第30話 神殿
「すみません。邪魔をして申し訳ないのですが、神殿へは何処から入ればよいのでしょう」
「お前は馬鹿か、死ね」
「へ」
あまりの言葉に俺は素っ頓狂な声を上げた。
その少女は固まっている俺に言葉という武器で追い打ちを掛けてきた。
「この変態のクソガキが、馬鹿にするのもいい加減にしろ。今すぐ死ね、即刻死ね」
確かに俺はクソガキだし、おそらく変態だ。一度死んだことがあるから、死ねと言われても今更という感じもする。だが断じて、決して、俺はこの少女を馬鹿にしていない。いやそれどころかさっきの子供を庇った行為を見て好意を抱いてさえいるというのに。
何か言おうか係わるのを止めようか悩んでいると後ろから声を掛けられた。
「この者と会話することは禁止されておりますよ」
振り向くと純白のローブを着た40代の痩せた男が衛兵2人を従えて立っていた。男は髪をポマードでベッタリと真ん中分けにしていた。キッチリ分けすぎて頭の前から後ろに地肌が一直線に見えている。
分け目に視線を感じたのか櫛を取り出して地肌の直線を更にピッチリと一直線にしている。
「すみません。お祈り中に邪魔をしてしまいました。神殿の入口を尋ねただけなんですが」
「いや、アナタ、何を言っているのです。この者はお祈りなどしません。する訳がありません。異端者の危険分子なのですから。おや、もうこんな時間ですね。君達、異端者を独房に戻しなさい」
指示された衛兵が少女の襤褸布をめくり上げた。少女は縛られていた。正座するように腿と足首を縛られ、逃げられないように後ろ手に縛られて地面に埋め込まれた鉄輪に結ばれていたのだ。
鉄輪から縄を外した衛兵は2人で少女の脇を持ち上げて連れ去ってしまった。
少女がいた場所は濡れて異臭を放っていた。
ポマードは生活魔法のクリーンでその場を清めてから言った。
「神殿の入口は階段を上がった石柱の間です。見て分かりませんか」
「いや、あまりに威厳がありすぎて躊躇してしまいまして」
「おお、神の威厳に身を竦ませてしまったのですね。どうぞ安心してお進みなさい」
「ありがとうございます。ところで先ほどの少女は何だったのですか」
「ああ、あの者は神殿所有の家作に住んでいながら家賃を1年間も払わなかったのです」
「え、それだけであんな仕打ちを」
ポマードの目がギロリと鋭くなった。怖い。
「家賃は神の教えを守り広めるための資金となるものです。払うのは当然でしょう。それを1年間も待ってあげたのです。あの者はそれを感謝するどころか司祭様を殴ったのです。許し難い蛮行だ」
「それであの少女はどうなるんですか」
「もちろん一か月間ここで晒して異端危険分子だと周知させます。その間にお布施を納める方が現れればその方にお渡しいたします。現れなければ神殿で生涯更生労働をさせます」
「それって奴隷という事ですか」
「何と無礼な。神殿でも人身売買や奴隷は禁止ています。本来は死罪にするところを、終身労働刑に減じたのです」
「家賃未払いと暴行で死刑はないでしょう」
「聖職者への暴行は死刑と決まっています。そんな事も知らないのですか」
目つきが更に鋭くなった。この辺でやめておこう。後で情報収集だ。
「そういう事でしたか」
「アナタは神殿に何用ですかな」
「そうでした。魔法を授けていただこうと思いまして。これが紹介状です」
「おお、これはこれは、憲兵隊のしかもカレン様からの紹介状ではないですか。歓迎しますよ。ようこそお越しくださいました。さあどうぞこちらへ」
態度が急変して下にも置かぬ対応だ。カレンさんの影響力は大きかった。神殿内部も白白白で汚れ一つなく、白大理石の床まで磨かれていて滑りそうだ。天井まで10mはあり、壁面の台座には人物の石像が並んでいるが誰なのかは分からない。ホール中央には一際大きなピカピカに磨かれた石像がある。あれが神様かもしれない。頭もピカピカだ。
コツコツと音を立てながら歩くポマードに案内されて応接室に通されるが、ここも白を基調にしていた。椅子まで白い石造りで座り心地は最悪だった。
白いカップにコーヒーを入れて出してくれた。コーヒーだけが白ではなかった。
「申し遅れましたが、私は司祭様の第一助手のマードと申します。どうぞお見知りおきください。せっかく来ていただいたのですが、司祭様は出張中なのです。お戻りは2週間後です」
