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閑話 キングの観察日記 後編

 誤字を修正しました。

 ご指摘、ありがとうございます。

△月×日


 クロエ嬢が奇妙な服を作ったらしい。


 その報告は、珍しくアルマール自らが赴いて伝えに来た。

 アルマールはその時、一風変わったデザインの服を着ていた。

 私も一着欲しいと思える、上品で落ち着いた印象の服だ。


 それがそうなのか? と訊ねると、アルマールはニヤリと笑った。

 そして、唐突に自らの服へ手をかけた。

 次の瞬間、アルマールはバサッと服を脱ぎ去っていた。

 一瞬の出来事である。

 服を脱ぎ去ったアルマール公は、裸の上半身を惜しげもなく晒して得意げにニヤリと笑った。

 驚きましたか? といわんばかりである。


 アルマール……。

 恐らく目の前でいきなり裸になるのは、国によって不敬罪に問われると思うぞ。


 どうやらその服は、布を引っ張るだけで簡単に脱ぐ事ができる衣服だという。

 糸を使わずに魔力で布地をくっつけており、そのため衣服を破る事無く脱ぎ去れる仕組みになっているようだ。


 どうやら、これがクロエ嬢の発明品らしい。

 だからなんだ? という商品なのだが、軍人の間で広まって今やビッテンフェルト家の経営する店では主力商品の一つとなっているのだとか。

 喧嘩の際に服を汚さぬよう、すぐに脱ぎ捨てられる事から人気が出たらしい。

 喧嘩っ早い軍人達に絶大な人気を誇っているそうだ。


 それでも、正直何故こんな物を作ろうと思ったのか甚だ疑問である。

 だが、クロエ嬢の発想力の高さを改めて実感させられた。

 しかも、服のデザインまでできるとは……。

 あの娘には驚かされる事ばかりである。


△月○日


 クロエ嬢が歌を作ったらしい。


 その日も報告に訪れたのはアルマールだった。

 その後ろには、各種の楽器を持った国衛院の隊員を数名伴っていた。


 だいたい奴の考える事はわかっていたが、私はどんな歌なのかを奴に訊ねた。

 奴はニヤリと笑う。

 一つ咳払いをすると、後ろの隊員達が演奏を始める。

 そして前奏の後、アルマールはおもむろに歌いだした。


 それは一風変わった愛の歌だった。


 男ならグズグズするな。

 若さとは振り向かない事。

 愛とは躊躇わない事。


 という内容の物だった。

 いくつかよくわからない単語も出てきたが、そんな物がどうでもよく思える程に心の熱くなる歌だった。

 それはアルマールが思いの外美声であった事もそうだが、曲調も歌詞も心に響いてくるような物だった。


 これが、クロエ嬢の作った歌か……。

 そう思い、私は感嘆した。


 彼女は一人の時、こっそりと即興で歌を作って歌う事があるそうだ。

 前奏や間奏などを鼻歌で奏でながら、情感たっぷりに歌うのだという。


 アルマールはそう報告すると、さらにもう一曲歌いだした。

 それも愛の歌だ。


 百億の口付けを浴びせてやる。

 抱いたお前を二度と離さない。

 どんな物だろうと俺達の愛を邪魔できない。

 

 そんな内容の歌だった。

 これもいい歌だ。


 こんな歌を、それも即興で作るとはやはりクロエ嬢は才能に満ちた娘だ。

 もはや、天才という言葉すら生ぬるい。

 神に愛されているのではないかと思えてくる。


 しかしアルマール。

 そなた、報告にかこつけて歌声を披露したかっただけであろう?


