第21話 リシェル
書類仕事はとても苦手。寝てしまいそうになりますもの。でも頑張らなきゃ。少佐からの命令なのですから。少佐は任官したばかりの私を副官してくださった。貴族の令嬢でしかも出世コースをひた走るカレン少佐の副官、それは自分の息子や娘の名を売りたい貴族たち垂涎のポスト。それなのに、あの方は農場主の娘でしかない私を選んでくださった。
理由がとてもユニークでした。馴れ馴れしく言い寄ってきた男を投げ飛ばしたのが見事だったと。
少佐は有能な方です。
憲兵隊少佐の副官になると父様に言った時に、なぜそんなものになる、と叱られた事がありました。でもその後、農業大臣のご友人にカレン少佐の評判を聞かされて大層お喜びでした。だから少佐はとても有能な方です。
わずか25歳でもう憲兵隊少佐なのです。私が5年経って25になった時は何をしているかな。そうだ、お嫁さんです。
とても良い方とお知り合いになれました。私より四つも年下なのに、凶悪な盗賊をやっつけてしまったそうです。農場でも軍隊でも男たちはみな屈強でした。横幅があり、胸が厚く、腕は太い。それな男たちしか見て来ませんでしたのに、あの少年はひょろひょろなのです。そのひょろひょろな少年が私の敬愛するカレン少佐が憎む悪党を討ち取ったのです。そのギャップに、厚くない少年の胸に私の胸が熱くなるのです。
髭の大男が私を襲おうとした時も私を庇ってくださいました。両手が塞がって戦えないのに、殴られてでも私を守ろうとしてくださいました。もちろん髭の大男は私が懲らしめてやりました。子供のころから柔術をしている私には図体だけが自慢の男など物の数ではありません。大切な人を傷つけようとした報いに骨を折って差し上げました。あの時、私のはしたない姿を見た少年はすぐに後ろを向いてくださいました。なんて紳士的なお方なのでしょう。
それに少年はとても素直でした。私が指導するときも聞き分けがよく、すぐに理解してくれました。兵士たちからの受けも良いのです。きっと農夫たちとも上手くやっていけるでしょう。そうだ、結婚したら父様に農場を10ほど分けてもらいましょうね。
農場の見回りから帰ったゴータさんを私は焼きたてのアップルパイで迎えるの。子供たちに囲まれてあっという間にパイは無くなってしまう。
なんて幸せなのかしら。
そうそう、今日はゴータさんが私を頼って来てくれました。今までは少佐の御用でしか私に話し掛けてくれなかったのに、今日は別でした。外套を貸してほしいって。どれにしようか悩みました。黒か紺かカーキ色か。カーキ色は裏地が花柄で男性にはどうかと思いましたが、でもやっぱり私の一番のお気に入りに決めました。最初は戸惑っていたゴータさんも最後は喜んで貰ってくれました。とても可愛い笑顔でした。
ああ、ゴータさん。欲しいな。
少佐がゴータさんを邪険にしていらしたので、いただいてしまってもよろしいですか、ってお尋ねしたら断られてしまいました。やっぱり少佐もゴータさんの事が好きみたいです。
少佐には敵いません。あれほどお美しくて、聡明で、家柄も良くてお強いのです。少佐を嫌いな殿方なんて見たことがありません。きっとゴータさんもそうなのでしょうね。
書類も出来たし、少佐のサインを貰いに行きましょう。
コンコン
「入れ」
「少佐、ゴヤルさんの懸賞金支払許可書ができました。サインをお願いします」
「ん、リシェル、お前がいるという事は、庭のあれは誰だ」
「はい、あれはゴータさんです、少佐」
ゴータさんが私の外套を着てくれている。早速庭石の上で瞑想の修練をされているのですね。でもなんだか股間の辺りがモゾモゾと動いています。あれはもしかすると男の子の行為なのではないでしょうか。
カレン少佐は顔を赤らめていらっしゃいます。私には兄2人と弟3人がおりますから、別に珍しくもない行為なのですが。16歳の少年ですもの。当たり前のことです。それにしてもあのような公衆の面前でなさるとは、豪胆という他ありません。やはり私の目に狂いはなかった。見かけは細くても器の大きさは計り知れません。
少佐にもう一度お譲りくださいとお頼みしたのですが、また断られてしまいました。
やはり少佐もゴータさんの事を好いていらっしゃるのですね。