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六十九話 失礼仕る!

「クロエ様!」


 その報せを私にくれたのは、カナリオだった。


 全ての授業が終わり、これから帰ろうという時間。

 いつもなら、アルディリアとアードラーが迎えに来る時間だ。

 アードラーが先に着いて、話をしながらアルディリアを待つ。

 それほど時間をかけずにアルディリアが来て、私達は帰途へ就くのだ。


 しかし、その日はアルディリアの方が先に私を迎えに来た。

 二人でアードラーを待っていたが、彼女は一向に来ない。


 そんな時だった。

 カナリオが血相を変えて私を呼びに来たのは……。




 講堂は、異常な雰囲気に満たされていた。


 多くの生徒がその場に集いながらも、ざわめきなどは一切なく、講堂内は粛々とした静けさで満たされている。

 生徒達の中には、見知った顔もいた。

 講堂の壁際には、警備の人間が配置されている。

 普段から、学園の警備を任されている衛士達だ。


 それらの人々で構成される人垣は中央に空間を作るように割れ、それを構成する生徒達は視線を自らの作った空間の中央へとそそいでいた。

 そこにいるのは、二人の男女。


 一人はリオン王子。

 そしてもう一人はアードラーだった。


 生徒達はみんな、固唾を飲んで二人の動向を見守っていた。


「どうして私がここへそなたを呼んだのか、わかっているな?」

「婚約の解消を言い渡すためでしょうか?」


 王子の問いに、アードラーは澱みなく答える。

 事務的ですらある、平然とした声色だ。


「それを理解する程度には、道理を弁えていたか」

「わざわざそれを伝えるためだけに、仰々しくもこんなに人を集めたのですか?」

「いや、それだけでは足りぬと思ったからだ。そなたに下される罰は、婚約の解消だけでは生ぬるい」

「どういう意味でしょう?」


 アードラーは怪訝な顔をする。


「そなたは今までカナリオへ、あらゆる苦痛を与えてきた。憶えはあろう?」

「それは……」


 アードラーは言い淀む。


 実際に、アードラーはカナリオをイジメていた時期がある。

 その前科があるから、きっぱりと否定できなかったのだろう。




 これは……断罪イベントだ。


 講堂の入り口で、私はその光景を見ながら愕然としていた。

 入り口からは、向かい合う二人の横顔が見えた。


 何で?

 どうしてアードラーが断罪されているんだ?

