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嶽炎祭

「よし……」


 久しぶりの制服に身を包み、軽く気合を入れる。


 夏期休暇も終了し、今日からは再び学園生活だ。


 補習に加えて怒黒組の横槍のお陰でかなりの日数は消費されてしまったものの……夏期休暇はそれなりに有意義なものがあったと言っていいだろう。


 しかし……。


(結局のところ、ポイント戦はほぼこなしていない)


 当面は実力の底上げ……特訓その他に集中する、という方針もあったが……。


 現実問題、夏期休暇期間は生徒の大半がレジャーに興じ、ポイント戦に積極的ではない、という状況のせいもあった。


 もちろん、ポイント戦がまるで行われないということでもなく、天道組と同程度か下位のランクの生徒ならば対戦相手も見つかったのだが……。


 そういった瑣末な対戦を入れていくよりは、集中して個々の実力向上を目指したほうが有意義であろう、という判断だ。


 学園の空気としても、それぞれに遊びに飽いた連中が活発に動き出し、対戦が活発化するのも、この二学期からだと聞いた。


 ならば……。


(特訓の成果……腕試しをするというのなら、いいタイミングだ)


 いろいろな意味で、気を引き締めていかねばならない――。


「おはよ、おにーちゃん」


 不意に窓のほうから声をかけられ、思考を中断せざるを得なくなる。


「おはよう……は、いいんだが」


「なに? よっこら……しょっと」


 声の主、興猫はこともなげに窓枠を乗り越えて部屋に入ってきていた。


「……窓から入るな。しかも2階の」


「まーまー。細かいことはいいじゃニャい」


「お前は今日も、授業には行かないのか?」


「まーねー。っていうか、一回も行った事ないし」


「……そうか」


「んな呆れたような顔しないでもー。あたしってば、ひとっところでじーっとしてんのって、好きくないにゃー」


「まぁ、その辺は個々の自由だからとやかくは言わんが……」


「にゃはは♪ そーゆーこと」


「それじゃ……また例のごとく放課後か」


「そゆことー。留守番はしておくから、安心して行ってらっしゃーい♪」


 勝手知ったる……といった風に、さっきまで俺が寝ていた万年床に潜り込んで丸くなる。


 興猫は興猫で先日の件で恩義と責任、両方を感じているのか……俺たちが留守をする時にはこうして(何故か俺の部屋、俺の寝床でではあるが)留守を守ってくれるようになっていた。


