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掟というもの

 数日後――。


「あ、おにーちゃん……」


「興猫……?」


 興猫のヤツはそれこそ本当にあっさりと拍子抜けするようなタイミングで再び姿を現した。


 寮の中を覗き込むようにしていた興猫は、バツが悪そうな笑みを浮かべて、俺のほうを見る。


「あはは……み、みっかっちゃった」


「お早いお帰りだ」


「えへへ……。ホントは、ちょっと……様子を見に来ただけなんだけど……」


「なんだ? きょろきょろと……」


「う、うん……。ほら……椿芽とか勇……は?」


「ああ……あいつらは例のごとく、購買街のほうだ」


「おにいちゃんは?」


「俺は……ここ最近、手帳の調子がおかしくてな」


「手帳って……カード?」


「ああ。この間のバトル以来だから、どこか故障したのかもしれないってな。いま、茂姫のヤツにチェックを頼んでいる」


「ふうん……? そういうこと、あるんだ」


 興猫は少し怪訝そうな顔をする。


「まぁ、そういうワケで、俺は実質……いまは買い物すらできない状況、でね」


「そっか……」


 俺と話しながらも、興猫はやはりどこか落ち着かない。


 やはり椿芽や勇を気にしているのだろう。


「……そんなに気を使うな。あいつらも……気にしていたぞ」


「そう……なの?」


「ああ。むしろ顔を見せてやったほうが、喜ぶ」


「そ、そう……なんだ」


 興猫の表情には、わかりやすいくらいに安堵の表情が浮かんでいた。


 こんな表情を見せてくれるようになったのも、ここ最近ようやくではあったが……。


「どうだ? これから……あいつらと合流して、食事くらい一緒に……」


「うん……それは……そうしたいんだけども……ね」


「ん?」


「や、ほら……。なんかこう、あっさり戻っちゃうのも、それはそれでカッコ悪いかなーって。にゃはは……」


「やれやれ、だな。変なところで格好をつけると後悔するもんだぞ、人間関係ってやつは」


「お、脅かさないでってば……。でも、今日はやっぱいい。おにーちゃんの顔は見れたし」


「まぁ、踏ん切りがついたら、また戻って来い」


「うん。そうする……」


「本当だな?」


「にゃはは。2学期には、武闘祭もあるしねぇ。あたし抜きじゃ、やっぱキツそうだし。天道組は」


「確かにな。お前がいないと厳しいかもしれない」


 椿芽はともかく、羽多野についてはそれなりに鍛えつつはあるが、まだ一線で活躍できるほどとは思えない。


「ん♪ だから……まぁ、そのくらいには少なくとも戻ってくるって」


 言うなり興猫は駆け出していってしまった。


「興猫……!」


「またね、おにーちゃん……!」


 俺はその背中を見送ってから、寮に戻っていった。


※        ※        ※


「茂姫、手帳のほうはどうなった。朝からメシ抜きでは、さすがに……」


 部屋に入ったところで……俺は固まった。


「茂姫……?」


 部屋の中はあらんかぎりに荒らされ……。


「う……」


「茂姫……!?」


 その中では、頭から血を流した茂姫が倒れている。


「おい……茂姫……! しっかりしろ……!」


 慌てて駆け寄り、抱き起こしてやる。意識はかろうじてあるようだが……。


「ア……ニアキ……。ごめん……もき……」


「黙っていろ、すぐに病院まで運んでやる……!」


「アニキ……これ……」


「む……?」


 茂姫は必死に握り締めていたものを俺に手渡し……。


「………………」


 そのまま意識を失った。


「おい……しっかりしろっ! 茂姫……茂姫っ!」


※        ※        ※


 茂姫を病院に届けてから寮に戻ると、椿芽と羽多野もちょうど帰宅したところだった。


「それで……茂姫の様態は?」


「ああ。怪我はそれほど酷くない」


「でも……まだ意識が……?」


「精神的なショックが要因のようだ。目覚めれば、1、2週間で退院はできるそうだ」


「そうですか……」


「狙いは……やはり、アレか……?」


「ああ。この部屋でなくなっているものは……ひとつ。俺の……生徒手帳」


