第36話 ゴブリン
俺はサイドバッグを持って馬の上から見つけておいた場所に向かった。
その場所には数本の木立があってちょうど目隠しになる。木立の向こうに収納からワイン樽を出して置いた。地面は平らで硬く、置いたワイン樽は安定している。簀の子を置いて床を作り、最後に昨日宿の風呂から入れておいたお湯を注げば出来上がりだ。ワイン樽の露天風呂。
早速マサラを連れてくると目を丸くして驚いている。
「なにこれ」
「手を入れてみて」
「お湯だ。どうなってるの」
「風呂だよ。マサラは首輪があるから宿の風呂に入れないだろ。だから作ったんだ。質問は後にして入ってみて。湯が冷めちゃうからね。俺は木の向こうであっちを向いているから安心してくれ」
「もう見られているし気にしないけど、ありがとう。早速入るね」
俺は木立の向こう側へ行って草の上に座った。お湯の音がして、マサラが大きく息を吐くのが聞こえた。
「気持ちイイ。ワインの香りも素敵だよ、ゴータ」
どうやら満足してくれたようで俺も嬉しい。しばらくすると湯を満喫したマサラが服を着て俺の隣に座った。濡れた髪先に色気があった。
「こんなのはじめて、最高だよ。私のためにここまでしてくれて、ゴータに買われて良かった。でも、あれだけ大きなものをどうやって運んだの。ひょっとして収納魔法を使えるの」
そんな魔法があるのか。なるほど、俺のリュックも魔法の一種だったのか。
「収納魔法かどうかは知らないけど、俺は自分のリュックに重い物でも大きい物でも入れられるんだ。お湯も熱いまま入れられる」
「光魔法と闇魔法が使えると収納魔法が派生するって聞いたことがあるよ。収納魔法があれば薬草採取なんてしなくても商人が超高額で雇ってくれるよ。収納魔法で商品が運べるから馬車もキャラバンも必要ないからね」
「それとは違うみたいだな。俺は魔法は全く使えないんだ。それに商人の荷物運びも無理だ。俺は自分の所有物しかリュックに入れられないからな」
「そっか、なら仕方ないね。さっきも言ってたけど、それはリュックじゃなくてサイドバッグっていうんだよ。ゴータってたまに変な事を言うよね」
そうか、ステルス機能でリュックは見えないのか。
「ああ、俺はずっと遠くから来たんだ。この国の事もよく分からない。だからマサラが色々と教えてくれよな。それからリュック、じゃなかったバッグの事は二人だけの秘密な」
「うん、ふふ、二人だけ」
「そろそろ帰るか。もうパジャマを買えるくらいは稼げたぞ」
「アタシは裸でもいいよ。ゴータも裸で寝ようよ」
「だ、だめだよ。か、風邪をひいてしまうじゃないか」
「ゴータ暖かいから気持ちいいのに。つまんないの」
「俺を暖房代わりに使うな」
「じゃあもう少し行ってみて何もなかったら帰ろうよ」
「そうだな」
俺はワイン樽から水を抜いてリュックに仕舞った。簀の子やタオルも入れていく。マサラは大きなものが小さなバッグに消えていくのを不思議がったり面白がったりしていた。
二人で馬に乗って先へ進むと赤土の荒れ地に出た。荒れ地の先はもう林になっていてそこから先へは行かない方がいいだろう。
「ここまでだな。引き返そう」
「待って、あそこ」
マサラが指す方を見ると動くものがいる。
長い二本足、丸い体、長い首、小さな頭。ダチョウか。いや嘴に大きな牙が2本突き出ている。サーベルのような見事な牙だ。
「マサラ、あれはサーベルエミュだろ」
「そう、任せて」
そう言うなり馬から飛び降りてカットラスを構えた。
「ゴータ、馬で草原に戻って、一緒にいると襲ってこないから」
「一人で大丈夫なのか、無理するなよ」
「大丈夫。コイツなら何度も倒してるから」
俺は草原に戻り下馬して木陰に隠れた。俺が離れるとマサラは体の向きをサーベルエミュから俺の方に変えた。だが油断なく横目でサーベルエミュを捉えているのが見える。誘っているのだ。右手のカットラスは足に添わせて獲物からは見えない位置に隠している。
いきなりサーベルエミュが走り出した。猛ダッシュだというのに足音が聞こえない。これでは奇襲されたら攻撃を受けるまで気付けないだろう。恐ろしい魔物だ。
サーベルエミュは加速を続け、あと5mという辺りで頭を横に向けた。サーベル状の牙で走り斬りにするつもりだ。
マサラ危ない、叫びそうになった時、マサラはスッと体を沈めながらカットラスを振り抜いた。
スパッ
サーベルエミュの首が飛んだ。
マサラは俺を見て得意げに親指を上げた。
俺も親指を上げて応えた。
「やったなマサラ。お見事だ」
馬を引いてマサラの方に行くと荒れ地の向こうの林から人影が3つ現れた。子供か。身長1mほどで緑色の肌をしている。子供じゃない、ゴブリンだ。距離は約30m。こちらには馬もいるし逃げられる。
「マサラ、後ろからゴブリンだ。3匹もいるぞ。獲物はいい、逃げるぞ」
「大丈夫だよ、ゴータ。3匹なら楽勝。アタシに任せて」
そいうえばマサラはゴブリンハンターの称号を持っている。
ゴブリンハンター: ゴブリン系魔物討伐優秀者に与えられる称号。
対ゴブリン系攻撃力・防御力上昇効果
ゴブリンを多数倒さないと貰えない称号のようだし、これなら大丈夫か。ゴブリンどもはウガウガ言いながら3匹並んで近づいてくる。武器は棍棒持ちが1匹、剣持ちが2匹だ。念のため【鑑定】しておく。
ゴブリン: 広く分布する人型の魔物。雑食で人を襲うこともある。
昼行性。群れを作る。
棍棒: ありふれた木の棍棒。攻撃力:F
鉄剣: 錆びた鉄の剣。攻撃力:E
たいした武器は持っていないが、いざとなったら敵の武器を【レンタル】してサポートしよう。
俺は馬に乗り投げナイフベストを着てマサラの横に付けた。称号はラットハンターから刺客に変えた。ゴブリンは出て来た俺を警戒して動きを止めた。距離は15mほどだ。
「すぐに片付けてくるからゴータはここで見ていてね」
マサラはゴブリンからは目を離さずに笑顔を作った。
一気に駆けだして左のゴブリンの外側にスライディングし、スライディングと同時にゴブリンの足を斬った。素早く立ち上がり今度は右側のゴブリンの外側にスライディングして同じように足を斬った。あっという間に2匹が倒れ中央の棍棒ゴブリンはパニックになりながらもマサラに殴りかかった。
俺は投げナイフを構えるが動きが激しすぎて狙えない。マサラに当たったら大変だ。
棍棒を易々と躱したマサラはゴブリンの首を切り裂いた。そして、這いながら鉄剣を振る残りの2匹にも止めを刺した。ゴブリン3匹を倒すのに2分も掛かってない。マサラさん、強すぎ。
マサラは俺に向けて、どうだとばかりに親指を立てようとして、崩れ落ちた。