第40話 冒険者ギルド
俺たちは冒険者ギルドに行くことにした。もちろんサツキとミーナとして登録するためだ。
冒険者ギルドは南北の目抜き通りを南に行った所にある。神殿の先だが問題ない。ミーナの服装が大正解だったからだ。すれちがう男は全員がミーナの胸と股間を見ていく。中には速足で追い越してから振り返る男までいたくらいだ。だが顔は見られていない。顔を見ようと思った時にはもう離れているという寸法だ。しっかり剣を帯びている俺たちは歴とした冒険者に見える事だろう。
ちなみに今回は俺がカットラスでマサラ改めミーナがレイピアだ。その方が装いに合っている。
「ねえ、みんなに見られるんだけど、逆効果だったんじゃない」
「大丈夫だ。誰も顔なんて見やしない」
「ちょっと、それって酷いんですけど」
「それより問題なのは俺に向けられる視線が敵意丸出しな事だ」
「大丈夫だよ。サツキに文句のある奴はアタシが握り潰してやるから」
何を握り潰すんですかね。
通りの左手に大きな敷地があり前庭には馬が何頭も繋がれている。冒険者ギルドだ。丸太造りの二階建てで、一階が受付で二階は事務所になっている。渡り廊下で繋がる奥には石造りの大きな建物も見えた。
内部を知っているミーナが先導して受付に行った。
「新規登録お願いします。2名です」
「では、こちらにご記入ください。性別、種族は間違えないでください」
なるほど、名前と年齢は間違えてもいいのか。渡された用紙に名前、年齢、性別、種族を記入した。名前をサツキにした以外は全て真実を書いておいた。マサラも名前だけミーナにしていた。
「記入しました。お願いします」
「では、髪の毛を1本いただけますか。唾液でも結構です。カードのこの部分に入れてください。はい、ありがとうございます。これで罪科確認とギルドカードへの本人登録が完了しました。
登録料は無料ですがカードを紛失されますと再発行に銀貨50枚が必要ですので大切にしてください。依頼を受ける時と終了報告する時には忘れずにお持ちください。忘れますと依頼を受けられませんし報酬もお渡しできません。
それからステータスに罪科が付くと報酬カウンターのカードリーダーに引っ掛かりますので報酬は支払われませんしギルドカードも没収されます。当然憲兵隊にも通報します。
では、希望者はあちらで初回講習を受けてください。ちょうど人数が揃いそうです。不要だという方は受けなくても構いません」
「ありがとう」
俺たちは初回講習を受けることにした。俺が何も知らないからだ。
「よし、講習会を始めるぞ。参加したい奴は集まれ。俺は講師のナルガイロスだ。うん、6人だな。ついて来い」
分厚い胸をして190cmはあろうかという大男が大声で言った。50歳くらいだろうか、日焼けして精悍な顔つきだが目は丸くて優しげだ。
俺たちの他は二十歳前後の女性コンビと十代前半の男性コンビだ。
女性コンビの一人は金髪をポニーテールにた色白の女性でレイピアを提げていた。もう一人は黒髪のベリーショートで赤く塗ったチークが顔を幼く見せているが脇に抱えた武骨な手槍がそれを台無しにしている。防具は二人ともメタルの胴鎧だ。たしか、銀貨60枚はするやつだ。戦利品で同じような鎧を銀貨30枚で売ったことがある。店は買値の倍くらいで売りに出すらしいから大体そのくらいの値段だと思う。
男性コンビは普段着で剣も持っていなかった。
講師の大男は外から見えた渡り廊下を通って別棟に入っていく。石造りの別棟には右手に巨大な掲示板があって紙がびっしり貼ってあり、冒険者がそれを見ていた。左手にはスーパーのレジカウンターのような台がいくつも並んでいた。
「右の掲示板には依頼が貼り付けてある。ランクごとに貼ってあるから分かり易いはずだ。受けられる依頼は自分のランクの上下1ランク以内だ。君たちはFだからEとFの依頼を受けることができる。ランクEに上がればD、E、Fが受けられるという事だ。