ポマード野郎の名前はマードだった。惜しい。
「マードさん、宜しくお願いします。ゴータです。そうですか、司祭様にお会いできないのは残念です。それで魔法の授与というのはどのようにするのですか」
「司祭様がゴータ様の魔力属性を神眼で見て適性判断をするのです。人の持つ魔力属性は様々です。光、闇、火、水、木、金、土、これら7つの属性のどれに適性があるのか見てくださいます」
「自分で選べるわけではないんですね」
「そうです。生まれ持つ適性があるのです。火魔法を使いたくても火属性に適性が無ければ使えません。1種類しか適性がない者が殆どですが、中には複数の適性を持つ者もいます。神殿にお布施を納め、司祭様の神眼で見極め、神殿付属魔法学院で学んでいただきます。そこで初めて初級魔法を使えるようになります。あとは各自の修行で能力を伸ばすわけです」
「お布施というのは金額に決まりはあるのですか」
「もちろん通常のお布施には決まりはありませんが、神眼には相当な魔力体力気力知力精力を必要とします。司祭様のご負担が余りにも大きいために金額を決めさせていただいております。一つの属性を見るごとに金貨1枚をいただいております」
「え、一度見ればどれに適性があるか分かるんじゃないんですか」
「とんでもない。一つ一つ丁寧に根気よく一所懸命に一心不乱に誠心誠意見るのです」
本当かな。なんだか怪しい。もう少し突っ込んでみよう。
「では、火だけ見ていただく事はできますか」
「それは可能な場合と不可能な場合があります。魔力の流れが複雑な方の場合は火を見る前に別の属性を見る必要があるのです。流れが複雑かどうかは見てみないと分からないのです。もちろんその際にもお布施が必要になってしまいます。司祭様のご負担が増えますので」
これはクロ確定だろ。火に適性が無ければ素直にダメでしたと言うし、適性があれば他を見る必要があると言ってお金を取るのだろう。あるいはダメでも他も見させてお金を取るかだ。後者の可能性が高い。更に突っ込んでみよう。
「では、他を見ることを考慮して金貨2枚あれば火を見ていただけるんですね」
「ゴータ様、ところがそう簡単な話ではないのです。他を見てもまだ分からない時には更に他も見る、なんていう事が過去にはございました」
完全クロだ。
「そうすると全部見ていただくと考えた方が良さそうですね」
「はい、複数の適性が見つかるかもしれませんので、それがよろしいでしょう。でもご安心ください。7つ見るならセット割引で金貨5枚にお値下げが可能です」
なんだそりゃ。
「生活魔法はどの属性ですか」
「生活魔法は生活魔法属性です。ホールの神像で判定できます。参りましょうか」
俺たちはホールに戻り、さっきのピカピカ像の前に立った。
「こちらの穴に金貨を1枚入れて、そちらの板に手を乗せます。板が光れば成功です。その瞬間に生活魔法が使えるようになります」
「それは早くて便利ですね」
「ところがです、ゴータ様。生活魔法属性がある者すべてが成功するわけではありません。何回かやってやっと成功する場合もあるのです。もちろん属性が無い者は何度やっても決して成功はしません」
「なんとも中途半端ですね」
「とんでもない、ゴータ様。これは神が与えてくださったエンターテインメントです。ドキドキ感が堪らないと仰る方もいらっしゃいますよ」
なんだかインチキ感が増すばかりだ。
「ドキドキ感は求めていないのですが」
「そうですか、一応の目安ですが、1回目で成功する割合は50%です。2回目は25%、3回目は10%、4回目は5%、5回目は0%となっています。皆さま2回は遊ばれます」
遊ぶとか言っちゃってるよ。アルル村のガランジさんは何回やったのだろう。
「そうですか、今日は良いお話が聞けました。ところで、さきほどの異端者のお布施というのはどの程度の金額ですか」
「はい、ゴータ様。金貨15枚でございます。ご興味がおありでしたか。あの者を晒すのはあと5日間です」
「なるほど、金貨15枚であの少女を解放できるんですね」
「解放ですと。とんでもありません。あの首輪は生涯外すことはできないのです。残りの人生全てを神のための労働に捧げるのです。お布施を納めた者は神殿に代わり異端危険分子を更生させるために使役するのです」
俺はまた来ますと言って神殿を出た。