第23話 盗賊たち
繁華街の雑踏からその馬車を見る二人の男がいた。
「おい、あの紋章はマルキス家のだろう」
「だとするとあれが兄貴をコケにしたカレンとかいう女か」
「女の隣にいる男を見ろ。ヤツだ」
「間違いない、あの時のガキだ。怪しい魔法で兄貴を殺りやがった。あの野郎、あの女とデキてやがったのか。許せねえ」
「お前は手下を集めろ、俺は魔法封じの首輪を手に入れる」
馬車は繁華街を抜け街の中心部へ戻って来た。肩が軽くなったので横を見ればカレンさんが目を覚ましていた。視線を下げれば、さっきまで見えていた谷間はボレロで隠されている。
彼女は腰をずらして距離を取り睨みつけてきた。
「お前は今日、隊の庭で何をしていたのだ」
女性モードは終わり、軍人モードに戻ったカレン少佐。目撃されていたか、面倒くさい。とぼけよう。
「なんでしょう、よくわかりません、少佐」
「庭石の上でリシェルの外套を着て何をしていた」
「修練の一環で庭に出て瞑想していました、少佐」
「なんだそれは」
「心を無にして瞑想するという高潔な行為です、少佐」
「股間をまさぐって妄想するという不潔な行為だろ」
「何をおっしゃっているのです、少佐」
「外套で隠して股間をモゾモゾやっていただろう、リシェルも目撃している」
まずい。確かに外套で手元を隠してスキルの検証をしていたが、他から見たら勘違いされる動きだったかもしれない。完全に冤罪だ。だがスキルの事は明かせないし、お手上げだ。
「ふん、返す言葉も無いようだな。おい、ドルアス」
御者台に呼びかけた。
「はい、少佐」
「明日はコイツを鍛えてやれ」
「その言葉を待ってましたぜ、少佐」
馬車は本部の前を通過して裏へ回り将校用の居住棟に着けた。少佐は出迎えたリシェル少尉と共に建物に入っていった。
翌朝7時。俺は鬼軍曹に叩き起こされた。
「おい、ゴータ、いつまで寝ている。30分で支度して裏庭に来い」
「はい、軍曹」
体育館の裏じゃなくて良かった。
裏庭に行くと軍曹が木剣を投げて寄越した。
「遠慮はいらん本気で打ち掛かってこい、手を抜くと怪我をするぞ」
剣道の経験は無い。もちろん剣など振ったことも無い。俺は我武者羅に打ち掛かった。振れども振れども当たらない。軍曹は剣さえ交えずに足捌きだけで躱し続ける。
剣を突いて振って叩いて払って、何をどうやっても掠りもしない。軍曹の動きを先読みして叩こうとするがそれも読まれてあっさり躱され、意表をついて飛び掛かっても余裕でいなされ、全く相手にならなかった。
そんな事を30分ぐらい続けてついには腕が上がらなくなり、やがて足も動かなくなって崩れ落ちてしまった。
軍曹が息切れしながら言った。
「剣のセンスは皆無だ、だがここまで動ける奴は珍しい。何かやっていたのか」
「いえ、特に何もやっていません、軍曹」
嘘だ。本当は中学3年間マーチングバンドでトロンボーンを担当していた。2kgの楽器を演奏して10分ほど行進するのだ。そんなのが少しは役に立ったのだろう。しかしそれは言わない。軍楽隊にでも入れられたら嫌だからだ。
「そうか、それにしては動きがいいな。剣は致命的にダメだがな。もう一度だ」
VTRのリプレイでも見ているんじゃないかと思うほどに同じ有様だった。木剣を振り回しながら走り回る俺、欠伸をしながら躱す軍曹。
「ゴータは剣以外で頑張った方が良さそうだな。30分休憩したら厩舎に来い。馬の技量を見てやる」
俺は部屋に帰ってポータードさんに貰った乗馬ズボンに履き替えた。乗馬靴は無いのでスニーカーのままだ。
厩舎へ行くと、厩番の手入れのおかげで馬は元気だった。ドレイブルから奪った栗毛の馬だ。俺は馬の手綱を引いて厩舎から出した。近くで見る馬は大きくて怖そうだが目は優しくて可愛い。鼻を撫でてやると嬉しそうだ。
ドルアス軍曹はすぐに鹿毛馬に乗ってきた。
「東の馬場に行くぞ。馬に乗れ」
乗ったことなど無い。基本から教えて欲しい。
「乗り方が分かりません、軍曹」