だが、上のランクの依頼を受けるのは勧められない。当然危険も増える。失敗すればペナルティーとして一か月間そのランク以上の仕事は受けられなくなる。無理はするな。依頼には期限があるからな。期限を過ぎると失敗になってパナルティーだ。
Fランクの冒険者が受けられる依頼は一つだけだ。Eランクに上がれば内容によっては二つ以上の依頼を受けられる。例えばヒール草採取の依頼とマルチ草採取の依頼だ。この薬草は同じ場所に生えるから同時に受けられる。ゴブリン1匹討伐の依頼と2匹討伐の依頼なんかも3匹討伐すれば同時に可能だ。
左は報酬カウンターだ。受けた依頼を終えたらここで報告してくれ。獲物があればその台に載せればいい。報酬は余程の大口じゃなければここで支払われる。失敗しても必ず報告するんだ。その情報が生かされるからな。ここまでで何か質問はあるか」
十代男性コンビの痩せている方が言った。
「ランクはどうやって上げるんだ。早く上げて沢山稼ぎたいんだけど」
「お前、名前は」
「タルタルムだけど」
「依頼にはポイントがある。ポイント配分については非公開だ。依頼に成功すれば君たちのギルドカードにポイントが加算され、失敗すれば減る。累積ポイントが必要数を上回るとランクを上げる事ができるようになる。
報酬カウンターでどうするか訊かれるが、ランクを上げるかどうかは本人の自由だ。その場で上げてもいいし、後で上げてもいい。だが上げる前に依頼に失敗するとポイントが減って、再び必要数を上回るまでは上げられないから注意しろ。
一旦上げたランクは下げられない。依頼を失敗してポイントが減ってもランクは下がらない」
タルタルムは笑って言った。
「せっかくランクが上がるのに上げないヤツなんかいるかよ。意味わかんねーぜ」
隣の仲間も頷いている。
「なぜランクを上げない者がいるのか分かるか、えっと、そこのキミ」
ナルガイロス講師が女性ペアに訊いた。
「ファンミンでーす。ランクを上げると低いランクの依頼が受けられないからでーす。依頼に失敗しちゃうと一か月間も働けないですからね。自信が無い人はランクを上げない方が良いんじゃないですかねえ」
手槍の女性が軽いノリで言った。
「ファンミン、正解だ。冒険者ランクが上なら偉いなんて事は無い。自分に合った依頼を見つけるのが重要だ」
「ダッセー、ちまちま安い依頼なんかやってらんねーよ」
タルタルムはツッパリ中学生のように何にでも噛みつく。
馬鹿の相手はしないようで、ナルガイロス講師は先に進んだ。床にはジオラマがあって中央の山の片側には木を打ち付けた塀が巡らされ中には物見櫓もある。木造らしい建物や家々、商店のようなミニチュアも置いてあり、川や野原や道も再現されていた。
「これがグラリガから南に馬車で2日の距離にあるノースフォートだ。砦には国軍が常駐している。道具屋、武器屋、買取屋、宿屋、酒場、何でもある。ギルド出張所もある。砦というより町だな」
南にあるのにノースというのは首都から見た方角だからだ。この国の首都はもっと南にあるらしい。ナルガイロス講師は塀が巡らされた真ん中にある穴を指して言った。
「そしてこれがダンジョンの入り口だ。ノースフォートダンジョンだ」
ミーナを除く受講者全員が、おおーと感心した。
「ダンジョンには誰でも入ることができる。冒険者ランクは関係ない。冒険者である必要すらない。誰でも入れるが全て自己責任だ。国軍の砦はあるがダンジョンに入った者を助ける為ではない。魔物が外に出て民衆を襲うのを防ぐためだ。ダンジョン内で遭難しても助けは来ないと思え。
助けが欲しい場合は近くの冒険者に報酬を払って頼むしかないが、ギルドを通さない依頼は金だけ取られて逃げられる事も多い。冒険者を装った盗賊もいるからな。関わらない方がいい」