△月△日


 クロエ嬢は、アルマールの子息とピグマールの令嬢とも交友関係を持ったらしい。


 彼女がこれまでに交友関係を結んだ人間は、その二人だけではない。

 アードラー嬢はもちろんの事、ティグリス・グラン、その娘のアルエット嬢、マリノー嬢、ムルシエラ・ヴェルデイド、それにカナリオ嬢とも友好を深めているそうだ。


 彼女は人の心を掴む事が上手いらしい。

 それは人柄ゆえの事だろう。

 彼女には、人の心を掴む魅力があるようだ。


 文武両道に優れ、並外れた才知に恵まれ、そして人への求心力がある。

 彼女ほどに優れた人間は、我が国の歴史をさかのぼっても皆無であろう。

 もしかしたら彼女は、将来歴史に名を残す人物となるのかもしれない。


 いや、今はまだ彼女も子供だ。

 今後どのように成長するかわからない。


 だが、否応無く期待を煽られてしまう。

 彼女はそんな人間である。


△月☆日


 数日前、クロエ嬢は隣国サハスラータへと旅立った。


 サハスラータへ圧力をかける目的があっての事だ。


 少し前、サハスラータの細作スパイが国内で諜報活動と治安を阻害する活動を行っていた事が明らかとなった。

 今までも隣国の関与がある事はわかっていたのだが、その確証は得られていなかった。

 それが明らかとなったのは、クロエ嬢の協力があっての事だ。

 そして確かな証拠が得られたので、正式な抗議をサハスラータへ行う事となったのである。


 ちなみに、我が国も隣国へ細作を送り込んでいる。

 国衛院第四部隊の者達である。

 表向きは第三部隊までしかない国衛院、その存在しないはずの四つ目の部隊だ。

 主に、他国への諜報活動を任務としている者達だ。


 今日は、その者達からクロエ嬢の隣国での動向についての報告書が送られてきた。


 まず、クロエ嬢は移動中の馬車の中にいながら、早速騒動を起こしたそうだ。

 というのも、彼女が何かをしたわけではなく、馬車に立てていたビッテンフェルト家の旗を見たサハスラータの民達が軽いパニックを起こしたのである。


 これはかつて、ビッテンフェルトが現サハスラータ王を追い払った事が原因である。

 その時の恐怖が、民達にも広がっているのだ。


 報告によれば、クロエ嬢が父親を超える豪傑であり、常に強き者を求めて夜な夜なさ迷い歩くという虚報を流布する事でより一層ビッテンフェルト家の恐怖を強めたとの事だ。

 こうしてビッテンフェルトへの恐怖を植えつけておけば、サハスラータに対する抑止力となる。

 もし、戦に発展してもビッテンフェルトへの恐怖が敵兵を鈍らせる武器にもなるだろう。

 第四部隊の独断で行われた事であるが、これはいい判断だ。


 その後、クロエ嬢は予定通りサハスラータの城内へ入った。

 そして、ヴァール王子と面識を持ったそうだ。


 話を聞く限り、ヴァール王子はビッテンフェルトへの恐怖が薄いのかもしれない。

 王の代行として対応し、その際も恐れるどころかクロエ嬢へ興味を持っていたようだ。


 舞踏会では、リオンと共にいたカナリオ嬢へ興味を持っていたようなので、もしかしたらただの女好きなのかもしれないが。


 しかしリオンよ。

 カナリオ嬢が好きなのはわかるが、他国にまで連れて行くのはどうかと思うぞ。

 しかもアードラー嬢を放置する行為は目に余る。

 あとで注意しておこう。


 ちなみに、放置されたアードラー嬢はクロエ嬢とその婚約者と共に舞踏会を楽しんだそうだ。

 翌日も、その三人で過ごしたらしい。


 そしてその時に、ヴァール王子からちょっかいを出されたそうだ。

 勝負を挑まれたクロエ嬢だったが、容易く退けたとの事だ。


 その際、アードラー嬢は「二人で逃げよう」とクロエ嬢を誘ったそうだ。

 冗談だったのだろうが、肝を冷やす発言だ。

 クロエ嬢は優秀な人材であり、サハスラータとの和平を維持するための大事な鍵でもあるのだ。

 出て行かれては困るどころではない。


 そして帰る日になり、その際にクロエ嬢はヴァール王子からまた来るようにと誘われたという。

 どういうわけか、彼女はヴァール王子に気に入られてしまったらしい。

 彼女もまた、サハスラータへ訪れるという話には乗り気であるようだった。


 もしや、ヴァール王子の狙いはクロエ嬢の引き抜きではなかろうか?

