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八十話 病の正体

 私達は医院へと到着した。


 アルエットちゃんを診る事になった医師は、どうやら彼女の主治医だったらしい。

 ぐったりとするアルエットちゃんを見ると、事情を悟って特に問答する事もなくすぐ処置室へ彼女を連れて行った。

 私達もそれに付き添う。


 ベッドの上に横たえられたアルエットちゃん。

 意識は無いが、今は落ち着いている。


「あの、治療はなさらないのですか?」


 マリノーが医師に訊ねる。

 ここに来てから、アルエットちゃんには一切の治療行為がなされていなかった。

 その事を不安に思っての問いだ。

 医師は一つ溜息を吐いて答える。

 その表情には痛ましさがあった。


「この子の病気には、明確な治療法がないのです」

「どういう事ですか?」

「どんな薬でも、彼女の発作を抑える事はできなかった。この病の発作が始まってしまえば、あとは治まるまで待つしかありません。もし私達にできる事があるとすれば、心肺停止後魔力による心臓のマッサージぐらいです」

「そんな……白色は? 白色は効かないのですか?」


 医師は首を振る。


「白色はあくまでも治癒力を高める物です。正体不明の病ではありますが、恐らくこの子の病は生まれつきの心臓の疾患だと思われます。生まれつきであるならば、その病はその人間の正しい状態として存在している事になる。白色を施した所で治るものじゃない」


 つまり、心臓の疾患は彼女にとっては正しい状態なのだ。

 遺伝子に刻まれた、こうあるべき姿だ。

 彼女にとっては、疾患のない状態の方が異常なのだ。

 白色で治癒しても、そのあるべき姿に戻る。


 極論ではあるが、彼女の心臓から悪い部分を取り去ったとしても、白色をかければその悪い部分も治癒されてしまうという事だ。


 結論から言えば、白色でアルエットちゃんを治す事はできない。


 白色は外傷などには強いが、こういった病には効果を成さないのである。


「彼女の発作は、これから一晩続くでしょう。ですが、私達には彼女の容態を確認しながら、発作が治まるまで見ている事しかできません」

「そんな……」


 マリノーは俯いた。


「あんなに苦しそうなこの子を、ずっと見ている事しかできないなんて……」


 苦しそうに言葉を搾り出す。

 目尻には、涙が滲み出ていた。


 そんな時、アルエットちゃんの目が見開かれた。

 ベッドの上で苦しそうにもがき始める。

 そこにある苦しみの元を取り出してしまいたいというように、服の左胸を強く握りこむ。

 おびただしい量の発汗。

 目尻の涙と汗が混じり、こめかみへ流れ落ちていく。


 発作だ。


 マリノーがそんなアルエットちゃんの手を握った。

 表情は悲痛に歪められ、固く閉じられた目からは滲むどころではなく、涙が絶え間なく流れていた。


 マリノーの気持ちはよくわかる。

 私達には何もできないけれど、それでも何かしてやりたいという気持ちだ。


 私はアルエットちゃんの胸に手を当てる。


 効かないのはわかっているけれど、少しでも楽にならないだろうか。

 縋るような気持ちが、そんな希望的な考えを懐かせた。

 白色をアルエットちゃんへ流す。


 すると、アルエットちゃんの表情にあった苦痛が、少しだけ和らいだ。


 依然として息は荒く、苦しみは続いているようだった。

 でも、先ほどと比べれば、その苦しみ方の違いは一目瞭然だ。


「何をしたんですか?」


 医師が驚愕の表情で訊ねる。


「何って……白色を流しただけですよ」

「馬鹿な……っ」


 信じられないという表情で呟く。


「今まで試した事は?」

「……ない。だが、それは当然の事だ。絶対に治るわけがないのだから」


 きっと医療人からすれば、試すまでもなく生まれつきの疾患に白色が効かない事は当然の事なのだろう。

 だから、今まで使われる事はなかった。


 私はアルエットちゃんに白色をかけ続けた。

 けれど、最初は多少和らいでいたアルエットちゃんの顔が、次第にまた苦痛に歪み始める。


「やはり、ダメか……」


 医師が呟く。

 白色が効いたわけじゃないの?


