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異世界レンタル放浪記  作者: 黒野犬千代
第四章 冒険者入門
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第43話 ラットナイト

 気持ちの良い睡眠の翌朝は気持ちの良い目覚めだ。窓からは穏やかな陽が差し込み、小鳥のさえずりも聞こえてくる。背伸びをして隣のベッドを見ると、ん、空だった。トイレにでも行ったのかと起き上がるとマサラが床で横になっていた。スヤスヤと寝息を立てて、全裸で。

 落ちた布団を抱き枕のようにしているので、かろうじてバストトップもアンダーヘアも見えないが、少しでも動けば露になってしまいそうだ。

 急いで視線を逸らせた俺に悪魔の声が囁いた。


 「なんで目を逸らすんだ。チャンスだぞ、あの邪魔な布団をなんとかしろ。無防備な今なら隅から隅まで思う存分に見ることができるぞ。色も形も大きさも、下だって足をずらせば見放題だ。なんなら少しくらい触らせてもらえ」


 そこへ天使の声が割り込んできた。


 「悪魔の言葉に耳を傾けてはいけません。この娘は貴方を信頼しているからこそ、このような無防備な姿で寝ているのです。その信頼を裏切ってはいけません。これは貴方の人間性が試されているのです」


 俺が従ったのは天使の声だった。根性無しめ。

 ベッドの上に脱ぎ散らかされたブラとパンツを一旦収納に入れてマサラに着せるように出した。身体をベッドに持ち上げるのは無理なので、布団をしっかりと掛けてやった。


 「う、うーん。もう朝か。おはよう、ゴータ」


 「おはよう、マサラ」


 「あれ、アタシなんで床で寝てるんだろ。それに下着」


 おかしいな、と小さな声で言っていた。やはり恥ずかしいんだな。今日は忘れずに寝間着を買ってやろう。


 朝食を終えた俺たちは馬を引いて道具屋に結界の素を買いに行った。結界の素を地面に置けば結界が作動する。結界はいわばバリヤで安全地帯だ。失敗すれば死が待っているこの世界でこれほど心強いアイテムは無いだろう。そんな便利なアイテムなら冒険者全員がこぞって買い集めるだろうと思うとそうでもない。なぜなら使用条件に制約があるからだ。

 結界は半径3m、高さ3mの円筒状に魔法の膜が形成されるのだが、その膜の途中に障害物があると膜が消えてしまうのだ。例えば小さな木なら膜に当たらないから問題ないが大きな木なら発動時に膜が当たって結界は無駄になってしまう。もちろん無駄にした結界は二度と使えない。

 ダンジョンの中で高さ3m、直径6mのスペースは限られる。余程大きな部屋かダンジョン内フィールドくらいだろう。広い通路があっても結界を張れば他の冒険者が通れなくなってしまうため通路での使用は禁止されている。結界完成までに30秒かかるのも問題だ。30秒かけて徐々に膜が張られていく。膜の形成中に敵や味方が膜に触れれば結界は消えてしまうのだ。ピンチになってから張ろうとしても間に合わないという事だ。

 それでも休息や野営には絶対に必要だ。俺は結界の素・並を5個、大を3個、特を2個購入した。手のひらサイズの円筒形で並は高さ2cm、大が高さ3cm、特が高さ4cmほどだった。地面に落としてしまったら作動するのかと訊いたら、作動させようと思って置かないと作動しないから大丈夫だと笑われてしまった。


 道具屋を出て北西地区の商店街に向かった。昨日も通った住宅街の中を歩いていると小さな平屋の前に二頭立ての馬車が停まっている。幌も無い荷馬車で、荷台には家具や木箱などが積まれていた。家から出て来た男は鼻と口をバンダナで隠している。強盗か、朝から馬車で乗り付けるとは大胆な。


 「ゴホ、ゴホ」


 更に男が出て来た。同じようにバンダナで顔を隠しているが、この男は両手に荷物を持っていた。荷物を馬車の前に置くとバンダナを外して言った。


 「なあ、お前もちゃんと運べったら。お前が受けた依頼なんだからさ」


 知った男だった。タルタルムの相棒だ。よく見れば頭も服も埃だらけで白くなっている。バンダナはマスク代わりだったようだ。よほど息苦しかったのだろう、大きく深呼吸をしている。