中では冒険者同士で助け合うのかと思ったが、そんな甘い物じゃないようだ。
「パーティーを組む時も注意が必要だ。実際にあったことだが、初めて会った奴とパーティーを組んだ二人のビギナーがそいつに導かれてダンジョンの奥へ進んだ。帰って来たのはそいつ一人だけだった。そいつは買取屋でビギナー二人の装備を売リ払った」
「酷え奴だな。そいつは捕まったんだろ」
「いや捕まらなかった。今もどこかで冒険者をやっているだろう」
「おかしいだろ。殺したに決まってる。殺してなくても強盗になるから罪科で分かるはずだ」
「どうやったか想像できるか、そこの、キミ」
ナルガイロス講師が俺を指差した
「サツキです。おそらくダンジョンの奥で魔物に殺されるのを見殺しにしたんでしょう。魔物に殺されたのなら罪科は付かないはずです。証拠も残らないから捕まえることもできない。でも、そもそも人の装備を売ってもいいものなんですか」
「なんだよ、そんな事も分からねえのかよ。ひょろひょろしやがって。死んだヤツの装備は発見者が処分していいんだぜ」
おいおいタルタルム君、ひょろひょろは関係ないだろ。ミーナが、怒っちゃダメ、という感じで手を繋いでくれた。大丈夫、いちいち腹なんて立てないから。
「サツキ、その通りだ。魔物に殺させて装備を奪ったんだ。殺された時点で所有権が無くなるからな。それを拾って売っても何も問題ない。パーティーメンバーは信頼できる奴だけにしろ」
「なんだよ、装備の事は俺が正解したんだろ」
ミーナがまた手をギュッとしてくれた。タルタルム君、どんどん言ってくれたまえ。
少し疑問に思ったことがあるので訊いてみた。
「なぜその二人のビギナーが死んだと分かるんですか。そいつに装備を譲って冒険者をやめただけかもしれません」
「二人のギルドカードが発見されたんだ。拾った別の冒険者が届けてくれた。ギルドカードは本人とリンクしている。ギルドにあるカードリーダーに通せば生死が分かるようになっている。君たちもギルドカードを拾ったら届けてくれ」
なるほど、という事はマサラのギルドカードを神殿が持っていたら面倒だな。そう思ってミーナの顔を見ると彼女はニッコリ笑って頷いた。大丈夫なようだ。この娘は察しが良いな。
俺はミーナの手をギュッとやった。ミーナは微笑みながら繋いでない方の手で俺の二の腕を撫でた。それを見たタルタルムは苦々しい顔をしていたが、ミーナの胸と股間を見ると顔を赤くして視線を逸らせた。やはり俺の選んだコーディネートは最強だな。
ナルガイロス講師の講習は続く。
「パーティーの組み方は簡単だ。組みたい相手にギルドカードを渡すとパーティーステータスが表示される。試しに隣に渡してみろ。承認するか表示される」
ミーナがギルドカードを差し出した。それを受け取ると脳内にパーティーを組みますか、と表示された。同時にミーナの名前などカード登録時に記入した内容も表示されている。承認するとリーダーを決めてください、と表示された。なんとも不思議だがこういうものだと納得するしかない。
「既存のパーティーの場合はリーダーが承認すれば加入できる。新規パーティーの場合は承認するとリーダーを決めることになる。リーダーは後で変更することも可能だ」
「サツキがリーダーだよ」
「了解。それじゃ、俺で決定」
自分をリーダーにした。パーティーステータスと念じるとメンバーの名前と冒険者ランクが一覧表示された。
サツキ F リーダー
ミーナ F
「ギルドカードはすぐに返してもらうんだぞ。貴重品だからな。いま表示されている一覧表はパーティー全員に同じように表示される。今は無いだろうが該当者があれば毒、麻痺、催眠、死亡、失敗も表示される。必要に応じて薬を使ってやれ。失敗というのは依頼に失敗して一か月以内の場合に表示される。
失敗表示のメンバーが一人でもいるとそいつが失敗したランク以上の新しい依頼は引き受けられない」
