第14話 憲兵隊
午後4時。キャラバンは都市グラリガに到着した。
周囲は高さ3mほどの石塀で囲まれ、正門の両側には衛兵のいる詰所がある。
馬車で入る際に衛兵に渡された管理盤に掌を載せる。盤面が青くなった。管理盤とは入門の記録と罪科の有無を識別するアイテムで、初めて門を入る者が触れると盤面が青くなり、青くなった者は税金を支払う。二度目以降は色は変わらないが、一か月経過して触れるとまた青くなる。青くなる都度税金を支払うという仕組みだ。住民、兵士、貴族、神官は免税だ。また、罪科がある者は盤面が赤くなるので、その場で拘束されることになる。
この町の税金は銀貨5枚だった。アルル村の100倍だ。町の規模で違うのだそうだ。前の町で美肌草を換金しておいて良かった。ブラウンさんのアドバイスのおかげだ。門を入るとすぐ右手にルイージ商会と書かれた看板がある。このキャラバンのグラリガ支店だ。負傷者を乗せた先頭の馬車は護衛の馬と共に店を通過してそのまま直進していった。2台目と3台目の馬車は店の横道に入り裏にある倉庫で止まった。店から職員が出てきて荷降ろしをする。
「ゴータは一緒に来てくれ。憲兵隊に報告に行く」
ブラウンさんと連れ立って目抜き通りを中心部へ向かって歩く。
幅が20mほどある道の両側には店が連なっていてどれも2階建てだ。ルイージ商会の隣は居酒屋で通りに椅子や酒樽を出して営業している。酒樽をテーブル代わりに使っているようで、看板には酒樽亭と書かれていた。その隣は馬車の工房のようで赤い箱型の馬車から車輪や車軸を外して作業している。馬車工房の隣は馬具屋で鞍や馬鎧が陳列されていた。その隣は防具屋で盾や鎧が武骨に並べられている。間口はどれも10mくらいだ。窓のガラスが波打っていて見ていると目が疲れる。更に武器屋、道具屋、小間物屋などがあった。
通りの向い側は食品の店が固まっているようで穀物商、肉屋、八百屋、乾物屋などが軒を連ねている。夕方のこの時間でも人通りは結構ある。ブラウンさんに聞くと昼の前後が一番人が多くなるそうだ。飲食店もあちこちにあって夜は賑やかになるらしい。
かなり歩き都市の中心部に着いた。
「ここが病院だよ。マシューズとメンドーサは入院になるだろうね。マシューズの矢傷は深かったから長くなると思う」
木造二階建ての質素な建物の前にルイージ商会の馬車が止めてあった。負傷した護衛のハンターがマシューズで御者助手がメンドーサだ。
「魔法で全快にはできないんですか」
「高レベルの神官がいればできるだろうね。でもこの町にはいないんだ。全国でも数えるくらいしかいないからね。フルポーションがあればすぐに治せるがどこも品切れなんだ」
ブラウンさんは残念そうに言って隣の建物に向かう。
「着いたよ。憲兵隊のグラリガ支部だ」
二階建てのレンガ造りで、どの窓にも鉄格子が嵌めてある。正面は30mほど、奥行きは40mほどもある堂々とした建物だ。入り口には立番がおり、用件を告げると中へ行けと指示された。中に入るとキャラバンの隊長ポータードさんと護衛のゴヤルさんが待っていた。
「ゴータ、来たか。疲れているところをすまないね。報告をするのに商会と利害関係の無い君の証言も必要になるかもしれないからね」
「斃した盗賊たちの鑑定リストを出したが、照合に手間取っているようだ」
ゴヤルさんが気忙しげに言う。病院のマシューズさんが気になるようだ。その気持ちが通じたのか二階から階段を下りて女性がやってきた。すらりとした色白の女性で髪は束ねて後ろでまとめている。黒いパンプスに白のスカートスーツ、細めのネクタイをしている。スカートは両サイドにスリットの入った膝丈のタイトで、ジャケットの上衿には階級章がある。長方形の黒い階級章だ。両縁が金線で中央に銀の一本線と星一つが付いている。
「お待たせしました。ご案内します」
階段を上がって廊下の左側、奥から二つ目の部屋をノックした。
「少佐、お連れしました」
入れ、と短く女性の声が答えた。
