第34話 マサラの独白
夕食を終えた俺たちは部屋へ戻った。日はすっかり暮れて窓から入るのは通りの向いの街灯の灯りだけだった。俺は収納から使いかけのモンラットの魔石を取り出してカンテラに入れた。魔石と反応してダンジョン石が光り始める。
自分のベッドに座りマサラに話し掛けた。
「この魔石はどのくらいもつか知っているか」
マサラも自分のベッドに座って答えた。
「何の魔石だ」
「モンラットだ」
「なら一晩中点けて1か月くらいだ」
「それなら良かった。魔石はこの1個しかないんだ」
「普通予備くらい持っておくだろう」
「そうだな。明日狩りに行く。今日はもう寝よう」
俺は下着だけになって布団に入った。パジャマなんて持っていないのだ。そういえばマサラにも買い与えていない。
「すまん、パジャマを買ってやるのを忘れていた」
「いい、アタシも下着で寝るから」
「今晩だけ我慢してくれ。明日買いに行こう。俺はこっちを向いているから」
そういってマサラとは逆の方を向いた。
衣の擦れる音がした後で箪笥が開け閉めされ、布団をガサゴソやる気配が伝わった。
「もういいよ」
マサラは布団を肩までしっかり掛けていた。
「それじゃあ寝るか。灯りはどうする」
「恥ずかしいから消してくれ」
下着だから恥ずかしいのだろう。悪い事をした。魔石を外すと暗くなった。
俺は布団をかぶって目を閉じた。
「……」
今日も疲れた。なんだか毎日忙しすぎる気がする。
「……」
たまにはノンビリしたいが、稼がないとお金が無くなってきた。
「しないのか」
マサラが話し掛けてきた。珍しい事もあるものだ。
「何をだ」
「その……するためにアタシを買ったのだろ」
この場合の、する、というのはアレのことだよな。
「しないから安心して寝ろ」
「アタシが汚いからしたくないのか。だから2部屋取ろうとしたのだろ。神殿の奴等には何もされてない。アタシはきれいだ。ちゃんとするから処理しないでくれ。頑張るから、頑張ってするから殺さないで」
布団をはね上げる音がした。寝返りを打って見るとマサラがベッドの上に座っていた。街灯の明かりが彼女をうっすらと照らす。彼女は何も身に着けていなかった。純白の首輪を除いて。
「お前は労働刑なのだろ。そういうのは仕事じゃないだろう。なぜそんな事をする」
マサラは小刻みに震えながら語り始めた。
「捕まって独房にいる時にアイツ等が来た。マードと衛兵隊の奴が真面目な顔をして言ったんだ。お前は司祭を殴った。これは神殿法で死刑に値する。死にたいか生きたいか、チャンスをやるって。
アタシは生きるって言ったよ、そんなの当たり前だろ。そしたらマードが首輪を取り出して言ったんだ。お前にこの首輪をプレゼントしようって。これは神の審判だ。お前が罪人なら首輪は嵌まるが、お前が無罪なら首輪は嵌まらない。嵌まらなければ今すぐ釈放するって。そう言って奴が衛兵の首に当てたら首輪は嵌まらなかった。さあ、お前もやってみろって言って首輪をアタシに渡したんだ。
アタシは自分の首に当てたよ。そしたらガチャって首輪が嵌まったんだ。引っ張っても叩いてももう取れなかった」
マサラの唇は青くなり、目からは涙が溢れ出した。
「そしたら奴が言ったんだ、お前の有罪は決まった、その首輪は死ぬまで取れないって。アタシは思ったよ、別に首輪くらいどうっていうこと無いって。死刑じゃないんならいいやって。そしたらマードが命令したんだ。服を全て脱げって。ふざけるなって言ったら、首輪がジワジワ締まり始めたんだ。苦しくて死にそうになった。マードが許すって言ったら息ができるようになった。奴はまた脱げって言った。
アタシは命令に従うしかなった。全部脱いだアタシをアイツ等は家畜みたいに縄で繋いだんだ。大通りに晒してやるって。沢山人が通るからそこで買い手を探してやるって楽しそうに笑ってた。
買い手が現れたら、毎日毎日嫌なことをされて、それが死ぬまで一生続くんだって。だから嫌われないように頑張るんだなって、嫌われたり飽きられたりしたら出来もしない事を命令されて首輪に私を処理させるって。そうすれば罪に問われずに私を殺せるって。アイツはそう言ってアタシを脅したんだ」
嗚咽が聞こえて来た。マサラが両手で顔を押さえて咽び泣いていた。
俺は隣へ行きマサラの肩に布団を掛け、頭を撫でてやった。マサラは俺の腕に抱きつき凭れかかった。ベッドに倒れ込んでもなお俺の腕に縋り付き泣いていた。
ずっと虚勢を張っていたのだな。そうしていないと壊れてしまいそうだったのだろう。
「大丈夫だよ、マサラ。嫌な事なんてしないし、無理な命令なんてしない。何も心配いらない」
「はじめて言ってくれた」
「え」
「アタシの名前」
そうか、名前で呼ばなかった事も影響していたのかもしれない。物じゃないんだ。
「これからはマサラと呼ぶよ」
「うん、アタシは何て呼べばいい」
「ゴータでいいよ」
マサラは俺の腕を抱きしめたまま眠ってしまった。
俺の腕を両胸で挟んだまま、俺の手の甲を下腹部に当てたまま。
俺は腕が暖かくて朝までグッスリと熟睡……できるわけがねえ。
暗い中で俺は一人で考える。
おそらく俺ならマサラの首輪を外してやれる。【レンタル】すればいいのだ。だが、返却したり期限が来た時にどういう形で首輪がマサラに戻るか分からない。締まった状態で戻れば彼女は死んでしまうのだ。迂闊なことはできない。
結局俺は一睡もできずに朝を迎えたのだった。