死亡、そんなのは絶対に嫌だ。俺は無意識にミーナを握る手に力を込めていた。ミーナはそんな俺の手を両手で包むように握り返した。
「パーティーから抜ける時は自分のパーティーステータスで操作するだけだ。メンバーの許可は不要でいつでも抜けられる。リーダーだけはメンバーを強制的に脱退させることができる。だからリーダー選びは重要だぞ。変な奴をリーダーにするとパーティーを乗っ取られるからな」
また疑問があったので訊いてみた。
「2つのギルドカードを持っている者はそれぞれ別のパーティーに入れるという事ですか。あるいは同じパーティーに入ることも可能ですか」
「ギャハハ、あいつマジでバカだ。脳みそも細いんだな。ギルドカードは一人一枚なんだぜ」
バカは無視してナルガイロス講師が答えた。
「その質問がビギナーから出たのは初めてだな、サツキか。別のパーティーなら可能だが、同じパーティーは不可能だ。同じ毛髪データが同じパーティーに存在することはありえないからだ。ちなみに依頼を失敗した時のペナルティーも毛髪データに対して課されるから注意しろよ。何も失敗していないのに突然依頼を受けられなくなったなんていう事になるからな。そんな時はそいつだけ脱退させれば依頼は受けられる」
タルタルムは何の話なのか分からずにイライラしている。女性コンビは理解できているようで頷いていた。
「パーティーの人数は6人までだ。なぜ6人かというとステータスが6人までしか認識しないからだ。依頼の成功報酬の取り分はパーティー内で勝手に決めて構わない。魔物討伐の経験値配分は戦闘に参加したパーティー人数で均等割りになっているようだ。その場にいれば参加と見なされるが、どのくらいの距離かなどはわざわざ検証する冒険者はいないから不明だ」
「じゃあ後の方で見てるだけの奴と前で戦ってる奴の貰える経験値が同じって事かよ。やってらんねーな」
女性コンビのレイピアを持つ方が初めて喋った。
「ザキトワです。二つのパーティーが同時に魔物と戦ったらどうなりますか。あ、協力とかじゃなく偶然に」
「ザキトワ、いい質問だ。暗黙の了解というやつがあって、魔物に最初に攻撃したパーティーに攻撃権がある。人が戦っている魔物に攻撃してはダメだ。たとえそいつが苦戦していてもだ。横取りされたらその場で争わないでギルドに報告してくれ。そういう報告が複数あがったら覆面調査が入る。調査してクロならそいつ等のギルドカードを没収する。それでも続けるなら毛髪データごと永久追放する。そうなればもう二度とギルドに登録できないからな」
「そのパーティーが今にも死にそうな時はどうすればいいですか」
再びザキトワが尋ねた。
「最初に言ったろ、自己責任だと。それで死んでもそいつの責任だし誰もお前を責めない。それより早めに立ち去った方がいい。思いのほか強い魔物かもしれないし、あるいはその冒険者が奥の手を持っていてお前に見せたくない場合もあるからな。範囲魔法を使ってお前に被害が及ぶ事もある」
ナルガイロス講師の講習も終盤だ。
「ダンジョンに入るときは薬や食料、水を余分に持っていけ。予定通りに行くとは限らないからな。野営用の結界は必需品だぞ。高くて買えないならダンジョンに入るのはまだ早いという事だ」
結界か、知らないな。ミーナを見ると、後で教えてあげるという表情をして手を恋人繋ぎに変えた。
「さて、そろそろ若い者の忍耐も限界だろうからこの辺で終わりにするか。さっきの依頼掲示板を見ておくといい。出来そうなのがあったら紙を横の窓口へ持って行って正式に引き受けるんだ。Fランクの依頼は失敗してもペナルティーは無いから安心しろ。真面目にやれば食うのに困らないはずだ。
なにか知りたい事があれば2階の事務所にいるからいつでも来てくれ。幸運を祈る」
ナルガイロス講師はそう言って締めくくると事務所へ戻っていった。