第22話 晩餐
スキル【レンタル】の検証を終えた俺はカプセル部屋へ戻り着替えをした。外套を着て検証をしていたので汗ばんだためだ。幸い昨日購入したチェックのシャツと綿パンがある。下着も替えた。
午後6時前に少佐の執務室をノックした。
「ゴータです」
「入れ」
「失礼します、少佐」
なにやらお洒落な女性がいる。部屋を間違えたのかと思ったが、よく見ればカレン少佐だった。
靴まで隠れるブルーサテンのロングドレーブスカートドレスを着てボレロを羽織り前で留めている。
どこかのパーティーから帰ったばかりのようだ。これから着替えるのだろう。
「失礼しました、少佐。出直してきます」
「何を言っている。すぐに出かけるぞ」
「ゴータさん、初めて見る服ですね。今日の為に買われたのですね。少佐をお願いしますね」
リシェル少尉が口を尖らせているようだが、何かあったのだろうか。促されるまま正面入り口へ行くと馬車が横付けされていた。見慣れた荷馬車ではなく、儀装馬車のような立派なものだ。鷲が剣を持った家紋まで描かれている。
少佐は開けられたドアから優雅に乗り込んだ。御者はすでに御者席についている。と思ったらドルアス軍曹だった。
よっ、という感じで片手を上げていた。それなら俺は後ろの立ち番だろうかと、戸惑っていると中から少佐に呼ばれた。
「何をしている。早く乗れ、隣に座れ」
「よろしいのですか、少佐。ところでどちらへ行かれるのですか」
「この時間だ。食事に決まっているだろう。南地区のレストランだ」
「はあ」
はあ、どうやら食事へ行く道中警護のお役目のようだ。馬車は南地区の繁華街を抜けて静かな通りに入って止まった。ドアボーイが来てドアを開けてくれる。
少佐は乗った時と同じように優雅に降りた。そのドレスでどうやったら転ばずに乗り降りできるのか不思議だ。
レストランといわれた建物は何の飾りも無いノッペリした白い石造りだ。半円の両開きのドアがこちらを向いて開いていなければ入る気になれない重厚感がある。係に誘導されて歩くと少佐が俺の右腕に手を添えて来た。きっとドレスに隠れた靴が相当高さのあるヒールなのだろう。転ぶといけないしサポートしよう。
店に入ると右手はバーカウンターのあるスペースで棚には色とりどりのボトルが並んでいる。そのまま進むと正面はフローリングのホールでランプの載ったテーブルがいくつもあった。俺たちはホール手前で、こちらですと左へ案内された。壁に絵画の飾られた廊下を進みそのまま個室へと通された。15平米ほどの部屋の中央に一つだけテーブルがあり向かい合わせに椅子が置かれている。部屋の壁も石造りだがこちらは暖色だ。2mおきに半円の腰窓を思わせる窪みがあって、そこに載せられた魔石ランプが部屋を照らしていた。窪みと窪みの間には海をモチーフにした小さなモザイク画がある。どこか南方の海辺の町をイメージしているようだった。
少佐は係が引いた席に腰を下ろした。
俺は待合室で待つのだろう。
「なにをしている。さっさと席に着け」
「私がここに座っても宜しいのですか、少佐」
「当たり前だろう。椅子に座らずに何処に座るのだ」
会話は成立しているのだろうか。【語学】スキルが機能しているのか不安になる。席に着くと給仕が少佐のグラスに白ワインを注いだ。
「お前も飲むか」
「いえ私は16歳ですので。水をください」
「お前は時折よく分からん事を言うな」
何が分からないのか分からないが、罪科が「非行少年」になったら困る。すぐに料理が運ばれてきた。松茸、ヤングコーン、アボカドが冷製ゼリーに包まれて中央に大きめの赤い海老が入っている。ゼリーの上には黒いプチプチした物も載っている。
俺の前にも置かれたが食べてもいいのだろうか。
「少佐、私も食べていいのですか」
