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六十八話 嵐の前

 少し修正しました。

 どうやらあの後、カナリオは王子の誘いを受ける決心を着けたらしい。

 あれから数日、学園にはカナリオが女神を祀る巫女の血筋である事が知れ渡っていた。


 女神シュエットを祀る血筋の人間は、数百年前に絶えてしまったと言われていた。

 それでも王族は、いつかその血族の者が帰ってくる事を信じて女神の鐘を王城内の門へ着けたのだと伝承では言われている。


「ねぇ、アードラー。何で、女神の鐘は城の奥にあるんだと思う?」


 私は、隣でランチボックスへ手を伸ばしていたアードラーに問い掛ける。

 私は今、中庭でいつものメンバーと一緒に昼食を取っていた。


「伝承では、巫女の血筋の者は必ず王城へ姿を現すから、あそこに鐘を配置したと言われているわね」

「別に、王都の門でもいいと思わない?」

「それもそうよね……」


 不思議な話だよね。


 その女神の鐘に反応し、カナリオが巫女の血筋だと判明した途端、彼女の学園での扱いは劇的に変わった。

 今までは軽んじられたり、居ない者として扱われたりしていた彼女だが、今や誰もが放っておかない人物になってしまった。

 今までカナリオを平民と蔑んでいた人達の態度も、不自然なくらいにコロッと変わった。


 学園内でカナリオを見かけた時、彼女に擦り寄るようにしていたのは前にアードラーの威を借ってカナリオをリンチにかけていた令嬢の一人だ。

 カナリオはそんな彼女に困った顔で応じていた。


 それからカナリオのそばには、常に王子がいるようになった。

 巫女の血筋は王族に次いで高貴とされており、今や二人を隔てていた身分差が消えてしまったためだろう。


 ちなみに、さっきはいつものメンバーで食事をしていると言ったが、それは少しだけ嘘である。

 今、ここにはカナリオだけがいなかった。


 声はかけているし、カナリオも参加したがってはいるのだが、王子がそれを断ってしまうのだ。

 多分、私がアードラーの友人だから、警戒しているのだろう。


「ふぅ……」


 私は知らず、溜息を吐いていた。

 アードラーへ目を向ける。


 そして私は、もっぱらアードラーへの罪悪感に心を苛まれていた。

 私がカナリオをたきつけたわけではないが、それでも彼女を止められる立場にありながら止めなかった。

 それは私が自分可愛さにしてしまった事で、そのせいで今まさにアードラーは婚約者を奪われようとしているのだ。

 罪悪感を覚えずにはいられなかった。


 不意に、アードラーが私に向いた。

 気遣わしげに私を見る。


「クロエ。元気がないわね? どうしたの?」


 アードラーが心配そうに声をかけてくれる。


「え、うん。ちょっとね……」

「何があったのよ。話してみなさいよ」


 アードラーの声が優しい。


 アードラーはカナリオの事を全く気にした様子がないように見える。

 きっと内面は、王子を取られてしまう事への不安でいっぱいだろうに。

 それでも、私を気遣ってくれる。


 そんな優しさを見せられたら、何もかも白状して謝りたくなってしまう。

 でも、何て謝ればいいのかわからない。

 私が謝りたい事は、この世界がゲームだと知っていなければ伝わらない事だろう。

 カナリオが巫女の血筋だと知っていて、王城に行けばそれが判明するという事を知っていなければ伝わらない。


「ねぇ、もしも私がカナリオの血筋の事を知っていたって言ったら、アードラーはどう思う?」


 気付けば私は、そんな事を聞いていた。


「どうって……。知っていたの?」

「いや、ちゃんと知ってたわけじゃないよ。でも、なんとなくそうじゃないかって心当たりがあったんだ。それで、カナリオから王城に行くって話も聞いてた……。それで……」


 引き止められなかった。

 その言葉が言えなかった。


 知らず、私は俯いていた。


 恐る恐る顔を上げて、アードラーの顔をうかがう。

 その目が私を蔑み、怒りに表情を染めているのではないか、と怖かった。


 けれど、うかがい見た彼女の顔は呆気にとられたような物だった。

 そこに怒りは見えない。

 少し拍子抜けする。


「えーと、それはクロエがあの平民女が巫女の血筋だというのを知っていて、王城へ行くのを止めなかったって事よね? あ、心当たりがあっただけなのだっけ?」

「う、うん。そうだよ」

「それが問題?」

「だって、カナリオが王子様と結婚できるようになったら、アードラーは婚約解消されるかも……」

「そうね。私は、リオン様に嫌われているものね。カナリオが血筋で釣り合うなら、きっと私との婚約を解消なさるでしょうね」


 アードラーは小さく息を吐く。


「でも、クロエの言う事が本当だったら――」


 そう言うと、アードラーは笑みを作った。


「私はクロエに感謝しなくちゃならないわね」

「え? え? どうして?」


 私はアードラーに詰め寄る。


「近いわよ!」


 アードラーは真っ赤になりながら、私の顔を手で押し返す。


「ご、ごめん。でも、どうして?」

「だって私、リオン様の事なんてもう好きじゃないもの」

「本当?」

「嘘じゃないわよ。疑わないで。むしろ、別れたいくらいだったんだから、本当に感謝しているの。だって私、今は他に好きな人がいるんだもの」

「「え?」」


 私達の会話に聞き耳を立てていたのか、マリノーとムルシエラ先輩が驚きの声を上げた。

 だってそれ、婚約者があるのに他の人へ想いを寄せてたって事だものね。

 そりゃ驚くよ。


 王子?