 「わかってるよ。だが、俺たちにこんな力仕事は合ってねえんだ。それに何だこの匂いはよ。鼻が曲がりそうだぜ。ゴミの中に死体でもあるんじゃねえのか」


 「怖いことを言うなよ。俺だって我慢してやってるんだ。今やめたら報酬は貰えないんだぞ。3時間の労働が無駄になっちゃうよ」


 バカ男コンビは朝の7時からゴミ屋敷の片づけをしていたのか。ご苦労な事だが全てを舐めているこいつ等には丁度良いだろう。

 ドアから見える室内はゴミが山のようだ。奥では親方らしい男性がゴミを分別して裏庭に投げている。


 これは大変だな。3時間では終わりそうにない。明日も雇ってもらえるんじゃないか。そう思った時、親方が大声を上げた。


 「坊主ども逃げろ、魔物が居やがった。そっちへ行ったぞ」


 ここは町の中だぞ。魔物がいるのか。見れば舞い散る埃の中を短毛の動物が立ち上がってノッシノッシと歩いてくる。大人の男性ほどもある背丈だが頭は小さく耳が立っている。二足歩行の動物かと思えば、尻尾を支えにして後ろ脚で立ち上がって歩いているのだ。歩く巨大ネズミだ。その巨大ネズミの手には剣が握られていた。【鑑定】する。


  ラットナイト: ラットの進化型魔物。剣と歯での攻撃を得意とする。雑食性


 ラットのボスか。突き出した鋭利な歯が恐ろしい。剣で鍔迫り合いになればあの歯で首を刺されるだろう。

バカ男コンビは腰を抜かして動けない。ラットナイトは二人がいる荷馬車の方へ歩く。バカは死ななきゃ治らないが本当に死なれても困る。

 マサラがカットラスを構えて前に出ようとするのを制した。


 「いやマサラ、相手はネズミだ。俺がやる」


 「相手は下級魔物じゃないよ。気を付けて」


 称号にはラットハンターと女神の加護が設定してある。


 「そこの二人、その場で身を低くして静かにしているんだ」


 俺はリュックの収納から投げナイフを出して投げた。


 キーン


 ラットナイトは剣でナイフを弾いてしまった。

 ならば、今度は連続でナイフを投げた。

 目と喉に向けて飛ぶナイフ。ラットナイトが再び剣を振った。


 キーン、キーン


 2本とも防がれてしまった。丸く赤い感情の無い目で俺を見据えている。ラットナイトがこちらへ向きを変えようとした時


 「ひ、ひー、来るな」


 タルタルムが声を上げてしまった。

 ラットナイトは再びバカ男コンビを標的に定め剣を振りかぶった。

 タルタルムと相棒は頭を庇うように手で押さえて腹這いになった。


 「ダメだ間に合わない」


 マサラが悲鳴に近い声を上げた。

 ラットナイトが剣を振り下ろしたその瞬間、俺は【レンタル】を発動した。

 ラットナイトの手から剣が消えて俺のリュックに収納された。

 俺は投げナイフを連投して駆け出した。

 一瞬パニックになった後、気を取り直したラットナイトがタルタルムに歯を突き立てようした時、その目と肩にナイフが突き立った。


 「ギー」


 怒りの鳴き声を上げるラットナイトに駆け寄った俺は、心臓をめがけてレイピアを刺し込んだ。ラットナイトの赤い目から光が消えてドスンとタルタルムの上に倒れ込んだ。


 「ひー、嫌だ、死にたくない」


 タルタルムは死骸の下で情けない声を上げていた。


 漸く駆け付けた親方がタルタルムを引き出しながら言った。


 「大丈夫だ、坊主。こちらさんが助けてくれた。魔物は死んだんだ」


 引きずり出されたタルタルムは放心状態だ。股間はビッショリと濡れていた。怖いよな、解るよ。隣にマサラがやって来て鼻を指でつまんでいる。マサラさん、失礼だよ。


 「あんちゃん、ありがとうな。おかげで死人を出さずに済んだぜ」


 「どうして魔物が街中にいたんですかね」


 「多分この家の住人が飼ってたんじゃねえかな。中には鳥やら小動物やらの骨が沢山あった。エサが無くなって最後は自分がエサになったんだろう。迷惑な話だぜ」


 「魔物なんて飼っていいんですか」


 「許可があればな。だがラットナイトなんか許可される訳がねえ。無許可に決まってらあ。あんちゃん、すまねえが憲兵隊が来るまで待っていてくれ。報告しなきゃならねえからな。俺はハナマル解体のハナマールだ」