 茂姫は手帳――IDカードのメンテナンス中に、後ろから襲われたらしい。


「物取り……とは考えにくいな」


「ああ。既に届出は出して、ロックもかけてある。ポイントが引き出された形跡も、現時点では無い」


 しかし……。


「それじゃ……」


「ああ……。俺をこの学園がら追い出す……そういう目的か……」


 生徒手帳の盗難に関しては、情報やポイントに関しては聖徒会に届出を出した時点で対処ができる。


 しかし……手帳そのものは、盗難の場合は原則的に再発行はされないということがルールだ。


 奪われたのであればそれを取り返すことも含めてのサバイバル。それが学園の意思となっている。


 奪われて2週間が経過すれば、所持者は自動的に学園の在籍資格を失う。


 つまり……学園を去らなくてはいけない。


「油断があったのは……否めない」


 本来であれば、仮にメンテナンスとしても、茂姫と一緒に居てやるべきだった。


「でも……一体、誰が……?」


「怨恨とすれば……頼成組か……?」


 確かに……皿騒動の経緯を鑑みれば、あの男が俺にそういったものを抱えているということは想像に難くない。


「茂姫はこれを俺に……」


「これは……怒黒組の……?」


「ああ。連中が制服に付けている飾りボタンだ」


「そ、それじゃ……!」


「決め付けることはできない。こうも判りやすい手がかりだ。あえて残したとも考えられる」


「そうだな……。この程度では、証拠としては根拠が薄い……」


「他には……? なにか……手がかりは……」


「……………………」


 俺は、一瞬、逡巡をしたと思う。


 事件の直前に興猫と会ったことを、二人に話すかどうか――。


「事件の直前に……興猫に会った」


 しかし、俺は……その事を二人に隠さずに話す事にした。


「興猫ちゃんに……?」


「ああ」


 興猫は俺と会った時点で、手帳のことも知らなかった。


 だから、あいつが今回のことに関与しているとは思えない。


 もとよりそういう裏付けが無かったとしても、俺自身は興猫を疑っているということなどは無かったのだが……。


 しかし……話すことに関し、一抹の不安が無かったといえばウソになる。


 椿芽や羽多野が、興猫に対して疑念を抱いてしまうのでは……と。


 まして先日のような会話があればこそ、だ。


 しかも怒黒組といえば、一時的にとはいえ、興猫が雇われていた派閥だ。


 彼女を疑う下地も、整ってしまっている。


「…………そうか。ならば……」


「いや、椿芽……だからと言って結論を急がないでくれ」


「うん? しかし、乱世……」


「そうですよ、乱世さん。重要なことだと思います」


「それは判るが……」


 やはり――。


「興猫が現場に居たとするのなら……犯人の姿、とは言わないまでも、何か手がかりを見ている可能性は高い」


「……え?」


「そうですよ。何か……茂姫ちゃんが襲われたときの音とか……」


「あ……そ、そう……だな」


 その二人の反応に、俺は思わず動揺めいた顔を見せてしまったのだろう。


「乱世さん……?」


「どうした?」


「い、いや……。正直な話……俺は、あいつが疑われるのかと……」


「え? そ、そんなこと……! 確かに……この間はあんな話になりましたけど……」


 羽多野が心底びっくりしたような顔をして、言う。


「でも……茂姫ちゃんにあんなことをするなんて……そんなこと思ってません……!」


「そ、そうだな……すまなかった、羽多野……それに……椿芽」


「いや……。正直を言えば、私はまるで疑っていなかったと言えば、嘘になる」


「つ、椿芽さん……?」


「乱世にその話を聞く前……茂姫が襲われたことを聞いた時に、即座にそういう思考に至ったのは……確かだ。それは隠さない」


「椿芽……」


「しかし……だ。私は……信じようと思った」


「興猫を……か?」


「いや……正確には違うな。乱世……お前は、その状況……事件の直後に興猫に会ったとしても、彼女を疑わなかったのだろう」


「ああ。状況として違うと思ったのも事実だが……俺は直感として、あいつではないと、そう思っていた」


「だろうな。乱世……お前はそういう男だ」


 椿芽は少し表情を柔らかくして、笑む。