 男性の場合は、側室とか持てるからそんなに問題にならないんだよね。

 問題になるのは女性だけ。

 男性に甘い社会だ。


 アルエットちゃんはその辺がよくわからないようで、サンドイッチを黙々と食べ続けていた。

 アルディリアは、どういうわけか「そうだろうね」という感じの顔で見るだけだ。


「そ、そうなんだ……」

「そうよ」


 アードラーはきっぱりと言い切った。

 そこには一切の淀みもない。


「だから、クロエが気に病む事なんてないのよ。婚約解消されるなら、そっちの方が都合よかったんだから」

「婚約解消された所で、どうにもならないけどね」


 アルディリアが口を挟む。


「それはどうかしらね」


 アルディリアを睨みつけながらアードラーが言葉を返す。

 二人は互いに視線を交わし続けると、しばらくして視線を外し合った。


 それ、何のやりとり?

 もしかしてアルディリア、アードラーの相手を知ってるのか?


「好きな人って誰なの?」

「だ、誰だっていいでしょう!」


 何でそんなに動揺してるの?

 聞いちゃまずい相手だったのかな?


「僕、そういうのいけないと思うな。生産性がないし。意味がないよ」


 またも、アルディリアが口を挟む。


「意味がないからこそ、この気持ちは純粋なのよ」


 アードラーが言葉を返す。


 なんだなんだ?

 二人とも私の解からない言葉で分かり合っているぞ?

 アルディリアも口ぶりからして、アードラーの相手を知っているみたいだし。

 いったい、どういう事なんだ?


「ハッ」


 その時、私に電流走る。

 圧倒的閃き。


 きっとアードラーの好きな相手は、アルディリアなんだ。

 あんなに分かり合っているんだ。

 きっとそうに違いない。


 私の婚約者を好きになったから、アードラーは名前が言えないんじゃないだろうか?

 あわわ……どうしよう?

 三角関係だ!


 あなたは誰とキスをする?

 私? それともアードラー?


 ってやつか!


 恋愛経験のない私が気付いたらトライアングラーになっているとは驚きだ。


 でも、全然問題ないよっ!


 私は別に婚約者ってだけで、特にアルディリアが好きってわけじゃないし。

 男の人は側室だって持てる。

 むしろ、アルディリアがアードラーを娶っても全然問題ない。

 私が側室でもいいくらいだ。


 そうすれば、アードラーともずっと一緒にいられるし、それで無問題もーまんたいだ。

 それどころか、嬉しいとすら思える。


 それにしても何だか、肩の荷が下りた気分だ。

 アードラーが王子の事を気にしていなくて、その上他に好きな人がいると分かって、私の気持ちはとても楽になった。


「ねぇ、ドラちゃん」

「ドラちゃん!? それ、私のあだ名かしら?」


 何故か頬を染めて訊ね返す。

 恥ずかしかったのかな?


「嫌だった?」

「誰もそんな事言ってないでしょう。……でも、私だけがあだ名を呼ばれるのは不公平よね。えーと、クロちゃんがいいかしら?」


 なるほど。

 自分が猫型ロボットだから、私は猫型サイボーグなわけですね。


 ガトリングってどういう仕組みなんだろう?

 魔法の力で作れないかな……。


「あ、あの、僕もあだ名で呼んでくれないかな?」

「ん、いいよ。えーと、じゃあアリア、とか?」

「何か女の子みたいな名前だね……」


 そうだね。

 有名な歌姫が声をあててそうだね。


「今度から私の事をにぃやと呼べばいいよ」

「ねぇやじゃなくて?」


 ん? そう呼びたい?


「で、何なのかしら? 何か言いたい事があったんでしょう?」



 アードラーに指摘される。

 そうだった。

 言いたい事があったんだ。


「アードラー。私達、ずっと一緒にいようね」


 アードラーの顔がこれ以上ないくらいに赤く染まった。

 流石はイメージカラーが赤な事はある。


「あ、あったりまえよぉっ!」


 とても嬉しそうに答えてくれた。

 そんなに喜んでくれるとは思わなかった。

 アードラーも同じ気持ちだったのかな。

 ユウジョウッ!


 私達、ズッ友だよ!




 その数日後の事だった。

 王子から、アードラーが講堂へと呼び出された。

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