 あの秋津の態度から鑑みれば当面は仕掛けてくる様子はなさそうではあるが、頼成をはじめとして他にも良からぬ事を企てそうな心当たりにはいくらでも心当たりがある。


 授業が始まり部屋を開ける時間が多くなる今後において、こうして考えられうる限り、最強のセキュリティが留守を守ってくれるのは頼もしい限りである。


「ああ、任せた」


 言って、俺もまた部屋を出た。


※        ※        ※


「オリエンテーリング……?」


 椿芽がそれを切り出したのは昼休みのことだった。


「ああ。どうも……この学期内にはそういうものがあるらしい。そうだな、茂姫」


「2学期のメインイベントもきよ」


「なんだか……聞く限りはちょっと楽しそうな印象ですけど」


「正式名称は嶽炎祭もき」


「……いきなり怖い字面になった気がします」


「もちろん、この学園のことだ。ただのオリエンテーリングなどではないんだろう?」


「ご明察、おにーちゃん」


 何時の間に来ていたのか、興猫が教室の窓のところに腰掛けて、口を挟んできた。


「あ、寮にはあたしとリンクしてるセキュリティセンサーをこれでもかってくらいに仕掛けてきたんでご心配にゃくー」


「それはいいが、お前は……相変わらずちゃんとした入り口から入ってくることをせんのだな……」


 椿芽が呆れたように言うが、もちろん興猫はどこ吹く風だ。


「嶽炎祭のこと、知ってるの? 興猫ちゃん」


「モチのロン。あたしは今の今まで、特定のグループに加わったことはなかったから、参加はしたことないけどもね」


「嶽炎祭のオリエンテーリングは、グループの中から代表選手二人を選んで参加するもき。もちろん、個人でも参加できるけども……基本は二人一組での参加が原則もき」


「ふむ。それで……その内容は?」


「学園敷地内に設定されたコースを、チェックポイントを回りながら48時間内に走破するもき」


「48時間!? なんだか……それだけで凄そうですね……」


「まぁ、この学園敷地をフルに使うのであれば、そのくらいのコースは容易に組めそうではあるが」


「今年は一応、テーマ的にはトライアスロン方式で、マラソン、水泳、自転車……ってことらしいもき」


「あ、茂姫もちゃんと調べてあったんだ? 毎年、コース内容はヒミツなのに」


「その辺は蛇の道はスネークもき」


「話だけで聞けば、そうそう難しいことでもなさそうだがな……」


 水泳というのは既に9月に入り、若干の厳しさがないこともないが……この学園の行事にしてみれば、まだしも楽なほうだ。


「でも……内容は妨害や途中の突発的な対戦も全部アリな感じの、この学園っぽいレースだから。あたしも依頼で妨害とか頼まれたことはあるけど」


「選手以外による妨害もあるのか。恐ろしい情報をさらっと言うものだな……」


 椿芽が眉を寄せる。


「しかし……今はその手の内なども聞けるのだから、頼もしい限りだ」


「にゃはは♪ 存分に頼ってほしいにゃー」


「各地の関門や妨害も怖いかもしれんけど……なによりも、このオリエンテーリングはそれぞれ上位チームの精鋭も軒並み参加するもきから、そこが一番の問題もきね」


「そうなのか?」


「このイベントで、優勝はもとよりそれぞれの関門で貰えるポイントは魅力もきからねー。前にも言ったもきけど、上位の団体は拮抗してるもきから、こういうところで得られるポイントは、そのバランス解消のためにも重要度が高いもきよ」