「椿芽……?」


「興猫を信じきることはできない私だが……お前のその判断は信じる。お前は……私たちのリーダーなのだからな」


「椿芽さん……」


「天道乱世のことは……信じざるを得ない。非常に業腹ごうはらだがな……」


「椿芽……」


 俺は……二人を僅かにでも疑った自分を、素直に恥じた。


「とにかく……一度、興猫に話を聞いてみてもいいだろう」


「そうですね。手がかりがどうのってこともありますけど……興猫ちゃんが協力してくれたら心強いですし」


「しかし……」


 今日だって、たまたま寄っただけのことだ。


 あいつが次にいつ捕まるか……。


 IDカードには、自分の位置を任意の対象の手帳上のマップに表示させる機能というのもある。


 当然というべきか、興猫はこれまで一度も俺たちに表示をさせないままだった。


「大丈夫ですよ、乱世さん」


 羽多野は、俺のそんな考えを見透かしたかのように、小さく笑う。


「羽多野……?」


「興猫ちゃん……乱世さんに会いに来たんでしょう?」


「あ、ああ……。そう言っていたが」


「だったら……すぐにまた会えます」


「そう……か?」


「ええ。会いたいって思っちゃう……そういうものなんです……」


「羽多野……」


 俺には羽多野の言葉の意味を理解できたわけではなかったが……。


 今は、それを信じるしかないと……そういうことだけは判っていた。


※        ※        ※


 そして――。


 俺が理解をできるできないの事に関わらず、その機会は確かにすぐ訪れた。


「興猫……」


 興猫と再会したのは、いつかの休みに立ち寄った、公園。


「お、おにいちゃん……?」


 そこに、興猫はいた。


 彼女がここに居るって確証があったわけじゃない。


 ただ……俺と興猫を繋ぐ意味で、一番に思い浮かぶ場所は、ここ、だ。


 椿芽は独自に調査を行っている。羽多野は念のために茂姫の病室に付き添っている。


 その中で……俺ばかりが勘働きを根拠に動くのは、気が引けたのだが……。


しかし、俺はどうしても興猫に会わねばならないという……そういう確信めいた予感があったのだ。


 そして、それは――。


「び、びっくりしたなぁ……。ふふ……なんで……?」


 それは……


「羽多野が……な」


「勇、が……?」


「一度……会いに来たいと思った……思ってくれたのなら、またすぐに会える……会いにくる、と言っていた」


「勇が……」


「ならば、再び会いに来るのを寮なり部屋なりで待つのが筋……という考えもしたんだが」


 俺は興猫が凭れている柵の隣に、自分も背を凭せ掛ける。


「……相手はあの興猫。そう……真っ正直にはいかないだろうな、とは思った」


「ふふ……それで、正解……かぁ。大したモンだね、乱世おにーちゃんは」


「まぁな」


「何か……あった?」


 興猫は俺のその態度からすぐに察して、率直に訊いてきた。


「ああ。実はな――」


※        ※        ※


「おにいちゃんの……生徒手帳が……」


「ああ。だから……あの時、何か、気付いたことが無かったかと思ってな」


「……………………」


「興猫……?」


「残念だけど……見たり、聞いたりって……そういう手がかりはない、かな……」


「そうか……」


「でも……」


「でも……?」


「心当たりがないわけじゃ……ない」


「本当か?」


「うん。でも……確証じゃない」


「確証ではない……か」


「ちょっと……一人で調べさせて貰える?」


「それはいいが……」


「ふふ♪ そんな心配そーな顔、しにゃいの♪ 大丈夫……」


 興猫は腰掛けていたブランコから立ち上がり、普段通りの笑みを見せながら言う。


「もしもの時は……頼るよ。乱世……あんただけじゃなく……椿芽や、勇も」


「興猫……」


「椿芽も勇も……あたしを信じてくれたんだもん。ちっちゃなことかもしれないけど……それって、結構……嬉しい、な」


「ああ。俺も……そう思う」


「だから……もう一度、あたしを信じてほしい。ワガママだって思うけど……。その『信じてもらう』ってのが……あたしなんかにとっては、ものすごく……贅沢なことだってのも、わかるけど」