 もう、アードラーはカナリオに何もしていないのに、おかしいじゃないか。



 私の見る前で、王子がさらに言葉を続ける。


「言い逃れは許さない。こちらには、そなたの罪を証明する者がいるのだからな」


 その王子の言葉と共に姿を現したのは、数名の令嬢達。

 彼女達は、前にアードラーの威を借ってカナリオに絡んでいた令嬢達だ。


「誰ですか? その方々は」

「見覚えがないと申すのか?」

「はい。まったく」

「シラを切るとは見苦しいな。彼女らは、そなたに命じられてカナリオを害していた者達だ」


 王子が言うと、令嬢達は口々に弁明した。


「はい。私どもはフェルディウス様に命令され、仕方なくカナリオ様へ嫌がらせをしていました」

「公爵令嬢である彼女に、下位の令嬢である自分達では逆らえなかったのです。お許しください」


 涙ながらに彼女達は弁明の言葉を重ねていく。


 ああ、そういう事か……。


 私は理解する。


 きっと、カナリオへの嫌がらせは続いていたんだろう。

 続けていたのはあの令嬢達。

 そして、常に彼女達はアードラーの威を借り続けていたのだ。

 アードラーのためだと偽りつづけ、ずっと……。

 そしてカナリオが巫女の血族だという事がわかり、我が身の保身を図った。


 アードラーに全ての罪を被せて、自分達のしでかした事をなかった事にしようと考えたのだ。


 もしかしたら、ゲームの時もそうだったのかもしれない。

 アードラーも嫌がらせはしていたかもしれないが、全てがアードラーのした嫌がらせじゃない。

 カナリオに降りかかった全てのイジメ行為をゲームの彼女も背負わされてしまったのかもしれなかった。


 私は隣を見る。

 カナリオは「こいつやっちまった」という顔でリオン王子を見ていた。

 彼女にとっても王子の行動は予想外だったのだろう。


 彼女がこの件に加担していないのなら、少しだけ救われる。

 私の言った事を信じていてくれてたって事なんだから。




「地位をかさに、下の身分の者を己の罪へ加担させるとは恥を知るが良い」

「ですが、私は……」

「罪業を持つ者は、どのような者であろうと罰せられねばならない。公爵という地位が免罪符になるとは思わぬ事だ」


 王子はアードラーの弁明を遮り、言い切った。

 アードラーの言葉など、一切聞きたくないといわんばかりに……。


 私の隣にいたカナリオが、王子の方へ走り寄る。


「違います、リオン様!」

「カナリオ……。何が違うと言うのだ?」

「フェルディウス様は、私に何もしていません!」


 リオン王子は小さく笑み、カナリオの肩へ手を置く。


「王子……」

「確かに、アードラーは自分の手でそなたを害したわけではない。だが、それだけの事だ。悪意の発端は彼女なのだ」

「王子!」

「そなたは優しい。自分を害した相手であろうとも、救いたいと思っているのだろう。だがだからこそ、私はそなたに代わって苦しみの元を断とうと決めたのだ」



 二人が言葉を交わす間に、アードラーは小さく俯いた。


 その表情には、諦めがあった。

 いや、少し違うかもしれない。

 溜息じみた小さな吐息を漏らす。

 その吐息を漏らした表情は、どこか安堵しているようにも見えた。


 そして、彼女は緩やかに顔を上げる。

 そこにはもう諦めも安堵もない。

 公爵令嬢としての彼女の顔があった。


 顔を上げるだけの動作が、とても綺麗だった。

 どこまでも毅然として、実に貴族らしい品位ある立ち姿だ。


「わかりました」


 その一声で、王子とカナリオが彼女に向いた。


「その罪業を認め、罰を受けましょう」


 どうして?


 どうして認めちゃうのさ?


