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異世界レンタル放浪記  作者: 黒野犬千代
第三章 奴隷
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第29話 引越

 グラリガ市街中央交差点を西に進めば商店街がありその2本裏の通りには多くの宿屋が集まっている。  憲兵隊の兵舎を引き払った俺は、ひとまず拠点となる宿屋を捜しているのだ。酒樽亭も考えたが、あそこは馬車が置けるスペースは無さそうだった。条件は幌馬車と馬3頭を預けられる宿屋だ。費用は気にならない。盗賊討伐の戦利品にかなりのお金があったからだ。俺の所持金は銀貨144枚と銅貨233枚だ。

 宿屋街の端に広めのスペースがあり、馬車が何台も止まっていた。その奥には厩もある。どうやら宿屋ごとに厩や馬車留め場があるわけではなく、こうした場所を利用するようだ。

 早速入っていき、馬車を停めて係員に聞いてみた。


 「すいません。馬車と馬の預かりはここでお願いできますか」


 「いらっしゃい、どちらもお預かりできます。馬車は銅貨20枚、馬は30枚、一泊二日の料金です。夜の10時から朝の5時までは出し入れできません。料金は一泊分だけ先払いです。連泊するなら出すときに追加分を払っていただきます。馬の世話は係がしますから心配いりません」


 「その日のうちに何度か出入りすることはできますか」


 「札を渡しますから、それを提示すれば何度でも出入りできます。10時には閉まりますから時間厳守でお願いします」


 俺は馬車1台と馬3頭を入れて銀貨1枚と銅貨10枚を支払った。武器防具などの戦利品は全てリュックの収納空間に入れた。収納と念じるだけで一気に消えるのは不思議な光景だ。人には見せられない。それにしても沢山入るものだ、どれだけ入るのか興味がある。いつか検証してみよう。

 さて、どの宿屋にするかな。係員に聞いてみた。


 「安くてキレイで料理が美味い宿はありますか。風呂もあれば嬉しいです」


 「安いなら西屋、新築は白馬寮、料理なら萬来亭ですね。風呂があるのは白馬寮だけです」


 新築で風呂もあるのはポイントが高い。白馬寮にしよう。お礼を言って白馬寮に向かう。目指す宿屋はすぐに見つかった。白木も新しい木造二階建てで、25mほどの間口の中央に入口があって両開き扉の上に白馬が3頭並んだ彫り物の看板があった。

 入って右側が受付で左側が食堂になっている。受付にいた男性がにこやかに声を掛けてきた。


 「いらっしゃい。食事ですか、宿泊ですか」


 「宿泊ですが、料金はいくらでしょう」


 「1泊素泊りで銀貨3枚、風呂の利用は何度でも自由です。食事付きなら朝夕2食で銅貨50枚です」


 「部屋のクリーンは毎日してもらえますか」


 「もちろんです。服もベッドの上に置いておいていただければサービスでクリーンします」


 「それはありがたい。ではとりあえず3泊お願いします」


 「はい、3泊ですね。ただいま開業記念で5泊分の料金で7泊お泊りいただけますが、いかがでしょう」


 「それは得ですね。では7泊にします」


 銀貨17枚と銅貨50枚を支払った。部屋は2階の道路側にしてもらった。201号室だ。暇なときにでも窓から通行人を見て【レンタル】の練習をするつもりでいる。まだ木の香りがする真新しい部屋だった。ベッドも机も椅子も箪笥も全てが新品で気持ちいい。


 無事に宿も決まったことだし外で昼食をしてから神殿へ行くか。神殿はここに来るときに通った中央交差点から見えた一際大きな白い石造りの建物だ。街を知らない俺でもこれが神殿だろうと想像がつく。正面は5段ほどの階段で階段の上には巨大な石柱がギリシャの遺跡のように並んでいた。あそこに行くのにこんなカジュアル着でいいのだろうか。

 俺は収納から武器や防具を出して一人ファッションショーをやってみた。賊の持っていた物だ、血が付いていると気持ち悪いので、取り出すときに汚れの無い状態をイメージする。出てきた物はどれも汚れの無い綺麗な状態だった。収納を見ると廃棄物がリストに表示されているので、汚れを取り除いてくれたのだろう。これを利用すれば自分の服や下着もクリーニングできそうだ。

 靴は黒スニーカーしかないので乗馬ズボンは似合わない、ジーンズか農茶の綿パンだ。上は最初から着ているオフホワイトの綿シャツ、紺と緑のチェックシャツ、鎖帷子、革鎧、胴鎧だ。シャツの上に鎧だとアホみたいだ。鎧を着るなら素肌か、せめて黒の無地Tシャツだろう。下着の白Tシャツならあるが、やはりアホっぽい。戦いに行くわけじゃないので鎧は止めよう。帯剣はしたほうが良さそうだ。男の嗜みだからな。