「そんなことは……ない」


「ふふ……。でもね、これは……あたしがしなくちゃいけないんだって思う。少なくとも……ギリギリまでは、あたしが……」


 何かしら、決意めいたものを浮かべながら、一言一言噛みしめるように、言う。


「乱世や……椿芽。勇……茂姫……。あたしが……天道組の、本当の仲間になるためにって……」


「興猫……」


「もちろん……これだってあたしのワガママ。独りよがりの自己満足……。そういうことだってのもわかる。でも……」


 きゅっ……。


 その小さな手が拳を作って握られる。


「そうしなくちゃいけない。宿無しの野良猫が……天道組……天道乱世っていう、大きな……すごく大きなおうちの軒下くらいに居させてもらう為には……!」


 そして、そういった決意の全てを瞳に浮かべるかのようにして、俺をまっすぐに見た。


「それが……あたしの……猫の掟。あたしが決めた、あたしだけを縛る、あたしだけが守る……ルール」


「……わかった」


「乱世……」


「ただし……あくまで一人でできる範囲まで、だ。それ以上を自分で、自分だけでやろうとするのは……違うことだぞ」


「……………………」


「それは、仮に俺を、俺たちを慮ってくれてのことであっても……ルール――そう、ルール違反だ。俺の与える……お前へのルールの違反だ」


「乱世の……ルール……」


「そうだ。一人で立ち行かない場合は……俺を、そして椿芽や勇……仲間を頼る。それが……ルールだ。天道組の数少ない……しかし、絶対のルールだ」


「天道組の……ルール」


 興猫はかみ締めるかのように、俺の言葉を繰り返す。


「ふふ……難しいにゃぁ……あたしには、そういうの」


「ああ。そうと判っていて……あえて言っている」


「あちゃ、やっぱし? むう、厳しいにゃー」


 一人で生きて……一人で全てをこなしてきた――。


 そう自負して、それを誇りに生きてきた者にとって、『人に頼る』という……。


 ただ安寧、ただ人任せ……。


 頼り、任せ、預ける……。


 そういった、普通の尺度においてはごくごく簡単なことは、何よりも難しいことになりえてしまう。


 それは……『一人で生きていく』という、自分の行き方の、一旦の全否定……!


 自分の実力が頼るべき相手よりも下であるという(客観にはどうであれ)主観としては一番に認め得ないことの、一旦の肯定……!


 自分のプライド……人生観の解体。


 それを自らの中で行わなくては……その他者への手は伸ばせない。伸ばされた手は掴めない。


 何を大仰な……と思われようが……。


 人間の中身が思考ひとつと主観そのもので左右される構造のものであれば、これは必然のこと。何ひとつも……大袈裟なことではない。


 むしろ……必然。必然な思考のことわり


 だからこそ、難しい。一人で生きていくことは事ほど左様に難しい。


 しかし――。


「実のところ……俺だって、そうだ」


「え……?」


「俺にも……それは難しい。頼ること……任せること……甘えること……。それを忘れがちになる」


「乱世……」


 しかし……だ。


 現実に、世界に己一人でない以上……。


 頼ること、任せること……協力すること。


 それらを避けて通ることはできない。


 いや……むしろ、そういったことを、他者を認めてこそ、『一人で生きる』ことができる。


 他人に一切を頼らない、信用しないということは……その実、『一人で生きていく』ことのとしては、誤りなのだ。


 世界に他の他者が存在するという疑いようも無い事実に背けて生きることは……ただの逃避。自立とは程遠い、ただの自閉。


 俺にしても……興猫にしても……。


 それに薄々気付いていながらも、まだそれが――頼る、ということが――難しい。


『一人』、というステージの高みに上り切れていない。


「だからこそ興猫……お前は……強くなれ」


「乱世……」


「無論……俺も、だ。少なくとも……俺たちは……俺やお前のような生き方しかできないモノは……」


 興猫をまっすぐに見返す。


「強くなければ……生きていけない」


「うん……。わかる……わかるよ、乱世……。あたしは……あたしたちは……」


「ああ。そうだ。壊れた部分を……補わなくてはならない。互いに……そして……」


 世界――そのものに。


 椿芽や勇、茂姫といった仲間……そして時には敵として有るものにすらも。


「うん……!」


 興猫は、強く頷く。


 そして……。


「それじゃ……乱世……!」


 そのまま……近まって行く宵闇に、姿を消す。


「ああ。任せたぞ……興猫……」


 俺は……既に目の前から消えたその背中に……そう、投げかけた。


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