第18話 交渉
昼食を終えた俺は再びカレン少佐の部屋へとやって来た。付き人という仕事が何をするのか分からないのと給料の話をするためだ。タダ働きという事はないだろう。
名前を言って部屋をノックする。入れ、と声がした。
カレン少佐は執務机に向かって書類仕事をしていた。
ライトメイルは外したようで、柿色のワイドクルーネックのプルオーバーニットを着ている。
なんの用だ、という目で俺に視線を向けた。
「少佐、仕事の件なのですが。付き人というのは具体的に何をすればよいのでしょう」
「お前はどう思うのだ」
「はあ、常に側にいて、出掛ける時には後ろから付いて歩く感じでしょうか、少佐」
「それはストーカーだな。気持ちの悪い奴だ」
この世界にもストーカーがあるのか【語学】スキルの意訳なのかは分からないが俺がキモ男認定されている事は確かなようだ。
「私が呼んだときにはいつでも来い。呼ぶまでは、役に立てるように修練に励め」
「はい、分かりました、少佐。それで給料はどうなりますか」
「そうだな。1日当り銀貨1枚出してやろう。今日からでいいな」
銀貨1枚という事はモンラットの毛皮2枚分か。まあ、仕事も有って無いようなものだし、そんな所だろう。昨日は全く何もしていない。今日からで充分だ。
「はい、少佐。ありがとうございます」
「よし、では今日から10日分をまとめて払ってやろう」
少佐は真新しいベロアの小さな巾着袋を開いた。服と同じ柿色だ。そこから銀貨2枚を取り出して机の上に置いた。俺は続きを待つが。少佐は巾着袋を閉じてしまった。
「えっと、少佐。あと8枚ですが」
「何を言っている。これで計算は合っているだろう」
「1日銀貨1枚ですと、10日で銀貨10枚です。少佐」
「当然だ。そこからベッド使用料、食事代、風呂代、清掃費を差し引いてある」
「宿泊費と食事代は掛からないはずです。少佐」
「それは従兵の場合だ。従兵は兵士だから当然全て無料だ。だがお前は付き人だ。私的な雇われ人だ。軍の施設を無料で使えるわけがなかろう。嫌なら今から従兵にしてやってもよいのだぞ」
「しかし、少佐。この町の税金は1か月銀貨5枚です。それでは税金も払えません」
「それなら問題ない。門番に私の使用人だと言え」
「では、少佐。狩りに行っていいですよね。獲物を売ります」
「許可できない。そんな時間があるなら修練に励め」
ああ言えばこう言うだな、コイツは。少し攻め方を変えよう。
「ですが少佐、この給料では服も買えません。付き人がいつも同じ服では少佐の名声に傷が付くかと」
「ああ言えばこう言うだな、お前は。ではこうしよう。見たところ身長は私と同じくらいだな。私のお古をやろう」
「も、もう結構です、少佐。私が間違っていました。自分でなんとかします」
「そうか。生地は良いものを使っているのだぞ」
「本当に大丈夫です、少佐。失礼します」
ダメだコイツは。アホなんだか天然なんだかケチなんだか、さっぱり分からん。だぶん全部だろう。帰り際にチェストの上を見ると紫色のビロードの袋が置いてあった。形や大きさからすると俺から掠め取ったサーベルだろう。随分と高そうな刀袋に入れたものだ。
俺が見ているのが判ると、それは返さんぞと言わんばかりに睨み付けて来た。
俺は銀貨2枚を握りしめて部屋を出た。
階段を下りようとすると、リシェル少尉が上がってくるところだった。
少佐の所へ行っていたの、と尋ねるリシェル少尉に俺は事情を話した。
そう、と上品に笑いながらリシェル少尉は、お金がご入用なら用立てて差し上げますよ、と言ってくれた。なんて優しいのだろう。俺の中で少尉の評価はうなぎのぼりだ。だが返す当てのない金は借りられない。リシェル少尉に、服の店がある場所を教えてもらい、外出許可を貰った。
少佐が出掛ける予定なので呼び出しは無いだろうという事で許可された。
俺は憲兵隊を出て通りを南に歩く。この先を右に曲がった西地区にはリシェル少尉に教えてもらった商店街があり、服屋も何軒かあるそうだ。
ゴータ、と俺を呼ぶ声が聞こえた。後ろを振り返ると下層トリオが走って来た。
「おう、トータク、ヒックル、カラコル、どうしたんだ」
「ゴータが行くのが見えたからな。俺たちも非番なんだ。一緒に遊ぼうぜ」
「いいな。だが、少尉からは服を買うのに外出許可を貰っただけなんだ」
「服か。どんなのを買うんだ」
「今着ているのしか持ってないからな。替えが欲しいんだ。それと下着もな。だが、予算が無い。俺の全財産は銀貨2枚だ」
「そりゃ無茶だ。銀貨1枚くらいは残しておくとして、銀貨1枚で全部は無理だ」
「そういやカラコル、お前の私服は古着だったよな」
「ああヒックル、そうだぜ。安いし状態は良いしお勧めだ。古着屋なら東地区だぜ」
「下着まで古着は嫌だな」
「大丈夫だ。そういう奴は多いからな。同じ店で新品の下着も売ってるんだぜ」
俺たちは通りを左に曲がり東地区へ向かった。東地区商店街には生地屋が3軒と古着屋が2軒並んでいた。俺たちが入った古着屋は男性用がメインでシャツもパンツも沢山の種類が揃っていた。これは良い店を紹介してもらった。
俺は綿パンを濃茶にするか薄茶にするかで迷い、濃茶にした。ポータードさんから貰った乗馬ズボンが薄茶だったからだ。シャツは紺と緑のチェックにした。他に靴下と上下の下着を買ったが、これは新品だ。
全部で銀貨1枚と銅貨10枚だったがカラコルが交渉して銀貨1枚になった。ピッタリ予算内で買う事が出来た。大満足だ。
カラコルはグレーのロングトレーナーを買っていた。試着するときに腰のショートソードが邪魔そうだった。身長の低いカラコルにその丈のトレーナーは似合わないと思ったが口にはしなかった。趣味は人それぞれなのだ。
俺が会計をしながら、ふと店の出口へ目を向けたとき、一人の女性が店の前を通り過ぎるのが見えた。俺は会計を済ませ、他の客を避けながら外に出る。女性が去った方を見ると数十メートル先を歩くその女性の後ろ姿があった。
ミディアムボブに柿色の服、朱鞘のレイピア。
カレン少佐だ。