第45話 決闘
牛殺しのドーミーが立ち上がって向かってきた。
俺はミーナに目で合図して【蹴術】スキルを借りる事を知らせた。蹴り技の精度と威力を増幅するスキルでミーナはレベル3だ。【脚力】スキルも持っているが同時に使えば威力が倍増して相手の頭を飛ばしてしまう。今回は酔っ払いが相手だ。手加減してやろう。
俺はドーミーとミーナの間に体を入れると同時にミーナから【蹴術】を【レンタル】してドーミーの腹にミドルキックを入れ……られなかった。【レンタル】が発動しなかったのだ。
ボコーン
何もできない俺の顔面にドーミーのパンチが炸裂した。
数メートル飛ばされた俺はミーナに近寄るドーミーの影を見つつ意識を失った。
頭がガンガンする。
腰も痛い。殴り飛ばされた時に打ったのかな。
HP104/109
常時表示しているHPが減っている。あの野郎本気で殴りやがった。
なぜミーナのスキルを【レンタル】できなかったのだろう。気になるがそれは後だ。
ミーナは大丈夫だろうか。
ん、俺の頭は誰かの膝の上に乗っているようだ。そうか、ミーナだな。嬉しいことをしてくれる。俺は腿を撫でながら上を見たが巨大な胸が邪魔をして顔が見えなかった。ミーナの胸ではないし衣装も違う。黒ではなくグリーンのビキニアーマーだった。
誰だ。両方の胸を掴んで広げるとその間からやっと顔を見ることができた。白い肌に青い目、見事なブロンドはショートミディだ。赤いルージュの小さな口を開けて恍惚の表情で俺を見下ろしていた。
「な、なにをするのですか。わたくしの胸を乱暴に扱わないでください。腿を撫でないでください」
「お前は誰だ。ミーナはどこだ」
「わたくしはカトリーヌ、あなたのお仲間でしたらあちらに」
そうか、さっきドーミーを止めていた女性メンバーだ。カトリーヌが示す方を見るとミーナが床に倒れていた。頭からは大量のドロドロした血を流している。傍らには緑のとんがり帽子を被った魔法使いの少女が跪いて何やら呟いていた。
俺の大切な人を……殺しやがった。
あのクソはどこだ。
いた。椅子に座って頭を抱えていやがる。奴の前には背の高い銀髪ロン毛の男がいて叱っているようだ。上から下まで全身緑一色の装備を着用しているところを見るとアイツがこの緑集団のリーダーなのだろうが、いまさら叱っても遅い。仇は俺が討つ。
俺はジュドーさんから【俊足 レベルMAX】と【剣術 レベルMAX】を【レンタル】した。今度はちゃんと【レンタル】できた。
俺は立ち上がると牛殺しドーミーを睨みそして怒鳴った。
「おい、そこのゴミ。よくも俺の女を殺しやがったな。お前のようなゴミは俺が処理してやる」
俺は腰のカットラスを抜いた。
周りの冒険者たちから悲鳴が上がった。
「あいつ抜きやがった」
「殺されるぞ」
「おい落ち着け、冷静になれ」
仲裁しようとする奴もいたが余計なお世話だ。
騒ぎを聞いて駆け付けたギルド職員たちも大声で止めようとしている。
ナルガイロスさんも来て俺に怒鳴っている。
「サツキ、やめろ。俺がそいつをぶん殴ってやるから、剣を収めろ」
「ダメだ。死には死をもって償わせる。おいゴミ、早く抜け。それとも女にしか勝てないのか。腰抜けめ」
ドーミーが頭を振って立ち上がった。
「お前なに言ってんだ」
ドーミーが焦った声で言ったが俺の本気の目を見て身幅の広い直刀を抜いた。
ドーミーの前にいた銀髪ロン毛は仕方ないといった顔をして脇に移動しながらドーミーに言った。
「殺すんじゃないぞ」
「わかってるよ。オラ、相手してやるから来い」
面倒だという顔で俺を見て直刀を正眼に構えた。
お前は一瞬で死ぬ。切り落とした首を掲げて自分のしたことを見せてやる。
俺は体を沈めると【俊足】を使い一瞬で間合いに入り込み、右上段から奴の首を狙って打ち下ろした。カットラスの刃が首に入る寸前、横から伸びたレイピアが刃の軌道を逸らせた。
銀髪ロン毛が介入したのだ。
「邪魔だ」
俺は【俊足】で銀髪ロン毛に突進して肩で体当たりしてそのままの勢いでドーミーの首にカットラスの切っ先を突き入れた。まさに刺さろうとするその瞬間に銀髪ロン毛の足が伸びてカットラスを蹴った。俺は蹴られた勢いで外に回る剣を片足を軸にして体ごと回転させてドーミーの喉を横薙ぎに斬りに行く。銀髪ロン毛は横薙ぎに来るカットラスの腹をレイピアの鍔で押し上げて逸らせた。俺は一旦間合いを開けると見せかけて銀髪ロン毛と逆の位置に【俊足】移動してドーミーの革鎧の隙となる脇からカットラスを心臓に突き込んだ。剣先は奴の脇を裂いたが刺さることなく背中に流れた。銀髪ロン毛がドーミーの胸前から回し蹴りの爪先をカットラスに当てたのだ。
周りの冒険者もギルド職員も静まり返って声も無い。
俺と銀髪ロン毛に挟まれたドーミーは真っ青な顔をして腰砕けに座り込んでしまった。
俺は間合いを開けた。
その時、カトリーヌが横からとんできて俺に抱きついた。
たわわな胸が俺とカトリーヌに挟まれて行き場を失って弾んでいる。
「やめてください。あなたのミーナさんはご無事です。ただ気を失っているだけです」
「頭からあんなに血を流して、何が気を失ているだ。そこをどけ」
「血ではありません。あれはケチャップです。バナナで滑って倒れた所にケチャップが落ちていたのです」
「え、バナナ、ケチャップ」
周囲の冒険者を見れば頭を縦に振ってウンウンと頷いている。
「死んでないの」
全員がウンウンしている。
「ミーナさんはドーミーさんを蹴った後、もう一度蹴ろうとしてバナナで滑ったのです」
その時、ウーンと言ってミーナが起き上がった。
頭に付いていた赤いドロドロは綺麗サッパリ無くなっていた。緑の魔法使い少女はクリーンを掛けていたのか。
とんだ勘違いだった。
全員が俺を見ている。
こんな騒動を収める術など高校一年生の俺は持ち合わせていない。開き直ろう。
俺は全員に向かって大きな声で言った。
「ゴミを床に捨てるな。ぶっ殺すぞ」
全員が慌てて床のゴミを拾い始めた。