「私は食事に来た。お前は付き人としてそこで食べろ。それがお前の仕事だ」
どうやら食事に付き合えという事のようだ。しかし、こういうレストランに俺のようなノーネクタイでしかも古着の奴が入っていいのだろうか。ドレスコードがあるはずだが、個室だからいいのか、少佐だからいいのか、まあどうでもいい。
ゼリーは酢が効いていたが海老が甘くて美味しかった。
少佐も楽しめたようで白ワインを飲んでいる。
次に小さめのサラダが運ばれてきた。ルッコラやチコリ、トマトが入っている。味付けは多分オリーブ油と塩、胡椒、シンプルだ。マヨネーズにしてほしかった。サラダはフォークだと食べにくいが、少佐はごく自然に食べていた。下を向くたびにグラデーションカラーの髪が揺れダークブロンドが映える。
サラダの次は緑色のスープだった。そら豆の冷製ポタージュだ。クリーミーで甘くて美味しいのだろう。少佐も美味しそうにしている。スプーンがグロスルージュの唇に運ばれる。
スラリと長くしなやかな指がパンを千切り口に入れる。
給仕がグラスに白ワインを注いだ。
少佐はワイングラスの脚を親指と人差し指で挟んでゆっくり上下している。
何か考えているようだった。
スープが下げられて、次の料理が運ばれてきた。
白い皿にアワビが載せられ赤と黄色のパプリカ、緑のアスパラガスが添えられ黄色いマスタードソースが細く薄く掛けられている。
少佐はワインを飲みすぎたようで火照った顔をしている。
そして暑さに我慢できなくなったのか、羽織っているボレロの前留めを外し両肩に手を添えてストンと椅子の背に落とした。
ボレロの下は胸元が深く切れ込んだノースリーブのプランジングネックだった。
揺れないはずの魔石ランプが揺れて少佐の胸の谷間で影が動いた気がした。
下層トリオが言っていた。少佐とリシェルさんはツートップだと。その通りだと思った。いや、少佐のワントップだと。
俺はサラダの辺りから味が全く分からなくなっていた。
いつもと違う少佐の装い、間接照明が幻想的に照らす少佐の白く透き通るような肌、そして今あらわになった少佐のデコルテ、華奢な肩、胸の谷間。
カシスのグラニテを挟んで肉料理が出され、少佐は今度は赤ワインを飲んだ。俺は飲んでもいないのに顔も体も熱くなり、目は少佐に釘付けだった。
アイスクリームと少しのフルーツが出されても俺の味覚は戻らなかった。
給仕が二人の前にコーヒーを置き、テーブル中央の小ぶりな魔石ランプを灯して退出すると壁の照明が少しだけ落とされた。
少佐が俺の目をまっすぐに見ている。尋問の時のような強い目ではない。優しい目だ。
俺も見つめ返した。見たことのない少佐の表情を何一つ見逃したくなかった。
「ゴータ、キミのしてくれた事で、私の大切な人が漸く安らかに眠ることができた。私の大切な人は三年前に・・・」
カレン少佐は全てを話してくれた。
楽しい思い出は嬉しそうに、嫌な事は辛そうに、何もかも聞かせてくれた。
そして最後にこう締めくくった。
「復讐心も憎しみも全てキミが終わらせてくれた。感謝している」
「自分が生き残るためにした事です。俺に感謝する必要なんてない」
「キミが生き残ってくれて本当に良かった」
俺たちは食事を終えた。
カレンさんはすっかり酔ってしまったようで足元がおぼつかない。俺の右腕に縋り付いて歩く。歩くたびに右肘が彼女の左胸に当たる。俺は右肘に全神経を集中して柔らかさを堪能した。仕方がないだろう、それが男だ。支払いは大丈夫なのかと心配したがツケが利くようだった。
来た時と同じように二人で馬車に乗り、ドルアス軍曹が御者を務めた。カレンさんは俺の肩に頭を預けて眠ってしまった。
ドルアス軍曹が御者台からこちらを向いて、男の隊員を全員敵に回したな、と笑った。
馬車は繁華街を抜けて行く。
繁華街の雑踏からその馬車を見る二人の男がいた。