって言った。
「ファン、いたわ。20m先の茂みの左」
「オッケー、少年少女は静かにしていてね」
ファンミンが応え。馬のサイドバッグから迷彩柄のコートを取り出して着込んだ。フードも被り全身迷彩柄になったところで呟いた。
「カモフラージュ」
ファンミンが消えた。
よくよく見ればファンミンのいた場所の背景がわずかに滲んだようにも見える。迷彩柄のコートは迷彩魔法ブーツと同じで周囲に合わせて色彩模様を変化させる魔法アイテムなのだろう。背景に溶け込んで何処にいるのか全く分からなくなってしまった。
しばらくその場で待っていると20mほど先で、ギーという魔物の断末魔が聞こえ、ファンミンが左手にベリーラットを提げて戻って来た。歩いて移動したのだろうが草を踏む音もしなかったし、草が沈むのも見えなかった。そうやってあの大量の獲物を狩ったのか。
ザキトワもここから20m先のベリーラットの位置を正確に掴んでいた。俺には気配すら分からなかったのにだ。二人にとってこうした能力は秘密のはずだが俺たちにわざわざ見せてくれたようだ。お風呂のお礼というより、お風呂やお湯を出す能力を見せた事へのお礼なのだろう。
「さっきの話の続きなのだけれど」
ザキトワが言った。
「私たちとパーティーを組まない」