 「俺はゴータ、こっちはマサラです。解体屋さんってゴミ屋敷の掃除もするんですか」


 「ああ、掃除してから家を売りに出すんだよ。買い手が無ければ更地にして土地だけ売る。

 だが今回は事故物件だからな、土地だけ安値で売ることになると思うぜ」


 風に乗って家から悪臭が漂ってくる。タルタルムが言っていたようにゴミの山の下に飼い主がいるのかもしれない。

 馬蹄の音が近づいてくる。

 カレンさんか、リシェルさんが来ると嬉しいのだが。現れたのはドルアス軍曹と下層トリオだった。4人とも胴鎧を着けて左手に盾を、右手に手槍を持っている。

 相手がラットナイトと知って長物と盾を持ってきたのだろう。


 「え、ゴータじゃねえか。こんな所で何をやってるんだ」


 「隊長さん、このあんちゃんが魔物を一人でやっつけてくれたんだ」


 親方がそう言って魔物を指さした。

 軍曹が魔物の死骸を検分して言った。


 「心臓を一突きか。サルード中尉も言っていたが凄腕だな。お前に剣術の才能は皆無だなんて言っちまった自分が情けないぜ。どうだ、憲兵隊に戻ってこないか」


 横で聞いていたマサラの体が強張るのが分かった。

 俺がどこかに行ってしまうと思ったのだろう。


 「いや、俺は冒険者の方が合ってるみたいです。相棒にも恵まれたし」


 軍曹がマサラを見て頷いた。晒されていた女だと気づいただろうか。分からないがどちらにしても大丈夫だ。軍曹は厳つく見えるが優しい男なのだ。


 「そうか、ツートップが残念がるな」


 ゴミ屋敷の中を調べていた下層トリオが軍曹に報告に来た。


 「中で家主らしい男の死体を見つけました。ほぼ骨だけですがギルドカードがあったので隊で調べられるはずです。おうゴータ、この間はどうもな。そっちのお嬢ちゃんもな。あの時は助かったぜ」


 全身タイツの詐欺師を捕まえた事を言っているのだ。


 「おう、トータク、三人とも元気そうだな」


 「ゴータ、この魔物は証拠品として憲兵隊に運ぶが買取屋に見積もらせた金額が支払われるから安心しろ。すまんが金は憲兵隊に取りに来てくれ。午後には用意できているはずだ」


 「はい、了解しました」


 「それじゃあな、俺たちはまだ中を捜査する。たまには飯でも食いに行こうぜ」


 軍曹たちはゴミ屋敷の中に入っていった。

 話し終わるのを待っていたバカ男コンビがおずおずと近づいてきて言った。


 「ありがとうございました。おかげで助かりました」


 なんだ、コイツ等まともに喋れるんじゃないか。サツキとミーナだという事には全く気付いていないようだ。


 「ああ、無事でよかったな、坊主。これからは気を付けるんだぞ」


 「はい」


 ふふん、坊主呼ばわりしてやった。

 俺とマサラは馬を引いて商店街へ向けて歩き出した。


 「ゴータにはいつも驚かされるわ」


 「何がだ」


 「さっきの戦いぶり、剣が消えたのはどうやったの」


 「あれは俺のスキルなんだ」


 「そうか、魔法じゃないんだね。じゃあ聞かない方がいいね」


 確かに、俺の切り札とも言うべきスキルについては公言するつもりはない。だがマサラとは共に冒険するのだから魔物と戦う事も多いだろう。むしろ知っておいてもらった方がいい。

 俺はスキル【レンタル】について彼女に説明しておいた。


 「聞いたことも無いスキルね。実際に剣が消えるのを見ていなければ信じられなかったわね。相手の武器を奪えるなら無敵なんじゃないかな」


 「ああ、自分でも不思議でしょうがないよ。だが無敵とは違うな。武器やスキルを奪っても俺自身が強いわけじゃないからな。それに武器なら見たものを【レンタル】できるがスキルは目に見えないだろ。だからスキル名が分からないと【レンタル】できないんだ」


 「そっか、アタシもスキル名なんて数えるくらいしか知らないな。アタシのスキルは【脚力】と【蹴術】だからいつでもレンタルしちゃって大丈夫だからね。どっちもレベル3だけどゴブリンくらい簡単に倒せるよ。二人で連携して戦えるようになるといいね」


 さすがマサラは俺の考えをよく理解してくれている。得難い相棒だ。


 「どっちも初めて聞くスキルだけど、どういう能力なんだ」


 「【脚力】は足の力をパワーアップする能力だよ」


 「【俊足】とは違うのか」


 「全然ちがうよ。アタシは足は速くないもん。ジャンプやキックに効果があるの。【蹴術】と組み合わせて使うとキックの破壊力が倍増するんだよ。ジャンプしながらキックもできるから武器を持たない下級魔物なら頭を飛ばせるよ。【蹴術】は蹴り全般ね。上中下段蹴り、回し蹴り、膝蹴り、何でもOK」


 恐ろしい事をサラッと言った。最初に会った時、縛られていなければ俺の頭は胴とお別れしていただろう。


 「覚えておくよ。いざという時は使わせてくれ」


 そうこうするうちに北西地区の商店街に到着した。

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