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異世界レンタル放浪記  作者: 黒野犬千代
第二章 憲兵隊
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第28話 失業

 今日で付き人稼業も終わりだ。

 兵舎の食堂でドルアス軍曹と下層トリオと兵舎での最後の朝食を取っているとサルード中尉が訪ねてきた。昨日、賊のアジトへ後始末に向かったイケメン将校だ。軍曹とトリオは、またあとでなと言って職務に戻っていった。


 「おはよう、ゴータ君、食事中すまないね」


 「サルードさん、おはようございます」


 軍とは関係無くなったのだから軍隊式の敬称は無しだ。


 「早速だが、昨日アジトとその先の原野で回収した賊の所持品リストだ。確認してくれ」


  馬2頭

  幌馬車1台

  素槍1本

  手槍2本

  サーベル3本

  ショートソード1本

  ブロードソード1本

  レイピア2本

  カットラス3本

  ナイフ5本

  タガー3本

  クロスボウボルト20本

  投げナイフベスト1着

  革鎧4着

  胴鎧2着

  鉄ヘルム1個

  鉢金1本

  銀貨143枚

  銅貨231枚

 

 「こんなに沢山ですか」


 「他にも逃げた馬が数頭いたが、それは隊員が捕獲したので憲兵隊の捕獲扱いだ。アジト内の倉庫には酒や食料、武器や防具、宝飾品などあったがそれも隊の押収品になる。ゴータ君に権利があるのは倒した賊の所持品と馬車、乗ってきた馬だね。これでよければサインしてくれるかな」


 「はい、十分すぎるくらいです。ありがとうございます」


 「賊は18人だった。私が行った時は2名はまだ息があったが、職権で処分した。ゴータ君は凄腕なんだね。ほとんどが首や心臓の急所を斬られていたよ。何件も検死をしてきたが、これほどの腕で、これほどの人数相手というのは記憶に無いよ。本部に表彰と叙勲の申請をするように少佐に進言するつもりだ」


 「いえ。それは止めてください。俺は生きるために必死で戦っただけです。それに、目立ちたくありません。賊の仲間が他にもいるかもしれません。また復讐に来たらと思うと夜も眠れません」


 「それなら大丈夫だ。我々が掴んでいる情報では他に仲間はいない。だが、もしキミが目立ちたくないというなら、表彰やらは止めておこう。色々な事情の人がいるからね別に珍しい事じゃないよ」


 「そうしていただけると助かります」


 「それから、少佐なんだが、入院することになった。いや心配するほどじゃない。腰の打撲だけだからね。だがずっと働き詰めだったから、これを機に少し休養してはどうかと士官全員で説得したんだ。君も時間があったら顔を出してあげてくれないかな」


 「はい。すぐにでも行きます」


 「頼むよ。君の戦利品は幌馬車に全部積んである。兵舎の方は今日中に引き払ってくれると助かる。それからこれは紹介状だ。どの都市の神殿でも通用する。神殿内では決して問題を起こさないようにね。神殿には独自の法律がある。治外法権だから何かあっても憲兵隊は手出しできないからね。では、私の仕事はこれで終わりだ。少佐を守ってくれて本当にありがとう」


 サルード中尉は爽やかに去っていった。

 俺はその足で隣の病院へ行った。

 病室は聞けばすぐに教えてくれた。

 ノックをして名前を告げると、どうぞ、という声と同時にドアが開いた。

 白い制服姿のリシェル少尉だった。


 「ゴータさん。少佐、ゴータさんが来てくれましたよ」


 日当たりのよい広めの個室の中央にベッドがあり、カレン少佐が上半身を起こしてこちらを振り向いた。逆光の中でダークブロンドの髪が揺れた。


 「カレンさん、お加減はいかがですか」


 「ただの打撲に入院など大げさすぎる。だが、ゴータ、来てくれてありがとう」


 淡いオレンジのシルクパジャマ姿で髪をかき上げるカレン少佐から柑橘系の香りが漂う。薄化粧の口元に貼った小さな絆創膏が無ければここが病院だとは忘れてしまいそうだ。その絆創膏が恥ずかしいのか少佐は口元に触れて言った。


