第32話 奴隷
肉体的にも精神的にも疲れると熟睡できる。そして熟睡後の朝は気持ち良い。頑張ったご褒美のようだ。
朝食を取りに1階へ行くとフロントの男性からメモを渡された。朝一番で憲兵隊員が来て俺に渡してくれと置いて行ったそうだ。俺の宿屋はドルアス軍曹に言ってある。カレンさんか、リシェルさんだろうか。
『都合の良い時に寄ってほしい サルード』
イケメンのサルード中尉からだった。彼に呼び出される理由が思いつかないのだが憲兵隊にはお世話になった。無視も出来ない。
朝食を終えて馬を出し憲兵隊へ向かう。受付で用件を言うと2階にあるサルード中尉の執務室を教えてくれた。リシェルさんの2つ隣だった。
「おはよう、ゴータ君。呼び出してすまなかったね。掛けてくれたまえ」
カレン少佐の部屋より小さめだが応接テーブルと椅子がある。向かい合わせて座った。
「いえ、ちょうど道具屋に行く予定があったので」
「あの宿はまだ出来たばかりだね。居心地はどうかな」
「はい、やはり新しいのは気持ちがいいですね。木の香りが爽やかですし、風呂も最高です」
「そうかそうか、それは良かった。私も木の香りは好きだよ。気持ちが落ち着くからね。それで早速なんだが、君が倒した賊に懸賞金が懸けられていることが分かったんだ」
「え、そうなんですか」
お金が必要な俺にとって嬉しすぎる知らせだ。
「そうなんだ。これが懸賞金だ。開けてみたまえ」
執務机の引き出しから柿色のベロアの巾着袋を持ってきてテーブルに置いた。開けてみると金色に輝く硬貨が5枚あった。金貨だ。これでマサラを助けられる。
「やった。信じられない。ありがとうございます」
俺は立ち上がりサルード中尉の手を取ってガッチリ握手しブンブン振った。サルード中尉は必死に手を振りほどき苦笑いしながら制服のズボンでゴシゴシやった。しまった、握手の習慣は無いのだ。男に手を握られてさぞ気持ち悪かっただろう。
「本当にうれしいです。ありがとうございます」
「それは良かったね。君の手柄なのだから当然だよ」
「それにしてもこれほどの懸賞金、どいつに掛かっていたんですか」
俺の質問にサルード中尉の目が泳いだ。まだ気持ち悪がられているのだろうか。いや、そうじゃない。
「さて、誰だっかな。もうこんな時間か。私は約束があってね。すまないが」
「あの、お伝えいただけますか」
「ん、誰にだい」
「懸賞金を掛けてくれた人にです」
「聞こう」
「心から感謝します。この御恩も、あなたから頂いた全ても決して忘れません」
「伝えよう」
俺はサルード中尉に丁重にお礼を言って部屋を出た。
あの巾着袋は見たことがあった。給料を貰う時だ。あれはカレンさんの物だ。あの時はケチだと思っていた。とんでもない。使いどころを知った立派な女性だ。
憲兵隊を出て買取屋に行き、昨日の収穫を売って明細書をもらった。
タワシ草 20本×銅貨5枚=銀貨 1枚
孫の木の枝 20本×銅貨5枚=銀貨 1枚
ベリーラットの肉 10塊×銀貨2枚=銀貨20枚
ベリーラットの毛皮10枚×銀貨1枚=銀貨10枚
ベリーラットの魔石10個×銀貨2枚=銀貨20枚
ブルーベリー 籠2杯分×銅貨50枚=銀貨 1枚
野イチゴ 籠2杯分×銅貨50枚=銀貨 1枚
ヒール草 30株×銅貨10枚=銀貨 3枚
マルチ草 30株×銅貨30枚=銀貨 9枚
合計 銀貨66枚
タワシ草は乾燥させてタワシにすれば銅貨10枚になると言われたが時間が無いのでそのまま売った。孫の木の枝も、孫の手に仕上げて持ってくれば銅貨10枚になるそうだ。ベリーラットは解体前だと1匹で銀貨4枚だが解体すれば銀貨5枚になった。特に肉は新鮮で血抜きも完璧、解体のプロだなと褒められた。
昨日の見積もりから腰に着けているレイピアだけ除いて残りは全て売った。馬車もだ。金貨4枚、銀貨434枚、銅貨89枚で売れた。これで俺の所持金は金貨15枚、銀貨28枚、銅貨15枚になった。
マサラを救える。
神殿へ行くと今日もマサラが晒されていた。頬がこけ昨日より窶れて見える。それでも俺が現れると睨みつけてきた。まだ気は萎えていないようだ。階段を上り神殿の中に入ると60歳くらいの男性が床磨きをしていた。
白い作務衣に草履、首には太い純白の首輪がある。神殿がピカピカなのは終身労働刑という名の奴隷にやらせているのだ。
男性を【鑑定】してみた。
名前:モリピン 年齢:50 性別:男 種族:人族 職業:受刑者
状態:‐
罪科:強盗
称号:掃除職人
掃除職人: 長時間清掃従事者に贈られる称号。清掃効率上昇効果
この人は強盗をしていた。年齢も見掛けより若かった。
「これは、ゴータ様。おはようございます」
マードだ。ちょうどよかった。
「マードさん、おはようございます」
「今日はどのようなご用件でしょう。司祭様はまだお戻りではありませんから、生活魔法判定ですね。当たるといいですね」