「なるほどな」


「どうする? 乱世……」


「ふむ……」


「フツーに考えたら、アニキと椿芽ねーさんのコンビもきけど……」


 そう単純にもいくまい。


 24時間の長丁場、それも場所や条件を問わない闘いとなれば、椿芽では厳しい局面も出てくる。


 羽多野のパワーやスタミナ、興猫のこのレースに関する知識も無視はできない。


「とにかく……参加選手は、ギリギリまで考えておこう」


「そうもきね。まだ時間はあるもきから……参加するのならその前に準備しておくこともあるもき。バックアップ用の無線とか、自転車とか」


「その段階から自分達で用意せねばならないのか……」


「なんでもかんでも自給自足……ってのがこの学園の方針だからニャー」


「ふむ……」


 そしてそれは……このレースにおいても、そのままに当てはめられる……と、そういうことか。


 その準備期間を鑑みれば、あまり出場選手で悩んでばかりもいられないのは確かだ。


 できれば今日のうちに決めてしまいたいものだ……。


 そんな風に考えていると、午後の授業開始を知らせるチャイムが鳴り響いた。


※        ※        ※


 授業を終えての放課後――。


「興猫、この後……少し、いいか?」


 俺は校舎を出たすぐの街路樹の上で待っていた興猫に声をかけた。


「んにゃ? ひょっとして……デートのお誘い?」


「そうだ――」


「にゃっ♪ まじで?」


 相変わらず自重をまったく感じさせない軽やかさで興猫が樹上から折りてくる。


「……とでも気取ったことを言ってもやりたいがな。気を持たせても悪い。ちょっと……武闘祭についてのことをもう少し聞きたい」


「……だろねー。や、そんなことだろーとは思ってたけどにゃー」


 選手を決めるにも、なにせ天道組にはそういった情報が不足している。


 もちろん、ルールの詳細や例年の開催に関してのことは茂姫に聞けば判りそうなものだが……。


「基本的にあいつは非戦闘要員だからな。俺や椿芽が実際に欲しい情報とは、若干の温度差があることは否めない」


 いわゆる……参加する者としての情報、経験則的なものが、必要だ。


「ま、ねー。その点、あたしは……過去に同じような企画の時に助っ人選手としても何度か参加してるし」


「ああ。そういう情報を期待したいんだが」


「ふぅん……そーだニャー」


 興猫はちょっと考えるようにしてみせてから……。


「んじゃー、ちょっとつきあってもらっちゃおっかなー?」


 言うなり……俺の手を引っ張っていこうとする。


「なんだ? おい……どこに……」


「いいからいいから♪ 悪いようにはしないニャー♪」


「それは……基本的には、悪いようにする奴が言う台詞だな」


「あははー。ご明察ぅー♪」


※        ※        ※


 そして――。


「おねーさぁーん♪ 特盛りパフェ、おっかわりー♪」


「結局……こうなるか」


 俺は小さくため息のようなものをついてから……テーブルに並んでいるパフェの器やらケーキの皿やらを眺め見た。


 もちろん、それらは悉くして、全てカラだ。


「よく食うな……」


「やん♪ 女の子にそんなコトゆっちゃ、めー、だよ? 乱世♪」


「いや……そういうデリカシーだかエチケットやらを含め鑑みても……よく食うな、と言わざるを得ない」


 まぁ……ここ最近は、天道組自体がランクも上がっているお陰で金銭的にはそうそう問題ないのだが……。


 それにしても、たかが甘味とはいっても、この量が一体あの体のどこに納まるものか。


 おっと。感心している場合でもない。


「そろそろ……いいだろう」


「にゃ?」


「……素で忘れてたな?」


「あーあーあー。嶽炎祭ね。だいじょぶだいじょぶ、忘れてないってー」


「……軽いな」


「まぁ、競技とかは毎年変わるから……今年はトライアスロン、だっけ」


 水泳……自転車……マラソン。


 古くは鉄人レース、などとも呼ばれた、アレだ。


「例年、学園の敷地をできるだけ広範囲に使ってする競技……ってのは共通してるけどね」


 興猫はクリームまみれのスプーンを、まるで教師の指示棒のように振りながら説明を始めた。


「基本的にはフツーの学校で言うような、体育祭みたいなモノだし。過去には借り物競争やら、騎馬戦なんかの時もあったかにゃ?」


「借り物競争に騎馬戦……。やるのか、それを……この学園で」


「全行程延べ150キロの大玉転がしとかはかなり壮観だったニャー」


「……そうか。今年は……まだマシな競技で救われた」


 あの座頭や頼成までもがそんなアホらしい競技に参加している姿はちょっと見てみたかったがな。


「でも……」


「うん?」


「個人的には……乱世たちには、まだ嶽炎祭には参加して欲しくないかなぁ、とは思うんだけど」


 興猫が僅かに表情を引き締めたのがわかった。


「どういう……意味だ?」


「まだね、経験値が……足りないと思うのよ」


「経験か……」


「二日も三日もかけてやる競技だからね。基本的には……足の引っ張り合いがメインになるのよ」


「まぁ、それはそうなんだろうがな」


「あたしが見たところ……天道組は乱世を含めて全員そういう、策とか罠とか、計略とかには向いてないのよね。皿騒動しかり、こないだの生徒証の件もしかり」