 ブロードソード、ショートソード、カットラス、サーベル、レイピアのどれかだ。ブロードソードは重すぎる、ショートソードは扱い易いが短くて格好悪い。カットラスもいいが海賊っぽい。となるとサーベルかレイピアだ。カレンさんやリシェルさんに憧れる俺としてはやはりレイピアだ。リシェルさんに聞けばコーディネートしてくれるだろうけど、会いには行けない。行けば自分を選んでくれたと喜ばせてしまうだろう。

 こんな感じでいいだろう。黒スニーカー、紺緑チェックシャツ、濃茶綿パン、レイピア。

 剣士ごっこをしている高校生が出来上がった瞬間だった。


 宿の男性に教えて貰い昼食にする。宿の裏通りにある食堂だ。7割ほどの席が埋まっている。ランチは日替わり定食だけだ。トマトソースのパスタに三角バイソンの肉とキャベツサラダだ。迷いようもなくそれを頂いた。パスタが茹で過ぎなのを除けばどれも美味しかった。

 三角バイソンは人里離れた草原にいる魔物だという。群れていて気性も荒いので狩るには経験が必要らしい。食後にコーヒーも出て料金は銅貨50枚だった。また来ようと思う。


 満腹になったところで本来の目的地である神殿へと向かう。中央交差点を南に少し行くとすぐに神殿に到着した。大通りに面して荘厳な階段がありその上に巨大な石柱が並んでいる。石柱の間が入口だと思うのだが、全く人気が無い。この階段を上って良いのだろうか。土足厳禁だったらどうしよう。威厳がありすぎて躊躇う。


 ボガーン


 横のほうで何かが落ちた音がした。

 見れば小さな子供が転んでいる。その側には男が立って地面に落ちた木の板を見ていた。その木の板は見事に二つに割れていた。


 「このガキが、何しやがる。大事な板材が割れちまっただろうが。親は何処だ、弁償しろ」


 子供は転んだまま泣き出してしまった。


 「バカ大工が。お前が悪いんだろ。板で前が見えないのに歩くなボケ」


 よく見れば神殿の敷地の端の地面に座った女が、その大工らしい男に文句を言っていた。女の首から下はマントのような布を地面までスッポリと被っていて足も手もマントに隠れて一切見えない。大工は女の方に寄って行き憤怒の表情で見下ろして喚いた。


 「このアマ、ゴミみてえなヤツが偉そうに説教するな」


 「ゴミはお前だ。その子に謝れ。怪我をさせたのはお前の責任だ。今すぐに謝れ。クソが」


 「なんだと、もう許せねえ。ボッコボコにしてやる」


 男が凄みながら更に女に近づく。女は怯えもせずに座ったまま、やるならやってみろという顔をしている。どうやら男のミスのようだし、さすがに見ていられずに俺は二人に足を向けた。余りの騒ぎに周りの通行人も足を止めて冷ややかな視線を男に送っている。男はマズイと思ったようで板を拾って足早に立ち去ってしまった。


 「待てクズ。この子に謝っていけ」


 女はまだ怒りが収まらないようで男の背に罵声を浴びせていたが、まだ泣き止まない子供を見て声を掛けた。


 「もう泣くな。たいした怪我じゃないだろ。オマエもこれからは前をちゃんと見るんだよ」


 今までとは打って変わって優しい声だった。


 そのころになって漸く子供の母親が走ってきて、子供を抱きかかえたかと思うと女に礼も言わずにそのまま行ってしまった。

 なんだあの失礼な親は。

 俺は神殿の入口を聞くのにちょうどいいと思い座っている女に近づいた。女は俺と同年代の少女だった。そのマントはかなりの襤褸で薄汚れていて異臭もした。身じろぎ一つせずに、近づく俺を睨みつけた。

 首には俺が賊に嵌められた物より3倍くらい太い純白の首輪をしている。純白の首輪と襤褸布、不思議なコーディネートの少女だった。

 おそらく神殿の信徒で座ってお祈りをしていたか、あるいは托鉢のような修行をしていたのだろう。さっきの大工への怒りが収まらないのか、修行の邪魔をされて怒っているのか、睨む目が恐ろしい。

 少し聞くだけだから怒らないでほしい。


 「すみません。邪魔をして申し訳ないのですが、神殿へは何処から入ればよいのでしょう」


 「お前は馬鹿か、死ね」

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