祭のはじまり
そして嶽炎祭当日――。
スタート地点には大勢の生徒がそれぞれにスタートの準備をしている。
参加選手だけではなく、サポートの生徒も居るため、ざっと見渡しただけでも数百人規模。
しかし、これは参加選手の一部でしかない。スタート直後の必要以上の混乱や、ランカーグループによるワンサイドゲームを回避するため、スタート地点は上位グループを中心にしていくつかの場所に分けられている。
俺たち天道組は、最近でこそそれなりに目立っては来たものの、まだまだ学園内では中堅の位置がいいところだ。
その為、こうして他の中堅もしくはそれ以下のグループの中に混ざりつつ開始の時を待っていた。
まぁ、スタート当日ともなれば既に準備は整えており、あとは泰然自若としてその時を待つだけのこと――。
「……………………」
……と、言いたいのだが、我がパートナーである椿芽が先刻からそわそわもぞもぞと落ち着かない。
「……おい」
「……………………」
「おい、椿芽」
「な、なんだ?」
「……トイレなら行ってこい」
「ば、ばかものっ! そんなのでは……ないっ!」
椿芽は顔を真っ赤にして怒鳴り返してくるが……。
「それならいいが……コース上には当分、トイレなぞはないからな」
「…………! ちょ、ちょっと行ってくる……」
そそくさと定められたスタート位置を離れようとする椿芽。
「ああ。行って来い。そしてめいっぱい出してこい」
「ち、違うっ! ちょっと……後方の勇と茂姫に、無線の使い方を、もう少し詳しく聞いてくるだけだっ!」
そのまま椿芽は行ってしまった。
勇たちの居る、サポート要員用テントとはぜんぜん別の方向に。
「……女子の恥じらいにしても、もうちょっと工夫をしろよ」
相変わらず緊張というものに弱いな、あいつは。
「乱世、準備は…………ってあれ? 椿芽は?」
サポートテントから来た興猫が椿芽の姿がない事に怪訝な顔をする。
「ああ、ちょっとな」
「ああ、またトイレ? 今朝から何度目?」
「いや……花摘みに、だ」
「はぁ?」
まぁ……相棒として一応、できるだけの礼儀は果たしておこう。
それはそれとして。
「あ、やっぱり……乱世が荷物持ちなんだ?」
興猫が俺の背負うリュックなどの最終確認をしつつ、言う。
「まぁな」
食料や衣料品……最低限度であっても、それなりの荷物は携行することになる。
分散して二人が持つのも手だが……どちらか片方が背負い、もう片方は身軽な体勢にしておくことが、様々なアクシデントの発生するこの嶽炎祭ではセオリー――。
……と、茂姫が言っていた。
「実際問題、刀剣を携える椿芽に荷物を背負わせるわけにはいかないということはあるんだがな」
「そーねぇ。その分、当座の戦闘は椿芽がメインになっちゃうのが、乱世としては痛し痒し……かにゃ?」
「むう」
俺としては、たかが2日くらいならば、荷物などもいらないのではないか……とは思ってしまうが。
「椿芽は、頑として譲らなくてな」
「案外、おじょーサンだからねー。おねーちゃん」
まぁ椿芽は暮らしていた里でもちょいちょい道に迷って野宿をしていた俺と違って、サバイバルに慣れているという程でもない。
食料、衣料、医薬品はまだしも……シュラフについても頑として譲ってくれなかった。
「大変ねぇ、お守も」
「言うな。なんだか……段々と自分でもそんな気分になってくる」
「にゃはは♪」
そのとき――。
「おう、天道」
「我道に……シェリスか」
「あんたらもこっちのスタート?」
「ん? ああ、そうか……」
パワーバランス上、この地点に振り分けられた上位ランカーチームというのは我道たち男闘呼組だったのか。
「ふっ……。この俺様といきなりぶちあたるとは、おめぇもつくづく運が無ぇな…………って、あら? 鳳凰院は?」
「花摘みだ」
「花摘みぃ? ん……まぁ、ともかくいねぇのか。なんだ、そんじゃ、無駄にカッコつけることも無ぇな」
「……ガドーっ」
「わ、判ってるって……実戦に色気は持ち込まねぇよ」
「そっちも大変なようだな」
「まぁなぁ……。本当はブラッドかジャド辺りとって思ってたんだがなぁ……」
「なぁに? あたしじゃ……不満?」
「そ、そうじゃねぇけどよ……」
「あたしは! ちゃんとチームメンバー予選であの二人をぶちのめして、権利を得たんだから! パートナーとして尊重しないとだめっ!」
「はいはい……」
「あの二人を……?」
「ああ。文字通り予選ってことでやらせてみたんだけどな……」
「ふふ♪ 愛情の勝利っ!」
満面の笑顔で、びしっとピースサインなどを突きつけてみせるシェリス。
「なるほど……」
ブラッドもジャドも我道には及ばぬものの、かなりの実力者のはずだ。
それを破ってのことであれば、シェリスは俺が闘った時よりも遥に力をつけている、ということかもしれない。
「それはそうと……興猫」
「にゃ?」
「おめぇ結局、天道のトコに落ち着いちまったなァ」