「そうなのか、まあ誰にでも最初はある。手綱を持った左手でタテガミを掴め。そこだ。鐙に足を掛けろ。違う、右足を掛けてどうやって乗るんだ。左足だ。そう、そっちだ。右手で鞍の上を掴め。そしたら右足でジャンプすると同時に右手で体を引き上げて、左足で鐙の上に立って右足を上げるんだ」
俺は何回かやって乗ることに成功した。
馬に乗るとこれほど視界が広がるのか。歩いている時とは景色が全く違った。
軍曹は教え方が上手かった。横に並んでその都度丁寧に教えてくれた。全く全然、鬼軍曹などではなかった。俺はなんとか落馬せずに東の馬場に辿り着くことができた。ポータードさんの乗馬ズボンのおかげでお尻も痛くならなかった。
馬場には先客がいた。金糸の横線が沢山付いた青いドルマンの軍服を着て羽根つき帽を被った軽騎兵だ。葦毛の馬を輪乗りしながら下を見て足元を確かめるようにしている。柵の向こうにはそれを見物している男がいた。アラビアンナイトに出てくる盗賊のような服装をしている。帯には宝石をちりばめたジャンビーヤという短剣を挟み、腰には反りのある80cmほどのシャムシールを差していた。もちろん盗賊ではないだろう。馬上の軽騎兵と親しそうに話している。
「おー、ルーク中尉とジュドーじゃないか。来てたのか」
大声で言うドルアス軍曹に二人が同じように大声で言う。
「ドルアスか。少佐の警護はいいのか」
「ああ、今日はコイツの遊び相手だ。コイツは少佐お気に入りのゴータだ。騎馬はルーク中尉、国一番の騎兵だ。あっちはジュドー、無敵の剣士様だ」
「少佐の付き人のゴータです。宜しくお願いします。中尉、ジュドーさん」
「少佐のお気に入りとは羨ましいな。よしゴータ、一回りしてみろ」
国一番の騎兵が見てくれるようだ。俺は軍曹に教わった通りに馬を操る。
「……」
「……」
「ははは」
二人とも目が点になっている。俺の実力を知っている軍曹は笑うしかない。
「まあ、あれだ。その馬は良い馬だぞ」
「そ、そうだな。そのズボンは良いな、今度酒でも奢ってやろう」
二人とも何とか褒めて義務を果たしたかのように俺たちに馬場を譲って去った。軍曹はめげずに指導してくれたが、俺は馬を歩かせるのが精一杯だった。
「大丈夫だ。乗っていれば慣れるもんだ。腹が減ったろう。隊に帰るぜ」
俺に合わせてゆっくりと馬を歩かせ憲兵隊に戻り、兵舎の食堂に行った。正午を少し過ぎた頃で食堂は全隊員が集まったかのごとく大混雑していた。配膳係に聞けば今日の昼食はイカの丸焼きだそうだ。内陸部のグラリガでは高級レストラン以外で海産物が出されるのは滅多にない。南から来た行商人が消費期限間近だからと二束三文でイカを売っていったらしい。数量限定で今しか食べられないと聞いて、普段は食堂を利用しない裏方までが集まっている。
隊員たちは皆嬉しそうにイカの丸焼きを頬張っている。下層トリオの姿も見える。俺も軍曹と一緒にイカに噛り付いた。炭火で焼いたらしく香ばしくて美味しい。俺は軍曹に馬場で紹介された二人の事を尋ねた。
「ルーク中尉は馬術競技会2連覇だ。障害物を超えて敵に見立てた藁束を両断するんだぜ。その前は別の方が優勝したがな」
おそらくダリュル大尉なのだろう。軍曹の顔が少し悲しそうだった。
「ジュドーは軍人じゃない。冒険者の剣士だな。魔物の間を駆け回り右に左に斬り倒すんだ。剣術だけじゃなく足の速さもピカイチだ」
「軍曹はお二人とも仲が良いんですね」
「ああ、飲み仲間だ。あの二人がこの町に来たときは毎回飲んでる。北地区の酒樽亭って飲み屋だ。2階が宿屋になっててな、飲んでるか寝てるかだな」
軍曹はイカをもう一本食べると言って列に並んだ。俺は忘れないうちに馬の乗り降りを練習しておこうと厩舎へ向かった。
厩番も食べに行っているようで厩舎はガランとしている。将校居住棟の方角から来た幌馬車とすれ違った。2頭立ての馬車で荷台は3mほどあり、幌の横には魚の絵が描かれている。おそらくイカを売りに来た行商人だろう。刺身も食べたかったがさすがにそれは無理というものだ。冷蔵魔法でもあれば別だが。
そんな事を考えた時、荷台から素早く降りた半パンツの男に棒のようなもので後頭部を殴られ俺は意識を失った。