 「ゴータの顔も痛そうだな」


 「いえ、昨日カレンさんの頬で癒していただきましたので」


 「そうだな、私もあれで随分と楽になった」


 リシェル少尉が口を尖らすのを横目で見ながら、カレン少佐が頬を赤らめて続ける。


 「ゴータは暖かくてとても気持ちが良かった」


 「俺もその、なんていうか、その」


 「ゴータは上手いんだな」


 「もうダメです。面会謝絶です。ゴータさん、即刻退室してください」


 「ちょ、リシェルさん引っ張らないでください。カレンさん、短い間でしたがお世話になりました。魔法も覚えるし、冒険者にもなります。ダンジョンだって入ります。ありがとうございました。あ、そうだ、カレンさん。最後に拷問部屋も見学していいですか」


 「ん、なんの事だ」


 「最初の時に俺を拷問するって言ってたじゃないですか。地下に拷問部屋があるって」


 「うちの支部に地下は無いぞ」


 騙しやがった。カレンさんらしい。

 カレンさんはもう窓の方を向いてしまって、こちらに手をヒラヒラやった。


 「さあ、ゴータさん、行きますよ」


 そう言いながら俺の手を引いて出ていくリシェル少尉に少佐が声を掛けた。


 「リシェル、食うなよ」


 「ふんだ。もう少佐には関係ありません」


 またスイーツの話か。この人たちはそれしか頭にないのか。

 リシェル少尉は俺の手を引いてぐんぐん歩く。


 「ゴータさん、前にお約束しましたね。私の部屋を見せてあげます」


 なんとリシェルさんの部屋か。興味がある。

 リシェル少尉の部屋は将校居住区2階の一番手前だった。

 ドアを開けるとすぐにコートハンガーがありレイピアが剣帯ごと掛けてある。その横にはバゲージラックにライトメイルが置かれ、乗馬ブーツも揃えてあった。反対側の壁際にシングルベッドがありパステルグリーンのカバーが掛けてある。部屋の広さは18平米ほどだ。

 女性の部屋に初めて入った。


 「ゴータさん、ベッドにでも腰掛けてくださいね。いまお茶を入れますから」


 硬めのベッドのようで座ってもそれほど沈み込まない。

 リシェル少尉は花柄のティーカップに紅茶を入れてベッド脇の丸テーブルに置いた。


 「どうぞ、ゴータさん」


 「いただきます」


 砂糖は入っていないが香りだけで甘く感じる美味しい紅茶だ。それより驚いたのがちゃんと熱かったことだ。ポットのような物から注いでいたが、ポットがあるのだろうか。


 「あ、これは父様が送ってくれたんですよ。マンモースの毛皮が巻かれているんです」


 「マンモースですか」


 「はい、北に生息する大型の魔物です。毛皮に抜群の保温性があるんですよ」


 マンモス的な魔物なのだろう。覚えておこう。

 リシェル少尉もティーカップを手に俺の隣に腰掛けた。ピンと伸びた背筋が美しい。組んだ長く細い足がスリットのせいで艶めかしさを醸している。飲むたびに、ほっと息を吐いて幸せそうな表情をするリシェル少尉。

 飲み切るとティーカップに付いたピンクオレンジの口紅を右手の親指で拭った。

 俺も飲み終わったカップをテーブルに置く。美味しい紅茶だった。


 「ゴータさん、今日で兵舎から出て行かれるんですね。寂しいです」


 「そうですね。俺も寂しいです。せっかく皆と仲良くなれたのに」


 「少佐とは特別に仲良くなれたみたいですね」


 「いや、そんな」


 「私も好きですよ」


 も、っていうのはどういう事だろう。確かにリシェルさんの事は好きだが。


 「少佐に負けないくらい私も好きです。だから」


 そう言ってリシェル少尉は、後ろに突いていた俺の左手首を取って背中に回して捻り俺を仰向けに押し倒した。そのまま俺の左手首を掴みながら右手で俺の肩を押さえ、腰の上に横乗りになってしまった。そうだ、少尉は髭面の大男を組み伏せるほどの技があるんだった。