我道は苦笑するようにそんな事を言った。
「なによ。アンタまでそんなこと言うの?」
この間の秋津の一件を、まだ軽く引きずっているのか、興猫は苦虫を噛み潰したような顔をみせる。
「……まで?」
「いや……まぁ、ちょっとな」
「なんだか知らねぇが、勘違いすんなよ。俺は……良いことだと思ってるんだぜ?」
「に、にゃっ……?」
「お前みたいな一匹狼……いや、猫か? まぁ、とにかく、俺はそういうのを嫌いじゃねぇ」
「我道……?」
「ねぇが……まぁ、危なっかしいとは思ってた。ほら……いつか、俺もお前を誘ったことがあんだろ。男闘呼組に入らねェかって」
「我道が、か……?」
「ん……ま、ね」
「まぁ、あえなく振られたがね」
「まぁねぇ。ほら……そこ、いまもちょーっと怖いカオで睨んでるおねーちゃん」
「……睨んでないわよー」
シェリス、目が笑ってない。
「こわ。いつシェリスに文字通り刺されるかわかったモンじゃないもん。そんなのやーよ」
「当然よっ! それに……アンタが入ったら、四天王じゃなく、五天王になっちゃうわ」
「……悪いけどよ、ちょっと……ややこしくなるから黙っててくれ」
「ぶーっ!」
シェリスもああは言っているが……。
さりげなく、興猫が現在の我道の四天王に比肩する実力であるということは認めているようだ。
「まぁ……んで、ちったぁ気にはなってたんだ。パンクラスはともかく、怒黒や頼成のあたりは危なっかしいからな」
「にゃはは♪ 我道んとこだって、そうそう違ったモンでもない依頼とかしてたクセに♪」
「ま、まぜっかえすなっての! まぁ……とにかく、天道んとこに腰を据えたってんなら多少は安心、ってことだ」
「我道……」
「こんなコト言うガラじゃねぇがな」
「意外と気配り屋サンなのよ、ウチの帝王は♪」
「う、うるせぇっ!」
「にゃはは♪」
「しっかしよぉ……」
我道は照れ隠しということではなさそうだが、今度は俺を見てなんだか微妙な顔をしてみせた。
「なんだ? 今度は俺か?」
「お前んとこは……なんで、そうも……オンナばっかが集まってくるかねぇ……」
「人徳というものかもな」
「……さらりと言うな、お前……。ったく、なんだってこんな朴念仁ばっかがモテやがるのか……納得いかねぇ」
「なぁに? アタシだけじゃ不満なの? ガドー!」
「……ウチに関して女っけが無ェのはお前が原因なのかもな……」
そんなやりとりをしているうちにも……。
『乱世さん、椿芽さん……聞こえますか?』
耳に装着したインカムから羽多野の声が聞こえてくる。
そろそろスタートの時間が迫ってきているようだ。
羽多野や茂姫は……サポート用テントで待機し、随時この通信機を通じてサポートをしてくれる体勢になっている。
「ああ、感度良好だ」
「あ、ああ。こちらも……問題ない」
小走りで戻ってきた椿芽も、それに応えていた。
「お、花摘みから戻ってきたか」
「う、うるさいっ!」
『そろそろスタートもきよー。情報面のサポートはこっちに任せてほしいもきー』
「ああ。よろしく頼む」
『乱世さん、がんばってくださいね!』
「ああ」
「おっと……俺らもそろそろか……おい、幽玄っ! てめぇ……サポートのクセに寝てんじゃねぇっ! さっきから聞こえるぞ、寝息がっ!」
『ほっほっほ。歳を取るとどうにものう』
「しょうがねぇなぁ……。まぁ、さっきはああも言ったが、序盤から消耗するつもりもねぇ。勝負は……」
「ああ、後半……砂丘でのマラソンの当たりか」
「そういうこった。んじゃな、鳳凰院」
「うむ」
我道は去り際に椿芽にウィンク(らしきもの。たぶん。おそらく)をして……例のごとくシェリスに脇腹を小突かれたりしていた。
「そんじゃ……あたしも、時間を置いて並走するから」
「ああ、頼んだぞ」
興猫も一旦俺たちから離れ、人混みの向こうに姿を消す。
興猫は俺たちを追走し、直接的なサポートを行う予定だ。不足した物資などの手配だけでなく、場合によっては戦闘に加担することも黙認されているという。
「興猫のサポートだが……」
興猫の姿が消えたところで、椿芽が真面目な顔をして切り出す。
「うん?」
「大丈夫……だろうか」
「なんだ? お前、まだ……」
興猫を信頼できていない部分があるのだろうか。
「いや……そうじゃない。むしろ……逆だ」
「逆……?」
「ああ。同じようなサポートは、他のチームもしてくるのだろう? それも……確実に我々などとは比較にならないほどの人数を裂いて……」
「そう……なのだろうな」
「一人で……大丈夫だろうか、と……私は柄にもなく案じている」
「椿芽……」
「まぁ……仲間、だからな」
「あいつなら……大丈夫だ。それを信じてやるのも、また仲間ということだろう」
「そうだな……。うむ……確かにそうだ」
「おっと……そろそろ本当にスタートの時間か。いくぞ、椿芽」
「うむ……!」
そのまま俺たちは待機場所を離れ、スタート位置に向かった。