 そんな時、部屋へティグリス先生が入って来た。


 医師が連絡を入れてくれていたのだ。


 珍しく慌てた様子の先生は、部屋に入るなり室内を見回す。

 私達がいる事に気付き、アルエットちゃんの手を握るマリノーへ目を向けた。


 先生は表情を歪める。


「……話は聞いた。アルエットをここまで運んでくれたらしいな。感謝する。……二人はもう帰れ。あとは、俺が見ている」

「でも、先生……」


 マリノーは食い下がろうとする。


「いいから帰れ」


 けれど、ティグリス先生は有無を言わせぬ口調で、断固として譲らなかった。


 渋々と、そして名残惜しそうに、マリノーはアルエットちゃんの手を放した。


 一度ティグリス先生の顔を見上げてから、通り過ぎる。

 が、そこでマリノーは足を留めた。


「大丈夫なのですか? 先生?」

「アルエットなら大丈夫だ。たまにある事だ」

「先生は……? 先生は、大丈夫なのですか?」

「……最近はあまりにも幸せすぎて、この無力感を忘れていた。だから、少し驚いただけだ」

「……わかりました」


 再び歩みだす。

 部屋を出た彼女に続いて、私も処置室を出た。


 しかし、そのまま帰る気持ちにもならず、私達は互いに示し合わせる事もなく医院の待合室で、長椅子に座った。


「アルエットちゃん、大丈夫でしょうか?」

「先生は大丈夫だって言ってた」


 そんなやり取りを交わし、互いに黙り込む。

 沈黙が下りる。


 そういえば、どうしてアルエットちゃんの容態が少し和らいだんだろうか?


 ふと、何とはなしに疑問が沸く。


 白色は生まれつきの心臓疾患に効かないはずだった。

 でも、それが少しでも効いたのはどういう事なんだろう?


 もしかして、心臓疾患じゃない?


 でも、アルエットちゃんの症状は生まれつきだ。

 それ以外の原因はむしろ不可解……。


 母親であるコトヴィアさんも同じ症状に苦しんでいたのだから、遺伝性の疾患として病が継承された可能性は高い。


 母親から継承された病である事は間違いない。

 でも、生まれつきの心臓疾患ではない可能性がある。

 どういう事だろう?


 ふと、思いつく。


「黒色か……」


 私は思いついた原因を口にしていた。

 確証はないけれど、その可能性はあった。


 体を蝕み、なおかつ継承される可能性はある。

 一時とはいえ、白色が効いた事にも説明がつく。


「黒色? 何ですか、それは」


 マリノーが訊ねてくる。


「あ、いや、何でもないよ」


 黒色の魔力。

 三種類ある魔力の中の一つ。

 人の心へ作用する力がある。

 アルエットちゃんの場合は心に作用しているわけではないが、あの症状は黒色の副産物である可能性は十分にある。


 そして、一般的に黒色の魔力を知る人間は少ない。

 何故なら、黒色は本来なら人間に知覚できない魔力だからだ。

 私だって、ゲームの知識がなければ一生気づかなかっただろう。

 例外もあるが、基本的に人間が扱える代物では無いのだ。


 しかし、アルエットちゃんがもし黒色に侵されているのだとすれば、対応策がないわけじゃない。

 治す方法もわかる。


 ただ、一つ問題がある。

 その問題を思うと、躊躇いが生まれた。


 でも、アルエットちゃんを助けたいという気持ちに偽りは無い。

 リスクもあるが、できる事はしよう。


 しかし、まだ決め付けるのは早い。

 行動するのは、アルエットちゃんが黒色に侵されているという裏付けをとってからだ。

 そのために、色々と調べてみよう。

 そう思った。




 その数日後。


 マリノーは先生から関係の終わりを告げられた。

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