「ならば良い。私の権限で、そなたを追放処分とする」

「謹んでお受けします」


 王子の言葉に、アードラーは頷いた。

 その顔には、上品な笑みが浮かんでいた。


 私の脳裏に、彼女の最後のスチルが思い起こされた。

 その時の笑顔と、彼女の顔は同じだった。


 初めて見た時、その姿をカッコイイと私は思った。

 でも、今の私には彼女がカッコイイと感じられなかった。


 あれは、違う。

 彼女の本当の笑顔じゃない。

 あれはただの虚勢だ。

 自分の心を覆い隠した仮面のような笑顔だ。


 格好良さなんて微塵もない。

 実際に知り合って、友達として触れ合った今では、その姿に痛々しさしか感じられなかった。


 あんな虚勢で悲しさを覆い隠したような笑顔、彼女にさせたくない。


 そう思えば私は、王子の方へ歩き出していた。


 ごめんなさい父上。

 家族に迷惑はかけたくないけれど……。

 結局私は、自分の事しか考えられない人間だよ。




 王子が近付く私に気付いた。

 そんな王子の脛を強く蹴った。

 王子の膝が落ちる。

 それと同時に、金の頭髪を私は右手で強く掴んだ。

 跪かされ、髪の毛を掴まれて、王子の端正な顔立ちが苦痛に歪む。


「ぐうう……ビッテンフェルト、何をする?」


 苦しそうにしながらも、王子は私に問う。

 そんな問いを無視し、私は王子へ顔を近づけて口を開いた。


「ねぇ、王子」


 開いた左手の親指で、私は王子の瞼を大きく開かせた。

 ドスを利かせた声で続ける。


「この節穴ふしあなにそろそろ目ん玉突っ込んだ方がいいんじゃないですか?」

「なんだと……?」

「あんた、何も見えてないって言ってるんだよ!」


 私は講堂中へ聞こえる大音声で、王子を怒鳴りつけた。


「無礼な……! 私が間違っていると言いたいのか? お前はアードラーを庇いたいだけであろう!」

「そうだよ。当たり前でしょう。大事な友達なんだから! 庇うのは当たり前だ!」


 私は王子を放るように髪の毛を放した。

 王子に背を向ける。


「クロエ!」


 同時に、叫びを上げて飛び掛ってきたルクスの拳を受け止めた。

 国衛院の者として、王子を守りに出てきたのだろう。


「てめぇ! 正気か?」

「私は正気だよ。これがイノスだったら、ルクスはどうするのさ?」


 私が問い返すと、ルクスは目を見開いた。

 拳へこもった力が抜ける。

 それと同時に、私はルクスの拳を掴んで彼を放り投げた。


「ぐあっ」


 ルクスが床を転がる。

 そして、横合いから伸びたイノス先輩の手を掴んだ。

 そのまま捻って体勢を崩させる。


「くっ」


 腕を捻られ、苦痛に声を呻く先輩をルクスが転がった方へ放り投げた。

 イノスは狙い通り、起き上がろうとしていたルクスに覆いかぶさるように落ちた。


「ぐああっ」


 ルクスが再び悲鳴を上げる。


 辺りを見回すと、講堂内で待機していた衛兵達が私を取り囲もうとしていた。


 私は再び、王子へ振り返る。

 私を見上げ、睨みつける王子を見下ろした。


「何を考えている?」

「罪業には罰が必要なんでしょう? それに習うだけだよ。……私は、今からこの国を出て行く」


 答えると、私はアードラーへ近付く。


「アードラーと一緒に」


 私が言うと、彼女は小さく口を開け、呆気に取られた表情で私を見ていた。


「行こう」


 手を差し出す。

 アードラーはかすかに息を呑んだ。

 恐る恐る、私の手をとる。

 握られた手の感触が強くなる。

 それを確かめると、私は王子に振り返った。


「リオン王子。クロエ・ビッテンフェルト。これにて失礼仕る」


 それだけ告げると、私はアードラーの手を引いて講堂から出ようとする。


「待て!」


 呼び止め、行く道に立ち塞がる衛兵を軽くあしらう。

 数名の衛兵が、振り回された私の腕に吹き飛ばされた。

 そうして私は講堂から出て行った。




「クロエ、あなたなんて事を……」


 学園の敷地内。

 自宅の馬車へ向かう途中、アードラーが口を開いた。


「黙って見てられなかったんだよ」


 これ以上、アードラーが悲しむ姿を見ていられなかったんだ。


「これからどうするつもりなの?」


 さぁ……。

 私にもまだわからない。

 きっともう、私はこの国にいられないだろう。

 家にも迷惑をかけてしまう。

 だから、一度家に荷物を取り戻ったら、すぐに出て行くつもりだ。


 でもよく考えてみると、それも面白いかもしれないね。

 ここはゲームじゃない。

 学園だけ、アールネスだけが世界の全てじゃなくて、その先には広い世界が存在する。

 広がる世界を探訪するのは楽しいんじゃないだろうか?


「アードラー、このまま逃げようか。二人で」

「え?」

「前にアードラーも言っていたじゃないか。海を渡ってアールネスもサハスラータも関係ない場所へ逃げようって」

「でもあれは……」

「冗談だって? だったら、本当にしちゃおうよ」

「……そう……ね。そうしましょうか」


 少し黙り込んでから、アードラーは笑って言った。

 私も笑みを返す。



 今の私には、力がある。

 この体ならば、どこでだって生きていける気がする。

 死亡フラグもさっき完全に消えた。

 何より、国から出ればそんな物も関係なくなる。

 完全な未知の人生を歩む事になる。


 私の前途は可能性に満ちているんだ。


 それにアードラーが一緒なら、寂しくもない。


 そう思うと、私の重苦しい気持ちは軽くなった。

 全ての重責が消えてしまったかのようだった。


「あっはははははっ!」


 知らず、大笑いしていた。

 高揚感があった。

 私はアードラーの手を取って、笑いながら馬車までの道を走った。

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