当たるとか言っちゃってるよ。まあ当てたいのだが、今日は別件だ。
「いえ、今日は異端者譲渡のお布施を持参しました」
「なんと、敬虔な。素晴らしい。さすがはカレン様のご紹介です。では早速手続きをいたしましょう。おい、衛兵にあの女を連れてくるように言ってこい」
床磨きをしているモリピンに、ぞんざいに命じた。
マードに案内されて昨日の応接室で待っているとすぐにマサラが連れてこられた。縛られていた縄は外され、手と足に枷を嵌められている。腕や足には青黒く縄の跡が残っていた。
生活魔法のクリーンを掛けられたようで、体の汚れも臭いも無くなっている。ベッタリと頭に付いていた黒髪はサラサラでナチュラルウェーブのロングだった。さっきまで被っていた襤褸布も清潔な純白の作務衣に替えられているが足元は裸足のままだった。
マサラはずっと正座で縛られていたせいで立っていられずに、へたり込んでしまった。
「立つのだ馬鹿者め」
マードが命じるが立てるわけがない。すると首輪が締まり始めた。
「うっ」
マサラが苦しそうに呻く。
「許してやってください。これから働かせるのに困ります」
「おお、そうでした。申し訳ありません」
マードが許すと首輪が元に戻った。
「それでは受刑者使用権の譲渡についてご説明申し上げます。この者は神殿の法律により終身労働の刑が宣告されています。ゴータ様は神殿に代わりこの者に労働をさせ自らの罪を悔い改めさせる義務を負うことになります。
労働の内容に定めはありませんが、その地の法律に違反する行為をさせる事はできません。法律に違反する行為でない場合、受刑者に拒否する権利はありません。拒否した場合には首輪が自動的に締まり始めます。使用者が許すか、受刑者が命令に従うまで締まり続け、最後には輪が閉じて首がちぎれます。もっとも、ちぎれる前に窒息して死んでしまいますが。皆さまは窒息死した時点で許されるようでございます。血で汚れてしまいますからね。
首輪によって死亡した場合に限り使用者が罪に問われることはありません。もちろん受刑者が使用者に危害を加えようとした場合にも首輪は締まります。首輪を無理に外そうとしたり壊そうとした場合にも首輪は締まります。
この者が不要になった場合には神殿へお持ちください。再び1か月間晒して次の使用者を募集いたします。ただし、その場合にはお布施のご返金は致しかねます。
繰り返しになりますが、神殿が譲渡するのは使用権だけでございます。人身売買や奴隷制度は絶対に許すことができない、というのが神殿の信念でございます。
なにかご質問はありますか」
説明に慣れているのだろう。マードは立て板に水で説明を終えた。
マサラは説明の間ずっと真っ青な顔をしていた。それはそうだろう、あんな事を聞かされてまともで居られる訳がない。何が信念だ。言っていて恥ずかしくないのか。
「私が事故や病気で死亡した場合はどうなりますか」
「その場合には受刑者も殉死します。自動的に首輪が閉じますのでご安心ください」
なにが安心なのか分からないが恐ろしい首輪だ。
「受刑者が逃げた場合にはどうなりますか」
「その際はゴータ様ご自身で神殿へお越しください。遠隔操作で首輪を締めることができます」
「遠隔操作で殺すという事ですね」
「ゴータ様、言葉が違うようでございますよ。死刑執行でございます。この者は本来死刑になるところを猶予されて終身労働刑になっているのです。逃げれば本来の死刑が適用されます」
「あ、最後にひとつ。今後、神殿がこの受刑者を確認に来ることはありますか」
「それはどういう事でしょう」
「その、ちゃんと仕事をさせているかとか、そういう事です」
「あーあ、はいはい、ゴータ様。ご心配には及びません。お渡し後に神殿が係わる事はありませんので、どのような奉仕であろうとも気兼ねなくお命じ下さい。奉仕内容を人に言うなという命令はどの国の法律にも違反しておりませんです、はい」
なんでコイツは卑猥な笑みを浮かべているんだ。意味が分からないが、そこは重要な点だった。
他に質問は無いと言い、俺は金貨15枚を机の上に置いた。
「では、ゴータ様。こちらの首輪に右手をかざしてください」
そう言いながらモードは左手を首輪にかざした。
何かをモゴモゴと呟くと首輪が青白く光った。
「これで手続きは完了いたしました。こちらは手枷と足枷の鍵でございます。この者は凶暴ですからくれぐれも油断なさいませぬように」
そう言って鍵と手枷に繋がっている鎖を俺に渡した。
「気を付けます」
マサラはなかなか立てずに何度も転びながらも震える足でなんとか立ち上がった。モードは俺を見送るつもりのようだ。手助けしたいが神殿に変に思われるわけにはいかない。フラフラしながら危ない足取りで歩く彼女を従えて神殿を出た。