「むぅ……」


 確かに……。


 実際、俺達がピンチを迎えるのはそういう局面の時ばかりだ。


 おまけに、結果的に生徒証の時には興猫を命の危険にまで晒している。


「思い当たるでしょ? だから……まぁ、正直に言えば……賛成はしないのよ。参加には」


「しかし……」


「まーねぇ。あの椿芽おねーちゃんは許さないでしょーね。そんなの」


 俺の内心をはっきりと察し、苦笑したように言う。


「ああ」


 客観的に鑑みれば……。


 天道組はそれなりに順調に成績を伸ばしている。


 この調子ならば、そうそうポイントや順位などに焦る必要もないと見るのが普通だ。


 しかし……。


「プライドの塊みたいなモンだからねー。乱世おにーちゃんも苦労するわー」


「まぁな」


「でも……」


「うん?」


「彼女が……椿芽おねーちゃんこそが、乱世の……あなたの『繋がり』のようなものだから……ね?」


「……………………」


『繋がり』――。


 それはけだし名表現であったろう。


 俺や興猫のような……『壊れたモノ』にとって……。


 そういった、この社会――いや……世界などと大仰に言わねばならないものとの折り合いを付けていく存在は、重要なのだ。


 そういう『繋がり』がなくなってしまえば、それは……。


(それは……本当に瓦落多がらくたのようなもの……だものな)


 それは……恐ろしいこと、ではある。


 俺に、俺なぞに……恐怖、などというものがあれば、というものでしかないが……。


「いいよ、乱世……」


「ん……?」


「あたしが……ちゃんとフォローするからさ。安心して」


「興猫……」


「ま、乗りかかった船だもんね♪」


「そうか。それは心強い。しかし……」


「んにゃ?」


「正直を言えば……お前と組んで出られれば良かったのだがな」


「あ、あたしとっ!?」


「ああ」


 戦力そのものを客観として鑑みれば、そうなる。


 椿芽が弱い、ということではない。ただ……あいつは即座の状況判断の能力に乏しい。


 ましてやこの嶽炎祭のような、その場の状況状況で何が起こるか判らない場面であれば、そういう部分を俺がフォローせねばならないのは必須であろう。


 それに、単純な得物――武器の不利も、ある。


 水泳や自転車などの慣れぬ状況で、果たしてどこまでその不利を覆すことができるか――。


「そ、そんなこと……!」


「?」


「そんなこと……あの椿芽が許すわけないじゃない……!」


「そうだな。あいつはまず、自分が参加しないと済まないだろうしな。しかしだからといって、お前と椿芽のペアでは……」


「そ、そういうことじゃなくて……ああ、もう……!」


 なぜか赤くなった興猫が、くしゃくしゃと髪をかきむしるようにしながら、言い淀む。


「……?」


 ならば、どういうことだ……と問おうとしたそのとき――。


「天道……それに興猫か」


 声をかけてきたのは……秋津雄大。


「あんた……秋津ッ!」


 その背後には、あの巨漢、夢枕爆山も控えている。


 あの時の負傷は、もうその体躯の何処にも見て取れない。


(決して浅い傷にした覚えはないのだがな……)


 タフなだけでなく……回復力も化け物並みか。


「あんた……なにしに来たのよッ!」


「ほう? たまたま通りかかった往来で、何しに来たと問われるのも……これはなかなかに哲学的だな? 爆山」


「はい。思慮に値することかと」


「フーッ!!」


 興猫は今にも飛びかかりそうな勢いで、毛を逆立てていきり立つが。


「そう、喧嘩腰になるな。聞けば……天道組も嶽炎祭に出るという」


「それが……なによっ!」


「ふむ。結成一年に満たないグループが嶽炎祭にエントリーするとは意外だったのでな」


「なんだ? それで……物珍しくて声をかけてきたと? 存外……暇なものだな」


「暇は認めるが」


「認めるのか、暇は」


「余暇が生じるということは、常々にせねばならない雑事を余裕を持ってこなしているということだ。そしてその生じた余暇を楽しむことは、社会に生きる人類にとって最高の嗜みと言えるものではないかな?」


「なるほど、筋の通る話だ」


「ナニを納得させられてんのよ、乱世っ!」


「いや、しかしだな」


「天道組が参加しないのであれば……興猫、お前にまた依頼をしようと思っていたのだがな」


「どの口が言うのよっ! どの口が……!」


「そこだ」


 秋津は興猫に指を突きつける。


「……どこよ」


「意外なのは、そこだ。興猫……確かに先日お前は俺達、怒黒組と不幸にも対立することになった」


「不幸にもォ? いけしゃあしゃあと……」


「本質を読み違えてはいかんな。俺の狙いはあくまで天道組……いや、天道乱世だった」


「むう」


「熱くなり、殴りこみをかけてきたのはお前だ、興猫。そうもなればこちらも……ああいう対処は当然といえば当然」


「仕組んだくせに……!」


「それはそうだが……そも、俺が知っているお前ならば、あそこまで強硬な手段はしてこなかっただろう。それに過去にもお前が雇われた団体によっては、俺達と対立したことなど、それこそ幾度もあった。それでもお前はその競り合いが済めば、またこちらの依頼も受ける」