 「だから、これから少佐と同じことをします」


 そう宣言した。

 リシェルさんは何を言っているんだ。少佐と同じ事って、カレンさんとは何もしてない。

 俺は戸惑ってしまって何も言えない。

 俺の右手はフリーだが、か細いリシェルさんを突き飛ばすなんてできない。


 抵抗しないのを合意と受け取ったのか、リシェルさんはそのまま倒れ込んできた。

 ダメです、そう言おうとした俺の口は塞がれた。リシェルさんの唇は柔らかかった。初めての戸惑いよりも悦びの方が大きかった。リシェルさんの吐息を間近に感じる。

 唇を離さないでいるとリシェルさんの舌が唇を分け入って来た。はじめは躊躇いがちに徐々に大胆に、俺の口の中を彷徨い歯や歯茎や上顎を一つ一つ確かめるように動き舌に絡みついた。憧れのリシェルさんとのキスに俺は蕩けた。

 リシェルさんは唇を離すと、俺の目を見つめてから頬と頬を合わせた。

 俺の右手はフリーだが、リシェルさんの胸を揉むなんてできない。

 リシェルさんはお尻に当たる男の変化に気付いて耳元で言った。


 「父様に言ったんです。今度ゴータさんを連れて行きたいって。そしたら父様ったら、連れてくるなら子供と一緒に来いって」


 「リシェルさんにはお子さんがいるんですね」


 「違います、ゴータさんとの子です。父様ったら一日でも早く孫の顔が見たいんですって。だからこれからします。少佐には渡しません」


 「カレンさんとは何もしてないです」


 「え、だって、あんな事を仰っていたではありませんか」


 「違います。寒いから摩ったりしただけです。友達だって言ってたでしょ」


 リシェルさんが体を引いた。


 「もう、私ったら。ゴータさんが取られちゃうって思って焦ってしまって。ごめんなさい、もう無理にするのはやめます。ですが私は本気ですからね。ゴータさんがその気になったら何時でも夜這いしていただいて構いません。いつでも、何度でも。私の夢はゴータさんと農場を経営することです。父様は10個くらいやるって言ってくれました。だから子供も10人は欲しいかな」


 リシェルさんは照れを隠すかのように一人で話し続けた。

 そして何事もなかったかのようにスカートの皴を伸ばし、襟元を直してから俺に手を差し伸べて立たせた。

 俺たちは手を繋いで部屋を出て階段を降りた。リシェルさんは将校居住区の玄関で手を離し、俺に白いハンカチを渡して口を指さした。


 「さよなら」


 そう言うなり顔を隠すように踵を返し自分の部屋へ戻っていってしまった。

 甘いと思った紅茶が今になって苦くなった気がした。


 リシェル少尉から貰ったハンカチで口を拭うとピンクオレンジに染まった。

 彼女のおかげでどれだけ癒されたかわからない。


 俺はカプセル部屋に戻り乗馬ズボンに履き替え、弓矢とカットラスをリュックに入れた。これだけで俺の荷造りは完了だ。

 厩舎へ行き、栗毛馬を引き出して幌馬車の後ろに繋いだ。俺は御者台に上り手綱を取ってブレーキを外した。手綱で合図を送ると2頭の馬が歩きはじめた。キャラバンでブラウンさんの横に座り見様見真似で覚えただけだがちゃんとできた。

 馬車は憲兵隊をあとにする。


 ほんの数日間過ごしただけだがとても濃い日々だった。

 目的地はわずか数百メートル先の宿屋だ。

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