 今後、彼の動向には気を付けた方がよいかもしれない。


 しかしクロエ嬢。

 交友関係を広げ過ぎである。

 せめて、国内にとどめて欲しいものだ。


☆月×日


 今日、驚くべき事実が発覚した。


 なんと、カナリオ嬢は行方知れずになっていた巫女の血族であったらしい。


 王家は長年、巫女の血族を探し続けていた。

 それは先祖代々よりの悲願である。

 何故巫女を探さなければならないのか、その理由は長い歴史の中で失われている。

 だが、我が王家の命題として残る以上、それは重要な事なのだろう。

 それを差し引いても、巫女の血族が帰還した事には意味がある。


 王家が巫女の血族を見つけ出した事で、王家は国内の女神信仰者に対して求心力を強める事ができる。

 しかも、カナリオ嬢はリオンと恋仲にある。

 その血を王家に取り込む事もできるのだ。

 今までは身分の関係で結婚ができなかったが、これで二人は結婚する事もできる。

 リオンにとっても喜ばしい事だろう。


 ただ、アードラー嬢をどうするかは悩みどころだ。

 アードラー嬢を正室に、カナリオ嬢を側室にするというのが一番無難な方法ではあるが……。

 そのあたりは当人の気持ちを聞いて、決める事としよう。


 しかし、クロエ嬢という優秀な人材を得て、巫女の血族まで見つかった。

 私の治世はなんと恵まれている事だろうか。

 恐らく、歴史にも私の名は奇跡的な幸運に恵まれた王として記される事だろう。


☆月○日


 息子が……やらかした……。


 事の発端は、リオンがアードラー嬢へ対して婚約解消を行った事である。


 その報告を聞いた時には、致し方ないと思った。


 リオンの取った行動はアードラー嬢に対してあまりにも不遜な行いである。

 だが、思えばこれまでアードラー嬢には王子の婚約者として、あらゆる不自由を強いてきた。

 その窮屈さから、そろそろ解放してやるべきなのかもしれない。とも思ったのだ。


 正直に言えば、こうなるのではないかと私は前々から予測していた。

 リオンが彼女の心根に気付いてくれるのならば一番良いと思っていたが、それが叶わなかった時の事も考えていた。

 もしその事態が現実となった時を考えて、私は隣国へ彼女を預かってもらえるよう手配をしていた。

 彼女が望むのなら、その国で自由に暮らしてもらおうと考えていたのだ。

 そして今までの償いとして、私はアードラー嬢が何の不自由もない生活を送れるよう手を尽くすつもりだった。


 私は報告に訪れた国衛院の者に、落ち着いた態度で「致し方ない」と答えた。

 王は下の物が不安にならないよう、常に落ち着き払っていなければならないのだ。


 が、次に報告された事に結局は取り乱す結果となった。


 なんと、クロエ嬢がリオンの暴挙に怒り、リオンに暴行を加えた後「国を出る」と宣言したのだという。


 もっと早く言うが良い。


 これはとてつもなくまずい状況だ。

 私はすぐに軍の手配を命じた。


 ビッテンフェルトは国に対する忠誠心が低い。

 たまたまアールネスに生まれたから今はここで暮らしている、という程度にしか思っていない節がある。

 先の戦いで現サハスラータ王を追い返したのだって、愛した女と添い遂げるためだった。

 国への忠誠心が低い分、家族へ対する愛情はとても深いのだ。

 だから、クロエ嬢が国を出るとなれば、奴もまた何の躊躇いも無く国を捨てるだろう。


 それはまずい。

 ビッテンフェルトはその戦闘力もさる事ながら、サハスラータへの抑止力でもあるのだ。

 出て行ったが最後、サハスラータは容赦なく我が国へ攻め入ってくるだろう。

 そして、クロエ嬢もまたこれからのアールネスを担う大事な人材である。

 他国へ渡してしまうのは非常に惜しい。

 攻め寄せる隣国の軍勢の中に混じっていた、なんて事になれば目も当てられない。


 そしてビッテンフェルトは決断も早ければ、行動も早い。

 翌日にはもう国から出ているだろう。


 だから、それまでに身柄を押さえなければならなかった。

 いや、身柄を押さえられる者などこの国にはおるまいから、何とか説得する以外に方法はないだろう。


 私は軍の手配が済み次第、ビッテンフェルトの屋敷へ赴いた。


 現地に着くと、そこにはアルマールがいた。

 そして奴から、一人の人物と引き合わされた。


 可哀相なくらいに緊張し、身を震わせた少年である。

 その者はクロエ嬢の婚約者だった。

 アルマールが言うには、この者をビッテンフェルト家との橋渡しに使おうという話だった。


 よくも言う。

 どうせ、人質にしようと思っていたのだろう?