部屋の中には応接用のテーブルと椅子が4脚設えてある。その奥に執務机があり女性がこちらを向いて座っていた。透き通るような肌にバレイヤージュのミディアムボブがよく似合っている。白い制服は案内の女性と同じだが、右胸には細い金モールが施され、左胸には略勲章が並んでいる。衿の階級章は両縁金線の中央二本線に星一つだ。
案内の女性は執務机の横で控えている。俺は他の3人に続いて執務机の前に並んだ。座れとは言われないので立ったままだ。
「カレン少佐だ。リストは見せてもらった。全員が凶状持ちだったようだ。これだけの盗賊相手に怪我人が二人だけとは驚きだ。腕利き揃いのようだな。このエルガ・ド・サードソンを討ち取ったのは誰だ」
リストを指しながらそう尋ねた。
「わからない、混戦だったからな。誰が誰を討ったかなど気にする余裕はなかった」
ゴヤルが首を横に振って答えた。
「全員が即死だったわけではあるまい。負傷して捕らえた者もいただろう。その中に身長2mほどの大男はいなかったか。それがサードソンだ」
「そいつなら負傷者の中にいた。止めを刺したのは俺だ。負傷者は全員俺が殺した」
そこの君。カレン少佐は俺に言う。
「名は何という。君はルイージ商会とも護衛とも無関係だな。何故馬車に乗っていた」
「ゴータです。私は魔法を覚えたくて、その為に神殿へ行きたかったのです。それでお願いして馬車に乗せてもらいました」
「ゴータは、護衛のゴヤルが負傷者を殺した行為は行き過ぎだとは思わないか」
単なる盗賊被害の報告ではないのか。
「思いません。ゴヤルさんは、やるべき事をやっただけです」
「君たちに盗賊とはいえ無抵抗の人間を殺す権利は無いだろう」
俺がブラウンさんに言った言葉と似ている気がした。
あれから俺なりに考えた。今はもう迷わず答えられる。
「怪我をした盗賊は連れていけません。馬車は満杯でしたから。置いて行くにしても見張りを付ける余裕はありません。そのまま置いていき、仲間の盗賊が助けに来たらどうなるでしょう。怪我が回復したらどうなるでしょう。回復した盗賊が貴女の大切な人が住む町を襲ったらどうなるでしょう。それが答えです」
俺は無性に腹が立った。この人はきっといつだって机の前に座り、書類を見ているだけなんだろう。そんな人に、命がけで人を守って戦う男を侮辱してほしくなかった。
それに、と言って俺は続ける。
「人を殺すのがどれほど嫌な事か分かりますか。ゴヤルさんは嫌でもやらなければならなかったんだ。その時の気持ちが書類を見ているだけの貴女に分かりますか。彼は勇敢で優しい人です。今だって入院したマシューズさんの所に行きたくて仕方がないんです」
俺は少佐を睨んでいる。
隣の三人は息を呑んでいる。
案内の女性は、すました顔をしている。
少佐は、口元を微かに緩めたように見えたが気のせいだろう、表情を変えずに言った。
「ゴヤルには懸賞金が支払われるだろう。エルガ・ド・サードソンは伯爵家の三男だ。次男を殺して当主にも斬り付けて逃亡した。逃げられたままでは武門の恥だからな。伯爵家から感謝されるだろう。ゴヤル、もういいぞ、病院へ行ってやれ」
今までの会話は何だったのだ、肩透かしを食らった気がした。
ゴヤルは頷くと出ていった。
さて、と言って少佐が続ける。
「ドレイブルを斃したのは誰だ」
私です、と俺は返事をする。
「ドレイブルにも手配書が回っている。奴は元弓騎兵だ。弓の腕は当然だが剣も相当に使えた。3年前、作戦中に剣の名手といわれた騎兵大尉の首を刎ねて脱走した」
少佐は淀みなく話す。俺は黙って聞いている。嫌な予感しかしない。
「そんな男を、ゴータ、きみはどうやって斃したのだ」
恐れていた質問が来た。それはそうだろう、俺だってそう思う。こんなひょろひょろの、剣どころか包丁でさえ握ったことが無いガキがどうやって戦う。俺は言葉に詰まった。魔法が使えない事は言ってしまったし【レンタル】スキルの事は言えない。他人の物に手も触れず密かに借りる能力だ。そんな奴が居たら迫害されるだろう。盗難事件があれば真っ先に容疑者にされてしまう。だが何より俺にはあのスキルしかない、いわば切り札だ。それを晒すわけにはいかない。
「どうした。なぜ黙っている」