「う……」


「状況と場合によって敵にも味方にも成り得る……それが本来のお前の姿ではなかったか?」


「ナニが……言いたいのよっ」


「ふむ。それが……どうして天道組には、こうも肩入れをするものかな、と……素直に疑問に思っただけのことだ」


「う、うるさいわねっ! いいでしょ、どうでも……!」


 興猫は頬を膨らませ、拗ねたようにぷい、とそっぽを向く。


「ざっとではあるが……お前のことは調べてある」


「…………!」


「驚くこともあるまい。お前とて……俺たちのことはある程度知っているのだろう」


「あ、秋津様……っ!」


 爆山がなぜか俺の顔をうかがうようにしてから、秋津を制止しようとするが……。


「いい。いずれは知れることだ」


「し、しかし……」


 秋津はそれ以上には取り合わず、興猫に視線を戻す。


「この学園に妄執した幽霊の遺伝子か……」


「秋津……あんた……」


 秋津の呟きを聞き、興猫の顔色が変わった。


 初めて闇の中で遭遇したときのような……くらく、冷たい……目に。


「最終的な目的としては……むしろお前は、俺達と意思を同じくするものだと思うがな……」


「……それ以上、言ってみな」


 興猫の上腕の中で『かちり』という音がした。


 恐らくは義手の内部に仕込まれた刃を抜き放つための音。


「首でも腕でも足でも……好きなでっぱりを平らにしてあげるよ」


「ほう、いいかおが、まだできるんじゃないか」


「脅しと思ってる……? 今日のは高周振動波付きだよ。かわせたって……ただじゃ済まない」


 それを証明するかのように……ヂイイイ……と、低く、耳障りな音が響く。


 ガシャン!


 興猫の前にあったパフェの器が粉々に砕け……。


「興猫……!」


 鞘の役目を果たしている彼女自身の義手にまで、小さく亀裂が走りはじめている。


「む……!」


 爆山が慌てて秋津をかばうように立とうとするが。


「止せ、爆山」


 その爆山を、秋津は特に気負う様子さえもなく、制した。


「この雑踏の中……それをするとは思えないが……いや、するのかな、今のお前なら……」


「…………………………」


 興猫は黙したまま、ただ切っ掛けだけを狙っている。


 言葉通り、秋津に斬りつける、きっかけを。


「……いいだろう。脅しに屈し、ここは退散するとしよう」


「…………………………」


 秋津が背を向けると同時に……興猫の腕からの耳障りな音が、ゆっくりと止んだ。


「本質が変わっていないということだけでも収穫だ。いくぞ、爆山……」


「は……」


 秋津たちはそれきり、振り返ることもなく、雑踏の中に消えていった。


「興猫、お前……」


「乱世……あんたは……」


 興猫は俺に視線を向けずに、言う。


「あんたは多分……あたしのことを知ると思う。もっと……もっと、いろいろと……」


「………………」


「あたしが……どんなモノか。どんなに……おぞましい化け物か」


 ばけもの――か。


 それは――。


「でも……これだけは信用してほしい……よ」


 興猫は……そこでようやく、俺を見た。


「あたし……これで結構……いまのこの状態が……気に入ってるんだよ……?」


「興猫……」


「椿芽や……勇。茂姫も……そして、乱世……」


 ひどく……弱々しく、見えた。


「悪くないって……思う。思えるって……」


「……ああ」


「……………………」


 興猫は……それきり、口を噤んでしまった。



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