 だが、奴の思惑が当たったのかは知らぬが、婚約者の少年と門の前で手を振っているとビッテンフェルトが姿を現した。


 そこから何とか話し合いに応じて貰い、王子からの謝罪と罪の不問を条件に当事者である二人から謝罪を受け入れてもらう事ができた。


 ビッテンフェルトを失う事にならず、一安心である。


 しかし……やはり、かつて思った通りなんとも言えぬ強い魔力がその胸にはあった。

 下手をしたら怒りを買っていたかもしれぬというのに、間近で見ると目を離せなくなってしまった。

 流石はビッテンフェルト、優れた肉体を持っている。


 いや、それよりも恐るべきはもっと別の事だ。

 クロエ嬢は、やはり優れた人間だ。

 私の考えを正しく理解していた。

 どうやら、政治にも精通しているらしい。


 本当に、彼女を手放す事にならずホッとした。


☆月×日


 今日、私は王子への処分を言い渡した。

 当初私は、王位継承権の剥奪を処分の内容として決めていた。

 だが、アードラー嬢たっての願いとしてその内容を緩和、王位継承権剥奪へ条件をつける内容に改めた。

 その条件とは、カナリオ嬢と婚姻を結ぶ事。

 カナリオ嬢との婚姻を結んだ場合のみ、王位継承権の剥奪を行うというものだ。


 王位か恋、そのどちらかを選ばせるというものである。

 選択によっては巫女の血を王族に取り込む事が叶わなくなるが、それも致し方ない。

 それだけの償いは覚悟せねばならない。

 どうなるかは、王子次第であるが……。


 と見せかけて、実の所私は王子がどちらを選ぶか読んでいた。

 恐らく、カナリオ嬢を取るだろう。

 あいつはいろいろと至らぬ事をしたが、その根底には誠実さがある。

 カナリオ嬢へ向けた愛情に嘘はあるまい。

 悩む事はあっても、最後にはカナリオ嬢を選ぶであろう。


 結局は、王位継承権の剥奪となる。

 巫女の血が王家に入り、王子への罰も正当な物となる。

 これが妥当な結末であろう。

 リオンはそれだけの事をしたのだ。

 しっかりと責任は取ってもらわねばならん。


 同時に、自らの意思でアードラー嬢とクロエ嬢に謝罪させようと思ったのだが、それは叶わなかった。

 両名には申し訳ない事だが……。


 しかし、これはどうしてもリオンに自らの意思で行って欲しいのだ。

 やはり私は、息子が可愛い。

 出来る事なら、まだ信じていたい。

 リオンが自ら謝罪したいと思うようになるには、アードラー嬢という人間を理解する過程が必要になるだろう。

 だからこそ、その過程を踏まえて、自らの過ちを知り、心からの謝罪を成して欲しい。

 今度こそ、正しい判断を下せる男に成長して欲しいのだ。


 そんな思惑をクロエ嬢は理解したのだろう。

 意識してはいなかっただろうが、返答の時に見せた顔は苦笑だった。

 仕方ないですね。

 そういう笑顔だった。


 そして、リオンへの罰則軽減を願ったアードラー嬢に報いるため、願いを一つ叶える事となったのだが……。


 彼女が私の耳元で囁いた願いは以下の物だった。


 まず一つは、同性での婚姻が可能となる法律を作ってほしいとのものだった。


 私はそれだけで、アードラー嬢が何を目的としているのかを悟った。

 前々からそうではないか、と思ってはいたが……。

 まさか、それほど気持ちが強いとは……。


 その法改正は少し難しいと思ったので、却下した。

 が、次に願い出たのは女性を男性に変える方法を知っていれば教えて欲しいというものだった。


 私が知るわけも無い。

 だが、宮廷魔術師達が全力で当たれば、その方法を知っている者がいるかもしれなかった。

 現に、魔術師達の元締めは性別がよくわからんような奴であるからな。

 知っていそうな気がする。

 無かったとしても、研究すれば作れるかもしれない。


 なので、とりあえずその方向で願いを聞き入れる事になった。


 しかし……そんなに好きか。


 そして最後に、私はふと思いついた事を口にした。

 今後、リオンに対するクロエ嬢とアードラー嬢の無礼を一切許す事とリオンはクロエ嬢と極力一緒にいる事、という内容の物だ。


 クロエ嬢はこれまで関わってきた人間を良い方向へ導く事が多々あった。

 それはアードラー嬢もそうであれば、マリノー嬢、ルクス・アルマールもそうだ。

 彼女に関わった人間は誰しも、人間的な成長を見せてきた。

 ならば、リオンもまた彼女と共にいれば良い方向への成長を見せるのではないか。

 私はそう、期待したのである。


 しかし、アードラー嬢……。


 時代は変わったなぁ……。

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